67 / 68
67 堰を切るように溢れだした
しおりを挟む
67
謁見の間を出た瞬間。
胸の奥に押し込めていた感情が、一気に溢れ出しそうになった。
……だけど、ここで泣くわけにはいかない。
まだやらなきゃいけないことがたくさん残っている。
本当はあの場に、フリードとアクセルも同席する予定だった。
けれど「これは私のけじめ」だと、心配する二人を説得して一人あの場に立った。
あの采配が正しかったのかは、自分でも正直わからない。
でもそれを決めたのは自分なのだから、最後まで責任を持たねばならない。
自分の足音が、耳にやけに大きく響く。
……大丈夫。
私は、まだ一人で立っていられる。
この扉一枚隔てた向こう側には、まだ人がいる。
泣き顔を見せるわけにはいかない。
――そんなことを考えていた時だった。
「……お疲れ様です、フランツェスカ」
まるで私の限界を見計らったかのように、フリードが私の前に現れた。
「どうして……ここに?」
「どうして、はないでしょう? 貴女が出てくるのを待っているに決まっています」
やわらかく微笑むその顔を見た途端。
張り詰めていた心の糸が、ふっと解けたような気がした。
「私は大丈夫です。心配ありませんから。ほら、この通り」
泣き出しそうになる自分を誤魔化すために、慌てて口角を上げた。
けれど、上手く誤魔化せていないらしく。
フリードの表情が痛ましげに歪む。
「……フランツェスカ」
私の名を呼ぶその声音があまりに優しくて、胸が苦しい。
「え、あの……私は本当に大丈夫……ですから……」
「先ほど、貴女は『これは私のけじめ』だと言いましたね。だから私は止めませんでした。ですが……私は知っています。貴女がどれほど一人で背負ってきたかを」
「……っ」
「フランツェスカ。もう、一人で抱えないでください。貴女は……もう限界です」
その言葉とともに、フリードの腕が私の肩をそっと包んだ。
「え、あの……」
「泣きたいなら泣いたっていいんです。私の前でくらい……もう強がらなくていいんです」
その一言で。
――必死に堪えていたものが、堰を切るように溢れだした。
「……っ」
「大丈夫です。私はずっとここに……貴女のそばにいますから……」
フリードはただ静かに、すべてを受け止めるように抱きしめてくれる。
その温もりと言葉が、氷のように凍てついた心をそっと溶かしていくようだった――。
「――すみません。こんなところで取り乱してしまって」
そしてようやく涙が止まり、フリードの胸元から顔を上げる。
思い切り泣きじゃくってしまい、かなり恥ずかしい。
フリードの顔をまともに見られない。
「謝る必要なんてどこにもありません。貴女は今日、誰よりもつらい役目を果たしたんですから」
フリードはそう言いながら、私の頬に伝っていた涙を指先でそっと拭ってくれる。
「……ありがとうございます」
「貴女は強い、だからなんでも一人で抱え込んでしまう。でも一人で全部背負い込んでいたら……いつか心が壊れてしまいます」
「それは……」
「でももう一人で耐えなくていいんです、私が一緒に背負いますから」
そう言ってフリードはいつものように微笑む。
そんな笑顔が、どうにも憎らしい。
「……フリードはずるい人ですね」
「それで貴女が私を頼ってくれるなら、私はいくらでもずるくなりますよ?」
「おかしなひと……」
そんないつも通りのやりとりに、思わず笑顔がこぼれる。
――その瞬間。
「あー……。その、俺は……邪魔したか?」
少し離れた柱の陰から、アクセルが気まずそうに顔を出した。
「……いたのですか?」
「いたけど!? べ、別に聞き耳立ててたわけじゃねぇからな!? 泣き声が聞こえてきたから様子見に来ただけで!」
必死の言い訳が逆に怪しさを増す。
「アクセル。聞き耳を立てるなら立てるで、せめてそのまま消えてください。邪魔です」
フリードが淡々と告げる。
「いやだから、立ててねぇって言ってんだろ!? しかも邪魔ってなに!」
アクセルの慌てぶりに、思わず笑ってしまう。
フリードが私のその笑顔を見て、安心したように微笑んだ。
「……もう、大丈夫そうですね?」
「はい。もう大丈夫です」
「よかった。なら、一度部屋に戻りましょう。休むべきです」
「そうだぞフランツェスカ。少しくらい俺達に甘えろよ! 帝国の皇太子様と、シュヴァルツヴァルトの王太子だぞ?」
そんな二人の言葉に背を押されるようにして、私はまた歩き出した。
まだ胸の奥は痛む。
でももう、一人ではない。
そう思えるだけで、足取りはさっきよりずっと軽かった。
謁見の間を出た瞬間。
胸の奥に押し込めていた感情が、一気に溢れ出しそうになった。
……だけど、ここで泣くわけにはいかない。
まだやらなきゃいけないことがたくさん残っている。
本当はあの場に、フリードとアクセルも同席する予定だった。
けれど「これは私のけじめ」だと、心配する二人を説得して一人あの場に立った。
あの采配が正しかったのかは、自分でも正直わからない。
でもそれを決めたのは自分なのだから、最後まで責任を持たねばならない。
自分の足音が、耳にやけに大きく響く。
……大丈夫。
私は、まだ一人で立っていられる。
この扉一枚隔てた向こう側には、まだ人がいる。
泣き顔を見せるわけにはいかない。
――そんなことを考えていた時だった。
「……お疲れ様です、フランツェスカ」
まるで私の限界を見計らったかのように、フリードが私の前に現れた。
「どうして……ここに?」
「どうして、はないでしょう? 貴女が出てくるのを待っているに決まっています」
やわらかく微笑むその顔を見た途端。
張り詰めていた心の糸が、ふっと解けたような気がした。
「私は大丈夫です。心配ありませんから。ほら、この通り」
泣き出しそうになる自分を誤魔化すために、慌てて口角を上げた。
けれど、上手く誤魔化せていないらしく。
フリードの表情が痛ましげに歪む。
「……フランツェスカ」
私の名を呼ぶその声音があまりに優しくて、胸が苦しい。
「え、あの……私は本当に大丈夫……ですから……」
「先ほど、貴女は『これは私のけじめ』だと言いましたね。だから私は止めませんでした。ですが……私は知っています。貴女がどれほど一人で背負ってきたかを」
「……っ」
「フランツェスカ。もう、一人で抱えないでください。貴女は……もう限界です」
その言葉とともに、フリードの腕が私の肩をそっと包んだ。
