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52 投げやり
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……口が滑った。
よりによって、どうして今。
あとで話そうと思っていたのに。
隣に座るフリードをチラリと横目で見れば、驚いたように目を大きく見開いてこちらを見ていた。
大きく見開かれた薄氷のような青い瞳は、信じられないとでも言っているようだった。
「フランツェスカ。あとでお話があります」
そう告げたフリードの声には、ただならぬ圧があった。
『絶対に話してもらう、どこにも逃がさない』という無言の圧が。
「は、はい……」
そう答えた私の声は、我ながら情けないものだった。
「話し合いは大事だぞ、フランツェスカ」
――すると、空気を読まない男がここに一人。
そう、それはうちの……クソ親父。
自分の話を終えた途端、最悪のタイミングでそんなことを言ってきたのです。
……薄ら笑いを浮かべて。
「……お父様、よくそんな風に笑えますね。民が犠牲になったのに」
「だからこそだ、むしろ……お前のおかげで両軍の死者はほとんど出ていない。それどころか民の被害も最小限だったと報告を受けている。まるで奇跡だ、結果だけ見れば称賛に値する」
「奇跡ですか」
「お前が考え抜いて、必死に守ったものを私は軽くなど扱っていない。むしろ誇りに思っている、私は守れなかった、なのにお前は守った……たった一人で。まるで神の救いみたいじゃないか」
言葉だけならば、立派。
でもその投げやりな言い方が許せない。
「戦争に救いなんてありません。そしてそれを招いたのは……王であるお父様です。そんな言葉で責任から逃げないでください」
「そうかもしれんな。だが結果は変わらん、私はもう引き返せん、王としても人としても……」
そう言って父は自嘲したように笑う。
……それは笑ったというより吐き出したに近いかもしれない。
「それでもお父様はモルゲンロートの王族です。そして王だった人……なのにどうして、そんな投げやりな言い方ができるのですか」
「そう言われてもな。もうなにも残ってないんだよ私には……王位も民の信頼も、妻も全部消えて亡くなった。今さら後悔しても、もうなにも戻らん。だから話し合いが大事だなんて、言えるうちに言っておけと思っただけだ」
『話し合いが大事』?
よくもまあ、ぬけぬけと。
よくそんなことが私に言えたものです。
こうなるまで話さなかったくせに。
気が付けば、私は席から立ち上がっていた。
父が接近する私に「ん?」と首を傾げたときにはもう、拳を強く握りしめていた。
「……歯、食いしばってくださいませ?」
「え」
そう言い終えると同時に、私はクソ親父の顔面に拳を叩き込んでいた。
鈍い音が部屋に響く。
私に顔面を殴られたクソ親父は見事なまでにぐらりとよろめいて、床にずるずると腰を落とした。
けれど、誰も私を止める気配はない。
……ですよね。
止めませんよね。
だって悪いのはどう考えてもこのクソ親父ですもの。
暖炉の火がはぜて、灰が舞った。
「……よくもいままで、私を騙してきましたね?」
「でも、そのおかげでお前は生きてる。それでいいじゃないか」
投げやりなその言いぐさが、神経を逆撫でする。
「それでいい? あれだけ多くの民を傷つけてそれでいいですって?」
「どうせ誰かが傷つくんだ。あの者達が戦を勝手に始めた時点で、国が無傷なんてありえない。ならせめてお前だけでも守る。そう考えただけだ。それに気付かなかったお前も悪い」
「屁理屈ばかり言って!」
バンッ、と机を叩いた。
暖炉の火がぱちりと跳ねて、部屋の空気が一瞬張り詰める。
「まあ落ち着けフランツェスカ。お前はそうやってすぐ頭に血を昇らせる……いったい誰に似たんだ?」
……この人、反省という言葉をご存知ないのでしょうか。
こうやって笑っていないと心が潰れそうなのは理解しますが、その薄ら笑いを見ていると怒りがこみあげてくる。
――その後。
その場には奇妙な沈黙が流れた。
だけどその沈黙の中で私ははっきりと感じていた。
このクソ親父、まだなにか隠してやがるなと。
「そういえば、お父様。国をほったらかして、ここでいったいなにをしていらっしゃるのです? 王としての自覚あります?」
「私はもう王ではない。退位したからな? それに今頃国を治めているのはレナードだろう、だがそれも直ぐに終わる」
レナードが……王に。
「終わる、それはどういうご意味でございますか?」
終わる? それはどういう?
