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第三章 学校編
第七話 妹よ、俺は今弟子に教えられています。
しおりを挟む「ゆっくりだ、ゆっくり、同じスピードをキープしてゆっくり振り下ろせ」
「はい」
「返事などいいから体の動きに集中しろ」
「・・・・・・・・・」
現在、朝の六時を少し回ったところ。約束通り今日からマーカスに稽古をつけている。まずはマーカスの現在地を知るため俺も取り入れている通称「ゆっくり素振り」をさせているのだが、案の定苦戦中だ。
ちなみに、立ち合いで折れた剣は、俺の魔法で修理済み。
「ふー。ゆっくりと剣を振ることが、これ程難しいとは・・・」
大きく息を吐くマーカスの額には大量の汗。
「なぜだかわかるか」
「私の筋力が足りていないのでしょうか」
「0点、その逆だ。マーカスのステータスと戦い方を考えるに、その剣では軽すぎる」
マーカスは既に剣を振るのに十分な筋力を持っている。ただ剣を速く振るだけなら軽いに越したことは無いが正確に剣を扱うには自分に合った重量と長さを知らなくてはならない。プロ野球選手がバットの重さを数グラム、長さを数ミリ変えただけで成績が著しく変化するのと同じだ。前世のプロスポーツ選手を遥かに凌駕する身体能力を持ったこの世界の人々こそ、もっと道具にはこだわりを持たなければならない。
「それともう一つ。マーカスの中にある固定観念が、ゆっくり剣を振り下ろすのを邪魔している」
「固定観念・・・」
「新たな剣の知識を俺が話したところで今のマーカスには一割も理解できない。まずは凝り固まった固定観念の鎧を一枚ずつ剥していくことから始める。間違った知識を、俺に言われたからではなく自分で理解して削除していかなければならない。この「ゆっくり素振り」がいい例だ。お前今まで、剣をゆっくり振ろうなんて考えたこともなかっただろ」
戦うのに剣のスピードは速ければ速い方がいい。その為にマーカスは体を鍛え、剣の技術を磨いてきた。ステータスを見てもマーカスができる限りの鍛錬に励んできたことはわかる。ここがマーカスの現在地。このやり方でさらに強くなるにはレベルを上げる以外に方法が無い。
次にマーカスが覚えるべきことは脱力。マーカスとて考えていない訳ではない。力みが剣速を鈍らせることは重々承知している。俺が言う脱力はそんなレベルの話ではない。本当の脱力とは剣を持って覚えるものではなく、体術として学ぶものだ。マーカスの「体術」スキルはレベル5。剣の技術やステータスと比べるとあまりに低い。強い剣士を目指し、剣を使う鍛錬ばかり積んできた証拠だ。更なる高みを目指すのならば、今のマーカスに必要なのは基本である体術で身体の正しい使い方を覚えること。剣は「ゆっくり素振り」で剣筋を確かめるだけで今は十分だ。
「今のマーカスは伸び悩んでいるのではない。既に今まで学んできたことの最高到達点に達しているのだ。考え方を変え、次のステップに進まなければここで頭打ちだぞ」
マーカスが持つスキルの中で「身体能力向上」「魔法耐性」「不動心」「体術」最低でもこの四つはレベル10まで上げる必要がある。俺自身も「不動心」「体術」はレベル10に達していない。もともとカンストさせるつもりだったのでいい機会だし共に学ぼうと思っている。
その先にマーカスの完成形「剣聖」レベル10がある。俺の持つ「剣術」スキルはレベル10に達すると本来は剣で切れないもの、剣より硬いものが切れるスキル。正直たいしたスキルではない。実際俺は「剣術」スキルをカンストしていないが剣より硬いものを切ることができる。ステータスを高める事でも、高性能な武器を手に入れる事でも代替えのきくスキルだ。
「お前の持つ「剣聖」は特別なスキルだ。ただし、それはレベル10に達した場合。カンストして初めて、そのスキルは本当の力を発揮できる。レベル8では「剣聖」スキルを持っていないのと変わらない」
ここから先は魔力も重要。「剣術」の上位互換「剣豪」はレベル10に達すると魔法をはじき返すことができる。さらにその上、マーカスの持つ「剣聖」は、はじき返すだけでなく魔法を切ることができるようになる。はじき返すのと切るのは似たように見えて全くの別物。「剣聖」なら俺の結界すら切ることが可能だ。見えないものすら切ることのできるスキル、それが剣における最高スキル「剣聖」なのだ。
「次のステップに進めたと判断するまで、俺が見るのは朝一番の素振り一振りのみ」
「一振りだけですか・・・」
「そうだ。今のマーカスにとって剣を振るのは僅かな体力づくり程度の効果しかない。今は剣を置け」
言われた通り剣を置くマーカス。俺も腰から二本の刀を外す。
