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第三章 学校編
幕間 公爵家の人々
しおりを挟む「オスカー兄さま!」
ここ最近食事を共に摂ることのなかった二番目の兄が久しぶりに夕食の席に顔を出す。
「やあ、フラン。随分と久しぶりに感じるね」
「久しぶりに感じるのではなく、久しぶりなのです」
トキオ先生の学校作りを手伝い始めたオスカー兄さまは忙しいらしく、夕食の時間に帰って来たのは一週間ぶり。朝も早くに出かけてしまう為、顔を合わせるのも一週間ぶりだ。
「そんなに私が恋しかったのかい?」
「オスカー兄さまが恋しかったのではありません。トキオ先生の話をお聞きしたいだけです」
普段は明るく我が公爵家のムードメーカーでもあり大好きなオスカー兄さまだが、時々デリカシーのない物言いをするのが玉に瑕だ。
「ハハハッ、そうか。夕食の後、ゆっくり話そう」
「はい、楽しみです」
一週間前、私は奇跡を見た。病気で苦痛を訴えるお母さまを見たことも無い無詠唱魔法で治療した冒険者。彼の圧倒的な力を知らなかった私は、あろうことか医者ではないと言った彼の治療を止めさせようとした。そんな私に、彼は言ったのだ「大丈夫。俺が嘘つきに見えるかい」と。初対面だったが、私は彼が嘘をつくような人には見えなかった。
元気になったお母さまを見て安心したのと同時に、これ程の力をお持ちの方に自分が無礼な振る舞いをしたことに気付いた。しかし、彼は私を一切責めなかった。それどころか美しいネックレスをプレゼントしてくれた。あとでそのネックレスがもの凄く価値のあるマジックアイテムだと知って驚いた。
トキオ セラと名乗ったその冒険者は領主であるお父さまに学校を作る許可をもらいに来ていた。粗暴なイメージのある冒険者が学校を作るなど聞いたことが無い。だが、トキオ先生のお力とお人柄を知った私はなんら不思議に思わなかった。その学校に通える孤児院の子供達を羨ましいと思った。
命を救われたお母さまと私はトキオ先生の大ファンになった。でも、私たち以上にトキオ先生に心酔してしまった人物がいる。それがオスカー兄さまだ。
運ばれてきた夕食を無言で食べる。食事中に無用な私語はマナー違反だ。淑女である私はマナーを守る。だけど、早く学校の話を聞きたいので少しだけ急いで夕食を口に運んだ。
食べ終わると食後のお茶が運ばれる。そんなものはどうでもいいのだが淑女の私は大人しく待つ。紅茶を一口だけ頂きお父さまに視線を向けると、夕食に満足したのかゆっくりとお茶を楽しんでいる。食後の会話は家長が口火を切るもの。イラっとしたので睨みつけると私の視線に気付いたのかようやくカップを置く。
「オスカー、トキオ殿の所はどうだ?」
なんと抽象的な質問なのだ。まったく、使えないお父さまだ。
「父上、私と同窓だったマーカスを覚えていますか?」
何の話をしている。マーカスって誰だ。トキオ先生の話を聞かせてくれるのではないのか。
「ああ、S級冒険者の剣士マーカス ハルトマン殿なら勿論知っている。クルトも世話になったからな」
クルト兄さまの話なんてどうでもいい。そんな話は他所でして欲しい。
「イレイズ銀行に騙されたマーカスが、先生を襲撃しました」
なんですって!
「なんだと!それで、トキオ殿は?」
「襲撃に来たマーカスを軽くあしらい、冒険者ギルドでもう一度依頼を確認してこいと言って解放しました」
それで?
「それで?」
「翌朝マノア殿に連れられ詫びを入れに来ました。先生はマーカスが騙されていることに気付いていたようです」
「大事には至らなかったのだな・・・それにしてもS級冒険者を軽くあしらうとは・・・」
S級冒険者より一枚も二枚も上だなんて、流石はトキオ先生。
「話には続きがあります。あろうことかマーカスは先生との立ち合いを希望したのです」
なんですと!面の皮が厚いとはこのことですわ!
