優秀賞受賞作【スプリンターズ】少女達の駆ける理由

棚丘えりん

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2章 デビュー戦

47話 立身大付属の真実

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「1走の極意なぁ……ま、ノリと勢い、あとは根性って感じかな? 都大会ではもっと飛ばすから見ててくれよな!」
 
 優勝した夏の森のリレーチームは、学生記者達に囲まれていた。
 麻矢はノリノリでビッグマウスを披露するが、美咲に小突かれている。
 立身大付属のメンバーも珍しく笑顔で取材に応じていた。
 各校の新聞部は協力して『関東陸上NEWS』を運営しているが、記事の末尾には記者の名前が載る。
 いい記事を、特ダネを、そういった気持ちで取り組んでいるため、インタビューは長期戦になりそうだ。

「あの子達も、なかかいい顔で笑えるじゃないか」
「ほんと、観に来た甲斐があったわね」
「かのん先輩、文子先輩……」

 生徒達から離れた位置で見守る凌監督に、ロリ先生と榊先生が声をかけた。
 夏の森のOGが揃う。

「そっちのチームについては、文子ちゃんと新聞部に調べてもらったよ。色々と心配していたが、どうやら私の誤解もあったようだ。なにより……あの笑顔を見る限り、生徒達の心配はしなくてよさそうだな」

 ロリ先生は、かつての後輩が率いるチーム……立身大付属の悪評を心配して、密かに実情を調査していたのだ。

 常に勝ち続けなければならない、過酷なレギュラー争い。
 敗北は許されず、何よりも勝利と結果を求められる徹底した実力・成果主義。
 上記の環境により冷え切った部内の雰囲気、そしてエースを含め、続出する離脱者達。

 凌監督を問いただしても、出てくるのは「うちは夏の森とは違うんです」という言葉だけだった。
 しかし、ようやくその実情が見えてきた。
 
 勝利にこだわる気風と過酷なレギュラー争いは、生徒自身の望んだ”公平”のためだった。
 敗北を許さないのは、むしろ敗北した選手自身。
 自分が得られたチャンス、無駄にしてしまったチャンスは、誰かが求めて、そして得られなかったチャンスだという自覚の表れだ。
 そして離脱者達は、陸上競技という残酷な世界で、本気になれなかった者達。

「絶対的エースだった花房澪はなぶさみお木下昼寝きのしたひるねの離脱……あまり真相は広まっていなかったが、新聞部の取材で経緯は聞いたよ。彼女達は生まれながらの強者だった。だからこそ、弱者が本気で強者を目指す、そんなチームに馴染めなかったんだろ? お前は、弱者のためのチームを作り上げた。妥協せず、犠牲も批判も覚悟で」

 花房澪と木下昼寝は、それぞれ絶対的な強さを誇っていた。
 しかし、だからこそ、弱者の気持ちは最後まで理解できなかった。
 それぞれがチームを去った経緯はこうだ。
 
 花房澪はある時、選択を迫られた。
 自分の出場する個人種目と、リレーを天秤にかけなければならないという場面。
 澪は迷わずリレーを選ぼうとした。
 しかし残りのリレーメンバーが、それを拒否した。
 
 あなたが一人で走る個人種目なら全国のトップも狙える、けど、4人で走るリレーじゃ狙えない。
 全国制覇という勝利は、栄光は、私達には絶対に手が届かない。
 だからこそ、自分達のために捨てるなんて許さない。
 そんな同情、私達への、弱者への侮辱でしかない。
 そう言われた結果、澪は個人種目を選んだ。
 そしてエースを欠いたリレーは無残に敗北し、全国大会には出場できなかった。
 リレーの敗北と引き換えに得た勝利は、澪には輝いて見えなかった。
 強者故に、自分一人の勝利など、いつでも手に入れられると思ってしまう。
 そんなものではなく、今この瞬間にしか得られない、仲間と共に得る勝利が欲しかったのだ。
 しかし、弱者である仲間達には、それを理解はできなかった。
 同じように、澪を想う仲間達の気持ちも、澪には理解できなかった。
 そして花房澪は立身大付属を去った。