「まずは素手で俺に一撃入れてみろ。来い!」
「はい。参ります」
威勢は良いが攻撃は全然ダメ。さて、我が師匠カミリッカさんに倣って左斜め下からの攻撃に隙を作っておきますか。
「今日はここまでだ」
「ありがとうございました。痛てててっ」
「ヒール」
稽古の終わりを告げると三十分程前から見学していたオスカーが俺達の下へ来たので声をかける。
「おはよう、オスカー」
「おはよございます」
オスカーは礼儀正しくその場で立ち止まり深々と頭を下げると、旧友のマーカスへ声をかけた。
「やっているな。学生時代は敵無しだったお前が何度も転がされている姿を見るのは新鮮だよ」
「言っていろ」
昨日は凄い剣幕で怒っていたオスカーだが、関係が改善されたようでなによりだ。
「どうだ、先生の稽古は?」
「学ぶことばかりだ。今日も自分がいかに動けていないのかを痛感させられた。これでは剣の腕をどれだけ上げたところで十全に力を発揮できない」
いい兆候だ。自分が何の稽古をしているのか、理解しているのとしていないのでは効果が変わってくる。マーカスはたった一時間の稽古で「体術」が自分の成長に必要なことを、柔軟な思考で理解した。それができれば、あとは我武者羅に励むだけでいい。
「二人共、会わせたい奴がいるから来客室へ来てくれ」
「会わせたい奴・・・」
「今一緒に学校の建設をしている、俺の一番弟子だ」
来客室に入ると、念話で呼び出して十分も経っていないのにサンセラがお茶を口にしていた。建設中の学校から教会までは徒歩三十分程。どうやって教会まで来たのかは知らないが目立つ行動は遠慮してもらいたい。
「おはようございます。師匠」
「朝から呼び出してすまん。昨日話した二人だ。一度顔合わせしておいた方がいいいと思ってな」
昨日の立ち合いをこっそり覗いていたサンセラは知っているが、二人はサンセラを知らないので紹介する。
「最初に俺の弟子になりたいと押しかけてきた、変わり者のサンセラだ」
「師匠、後輩の前で変な紹介の仕方をしないでくださいよ。こういうのは初めが肝心なのですから」
「お前、面倒くさいタイプの先輩だな」
「嫌なこと言わないでください。私は面倒くさい先輩などではありません」
オスカーとマーカスは、師弟というより仲の良い兄弟のように話す二人を見て呆気にとられる。それと同時に二人の強い信頼関係を感じていた。
先に動いたのはマーカス。
「はじめまして、冒険者のマーカスです。よろしくお願いします」
慌ててオスカーも続く。
「はじめまして、オスカーと申します」
深々と頭を下げる二人に一つ咳払いをしてから挨拶を返すサンセラ。
「サンセラだ。一番弟子として二人に言っておきたいことが一つある」
俺とふざけあっていた時とは違う厳しい表情を見せるサンセラ。オスカーとマーカスも神妙な面持ちで言葉を待つ。
「お前らも知ってのとおり師匠は膨大な知識と圧倒的な力をお持ちだ。世界中に名を轟かせることなど造作もないほどの知識と力だ。だが、師匠はそんなことに一切興味がない」
サンセラの奴、何を言うつもりだ?
「師匠はマザーループとシスターパトリにこう言った。世界を変えるなんて大それたことは言わない。自分にそんな力があるとも思わない。それでも手の届く範囲なら変えられるかもしれない。その後は次の世代、さらに次の世代、時間がかかっても少しずつ変わっていけばいいと」
うん、言った。学校の許可をもらう為に。
「この世界を、全ての子供達が身分や生まれに関係なく自由に学べる世界にしたい。子供は可能性の塊、誰だって平等に学ぶ機会を得られるべきだ。今すぐ世界中の子供に学びの場を与えることは出来なくても手の届く範囲ならできる。それを模範に世界が変わっていけばいい。これが師匠の崇高なお考えである」
なぜサンセラが聞いていたかのように言う。お前その場にいなかっただろうに。
「師匠は他者を重んじるお方。故に教えを授けてもお前達に何かを強要したりはされぬ。だからこそ、一番弟子である私がお前達に厳命する。トキオ セラ様の活動を助力せよ。さすれば、この世界は必ず良き方向へ進む」
「おい、サンセラ。お前何を言ってんだよ。人にはそれぞれの人生があるのだから、無理矢理協力させようとするな」
こいつ、一番弟子だからって偉そうに。人様の人生を左右するような命令をするんじゃないよ。まったく。
「サンセラ様。先生の崇高な志をお聞かせくださりありがとうございます。もとより、先生を師と仰いだその日から心は決まっております。自分に何ができるのかは未だわかりませんが、僅かでも先生のお役に立てるのであれば我が身などすべて差し出す所存です」
こら、オスカー。簡単にサンセラに乗せられるんじゃない!