「なぁに。ちょいと、置き土産を残して出てきたからな。あとは先方がうまいことやってくれるだろう。書簡でも伝えておいたし」
「なんですか、その置き土産って……」
「そのうちわかるさ。それに、そのほうが……国民のためだしな」
そう言った直後クソ親父は真面目な顔になったが、すぐに元の軽薄な笑みを戻った。
「国民の為? 次はいったいなにを企んでいらっしゃいますの? 私にも教えていただけませんか」
「相変わらずお前は心配性だな、フランツェスカ。心配するな、その結末は私の計算通りだ。まあお前は怒るだろうがな? ただ怒るというのは、お前は生きている証拠だ」
「……はあ。わかりました。もういいです。どうせお父様は私には話すおつもりがないのでしょう?」
「ほう。それがわかるなら、お前も少しは成長したということだな」
「それ褒め言葉のつもりですか?」
「もちろんだ」
クソ親父は私に話す気がないらしい。
そしてその投げやりな声に余計腹が立つ。
まるで……生きることにすら諦めたような声。
そしてシュヴァルツヴァルト国王夫妻もなにか知っているようだが、クソ親父に口止めでもされているのかただ微笑むだけで。
なら勝手に調べるしかない。
けれど、この国で私に協力してくれる人はいるだろうかと考えた結果、すぐに思いついたのは。
……隣に座るフリードだった。
フリードならなにがあっても私を助けてくれる、そんな気がした。
――もっとも。
さっきの「あとでお話があります」を思い出すと、助けてくれる前に色々と怒られそうで嫌ですが。
……口が滑った。
よりによって、どうして今。
あとで話そうと思っていたのに。
隣に座るフリードをチラリと横目で見れば、驚いたように目を大きく見開いてこちらを見ていた。
大きく見開かれた薄氷のような青い瞳は、信じられないとでも言っているようだった。
「フランツェスカ。あとでお話があります」
そう告げたフリードの声には、ただならぬ圧があった。
『絶対に話してもらう、どこにも逃がさない』という無言の圧が。
「は、はい……」
そう答えた私の声は、我ながら情けないものだった。
「話し合いは大事だぞ、フランツェスカ」
――すると、空気を読まない男がここに一人。
そう、それはうちの……クソ親父。
自分の話を終えた途端、最悪のタイミングでそんなことを言ってきたのです。
……薄ら笑いを浮かべて。
「……お父様、よくそんな風に笑えますね。民が犠牲になったのに」
「だからこそだ、むしろ……お前のおかげで両軍の死者はほとんど出ていない。それどころか民の被害も最小限だったと報告を受けている。まるで奇跡だ、結果だけ見れば称賛に値する」
「奇跡ですか」
「お前が考え抜いて、必死に守ったものを私は軽くなど扱っていない。むしろ誇りに思っている、私は守れなかった、なのにお前は守った……たった一人で。まるで神の救いみたいじゃないか」
言葉だけならば、立派。
でもその投げやりな言い方が許せない。
「戦争に救いなんてありません。そしてそれを招いたのは……王であるお父様です。そんな言葉で責任から逃げないでください」
「そうかもしれんな。だが結果は変わらん、私はもう引き返せん、王としても人としても……」
そう言って父は自嘲したように笑う。
……それは笑ったというより吐き出したに近いかもしれない。
「それでもお父様はモルゲンロートの王族です。そして王だった人……なのにどうして、そんな投げやりな言い方ができるのですか」
「そう言われてもな。もうなにも残ってないんだよ私には……王位も民の信頼も、妻も全部消えて亡くなった。今さら後悔しても、もうなにも戻らん。だから話し合いが大事だなんて、言えるうちに言っておけと思っただけだ」
『話し合いが大事』?
