充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~

中畑 道

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第七章 王都編

第二話 妹よ、俺は今数学の先生をしています。

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「おはようございます、トキオ先生!」

「おはようございます、シスターネル」

 毎朝の日課を終え職員室へ入ると、開口一番元気に挨拶をしてくれたのはセラ学園最初の卒業生ネル。卒業後セラ教のシスターとなったネルはセラ学園の教師も兼任している。担当しているのは年少組だが、普段から孤児達と寝食を共にしており初代生徒会長でもあったネルは歳の近い年長組の良き相談相手にもなってくれている。俺もまだまだ若造だが、若さ溢れるエネルギッシュなネルは見ていて清々しい。

「もう、私のことはネルでいいって言っているじゃないですかー」

「立派なシスターを呼び捨てになんて出来ないよ」

「立派なんかじゃありません。まだまだ修行中の身です」

「それは俺も同じさ。まだまだ教師としては半人前だ」

「トキオ先生が半人前なら私なんて四分の一前、いいえ、八分の一前です」

「ハハハッ、なんだそれ。ほら、無駄口叩いていないで、他の先生方はとっくに教室へ向かったよ」

「フフフッ、それじゃあホームルームに行ってきます!」

「ああ、今日もよろしく、シスターネル」

「だから、ネルでいいですって!」

 文句を言いながら職員室を出ていくネル。ネルとはこんなやり取りを一年以上続けているのだが一切折れる気はない。俺がネルのことをシスターネルと呼ぶようになったのは一年の見習い期間を経て正式にシスターとなってから。見習い期間の頃から聖職者、治療師、教師、その全てに全力で取り組むネルの姿を見てきた。一人前のシスターとしてマザーループからお墨付きをもらった今尚、ネルは日々勉強だと言って努力を続けている。ネルが何と言おうと、立派なシスターとなったネルのことを呼び捨てになんて絶対にしない。


 セラ学園は現在、年長組、年中組、年少組、それぞれ二クラスの計六クラス。それに伴い、教師はネルを含め四人補充した。イオバルディ学長から紹介していただいた王都出身のジャクソン ホーリー先生とイーサン ホーリー先生。二人は兄妹でジャクソン先生には年長組、イーサン先生には年中組を担当してもらっている。
 もう一人はオクラド出身のクリス エドマン先生。オクラドと言えば俺が問題を起こした相手、ブラックモン伯爵家が治める領地だ。あの後、新領主となったジョシュ ブラックモン伯爵がブロイ公爵家のエリアスに連れられてセラ教にやって来たときは俺だけでなくマザーループも身構えたのだが、顔を合わせた途端まさかの土下座。俺達だけでなく当事者のミルにも謝罪したいと言うので会わせることにしたのだが、そこでも土下座しようとしたのでマザーループと俺で止めた。ミルにも新たなブラックモン伯爵の謝罪が心からのものだと伝わったようで「もう、気にしていない。トキオ先生の邪魔をしないと約束してくれるのならいい」とのお許しが出て一件落着。
 その後、セラ学園を見学させてほしいというので一通り学校施設や教材を紹介したのだが、物凄い食い付き。いたく感動した様子で「いつかオクラドにも、こんな学校を作ってみせる」と鼻息荒く興奮していた。翌年、生徒が増えて教師補充の相談をエリアスにすると「それならば、将来的にセラ学園のような学校を作りたがっているオクラドに声を掛けてみましょう」と、いうことになり、紹介されたのがクリス エドマン先生。なんでも、ブロイ公爵ですら一目置く程の知者でありブラックモン伯爵の師、今はオクラド復興の陣頭指揮を任されているラーズ エドマン様のご子息とか。実際に会ってみると、とても理知的な方で人当たりも良く、俺達が目指している教育改革にも強く興味を示してくれた。今はイーサン先生と一緒に年中組を担当してもらっている。

 俺とサンセラはクラス担任をしていない。元々サンセラはクラス担任をしていなかったが、俺も今年度から外してもらった。理由は二つ。
 一つ目は自分で言うのもなんだが、俺の計算の授業がすこぶる良い評判を得てしまったから。マザーループやオスカーからも計算の授業は全て俺が担当すべきだと強く押されてしまった。残念ながらこの世界の勉強は前世に比べ遥かにレベルが低い。物理や化学は一部の有識者のみが興味を持っているだけで学問として確立されておらず、基礎となる数学も日常生活に必要なものに毛が生えた程度だ。セラ学園で教える範囲は前世の中学卒業レベル、それでもこの世界では王都の学校を超える高等教育とされてしまい教える側にも難易度が高い。そういう訳で計算の授業に関しては全クラス俺が担当することになり、前世では文系だった俺が今では数学の先生である。
 もう一つの理由はセラ学園が誇る天才少女だ。学校が始まってから知識を吸収し続けたミルの学力、特に数学に関しては前世の大学院レベルに達している。ブルジエ王国で最も高い水準の学力を持つオスカーやホーリー兄妹でも到底及ばない。年中組だった頃は俺が担任をしていたので問題無かったが、年長組になってからの授業中はもっぱら俺の作ったミル専用の教科書で自習、分からないことがあれば俺に聞くといったかたち。当初、ミルにどこまで教えるかを職員会議で議題に上げたのだが、その時点でマザーループやオスカーでさえミルが何を勉強しているのか理解できず、すべて俺に任せるという結論に至った。それに対して俺が出した答えは、物理や化学については他の生徒と同じで基本的なことしか教えないが数学はミルが望む限りどこまででも教えるというもの。今は何の役に立つかより新たな知識への好奇心が勝り俺の教える数学に取り組んでいるミルだが、大人になり学者となった時、物理や化学の基礎となる数学の知識は必ず役に立つ。多分、今ミルが学んでいる数学を現時点で理解できる人物はこの世界に居ない。それでもいつの日か、またミルのような人物が現れた時、ミルの残した物が役に立つ。理解できる人は必ず現れる。ミルが進めた世界を、次の天才がさらに進める。この世界は、この世界の人達によって進められるべきであり、別の世界から来た教師である俺はその手助けをするだけだ。この世界の創造神様が与えてくださった前世とは比較にならない知能で得た俺の知識は、この世界の人達が、この世界の為に、この世界に合ったスピードで進化させていけばいい。それが何年先になろうが構わない。この世界の住人であるミルが良かれと思ったことを後の世に残し、次の誰かがまた良かれと思ったことを残していけばいい。