「え、あの……」
「泣きたいなら泣いたっていいんです。私の前でくらい……もう強がらなくていいんです」
その一言で。
――必死に堪えていたものが、堰を切るように溢れだした。
「……っ」
「大丈夫です。私はずっとここに……貴女のそばにいますから……」
フリードはただ静かに、すべてを受け止めるように抱きしめてくれる。
その温もりと言葉が、氷のように凍てついた心をそっと溶かしていくようだった――。
「――すみません。こんなところで取り乱してしまって」
そしてようやく涙が止まり、フリードの胸元から顔を上げる。
思い切り泣きじゃくってしまい、かなり恥ずかしい。
フリードの顔をまともに見られない。
「謝る必要なんてどこにもありません。貴女は今日、誰よりもつらい役目を果たしたんですから」
フリードはそう言いながら、私の頬に伝っていた涙を指先でそっと拭ってくれる。
「……ありがとうございます」
「貴女は強い、だからなんでも一人で抱え込んでしまう。でも一人で全部背負い込んでいたら……いつか心が壊れてしまいます」
「それは……」
「でももう一人で耐えなくていいんです、私が一緒に背負いますから」
そう言ってフリードはいつものように微笑む。
そんな笑顔が、どうにも憎らしい。
「……フリードはずるい人ですね」
「それで貴女が私を頼ってくれるなら、私はいくらでもずるくなりますよ?」
「おかしなひと……」
そんないつも通りのやりとりに、思わず笑顔がこぼれる。
――その瞬間。
「あー……。その、俺は……邪魔したか?」
少し離れた柱の陰から、アクセルが気まずそうに顔を出した。
「……いたのですか?」
「いたけど!? べ、別に聞き耳立ててたわけじゃねぇからな!? 泣き声が聞こえてきたから様子見に来ただけで!」
必死の言い訳が逆に怪しさを増す。
「アクセル。聞き耳を立てるなら立てるで、せめてそのまま消えてください。邪魔です」
フリードが淡々と告げる。
「いやだから、立ててねぇって言ってんだろ!? しかも邪魔ってなに!」
アクセルの慌てぶりに、思わず笑ってしまう。
フリードが私のその笑顔を見て、安心したように微笑んだ。
「……もう、大丈夫そうですね?」
「はい。もう大丈夫です」
「よかった。なら、一度部屋に戻りましょう。休むべきです」
「そうだぞフランツェスカ。少しくらい俺達に甘えろよ! 帝国の皇太子様と、シュヴァルツヴァルトの王太子だぞ?」
そんな二人の言葉に背を押されるようにして、私はまた歩き出した。
まだ胸の奥は痛む。
でももう、一人ではない。
そう思えるだけで、足取りはさっきよりずっと軽かった。
900
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
悪役令嬢に相応しいエンディング
無色
恋愛
月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。
ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。
さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。
ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。
だが彼らは愚かにも知らなかった。
ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。
そして、待ち受けるエンディングを。
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
9時から5時まで悪役令嬢
西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」
婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。
ならば私は願い通りに動くのをやめよう。
学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで
昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。
さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。
どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。
卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ?
なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか?
嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。
今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。
冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。
☆別サイトにも掲載しています。
※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。
これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。
運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。
ぽんぽこ狸
恋愛
気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。
その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。
だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。
しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。
五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる