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第四章 トロンの街編
第八話 妹よ、俺は今日友達が出来ました。
しおりを挟む「盗まれたマジックアイテムが判明しました」
ファイルを渡してくれたのは、オリバー男爵家の家令を務めるラウさん。執事服が似合うナイスミドルだ。先程オリバー男爵から紹介された時の挨拶や佇まい、やはり本物は違う。知識だけで執事の恰好をしているサンセラが急に胡散臭く思えてきたことは言わないでおいてやろう。
盗まれたマジックアイテムを示す付箋は三つ。早速確認しようとページをめくると、盗品に辿りつく前に衝撃の文字が目に入る。
「オ、オリバー男爵、ここに隠蔽の指輪12と記載されていますが・・・」
「んっ、ああ、これですか。若い頃に捨て値で売りに出されていたのを、箱ごと買った記憶が・・」
箱買い!
「これがどのようなマジックアイテムかご存じですか?」
「ええ、確かステータスを隠蔽できる指輪です。安かったので衝動買いしてしまいましたが、よく考えれば「鑑定」スキルを持っている人が少ないのでたいして役に立ちませんよね。見た目もパッとしませんし」
「いや、これ凄いアイテムですよ!」
「そ、そうなのですか。でも、見た目が・・・」
何言ってんだ、このおっさん!
「見た目なんてどうでもいいのですよ!いや、見た目が地味で小型化された物の方がマジックアイテムとしては凄いのです。あんな気持ちの悪いガラクタの像より、この指輪の方が何倍も価値があります」
「ガラクタって・・・」
しまった。興奮のあまり、つい本音が・・・
「隠蔽の指輪は現在の相場で金貨500枚です。すぐに金庫で保管することをお勧めします。もし、手放す気があるのでしたらお声がけください。俺が言い値で買い取らせて頂きます」
慌ててラウさんに指示を出すオリバー男爵を冷ややかな目で見ながら決意する。今回の件が片付いたら、改めて蔵の中を確認させてもらおう。多分、あの蔵の中は宝の山だ。
気を取り直して、盗まれたマジックアイテムを確認する。
まずは「隠密の指輪」これは二つ盗まれている。どれ程効果があるかは「最上位鑑定」で調べてみないとわからないが、地下に逃げたとはいえ俺の「索敵」にかからなかったことからも、それなりな代物だろう。実質ジャンセン達はトロンの街を自由に出入り出来るようになったと考えるべきだ。
次に「暴走の魔笛」これはもう、名称からしてヤバい。なんでオリバー男爵はこんな物を持っているんだよ・・・せめて魔道金庫にしまっておいてください・・・
最後は名称不明のペンダント。説明文には手に入れた日時や値段が記載されているだけで何の役にも立たない。一応、絵は描かれているが見た目は派手さのない普通のペンダント。唯一気になるのは、裏に魔法陣らしきものが彫られていること。この絵が正確かはわからないが、かなり精巧な魔法陣が彫られている。
『これは召喚魔法ですね。この感じだと悪魔系でしょう』
俺の肩から一緒にファイルを覗いているコタローが念話で教えてくれた。
『えっ、この世界にも悪魔って居るの?』
『悪魔といっても魔獣の一種だと思っていただいてかまいません』
魔獣の一種か。でも、前世の物語で悪魔と言えば、面倒くさい敵の代表みたいなところがあったからなぁ・・・
『どんなのが居るんだ?』
『代表的な上位種ではアークデーモンやデーモンロードですね。あと、最上位種にデビルロードというのが居ます』
『そのデビルロードってのは、何か特徴的なところはあるのか?』
『戦闘力としては、マーカスより少し上と言ったところでしょうか。個体によってはそれ以上の者も居るでしょ。ロードと付くだけあって「支配」の能力には長けています。とはいえ、自分以上の強者を支配できる訳でもありませんので、トキオ様の敵ではありません』
コタローにとって俺の護衛が最優先なのはわかるが、俺だけ大丈夫でも駄目なんだよなぁ・・・まあ、コタローの情報でジャンセンの狙いが何なのか、大方の予想はついた。