「私も同じです。師匠が描く素晴らしい未来の為なら、喜んでその礎になりましょう」
マーカスまで・・・こいつら単純過ぎないか?将来が心配になってきたぞ。
「よくぞ申した。我らトキオ一門、共に知恵と力を合わせ師匠の目指す世界を現実のものとしようぞ!」
「「はい!」」
なにがトキオ一門だよ。俺は落語家じゃないぞ。いい加減こいつらの乗りも馬鹿馬鹿しく思えてきたからそろそろ止めさせるか。
「オスカー。俺に気をつかう必要はないぞ。お前は充実した人生を送るために俺のもとに来たのだろ?」
「お言葉ですが先生、先生の目的でもある子供達が身分や生まれに関係なく自由に学べる世界を実現するために協力させていただける、これ以上充実した人生を私は想像することができません」
ダメだ、こいつ・・・
「マーカス。「剣聖」をカンストして、名実ともに最強の冒険者になるんじゃないのか?お前の「剣聖」スキルは人類未開の地、魔獣の大森林踏破だって夢じゃないぞ」
「名はまだしも、実で最強の冒険者になるなど師匠がおられる限り不可能です。魔獣の大森林踏破は確かに壮大な話ですが、師匠の目的に比べると大したことに感じません」
こいつもヤバいなぁ・・・さっさと「剣聖」をカンストさせて追い出すか。そうなれば目も覚めるだろう。
一番の問題はサンセラだ。この調子で誰彼かまわず煽り続けられては学校の先生をやる時間が無くなってしまう。釘をさしておかねば。
「サンセラ。人間の生涯は短い。既に大人のオスカーとマーカスの貴重な時間を奪う権利は誰にもないんだ。軽々しく人生を左右するような事を言うな」
「師匠こそ、彼らを軽く見過ぎです」
「なんだと。俺がいつオスカーとマーカスを軽く見た!」
この野郎。俺は二人の人生を尊重しているだけだ。
「申し訳ありません、言葉が足りませんでした。師匠が他者を尊重する方だということは重々承知しております。私は二人の思いを、決意を軽く見ていると言っているのです」
決意?
「私は師匠に弟子入りを志願した時、どんなに断られても絶対に弟子にしていただけるまでログハウスに通うつもりでした。たとえ殺されてもです。弟子にしていただくか殺されるか、そう決意しておりました。この者達も同じです。」
そんな決意を持って俺を訪ねてきたのか・・・
「今まで人生を剣に捧げてきたマーカスは昨日その全てを否定される敗北を喫しました。心が折れぬ訳がない。普通なら動けませんよ。それでもマーカスはすぐに動いた。今までのすべてより、師匠との出会いの方がマーカスにとっては大きなことだったからです。マーカスも私と同じで、殺されない限りあの場を動かなかったでしょう」
小さく頷くマーカス。サンセラの言う通りだ。俺はマーカスの決意を軽んじていた・・・
「領主の息子であり才覚もあるオスカーは師匠のもとで学ばなくとも安泰の人生を約束されている。そのすべてを投げうってここへ来ました。オスカーにとって師匠との出会いはそれ程に大きいのです。その思いを感じ取ったからこそ、ブロイ公爵は師匠に頭を下げたのです」
何度も首を上下するオスカー。面白そうな奴だからいいか・・・その程度に考えていた。
「私は誰にでもこのような事をいう訳ではありません。力のない者、それ以上に決意のない者など何人居ようが邪魔なだけです。オスカーとマーカスだから言うのです。私と同じ決意を持つ門下生だから言うのです。師匠のもとで学び得た知恵と力を大義に使えと。この世界の大きな一歩の為に使えと。トキオ セラ様が成す大業に助力せよと」
人一人の力などたかが知れていると知っていた筈なのに、俺は神にでもなったつもりでいたのか。マザーループになんと言った。子供達の将来を憂いている大人はあなた達だけではないと言ったのは俺自身じゃないか。前世の記憶があるから、俺にしか使えない魔法があるから、創造神様と妹に貰った加護があるから、この世界を前進させるのは俺が独占していいとでも思っていたのか。酷い勘違い野郎だ。
