充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~

中畑 道

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第四章 トロンの街編

第十六話 妹よ、俺は今スタンピードを終わらせています。

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 足元には一刀のもと切り伏せられたオーク。既にマーカスの周りに魔獣の気配は無い。第二陣の戦闘は終わった。

「マチャ、全員無事か?」

「ええ、怪我人も居ない。余程暇だったのか、回復役まで杖でゴブリンをぶん殴っていたわ」

 周りを見渡し、共に戦った仲間の安否を確認する。疲弊はしているようだが流石はA級冒険者、勝ち戦で怪我を負うような者は一人も居なかった。

「ウィルにA級冒険者を率いて第四陣の加勢に行くよう伝えてくれ」

「あんたは?」

「師匠の様子を見てくる」

「・・・わかった。気をつけてね」

 それだけ言うと、マチャはマーカスのもとを離れた。


 ♢ ♢ ♢


 二人の男がゆっくりと歩いてくる。片方がトキオだと気づいたジャンセンは、その場で腰を抜かした。

「デビルロード、あいつだ。あいつを殺してくれ」

 跪き頭を垂れたまま、デビルロードは動かない。

「あの左側の男だ・・ヒッ!」

 指をさすと何かが凄い速度で飛んでくる。ジャンセンは動くことができない。

「鳥?」

 一匹の鳥がデビルロードの前に浮かんでいた。羽ばたきもせず、空中で制止している。デビルロードはジャンセンが見てもわかるほど恐縮していた。
 デビルロードは頭を下げたまま、恐怖に耐え声を絞り出す。

「もしや、聖獣様でしょうか?」

「いかにも」

「えっ、あっ、と、鳥が・・・喋った・・・」

 ジャンセンは鳥が話をしていることに理解が追いつかない。わかっているのは二つ。異常なまでにデビルロードが目の前の鳥に怯えているのと、自分が相手にされていないこと。この状況にジャンセンは思考を放棄しかけている。

「どうしてこのような場所に?」

「僕が主に付き従うのは当然であろう」

「聖獣様が従属・・・あの人間に、ですか?」

「ほう、我が主を人間と蔑むか。覚悟はできておるのだろうな」

 受けたことのない殺気を浴びたデビルロードは小刻みに震えだす。

「おーい、コタロー。一人だけ先に行くなよ」

 聖獣が主を持つ、にわかには信じがたい。唯一の可能性に行きついたデビルロードの震えは一段と大きくなる。

「あの人間・・・いえ、あのお方は・・・神ですか」

「そうだ」

「違うよ!」


 ♢ ♢ ♢


 デビルロードとジャンセンのもとまで辿り着いた俺は、逃げられないよう即座にデビルロードを結界で閉じ込める。

「サンセラ、ジャンセンを見張っておけ」

「わかりました」

 先ずはデビルロードだ。「支配」を人に向けられでもしたら厄介だからな。

「覚悟はできているか?」

「お、お待ちください。従属いたします。どうか、私を僕に・・」

「分をわきまえろ!」

「コタロー、うるさい。今は俺が話をしているの」

「申し訳ございません。この悪魔があまりにも・・・」

 コタローだけでなくサンセラからも殺気を当てられ、ブルブル震えだすデビルロード。上級悪魔といえども聖獣やドラゴンは怖いらしい。

「質問に答えろ。何故その男の企てに加担した?」

「その男に召喚された際、契約をいたしました。悪魔にとって契約は絶対です」

「では、何故今戦おうとしない。契約は絶対なのだろう?」

「それは・・あの・・・」

「嘘か。もういい」

 今まで会話が出来た魔獣は良い奴が多かったから、もしかしてと思って話しかけてみたが所詮は悪魔か。まあ、魔獣を支配してスタンピードを起こすような奴を許すつもりは初めからないけど。

「お、お待ちください。チャンスを、いま一度チャンスを」

「いいぞ。じゃあ、俺とサシで勝負だ。勝てば逃がしてやる」

「・・・わかりました」

 勝算が無いことくらいわかっているだろうに、えらく素直だな。こいつもしかして、俺が殺し切れないとでも思っているのか。確かに上級悪魔の再生能力はトロールなど比にならないほど凄いらしいが、俺にも通用すると思っているのならそれは過信だ。