「さてと、少し早いが一限目の授業に向かいますか」

『一限目は年中2組ですね』

「そういえば今朝はサンセラの奴見ていないな?」

『サンセラ殿なら一限目の授業は入っておりませんので将棋部の部室で手裏剣を投げているのではないかと』

「それってもう、将棋部じゃなくて手裏剣部だろ」

 まったく・・・まあ、空いている時間は好きに過ごせばいいさ。あと、時間割をすべて把握している聖獣様って・・・

『さあ、折角ですので各クラスのホームルームの様子などを窺いながら向かいましょう』

「そ、そうだな・・・」

 ホームルーム中の各クラスから聞こえる子供達や先生の声に耳を傾けながら、コタローを肩に誰もいない廊下を歩く。うん、いと平和なり。

 そんな中、ひときわ元気な声が。

「はい、はい、イーサン先生。聞いて、聞いて」

「はい、ミーコ」

「あのね、モッちゃん凄いんだよ!」

 俺が担任をしていた時から年中組の元気印だったミーコは今やセラ学園一の元気印、少し背が高くなっても性格はまったく変わっていない。

『フフフッ、ミーコの奴、サンセラ殿に弟子入りしても教室では全く以前と変わりませんな』

「そうだね・・・」

 うちの聖獣様、学校に馴染み過ぎじゃねぇ・・・


 ♢ ♢ ♢


 授業は午前中だけ。午後からはそれぞれの子供達が自身の鍛錬や興味のあることに使う時間。勿論、家に帰ってもOK!

「「「いち!に!いち!に!」」」

「速く振ることよりも正しく振ることを心がけろ!基本を正しく身に付けられれば、剣速など後からいくらでもあげられる!」

 グラウンドではマーカス指導の下、年長組に満たない冒険者希望の生徒達が元気に剣を振っていた。

 一般から生徒を募集した初年度、予想ではセラ学園の存在が既に噂となっている商人の子供が一番多いかと思いきや蓋を開けてみてびっくり、最も多かったのは冒険者を親に持つ子供達だった。しかし、よく考えてみれば納得。タダで読み書きや計算を教えてもらえるだけでなく、S級冒険者マーカス ハルトマンから直接指導が受けられるのだ、冒険者を目指すのならこんなにありがたい話は無い。勿論、我が校の教育理念はしっかりとお話させて頂きましたよ。冒険者の子供だからといって、必ず冒険者にならなければいけないなんてことは無いからね。とはいえ、そこはやはり冒険者を親に持つ子供達、冒険者への強い憧れがあるようでほとんどの子は冒険者志望。年長組となっても冒険者志望が変わらなければ能力に合わせた個別指導に入るが、年中組以下はまだまだ体力も魔力も集中力も無い。訓練というよりは楽しく剣を振ったり、駆けっこをしたり、前世で言う街の体操教室のような感じだ。ただ一点違うのは、指導者が最高峰のS級冒険者だということ。例えるなら、メジャーリーグの現役ホームラン王や奪三振王が少年野球の指導をしてくれているようなものである。

『あの日以来、ほとんど毎日マーカスは子供達の指導に来ていますね。勿体ない・・・』

「マーカス自身が選んだ道だ。俺達が口を出すことじゃない」

 マーカスがトロンの街に来て三年と数ヶ月、既にS級冒険者だったにもかかわらず更なる高みを目指し俺の下修行を重ねたマーカスが遂に剣の最高峰「剣聖」スキルをカンストさせた。

 次の時曜日、俺とマーカスは以前の約束を果たす。

 一月前のあの日、俺は人類史上初、「剣聖」10のスキル保持者となったマーカス ハルトマンと魔獣の大森林を深く潜った。共に来ることを許したのはコタロー、サンセラ、オスカーの三人のみ。

 結界を張り俺とマーカスは対峙する。

 最初で最後、真剣勝負をするために。


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