充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~

中畑 道

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第六章 生徒編

第十一話 妹よ、俺は今ミルと学長さんが話しているのを聞いています。

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 驚きで口を開けたまま、アマヤ イオバルディの視線は俺とミルの顔を行ったり来たりする。まあ、あの論文を書いたのが子供だと聞かされればこの反応もわからなくはない。

「改めまして、セラ学園でこの子達の担任教師をしているトキオ セラです」

「セラ学園年中組のミルです。九歳です」

「同じく、セラ学園年中組のカルナです。九歳です」

 俺に続いて挨拶をする二人。うん、えらいぞー。

「あ、ああ・・・」

 それに引きかえ、驚きき過ぎだろうアマヤ イオバルディ学長さんは。子供が挨拶しているのだから何か返してあげるべきではないですか?

「プッ、ハハハハハ!アマヤ、学長などと祭り上げられても、驚くと固まってしまうのは学生時代と変わらんな。トキオ君、こいつは昔からこうなのだよ。ハハハハハッ!」

 二人は同級生か、どうりで砕けた仲の筈だ。それにしても、ミルが子供だということを伝えずに論文を渡すのは悪戯好きのオリバーさんらしくはあるが、後々面倒なことになるのはこちらなので止めていただきたい。

「ほれ、子供達が挨拶しているのに何も返さないとは何事だ。王都の学校では礼儀も満足に教えておらんのか」

「ハッ、・・・オリバー、覚えてなさいよ」

 オリバーさんへの苦情をグッと飲み込み、挨拶をしてくれた子供達の方に向き直るアマヤ イオバルディ。ドンマイ・・・

「お恥ずかしい姿をお見せしました。王都の学校で学長をしているアマヤ イオバルディです。オリバー男爵とは学生時代からの友人で、何度も今回のように揶揄われてきました。ミルさんとカルナさんはこういう悪い大人になってはいけませんよ」

「誰が悪い大人だ!」

「初対面の方の前で女性に恥をかかせる極悪人ではありませんか!」

「五十面下げて何が女性だ。ただのおばはんではないか」

「なっ、おばはん・・・貴方という人はどこまで失礼な、貴方だっておっさんじゃないですか!」

「そうじゃ。私はおっさんで、アマヤはおばはんだ」

「このー、一度ならず二度までも・・・この変人!」

「変人とは個性的で唯一無二という誉め言葉、お褒めに預かり感謝する」

「くぅぅぅ・・・まったく、ああ言えばこう言う。その減らず口はいくつになったら治るのですか!」

「さあな。大人になれば治るのではないか」

「もうとっくに大人でしょうが!」

 いったい俺達は何を見せられているんだ・・・汚い言葉で大人が罵り合う姿を子供達に見せたくないのですが・・・

「お二人共、今日はお子様方もお見えになっておりますので程々に」

「「あっ!」」

 ラウさんに言われてようやく俺達の存在を思い出したのか、急に畏まるオリバーさんとアマヤ イオバルディ。いや、もう手遅れでしょう・・・子供達の顔を見てみなさいよ!