 コタローを下がらせデビルロードと対峙する。斬究を鞘から引き抜いても、デビルロードには余裕が感じられた。

「行くぞ」

 一気に距離を詰め、左袈裟から右わき腹まで一閃する。デビルロードの体は真っ二つになったが、一瞬口角が上がったのを見逃す俺ではない。

「お前、再生が得意らしいな」

 すかさず雷鳴を抜き、二刀流で滅多斬りにする。デビルロードの体は首も四肢も切断されたが、俺は手を止めない。

「どれくらいまで再生できるんだ?」

 さらに斬る。既にデビルロードの体は百以上に分離している。それでも手を止めない。斬って、斬って、斬りまくる。千に分離しようと、万に分離しようと斬り続ける。

「まだ生きているか?」

 斬る。斬る。休むことなく斬り続ける。肉片が細胞レベルになっても斬り続ける。

「コタロー、こいつまだ生きているか?」

「とっくに死んでいます」

 手を止めると、形を保ったまま斬り続けられたデビルロードの体が崩壊し、液体のように地面に吸収された。



 何の抵抗も見せず一方的に惨殺されたデビルロード。二万の魔獣に続き、頼みの綱だった悪魔を失ったジャンセンに残された手段はない。

「な、な、何なんだ。お前等は何者なんだ」

 生気を失った顔でジャンセンが喚く。

「次はお前だ」

「ヒッ・・・」

 恐怖に引きつるジャンセンに斬究を向けると、コタローが俺の肩にとまる。数秒後、背後から声が聞こえた。

「師匠!」

「来たのか、マーカス。皆、無事か?」

「はい、第二陣は怪我人すら居ません」

「それはなによりだな。こちらは今デビルロードを討伐したところだ」

 それを聞いてマーカスの視線がジャンセンを捕らえる。あとはこの男の処遇だけだ。

「殺すのか、私を殺すのか!」

 無言でジャンセンを睨みつける。死の恐怖が目前に迫っても、ジャンセンは言葉を吐き続けた。

「教会に携わる人間が、人を殺すのか!」

「お、お前は教師だろ。教師が人を殺すのか!」

「私は誰も殺していない。それなのに殺すのか!」

 俺の良心に訴えようとしているのか、それとも言葉が途切れたら殺されるとでも思っているのか、必死に叫び続けるジャンセンに斬究の切っ先を向け黙らせる。

「お前、今誰も殺していないと言ったな。では、聞く。何故この場にジャコウが居ない」

「なっ、そ、それは・・・」

「悪魔との契約に差し出した対価は何だ」

「・・・・・・・・・」

 言葉が出なくなる。この時になってようやくジャンセンは計画のすべてが見透かされていたと気づいたのだろう。

「言いたいことは終わったようだな。潔く散れ」

 目の前で刀を振り上げられても、なおジャンセンは叫び続ける。何か一つでも琴線に触れてくれないかと、必死に言葉を探し続ける。

「嫌だ、死にたくない。頼む、助けてくれ!」

「反省する。一生反省する。命だけは勘弁してくれ!」

「私を殺せばお前は人殺しだ。これからの人生でお前は何人殺すのだ・・」

 ジャンセンの言葉に恐怖を覚えた。それでも、優先順位を間違ってはならない。この男を生かしておけば、いずれ大きな災いとなって帰ってくる。犠牲になるのは学校に通う子供かも知れない。強く刀の柄を握りなおす。この男は、この場で俺が殺す。覚悟は決めた。疾うに覚悟は決めてきたのだ。

「御免」

 俺が刀を振り下ろす直前、ジャンセンの首が宙を舞った。斬った本人はその首を見ようともせず、俺の方に向き直り片膝をつく。

「首謀者ジャンセンを前に功を焦り、手柄の欲望に勝てず勝手に体が反応してしまいました。命令違反に対し、いかなる罰則も受ける所存です」

「・・・マーカス」

 その言葉が嘘なのは言うまでもない。覚悟を決めてきたつもりだったのに、一瞬躊躇した俺の代わりにマーカスが手を汚した。素早い判断、迷いの一切ない太刀筋、マーカスはこうなる可能性も考慮してここに来たのかもしれない。事実、俺は今内心ホッとしている。

