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68 踏みだす一歩
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68
――数日後。
処刑を告げる鐘の音が王都の街に響き渡る。
その鐘の音は重く、私の胸に響いた。
民衆のざわめきも、貴族たちの息を呑む気配も、その響きに呑み込まれていくようだった。
「――以上を持って、モルゲンロート王国は正式に我が帝国の属国とし、貴族は爵位を剝奪するが役職は存続、国の運営は引き続き担わせる。そしてこの地の治安や軍事、財務、そして行政の一切は帝国法に基づき管理することとし……」
そして帝国皇太子アクセルが一歩、前へと進み出た。
いつも飄々とした態度は影を潜めて。
厳粛な声で言葉を紡ぐアクセルの姿は、その人外じみた美貌と相まって。
まるで神話の登場人物のように神秘的だった。
その姿にモルゲンロートの貴族達が、感嘆の声を上げる。
「総督任命については、帝国の評議会および皇室が協議を重ねた結果……モルゲンロート第一王女、フランツェスカ・モルゲンロートを同地総督に指名する。以後、帝国の代理として統治を行い――」
そこまで言って。
アクセルの視線がこちらへ向けられた。
「……もう面倒だし、こういうのはもういいか。細かい決まりは後で渡すから。とりあえず、フランツェスカ。今日からお前が総督。がんばれ! おめでとう! 以上!」
あまりに雑すぎるアクセルの締めに。
モルゲンロートの貴族たちは「えっ……?」と顔を見合わせ。
モルゲンロートの文官は慌てて書類をぱらぱらとめくって確認し。
アクセルを護衛する帝国の騎士たちは「まあ、皇太子殿下だし……」という諦めの空気を漂わせていた。
「え、今ので終わり……?」
アクセルはそんな周囲の空気を一切気にすることなく、任命証をひょいと私へ差し出した。
「終わり、終わり! フランツェスカ、ほら受け取れ。ちゃんと印も押してある。形式は守ったってことで」
「……守ったと言っていいのかは、微妙だけれど?」
「帝国の皇太子が大丈夫って言ってんだから、なにも問題ない。大丈夫だって!」
そう言い切ると、アクセルは飄々とした笑みを浮かべた。
その笑顔には妙に説得力があって。
私は苦笑しつつ、差し出された任命証を受け取り。
アクセルに向かって、一礼した。
「……フランツェスカ・モルゲンロート。総督として、この地を立て直してみせます」
「うん。期待してる。まあ、失敗したら責任取るのは俺じゃなくてお前とシュヴァルツヴァルトの王太子だけどな? 俺、この件に関係ないし……親父に行けって言われたからここにいるだけだし……」
「最後の一言いらないんだけど?」
「え、そう?」
私がそう返すと、アクセルは肩をすくめて笑う。
そして周囲では、混乱したようなざわめきが広がっていた。
「……フランツェスカ、今ので任命は完了でいいのでしょうか?」
いつの間にか隣へ歩み寄ってきたフリードが、呆れたような顔で私に問いかけた。
「完了だって、俺が言ってるだろ?」
私が答えるより先に、アクセルが横から割り込むように口を挟む。
フリードは額に手を当て、ぐっと堪えるように目を閉じた。
「……皇太子がそう言うなら、そうなのでしょう。ですが、あれを式典と呼んでいいのかは別問題ですね」
「フリード、私もそれ思っていました」
小声で返すと、フリードは肩をすくめる。
そして周囲ではモルゲンロートの貴族達がひそひそとなにやら話し合い、最終的には覚悟を決めたらしく次々と跪き始める。
「フランツェスカ第一王女殿下、今後とも我々をお導きください……」
貴族達は神妙な顔をして口ではそう言っているものの、何人かは本当に大丈夫か? という顔をしている。
……まあ。
アクセルのあれを見たら、そう思うのも仕方ない。
「じゃ、俺は用があるから先に……」
「え、もう?」
「……さっきすごい美女に出会ったんだよね。クラウディーヌっていう子でさ? 帝国に来て俺の妃になってくれないか口説かなきゃいけないから、また今度な!」
「え? クラウディーヌって、まさか――」
そう言うが否やアクセルはマントを翻し、軽やかに背を向けていた。
帝国騎士たちが慌ててその後ろを追いかける。
「皇太子殿下、お一人では危険です! せめて護衛を――!」
「うるせぇ、ついてくんな! 俺は運命の相手に出会ったんだ! お前達がいたらムードもなにもないだろう! ……あ、フランツェスカ! また後で文書送るから、ちゃんと読んどけよ!」
アクセルからは皇太子の仮面がはがれていた。
あれを帝国の皇太子として扱えというのも難しい話だと思う。
モルゲンロートの貴族や文官たちは、半ば呆気に取られたようにその背中を見送った。
「……フランツェスカ、あれは本当に貴女のいとこなのですよね?」
「ええ、まあ……たぶん」
フリードには言いづらいけれど、アクセルの性格は亡くなったお母様にそっくり。
「たぶんって……いや、もう考えるだけ無駄ですね」
フリードは深いため息をつき、私に視線を向ける。
「わかります、私も信じられません……」
ざわつく貴族や文官達の声を聞きながら、私は息を吐いた。
そして、総督の任命証を胸に抱く。
……ここからが本当の始まり。
「フランツェスカ。その任命証……しっかり貴女が持っておいてください。もう、後戻りはできませんよ」
「ええ、もちろん! フリードも手伝ってくれるのでしょう?」
「……当たり前です、私達は夫婦なのですから」
処刑余韻がまだ残る寒空の下。
混乱と期待と不安が入り混じる視線を一身に浴びて、私はゆっくりと前へ踏み出した。
帝国総督としての、最初の一歩を。
……フリードと二人で。
――数日後。
処刑を告げる鐘の音が王都の街に響き渡る。
その鐘の音は重く、私の胸に響いた。
民衆のざわめきも、貴族たちの息を呑む気配も、その響きに呑み込まれていくようだった。
「――以上を持って、モルゲンロート王国は正式に我が帝国の属国とし、貴族は爵位を剝奪するが役職は存続、国の運営は引き続き担わせる。そしてこの地の治安や軍事、財務、そして行政の一切は帝国法に基づき管理することとし……」
そして帝国皇太子アクセルが一歩、前へと進み出た。
いつも飄々とした態度は影を潜めて。
厳粛な声で言葉を紡ぐアクセルの姿は、その人外じみた美貌と相まって。
まるで神話の登場人物のように神秘的だった。
その姿にモルゲンロートの貴族達が、感嘆の声を上げる。
「総督任命については、帝国の評議会および皇室が協議を重ねた結果……モルゲンロート第一王女、フランツェスカ・モルゲンロートを同地総督に指名する。以後、帝国の代理として統治を行い――」
そこまで言って。
アクセルの視線がこちらへ向けられた。
「……もう面倒だし、こういうのはもういいか。細かい決まりは後で渡すから。とりあえず、フランツェスカ。今日からお前が総督。がんばれ! おめでとう! 以上!」
あまりに雑すぎるアクセルの締めに。
モルゲンロートの貴族たちは「えっ……?」と顔を見合わせ。
モルゲンロートの文官は慌てて書類をぱらぱらとめくって確認し。
アクセルを護衛する帝国の騎士たちは「まあ、皇太子殿下だし……」という諦めの空気を漂わせていた。
「え、今ので終わり……?」
アクセルはそんな周囲の空気を一切気にすることなく、任命証をひょいと私へ差し出した。
「終わり、終わり! フランツェスカ、ほら受け取れ。ちゃんと印も押してある。形式は守ったってことで」
「……守ったと言っていいのかは、微妙だけれど?」
「帝国の皇太子が大丈夫って言ってんだから、なにも問題ない。大丈夫だって!」
そう言い切ると、アクセルは飄々とした笑みを浮かべた。
その笑顔には妙に説得力があって。
私は苦笑しつつ、差し出された任命証を受け取り。
アクセルに向かって、一礼した。
「……フランツェスカ・モルゲンロート。総督として、この地を立て直してみせます」
「うん。期待してる。まあ、失敗したら責任取るのは俺じゃなくてお前とシュヴァルツヴァルトの王太子だけどな? 俺、この件に関係ないし……親父に行けって言われたからここにいるだけだし……」
「最後の一言いらないんだけど?」
「え、そう?」
私がそう返すと、アクセルは肩をすくめて笑う。
そして周囲では、混乱したようなざわめきが広がっていた。
「……フランツェスカ、今ので任命は完了でいいのでしょうか?」
いつの間にか隣へ歩み寄ってきたフリードが、呆れたような顔で私に問いかけた。
「完了だって、俺が言ってるだろ?」
私が答えるより先に、アクセルが横から割り込むように口を挟む。
フリードは額に手を当て、ぐっと堪えるように目を閉じた。
「……皇太子がそう言うなら、そうなのでしょう。ですが、あれを式典と呼んでいいのかは別問題ですね」
「フリード、私もそれ思っていました」
小声で返すと、フリードは肩をすくめる。
そして周囲ではモルゲンロートの貴族達がひそひそとなにやら話し合い、最終的には覚悟を決めたらしく次々と跪き始める。
「フランツェスカ第一王女殿下、今後とも我々をお導きください……」
貴族達は神妙な顔をして口ではそう言っているものの、何人かは本当に大丈夫か? という顔をしている。
……まあ。
アクセルのあれを見たら、そう思うのも仕方ない。
「じゃ、俺は用があるから先に……」
「え、もう?」
「……さっきすごい美女に出会ったんだよね。クラウディーヌっていう子でさ? 帝国に来て俺の妃になってくれないか口説かなきゃいけないから、また今度な!」
「え? クラウディーヌって、まさか――」
そう言うが否やアクセルはマントを翻し、軽やかに背を向けていた。
帝国騎士たちが慌ててその後ろを追いかける。
「皇太子殿下、お一人では危険です! せめて護衛を――!」
「うるせぇ、ついてくんな! 俺は運命の相手に出会ったんだ! お前達がいたらムードもなにもないだろう! ……あ、フランツェスカ! また後で文書送るから、ちゃんと読んどけよ!」
アクセルからは皇太子の仮面がはがれていた。
あれを帝国の皇太子として扱えというのも難しい話だと思う。
モルゲンロートの貴族や文官たちは、半ば呆気に取られたようにその背中を見送った。
「……フランツェスカ、あれは本当に貴女のいとこなのですよね?」
「ええ、まあ……たぶん」
フリードには言いづらいけれど、アクセルの性格は亡くなったお母様にそっくり。
「たぶんって……いや、もう考えるだけ無駄ですね」
フリードは深いため息をつき、私に視線を向ける。
「わかります、私も信じられません……」
ざわつく貴族や文官達の声を聞きながら、私は息を吐いた。
そして、総督の任命証を胸に抱く。
……ここからが本当の始まり。
「フランツェスカ。その任命証……しっかり貴女が持っておいてください。もう、後戻りはできませんよ」
「ええ、もちろん! フリードも手伝ってくれるのでしょう?」
「……当たり前です、私達は夫婦なのですから」
処刑余韻がまだ残る寒空の下。
混乱と期待と不安が入り混じる視線を一身に浴びて、私はゆっくりと前へ踏み出した。
帝国総督としての、最初の一歩を。
……フリードと二人で。
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