 木下昼寝はある時、選択を迫られた。
 仲間のチャンスと、自分の栄誉を天秤にかけなければならないという場面。
 昼寝は迷わず仲間のチャンスを選ぼうとした。
 しかし仲間はそれを拒否した。

 全国大会への出場には、指定された大会で標準記録の突破が求められる。
 昼寝は早々に標準記録をクリアしていたが、春先に故障をした仲間は、未だクリアできずにいた。
 本来の実力からすれば、容易にクリアできるはずの標準記録。
 故障から復帰した仲間は、本調子ではないものの、昼寝とともに大会を勝ち進んでいった。
 しかし都大会決勝、仲間は7位で関東大会への切符を手に入れられなかった。
 次のラウンドに進むためには、あと1つ分、順位が足りない。
 関東大会までには故障の影響も消える、調子が戻る、標準記録をクリアできる。
 関東大会の決勝どころか、全国大会出場が確実視されていたが故に、誰もがその敗北を惜しんだ。
 切磋琢磨してきたライバルにして、一番の親友だった昼寝は、誰よりもそのことを惜しみ、悲しんだ。
 そして関東大会の欠場を宣言した。
 都大会優勝の昼寝が欠場すれば、7位だった仲間が繰り上げで6人目の出場枠を得て、関東大会に出場できる。
 そうすれば、標準記録クリアのチャンスはまだ残っている。
 関東大会での表彰台入りが確実視されていた昼寝の欠場宣言には、誰もが驚いた。
 いくら全国大会への切符を得ているからといっても、関東大会で表彰台に上る栄誉は非常に大きな意味を持つからだ。
 それでも、昼寝の意志は固かった。
 仲間であり、ライバルでもある親友と、ともに全国の舞台で戦いたかった。
 しかし、仲間はそれを許さなかった。
 同情心のおこぼれで繰り上げ出場など、憐みのチャンスなど、自分はもらいたくないと言い切った。
 見下されて心外だ、どうせ対等なライバルだなんて思っていないんだろう。そう言って口も利かなくなってしまった。
 本心では、昼寝が勝ち取った活躍の舞台を、自分のせいで捨てないで欲しいと願ったからだが、その心は隠して突き放した。
 昼寝はショックを受けながらも関東大会で表彰台に上り、関東6強と呼ばれる存在になった。
 しかしどれだけ勝利を重ねても、隣にはもう、親友はいなかった。
 そして、親友と分かり合えなかった悲しみから、木下昼寝は立身大付属を去った。
 
「えぇ……。あの子達は弱くなんてなかった。むしろ、強過ぎたわ……生まれながらに。だからこそ、生まれながらの弱者であるうちの子達とは、根本的に分かり合えなかったのでしょうね」
「凌ちゃんはそれでも、あの2人の不利になるようなことは言わなかった。だからこそ、2人とも陸上を捨てずに今も走れてる。むしろ、凌ちゃんが悪者になったお陰で、2人の境遇は同情されて、すんなりと陸上界に受け入れられた。きっと分かり合えなくても……愛情はあったんでしょう?」
「もちろんです! だって、中学3年間……何も知らない初心者の頃から育てた愛弟子ですもの。それでも、本当にこのチームに居場所を求めてる”弱い”子達のためにも、私はチームの方針を変えるわけにはいかなかったわ。だから、馴染めず離れていったあの子達には恨まれても、分かってもらえなくても仕方がない。けれど、今も応援はしている。どれだけ離れても、これが親心というものかもしれないわね。決して、あの子達を嫌って追い出したわけじゃないの」
「なるほどな……。お前が、どうしてそこまで勝利に、公平さにこだわるようになったのか……。そろそろ、話してくれてもいいんじゃないか? おそらく”あの日”の出来事が絡んでくるんだろうが」

 凌監督は、ふぅ。と息を吐いてから、観念しましたという風に空を仰いだ。
 ロリ先生と榊先生に向き直ると、優しい表情になって口を開く。

「……いいでしょう。かのん先輩にも、文子先輩にも、これまでお世話になりましたからね。少し意地を張っていましたが、降参です。これを機にちゃんと話しますよ」

 そうして、凌監督は語り始めた。
 立身大付属というチームのカラーが生まれた理由を。
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