「すまない、俺が間違っていた。俺はこの世界を、すべての子供達が将来に希望を持てる世界に変えたい。きっと俺が生きている間には小さな一歩しか踏み出せない。それでも変えたい。俺の考えに賛同してもらえるなら力を貸してくれ」
三人に頭を下げ謝罪する。力を得ても決して忘れてはならない。俺はまだ二十三年しか人生を送っていない未熟な若造であることを。未熟だから学ぶのだ。弟子たちと共に俺も学ばなければならないことは沢山ある。
「はい!このサンセラ、師匠の一番弟子として生涯お供いたします」
「先生と共に働くことのできるこれからの人生が楽しみでなりません」
「必ずや「剣聖」を完成させ、師匠のお力になると誓います」
よく考えればここに居る全員が俺より年上だ。師匠だ弟子だとそんなことは関係ない。わからないことがあれば聞けばいいし、間違っていることは正してもらえばいい。大切なのは人の意見を聞くことのできる耳を持ち続けることだ。
『コタローも、俺が間違っていると思ったときは遠慮なく言ってくれ。頼むぞ』
『御意』
「よし、それじゃあ仕事に取りかかろう。サンセラ、今週中に外装を仕上げるぞ」
気合十分で来客室を出る。あれ、サンセラが付いてこない?
「おーい、サンセラ。早くしろ」
「はーい。少々お待ちください」
俺が部屋を出たところでオスカーとマーカスに何やら話している。何をやっているんだ、あいつ?
「オスカー、マーカス、先程は偉そうに話をしましたが私は決して面倒くさい先輩などではありませんよ。わからないことがあれば何でも聞いてください。あと、私を呼ぶときに様を付ける必要はありません」
「わかりました。では、何とお呼びすればよろしいですか?」
「そうですね・・・気軽にサンセラ先輩とでも呼んでください」
「おーい、サンセラ。早くしろ」
トキオに呼ばれ駆けだすサンセラ。オスカーとマーカスは深く頭を下げ見送る。
♢ ♢ ♢
トキオとサンセラが教会を出て、二人はようやく口を開く。
「流石は先生が最初に弟子入りを認めた方だ。凄い迫力だったな、サンセラ先輩」
「ほお、オスカーにもサンセラ先輩の強さがわかるか」
「いや、強さまではわからん。S級冒険者のマーカスよりも強いのか?」
「バカ!滅多なことを口にするな。次元がちがう、俺など足元にも及ばん」
「それ程か・・・」
「ところで、師匠の肩にとまっている鳥だが・・・」
「ああ、シスターパトリに聞いたのだが、先生の従魔で名をコタローというらしい」
「コタロー殿か」
「コタロー殿って、小鳥だろ?」
「オスカー、悪いことは言わんから今後コタロー殿をただの小鳥などと口が裂けても言うな。いいか、これは警告だぞ」
「ちょっと待て、まさかコタロー・・・殿も強いのか?」
「オスカー、本当に何も感じないのか?学生時代は俺に次ぐ剣の使い手だったじゃないか」
「勘弁してくれ。次点とはいってもトップのお前とは天と地ほどの差があったのは自分でもわかっている。俺などどれだけ努力しようと精々B級冒険者になれるかなれないか程度だ」
「いや、学生時代のオスカーならコタロー殿がただの鳥ではないことぐらいは気付けたはずだ。勉学も大切だが少しは剣の稽古もした方がいい。この教会には男手が少ないのだから、いざとなればオスカーも戦えるに越したことはない」
「そうだな。久しぶりに剣を握るか。ところで、コタロー殿はどれ程の強さなのだ?まさか、マーカスよりも強いなんて言わないよな」
「だから!滅多なことを口にするなと警告しただろうが。俺など相手にならん、コタロー殿と戦えば瞬殺だ。次元が高すぎて正確にはわからんが、サンセラ先輩よりコタロー殿の方が強いかもしれん」
「マジか?」
「マジだ」
「まあ、先生がただの小鳥を従魔にする筈もないか・・・ただ、シスターパトリはコタローちゃんと呼んでいたぞ」
「マジか?」
「マジだ」
オスカーとマーカスは情報の共有と剣の稽古を約束し、各々の仕事に取りかかった。
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