「馬鹿なことを・・・当然トキオ殿は断ったのだろう。そもそも教会で立ち合いなどマザーループが許可しまい」
「勿論先生は断ったのですが、マザーループはお互いが切磋琢磨しあう立ち合いは問題ないと乗り気で・・・」
「立ち合ったのか!」
「・・・はい」
オスカー兄さまは何をやっていたのですか!いくらトキオ先生が凄い魔法職だからといってS級冒険者の剣士と立ち合わせるなんて!もう黙っていられません!
バン!
私が声をあげる前にテーブルに両手を打ち付けたのはクルト兄さまだった。そうです!言ってやってくださいな。
「どうして・・・私を呼んでくれなかったのですか!」
そうだ!そういったことは武闘派のクルト兄さまに任せるべき案件だ!
「トキオ殿とマーカス殿の立ち合いなど滅多に見られるものではないというのに、どうして私を呼んでくれなかったのですか!」
・・・はい?
「急な出来事なのだからお前を呼びに行く時間など無いに決まっているだろ」
「そ、そうでしょうが・・・そんな世紀の一戦を見逃すなんて・・・」
駄目だ、こいつ・・・
「そう落ち込むなクルト。私が見たものは伝えてやるから」
「・・・お願いします」
お父さまが使用人にお茶のお代わりを要求する。知らぬ間に私のカップも空になっていた。小休止を挟んでオスカー兄さまが語り始める。
「立ち合いは見学しているマザーループや子供達に危害が及ばぬよう、先生の展開した結界の中で行われました。中には先生とマーカス、立会人のマノア殿のみです。先生は結界以外の魔法は使わず、純粋な剣のみの勝負となりました」
納得いきません。どうして立ち合いを受けてあげた側のトキオ先生が不利な条件になるのですか!
「マーカスが剣を構えても先生は剣を抜きません。それでいいのかとマノア殿が尋ねましたが先生はさっさと始めてくださいといった感じで頷きました」
どうして剣を抜かないのですか?
「兄上、どうしてトキオ殿は剣を抜かないのですか?」
「私も初めは不思議に思った。しかし、すぐに理由はわかったよ。マノア殿の開始の合図と共にマーカスは切り込んだが先生には掠りもしなかった。それどころか剣を振り下ろすマーカスの隙をついて背中を蹴飛ばすとマーカスが無様に倒れたのだ」
「なんですか、それは・・・」
「マーカスも信じられなかったのだろう。剣を抜いてはくれないのかと先生に訴えたが、自分の力で抜かせてみろと言われもう一度切り込んだ。結果は同じ。マーカスは先生の動きに付いていけず背中を蹴られて倒れこんだ」
「信じられない・・・相手はS級冒険者「剣聖」のマーカス殿ですよ・・・」
「私にはわからなかったが二人にはそれなりのやり取りがあったようで、先生はマーカスを一喝した。力が上の者と立ち合うのに策を弄するな、我武者羅にかかってこいと。この時点でマーカスは勿論、見ている我々にも二人の力量には圧倒的な差があるのは一目瞭然だった。マーカスは防御を捨て、剣を上段に構えたまま意を決し先生に突進した。それでも先生は剣を抜くことなく自然体のままだった。マーカスが先生に全身全霊の剣を振り下ろした」
ごくりと唾を呑む。オスカー兄さまは語り部の才能があります。
「自分の目を疑ったよ。マーカス渾身の一振りを先生は素手で受け止めた」
「素手で・・・あり得ない。どれ程ステータスに差があればそんなことが可能なのだ・・・」
オスカー兄さまがマジックバッグから模造刀を取り出すとクルト兄さまに渡し、その時の再現をする。
「こうやって、掌を合わせるように剣を挟み、捻りを加えるとマーカスは剣から手を放してゴロゴロと転がっていった。転がった先に剣を投げた先生がマーカスに言い放つ。これから刀で一度だけ攻撃する。それを防ぐことができたらこの勝負はお前の勝ちでいい。剣を構えろと」
もう勝負なんてどうだっていい。皆、トキオ先生がどんな攻撃をしたのかに興味が向いている。
「先生が刀に軽く手を添えて構える。その体勢は恐ろしく低い。刀に手を添えている右ひじが地に着きそうなほど低かった。マーカスが剣を正面に構える。体勢の整ったマーカスが「こい!」と声を上げた瞬間、勝負は決した」
私だけではない、家族全員が息を吞む。
