死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

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54 来訪

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54



 ――翌朝。
 フリードは日も明けきらぬうちから王宮の地下にある書簡庫を、たった一人で調べていた。
 
 昨日行われた事情説明で。
 フリードの父、シュヴァルツヴァルト国王もなにか事情を知っているような素振りを見せた。
 
 それがいったいなんなのか胸の中で引っかかり。
 本当は安静にしていなければいけない身体だったが、ベッドで休むことなくここにきてしまったのである。

 それにフランツェスカにこんな風にお願いされるのは初めての事で、フリードとしてはなにがなんでも叶えてあげたいのである。
 
 ずらりと棚に並んだ紙束の中から、モルゲンロートから届いた書簡を探していく。
 だが出てくるのは先日の和平に関する書簡のみで、王同士の私信のようなものはどこを探しても見つけることができなかった。

 だが父親達のあの口ぶりから察するに、私信を交わしていたのはほぼ確実で。
 何処かに隠されているのは明らかだった。
 
 無数の羊皮紙の束を前にフリードは疲れたように溜息を吐いて、適当に重ねてあった書簡を元通り棚に並べ直した。

「殿下」

 声がして、顔を向けると。
 そこに立っていたのはシュヴァルツヴァルトの騎士団に所属する、騎士の一人だった。

「……報告を」

「国王陛下の執務室を確認しましたが、それらしい書簡はどこにも見当たりませんでした。そして宰相の執務室も同様の結果でした」
 
 その騎士はフリードが私的に雇っている密偵。
 幼い頃フリードに受けた恩義から、指示せずとも思い通りに動いてくれる、まるで影のような存在。
 表立って動けない今、フリードが頼れるのはこの密偵だけだった。
 
「……続けて調べろ。ただし父上には決して悟られぬよう慎重にな」

「はい、かしこまりました」

 騎士が一礼してその場を立ち去ると、書簡庫の空気がいっそう冷たく感じられた。
 ――正式な命令系統を使えぬ以上、フリードにはこれが限界だった。

 王位継承者といえど、国王に面と向かって逆らうことはできない。

「……父上はいったい、なにを隠している?」

 その声には、わずかな苛立ちが混じる。

 考え込んだフリードの表情からは、いつもの朗らかな微笑みは消えていた。
 普段フランツェスカの前では穏やかで、どこか頼りなさげにすら見えるフリード。
 しかし今そこにいるのは、シュヴァルツヴァルト王位継承者の本来の姿。

 ――その時、書簡保管庫の扉が静かに開いた。
 
「フリード殿下。帝国からお客様がご到着されました。名はヘルマ様と、お伺いしておりますが……どういたしましょう?」

「……ああ、やっと到着されましたか。では私の執務室に案内してください」

 そう言ったフリードの顔には、王太子らしい穏やかな笑顔が浮かんでいた。
 
 
 ◇◇◇

 
「遠路はるばるご苦労でした。求めに応じて下さり、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。お呼びいただきまして本当にありがとうございます。姫様にもう一度生きてお会いできるとは……私、思っておりませんでした」

 以前侍女達による騒動が起きた後。
 フランツェスカの侍女に相応しい人物を探そうとして、フリードはふと思い出したのである。
 「大切な侍女が帝国に帰ってしまった」と、フランツェスカが話していた事を。

 だからフリードは書簡を出した。
 帝国に帰ってしまった侍女ヘルマを、またフランツェスカの元へと寄越してくれないだろうかと。
 ――帝国の皇帝宛に。

「ではあちらの準備が整い次第、私がご案内いたします。フランツェスカもきっと喜ぶでしょう」

「まあ! 王太子殿下自らのご案内なんて、すごく贅沢ですわね。長生きしていて良かったですわ」

 時刻はまだ早朝。
 寝起きの姿で大切な人との再会は避けたいだろうと、フリードは自ら茶を淹れて。
 フランツェスカの準備が整うまで少しの間、ヘルマと談笑して時間を潰すことにした。

「ではもっと長生きしてくださいね、ヘルマ。フランツェスカのためにも……」

 にこやかに微笑むその顔は、まるで物語に登場する貴公子のようだった。
 ……もっとも、フランツェスカに言わせれば「演技臭くて気持ちが悪い」らしいが。

「ええ! こうなったら、姫様がお産みになった御子をこの手で抱くまで絶対に死ねませんわ!」

「あっ。そ、そうですね……ははは……」

 御子という言葉にフリードは言葉を濁した。
 フランツェスカとやっと普通に話ができるようになったばかり。
 初夜どころか、フランツェスカに触れたのは結婚式の誓いのキスの時だけ。
 
 御子などいったい何年先の話になるのかフリード自身、見当もつかない。
 だがそれも全て自分の責任。
 だからフリードは笑って誤魔化すしかできなかった。

「……それと。これは皇帝陛下からフリード殿下宛てのお手紙です」

 ヘルマがフリードにそっと差し出したその手紙には、帝国皇帝が使用する封蝋が確かに押されてあった。

「皇帝陛下から私に……?」

「ええ、直接お渡しするようにと。皇帝陛下から申しつかって参りました……」 

「……確かに受け取りました。ありがとうございます」

「いえ、私は……手紙をお預かりしただけでございますので」
 
 フリードは頷き、ヘルマから手紙を受け取った。
 
 そして封蝋を切り、文面を見た瞬間。
 胸の奥でなにかがざらりと音を立てた。

 ――そして、フリードの顔色が一瞬にして変わる。

「これは本当に……私宛ですか? 皇帝陛下はなんと言ってこれを貴女に?」

「皇帝陛下からは『姪の夫になったシュヴァルツヴァルトの王太子に届けろ』と、お伺いしております。そして『姪に知らせるかどうかは王太子の判断に任せろ』とおっしゃられまして……姫様には私から伝えるのは禁止されております」

 文面に目を通すとそこには、事情説明で聞いていたモルゲンロートに対する支援内容が書かれていた。
 だが、その後にはフランツェスカの父親から聞かされていなかった違反時の制裁についての記載が並んでいた。

 文字を追うごとにフリードの動機は激しくなり。
 手紙を持つ指先が怒りに震える。

「これが、フランツェスカのためだと……?」

 フリードは拳を強く握る。
 『置き土産』という言葉の意味を今理解した。
 そしてこの国婚の本当の目的が、ようやくわかってきた。

「姫様が知れば反発なさる。それを恐れて、モルゲンロートの国王陛下はなにも告げぬまま輿入れを命じられたのだと……皇帝陛下はおっしゃておいででした」

「なんてことを……!」

 手紙をくしゃりと握り潰した音が、静かな室内にやけに大きく響いたのだった。

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