「オスカー、ジャンセンの狙いがわかった。奴はスタンピードを企てている。大規模な戦闘になる可能性が高いのでお前は一旦学校に戻り、マーカスにこのことを話してギルド長とブロイ公爵邸まで来てもらえるように伝えてこい。ブロイ公爵邸で緊急対策会議を開きたいので手配も頼む。詳しい話はそこでする」
「わかりました」
オスカーは狼狽えることなく直ぐに行動を開始した。聞きたいことは山ほどあるだろうが一切質問はしない。緊急事態で自分に何が出来るかをよく理解している。
『コタロー、街の外に出て魔獣の大森林の警戒を頼む。少しでも異変があれば直ぐに念話で伝えろ』
『御意』
返事と共に俺の肩から飛び立つ。対策が間に合わなければ、最悪コタロー、サンセラ、俺の三人で止めるしかない。
先程までマジックアイテムの品評会をしていたオリバー男爵の書斎は、緊張感に包まれていた。俺とオスカーに置いていかれ、一人蚊帳の外だったオリバー男爵がようやく口を開く。
「私は、またこの街に迷惑を掛けてしまったのですか?」
その声は、少し震えていた。
「どうかお気になさらず、迷惑を掛けているのはジャンセン達です」
今オリバー男爵を糾弾したところで問題は解決しない。オリバー男爵は、趣味で好きなマジックアイテムを収集していただけであり、そこに悪意など無い。悪いのは、それを悪用しようとするジャンセン達だ。
「私が・・愛するトロンの街を危機に・・・私は・・・なんてことを・・・」
ブロイ公爵を立て、貴族として目立つことなく陰からトロンの街に貢献してきたオリバー男爵。称えらることはあっても、責められる人物ではない。そんなオリバー男爵が自責の念に苛まれている。ここで俺ごときが慰めたところで、オリバー男爵は自分を責め続けるだろう。
「俺から一つだけ。マジックアイテムは生活の助けになる素晴らしい物が沢山あります。ですが、残念ながら悪意を持って作られた危険な物もあるのは事実。それらを管理するには、正しい知識と適切な環境が不可欠です」
「慢心していました。私にはマジックアイテムを持つ資格はありません。直ぐにでも処分いたします。いや、トキオ殿にすべて無償でお譲りします」
「その必要はありません」
マジックボックスから革と紐を取り出す。
「創造」
光の中から皮の袋が現れると、オリバー男爵は目を見開き俺を凝視する。かまわず次々に魔法を付与していく。
「これを差し上げます」
「これは?」
「マジックバッグです。容量はこの屋敷が入るくらいです」
「なっ!そのような物を・・」
スッと手のひらを向け、オリバー男爵の言葉を止める。
「しかも、そのマジックバッグは登録制です。魔力を登録しておけば、使用者以外開けることは出来ません。これでマジックアイテムを管理する適切な環境が整います」
俺達の会話を邪魔しないよう離れた場所で待機していたラウさんが、軽く一礼して部屋を出る。自分が聞くべきではないと判断しての行動だ。流石は本物。
「そうですね、こいつにしましょう」
出しっぱなしだった黒と白の像に魔法をかける。ついでに破損しないよう保存と強化魔法も。
「この二体の像の前で、合言葉を言って魔力を流せば登録完了です。合言葉は「このガラクタが」です」
「このガラクタが・・・意味は?」
「意味などありません。合言葉なのですから、意味などあってはバレてしまいます」
オリバー男爵の前に二体の像を並べる。
「では、早速登録しましょう。像の前で合言葉を言って魔力を流してください」
「は、はい。このガラクタが!」
魔力を流すが二体の像に変化はない。変化が起きたのはマジックバッグの方。
「さあ、もうマジックバッグを使えますよ。とりあえず、二体の像をマジックバッグにしまっておきましょう」
俺にいわれるがまま、マジックバッグに二体の像を片付けるオリバー男爵。片付け終わると急に笑い出した。
「ハハハッ、ガラクタだった二体の像が、マジックバッグ登録の儀式に使う貴重なマジックアイテムに変りましたな。まあ、登録者を変更する度にガラクタと罵られますが」