「私には視認できなかった。それも当然、S級冒険者のマーカスや凄腕の斥候だったマノア殿ですら視認できなかったのだから。その場に居た誰もが「こい!」と掛け声を聞いた次の瞬間に見たのは、先生の刀がマーカスの喉元に寸止めされている場面だった。マーカスの剣は真っ二つに斬られていた。折られたのではない、文字通り斬られていた」
「魔法ではないのですね?」
「違う。先生が居た地面には力強く踏み込んで抉れたのであろう跡があった。斬られた剣を見ても魔法では不可能だ。マノア殿が勝負ありを宣言した後、教会は静寂に包まれていた。闘技場で何度も剣士の戦いは見たことはあるが、勝負が決して会場が静寂に包まれた経験など無い。本当に凄いものを見た時、人は言葉を失うのだと改めて知ったよ」
信じられない。いや、オスカー兄さまは現場に居て見たままを話している。信じられないのではなく、私の理解が追い付いていないのだ。トキオ先生は圧倒的な魔法だけでなく、S級冒険者の剣士を遥かに凌ぐ剣技もお持ちなのだ。最早、神に愛されているとしか思えない。
「トキオ殿が使われた技術は、多分居合術というものです。両刃剣とは違い抜刀の瞬間が最も速いといわれる刀を使っているのも頷けます。マーカス殿の剣を素手で受け止めたのは真剣白刃取りと言われる技でしょう。言葉では聞いたことはありますが、実際にできる人物に会ったことはありません」
クルト兄さまの説明を聞いてトキオ先生の凄さがより伝わる。抜刀の瞬間に斬撃を繰り出しただけでなく、トキオ先生はその刀を寸止めしている。速度の出ている刀を止めるには刀を振る何倍もの力が必要になる。真剣白刃取りと言われる技は人間ができる技術の範疇を超えている。しかも相手は、S級冒険者の剣士だ。
「静寂の中、一人の少女が声を上げました。「トキオ先生は凄い。魔法だけじゃなくて剣も凄い。私達の先生は超絶凄い先生だ」その声に子供達の感情が爆発しました。慌ててシスターパトリが子供達を押さえようとしますが簡単に興奮は収まりません。そんな中、マーカスにいくつかアドバイスをされた先生が立ち去ろうとすると、その場に両手両膝をついたマーカスが弟子入りを志願しました。マーカスからはただならぬ決意を感じ取れました。私がトキオ先生にお会いした時と同じです」
剣の頂点であるS級冒険者が弟子入りを懇願する程にトキオ先生は凄い。魔法でも剣術でもトキオ先生なら地位も名声も欲しいままだ。そんなトキオ先生が選んだのは学校の教師となること。子供達に教育を施すこと。トキオ先生は魔法や剣術のお力以上に、美しい心をお持ちだ。だからこそ、神はトキオ先生に力をお与えになったに違いない。
「オスカー、トキオ殿に弟子入りしたということは、マーカス殿はトロンに拠点を移したのか?」
お父さまが興奮するのは理解できる。トロン領主として、S級冒険者がこの街を拠点にしてくれるのは心強い。
「はい、既に冒険者活動もしております」
「なんと、それは僥倖。ますますトキオ殿には頭が上がらなくなったな。もういっその事、トキオ殿に領主の座を譲ろうか」
「それは迷惑でしょう。先生は権力になど一切興味がありません。考えても見てください。あれ程の力と知識をお持ちの先生がその気になれば、地位や名声など容易く手に入れられます。先生はこの世界で自分がすべきことを理解しておいでです。我々ごときが口を出してよいお方ではありません」
「・・・そうだな。我らに出来るのは良い領主で在り続けることだけか。しかし、いずれトキオ殿の名は嫌でも知れ渡るぞ」
お父さまのおっしゃる通りだ。トキオ先生が望んでいなくても間違いなくその名は知れ渡る。
「その時こそ、我が公爵家が先生のお力になる時です。先生が望まぬ環境を阻止できるのは父上や兄上しかおりません」
「うむ、心しておこう」
トキオ先生のお力は強大だ。トキオ先生の登場と新しく出来る学校はトロンの街だけでなくこの国の在り方も変えるかもしれない。トキオ先生が成されることを邪魔立てする者が現れた時はブロイ公爵家が盾となる。わたしも公爵家の一員としてトキオ先生のお力になれるよう力をつける必要がある。
トキオ先生の敵は我が侯爵家の敵。いや、私、フランツェスカ フォン ブロイの敵だ!
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