 剣においてマーカスとは師弟関係であり、俺は教える立場にある。だが、師匠だからといって全ての面で秀でている訳ではない。年長者であるマーカスは俺より多くの人生経験をしている。冒険者としても俺がしたことのない経験を経て、マーカスはS級にまで上り詰めた。ここに来るまでには盗賊等との対人戦も経験済みだろう。
 強い敵を倒すことだけが人を守る方法ではないと教えてられた。冒険者としての覚悟、精神が未熟だと教えてもらった。この経験をいつか誰かに返さなければならない。逆の立場になった時には、俺が手を汚せるようにならなければならない。俺は今日、マーカスに守られたのだから。

「立ってくれ、マーカス。スタンピードは終わった」

「はい」

「俺は魔法で荒れた大地を直してから戻る。先にサンセラと戻って、スタンピードが完全に終わったことを皆に伝えてくれ」

「わかりました」

 上司に仕事での失敗を咎められた時のような気分だ。今は自分の未熟さが恥ずかしくて、少しだけ一人になりたい。
 マーカスとサンセラは俺の気持ちを慮ってくれたのか、何も言わず二人肩を並べてトロンの街へ戻っていった。教師になれたとはいえ、俺もまだまだ小僧だと思い知ったよ。




 トキオと距離が離れたところでサンセラが口を開く。

「マーカス、よくぞあの場面で師匠より先に動いてくれた。礼を言う」

「いえ、出過ぎた真似をして申し訳ありません」

「お前は、まだ若く経験に乏しい師匠の僅かな心の乱れをいち早く察知し、迷うことなく動いた。見事という他ない。偉そうに先輩面しておきながら、いざという場面で動けなかった自分が恥ずかしいよ。マーカス、お前が居てくれて本当によかった」

「サンセラ先輩・・・」

「あらためて実感した。お前やオスカー、マザーループやシスターパトリ、多くの素晴らしい出会いが、師匠の人生をより充実したものにしてくれる。私も良い勉強をさせてもらった」

「日々勉強させていただいているのは私の方です」

「完璧な者など居ない。それは師匠といえども同じなのだ。これからも我らトキオ一門、師弟共に学んでいこう」

「はい。今後ともよろしくお願いいたします」

 マーカスより遥か高みに居るトキオが始めて見せた弱さ。その人間臭さをマーカスは好ましく感じる。いつも、共に成長しようと言ってくれる師の言葉に嘘偽りの無いことが、マーカスには堪らなく嬉しかった。


「おーい!マーカス、サンセラ様」

 今は魔獣の亡骸しかない第二陣の戦闘跡地に一人残った伝令役のマチャが手を振り呼びかける。

「どうなった?」

「終わったよ。デビルロードは師匠が討伐した。今は魔法で荒れた地を直してくださっている」

「そっか、良かった・・・」

「マチャさん。デビルロードを討伐したのは師匠ですが、首謀者ジャンセンの首はマーカスが打ち取りました。大手柄です」

「サンセラ先輩・・・」

「凄い、やるじゃんマーカス!」

「いや、それは・・・」

「マチャさん、最後の仕事です。本部にこのことを知らせてください」

「わかりました!」

 返事と同時に全力で駆けていくマチャ。数秒後には全ての魔獣を倒し終えた城壁の前に到着する。A級冒険者、トロンの盾、ブロイ公爵軍、戦いに参加した全ての者に注目される中、マチャは大声で叫ぶ。

「伝令!冒険者マーカスにより首謀者ジャンセンは打ち取り取られました。同じく、冒険者トキオによりS級魔獣デビルロードは討伐。スタンピードは終わりました!」

「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

 近くに居た者同士が手を取り、肩を抱き合って勝利を喜び合う。

 未曽有の大災害、魔獣二万のスタンピードはトロンの街の完全勝利で終結した。

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