「そうですね。製作者のバーラ親子も本望でしょう。これからはそのマジックバッグでマジックアイテムを保管してください。俺の魔法で守られていますので、ドラゴンでも開けることは出来ません。蔵にはダミーでも並べておきましょう」
「それはいい。トキオ殿も蔵のマジックアイテムに興味があるようでしたら、一緒にやりませんか?欲しい物があれば差し上げますよ」
「本当ですか!実は今回の件が落ち着いたら、蔵の中を見せていただきたいとお願いするつもりだったのですよ」
「ええ、なんでも差し上げます。なにせ、私にとって一番のマジックアイテムは、このマジックバックと二体の像ですから」
そう言うと、オリバー男爵は豪快に笑う。元気が出てきてなによりだ。あんな奴らの為にオリバー男爵が落ち込む必要は無い。
「そうだ、これを渡しておかないと。ラウさんを呼んでいただけますか」
オリバー男爵がラウさんに声を掛けている間に一枚の紙を取り出す。二人が揃ったところで使い方の説明。
「ほら、ここに赤い点がありますよね。これがマジックバッグの所在地です。こうやって指で広げると・・・」
「「おぉぉぉぉぉ!」」
「これで盗難防止にもなりますし、オリバー男爵がマジックバッグを身に付けてさえいれば、何かあっても居場所がわかります」
「凄いアイテムですね。この地図はオリバー男爵家の家令が責任を持って代々引き継がせていただきます。オリバー男爵にお仕えして数十年、始めて素晴らしいマジックアイテムを見ることができました。ありがとうございます、トキオ様」
この言葉に、元気を取り戻したオリバー男爵が食い付く。
「おい、それはどういう意味だ。今までに何度もマジックアイテムを見せてやったじゃないか」
「はい、何度も。その度に思っていたことを、今日トキオ様が端的な四文字で言ってくださいました」
フフフッ、ラウさん。お堅い人だと思っていましたが、なかなか言いますね。理想的な主従関係のようだ。もう大丈夫だろう。さて、俺もそろそろ動きますか。
「それでは、俺はお暇させていただきます。面倒なことが片付いたら、またお伺いしますね」
「はい。裏ギルドの件だけでなく、今回もトキオ殿に御迷惑を掛ける形になってしまい申し訳ございません」
「気にしないでください。ラウさんも、それでは」
「最後に、少しよろしいでしょうか?」
席を立とうとすると、オリバー男爵が俺に待ったをかける。
「トキオ殿、散々ご迷惑を掛けてこんなことを言えた義理ではありませんが、一つお願いがあります」
「何でしょう?」
「オスカーがトキオ殿を師と仰ぐ理由が、今日の短い時間でも十分に理解出来ました。今更、齢五十を超えた私にトキオ殿を師と仰ぎたいと言われてもご迷惑でしょう」
どうした?なんか、オリバー男爵がモジモジしてるんだけど・・・
「トキオ殿!」
「・・・はい」
「私と、友となってはいただけませんか?」
「えっ!」
えぇぇぇぇぇ・・・なにこの展開。なんて返事をすればいいの?
「師弟でも、貴族としてでもなく、トキオ殿とは気兼ねなく話せる友として付き合っていきたい」
友か・・・そういえば、この世界に来て師匠や弟子、尊敬できる人や力を貸してくれる人、先生になって教え子もできたが友達は居なかったな。勿論、サンセラやコタロー、オスカーやマーカスは友だと思ってはいるが、それ以外の関係性の方が強い。
「わかりました。こちらこそ、よろしくお願いします。オリバーさん」
「ありがとう・・・ありがとう・・・トキオ君」
握手を交わし、今度こそ席を立つ。そのまま、振り返ることなく屋敷を出た。
『サンセラ、緊急事態だ。マザーループ達に学校の敷地内から出ないよう念を押してから、こちらに合流しろ』
『了解しました。直ぐに合流します』
俺がこの世界へ来る何十年も前から、多くの人々が努力して作り上げたトロンの街。それを無に帰そうとする輩は絶対に排除する。俺もこの街の一住人なのだから。
あっ、それと、妹よ、俺に今日年の離れた友達ができました。
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