よくもまあ、ぬけぬけと。
よくそんなことが私に言えたものです。
こうなるまで話さなかったくせに。
気が付けば、私は席から立ち上がっていた。
父が接近する私に「ん?」と首を傾げたときにはもう、拳を強く握りしめていた。
「……歯、食いしばってくださいませ?」
「え」
そう言い終えると同時に、私はクソ親父の顔面に拳を叩き込んでいた。
鈍い音が部屋に響く。
私に顔面を殴られたクソ親父は見事なまでにぐらりとよろめいて、床にずるずると腰を落とした。
けれど、誰も私を止める気配はない。
……ですよね。
止めませんよね。
だって悪いのはどう考えてもこのクソ親父ですもの。
暖炉の火がはぜて、灰が舞った。
「……よくもいままで、私を騙してきましたね?」
「でも、そのおかげでお前は生きてる。それでいいじゃないか」
投げやりなその言いぐさが、神経を逆撫でする。
「それでいい? あれだけ多くの民を傷つけてそれでいいですって?」
「どうせ誰かが傷つくんだ。あの者達が戦を勝手に始めた時点で、国が無傷なんてありえない。ならせめてお前だけでも守る。そう考えただけだ。それに気付かなかったお前も悪い」
「屁理屈ばかり言って!」
バンッ、と机を叩いた。
暖炉の火がぱちりと跳ねて、部屋の空気が一瞬張り詰める。
「まあ落ち着けフランツェスカ。お前はそうやってすぐ頭に血を昇らせる……いったい誰に似たんだ?」
……この人、反省という言葉をご存知ないのでしょうか。
こうやって笑っていないと心が潰れそうなのは理解しますが、その薄ら笑いを見ていると怒りがこみあげてくる。
――その後。
その場には奇妙な沈黙が流れた。
だけどその沈黙の中で私ははっきりと感じていた。
このクソ親父、まだなにか隠してやがるなと。
「そういえば、お父様。国をほったらかして、ここでいったいなにをしていらっしゃるのです? 王としての自覚あります?」
「私はもう王ではない。退位したからな? それに今頃国を治めているのはレナードだろう、だがそれも直ぐに終わる」
レナードが……王に。
「終わる、それはどういうご意味でございますか?」
終わる? それはどういう?
「なぁに。ちょいと、置き土産を残して出てきたからな。あとは先方がうまいことやってくれるだろう。書簡でも伝えておいたし」
「なんですか、その置き土産って……」
「そのうちわかるさ。それに、そのほうが……国民のためだしな」
そう言った直後クソ親父は真面目な顔になったが、すぐに元の軽薄な笑みを戻った。
「国民の為? 次はいったいなにを企んでいらっしゃいますの? 私にも教えていただけませんか」
「相変わらずお前は心配性だな、フランツェスカ。心配するな、その結末は私の計算通りだ。まあお前は怒るだろうがな? ただ怒るというのは、お前は生きている証拠だ」
「……はあ。わかりました。もういいです。どうせお父様は私には話すおつもりがないのでしょう?」
「ほう。それがわかるなら、お前も少しは成長したということだな」
「それ褒め言葉のつもりですか?」
「もちろんだ」
クソ親父は私に話す気がないらしい。
そしてその投げやりな声に余計腹が立つ。
まるで……生きることにすら諦めたような声。
そしてシュヴァルツヴァルト国王夫妻もなにか知っているようだが、クソ親父に口止めでもされているのかただ微笑むだけで。
なら勝手に調べるしかない。
けれど、この国で私に協力してくれる人はいるだろうかと考えた結果、すぐに思いついたのは。
……隣に座るフリードだった。
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――もっとも。
さっきの「あとでお話があります」を思い出すと、助けてくれる前に色々と怒られそうで嫌ですが。
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