 改めて仕切り直し。オリバーさんの隣、ミルに対坐するアマヤ イオバルディ。残念ながら登場時の大物感は既に薄れている。

「ミルさんの論文読ませていただきました。私の感想を述べる前に、少し質問が・・」

「プッ!あっ、ごめ・・すみません」

「「プッ!」」

 しまった、ミルに釣られて俺まで吹き出してしまった。カルナも慌てて口を押えている。

「もう、オリバーのせいで真面目な話が出来なくなってしまったではありませんか!」

「そう癇癪を起すな、これくらいの方がミルも話しやすかろう」

「まったく・・・でも、そうですね。ミルさん、敬語など気にせず普段通りの話し方で構いませんよ。近所のと話していると思ってください」

 ミルの視線が俺に向く。一つ頷くと安心したのかアマヤ イオバルディに向き直る。

「うん、わかった」

「では、お聞きします。どうして論文を書こうと思ったのですか?」

「トキオ先生が自分だけ理解して終わりじゃダメだって言ったから。他の人にもわかるよう論文にした方がいいって」

「論文のテーマはどこから?」

「トキオ先生が問題を出してくれた」

「この論文には酸素や二酸化炭素など聴き慣れない単語がありますが、何処で調べましたか?それとも、ミルさんが新しく作った造語ですか?」

「トキオ先生が教えてくれた」

「この論文を書いている最中考えていたことは?」

「トキオ先生に褒めてもらいたい」

 なんだか拙い雰囲気だ。チラチラと俺に送られるアマヤ イオバルディの視線が痛い。

「最後の質問です。ミルさんにとってトキオ先生とは、どの様な方ですか?」

「・・・・・・・・・」

 論文と直接関係のない質問にミルが黙り込んでしまう。質問の意味がわからないのか、どう答えていいのかがわからないのか、多分どちらでもない。賢いミルのことだ、アマヤ イオバルディがなぜこんな質問をしてきたのかを考えているのだろう。止めるべきか・・・いや、ミルは俺に視線を送っていない。SOSが出るまでは我慢だ。

「トキオ先生に対する気持ちを上手く纏めて言葉にする自信がない。思いの丈をそのまま言ってもいい?」

「それで構いません。ミルさんにとってトキオ先生とは、どの様な方ですか?」

「トキオ先生は教会を悪い人達から救ってくれた。ノートや鉛筆、玩具も沢山作ってくれた。孤児の私達でも通える学校を作ってくれた。スタンピードからトロンの街を守ってくれた。毎日学校で勉強や楽しいこと教えてくれる。子供はみんな可能性の塊だって言ってくれた。よく遊び、よく食べ、よく眠り、よく学べば、何にだってなれるし何処にだって行けるって教えてくれた。他にも、いっぱい、いっぱい、わたし達の将来を考えてくれている」

 まくし立てるよう一気に話したミルは、一度大きく息を吸う。

「賢くて、強くて、優しい、神様みたいな人。それがトキオ先生。超絶凄いわたし達の先生!」

 ミルは仁王立ちで言い放つと、頬を赤らめ厳しい視線をアマヤ イオバルディでぶつける。そこには俺を値踏みするような質問をした怒りが明確に込められていた。

「もういい、わたしこの人嫌い!認めてもらわなくてもいい!トキオ先生に褒めてもらえるだけでいい!返して!わたしの論文、返して!」

 普段は感情の起伏が少ないミルが烈火のごとく怒りを露わにする。隣に座るカルナもミルを止めるどころか、同じような視線をアマヤ イオバルディに送っていた。慌てて二人を落ち着かせようとする俺より先にアマヤ イオバルディは自ら動く。

「申し訳ありませんでした!」

 まさかの土下座。これにはミルも一瞬たじろぐ。

「ミルさんに質問するうちにどうしても好奇心が抑えられず、論文とは関係のないトキオ先生、いえ、トキオ セラ様のことを知りたくなってしまいました。皆様を不快にするつもりは毛頭ございません。どうか、どうか、もう少しだけ私の話を聞いて下さい」

 出来得る限りの低姿勢。そこにはこの国一番の教育機関、その頂点に君臨する学長のプライドなど無い。何がアマヤ イオバルディをここまでさせるのか。それ程までに聞いてもらいたい話があるのだろう。あと、トキオ セラ様って・・・嫌な予感がする。

 鬼気迫るアマヤ イオバルディにオリバーさんが助け舟を出す。

「ミル、アマヤは悪い人間ではない。何年もの間付き合ってきた私が保証する。ただ、人一倍知識欲があるだけなのだ、その気持ちはミルにもわかるだろ。たしかに今の質問は誰よりもトキオ君を敬愛しているミルやカルナとって気に入らない部分もあっただろうが、アマヤには君達を不快にさせるつもりなど無かった。どうかアマヤの話を聞いてやってほしい。その上で、アマヤが君の論文を託すに値しない人間だと判断したなら、その時は君の気持ちを尊重する。ダメかい?」

「・・・わかった。オリバー男爵がそこまで言うなら、もう少しだけ話を聞いてもいい」

 流石のミルも目の前で土下座するアマヤ イオバルディの姿だけでなく、オリバー男爵にまでお願いされたとあっては一旦怒りの感情を飲み込む。癇癪を起して感情が制御できないようでは今後魔法の授業参加も考えなえればならないと思っていたが大丈夫そうだ。

「アマヤ、ソファーに戻れ。そんな恰好では皆も話が聞きづらい」

「はい。ありがとう、オリバー」

 なんだかとんでもない展開になってしまったが、ようやく落ち着いて話が出来そうだ。ミルとカルナも落ち着いたみたいでよかった。

「ミルさんの書かれた論文ですが、私が知らなかったこと、不思議に思っていたこと、不思議にすら思えなかったこと、多くのことが書かれており、その全てを否定することが今の私には出来ません。検証には時間が掛かるでしょうが、私は全てが真実だと確信しております。この論文を読んだ時から胸の高鳴りが止みません。このような論文を書ける博識な方が居ることに感動しました。間違いなく、この論文は世界を変えます」

 俺もそう思う。ミルの論文は足踏みしている国中の学者達を奮い立たせるカンフル剤になるだろう。

「それ程の物か?」

「はい。世界が一気に広がりました」

 一人の天才だけが理解しても意味がない。それでは世界は変わらない。

「今日私は決意を持ってここへ来ました。この論文を書かれた方に弟子入りを志願するつもりでした。まだ幼いミルさんがこの論文を書いたと聞いて混乱しました。ですが、逆に興味も湧きました。どうしてその年齢でこれだけの知識があるのか、これだけ優れた論文が書けるのか」

 一学者としてミルがいかにして知識を得たのか疑問に思うのは当然だ。この世界の物理レベルをミルの知識は既に凌駕している。

「私がした質問に対してミルさんの回答は、すべて「トキオ先生」から始まりました。優秀なミルさんに学びの場を与え、教え導いたのがトキオ セラ様だということです」

 そうなるよね。ミルは俺から学んでいることを隠す気など無いからなぁ・・・

「今回、私がトロンの街に赴いたのはスタンピードから得られた素材を確認する為です。学校の夏休みを利用してやってまいりました。残念ながらそれほど珍しい素材は確認できませんでしたが、明らかに違和感がありました」

 アマヤ イオバルディがトロンの街に来ていたのは偶然だったのか。王都の学校は国中から生徒が集まるからセラ学園より夏休みが長いのだろう。新幹線も飛行機もないこの世界では一カ月程度で里帰りするのは難しい。

「オリバー、今回のスタンピード、例年と同じ規模だったという発表は嘘ですね。素材の量が多すぎます」

「ああ。悪意をもって嘘の発表をしたのではないぞ。事実をそのまま発表しては民の混乱を招きかねん状況だったからそうした。スタンピード鎮圧の算段はついておったからな」

「それで、本当の規模は?」

「十倍、二万を超える魔獣が押し寄せた」

「なっ!それ程のお力を・・・すべて合点が行きました」

 あーあ、もうバレバレじゃん。俺がスタンピードから街を守ったってミルが言っちゃったもんなぁ・・・

「トキオ セラ様、私を弟子にしてください。何卒、お願いいたします!」

 ほら、来た・・・またこれだ。あーあ、テーブルに額を付けちゃったよ。弟子にしてくれって、あなたは王都の学校の学長さんでしょうが。そもそも、ここにはミルの書いた論文の話をしにきたんじゃないの?

「イオバルディ様、教師になったばかりの俺があなたのように経験豊富な方を弟子になんてできませんよ。あと、俺のことはトキオでいいです」

「役に立たない経験など意味はありません。教え子であるミルさんにも遠く及ばない私如きに、トキオ セラ様こそ敬称を付けるのはお止めください。貴様、お前、ご自由にお呼びくださって結構です。いいえ、それすら烏滸がましいですね。トキオ セラ様からすれば私など無駄に年を重ねただけで家畜にも劣る存在、ブタとお呼びくださって結構です」

 ブタって・・・ヤバいなこの人、完全にネジが一本飛んじゃっているよ。仮にも教師が子供達の前で教育上悪いことは言わないでくれませんかねぇ・・・

 さて、どうしたものか・・・絶対に弟子入りなんてさせるつもりはないけれど、ミルの論文はちゃんと発表してもらいたいし・・・うーん、困った。

 妹よ、なんでこう、俺の周りには面倒くさい大人ばかりが集まってくるのかねぇ?

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