充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~

中畑 道

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第六章 生徒編

第十三話 妹よ、俺は今教師としての責任を感じています。

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 ミルの論文も無事発表してもらえるみたいだし、もう帰ってもいいのかな?

「トキオ先生がトロンの地で成すべきことがあるのは理解しました。それでは、ミルさんだけでも王都の学校に来ていただくというのはどうでしょうか?」

 うーん・・・正直反対だ。イオバルディ学長からすれば知能の高いミルには最高の教育を受けせた方がいいという考えだろうが、俺が知る限り王都の学校が教えている勉強のレベルはセラ学園よりも低い。そもそも、王都の学校は十二歳からの筈。飛び級するにしてもミルはまだ九歳、しかも平民であるミルにとって良い環境とは言えないし、学ぶべきことがあるとも思えない。

「アマヤ、その教科書を見てみろ」

「これですか?」

 オリバーさんに言われてイオバルディ学長が出しっぱなしだったセラ学園年中組九歳児用の教科書を手に取ると、物凄いスピードでページをめくる。「速読」スキル持ちとは、流石王都の学長さんだ。

「これは・・・なんとわかりやすい・・・」

「トキオ君、この教科書は何歳の生徒用だい?」

「九歳です」

「なっ、この内容を九歳児が!?」

 驚くのも無理はない。先日ブロイ公爵邸で聞いた話では、フランの習っている十一歳児用の計算が王都の学校では最高学年レベル。そうなると、この教科書の範囲は王都の学校なら一年生から二年生あたりが習うところだろう。

「そうです。ちなみに、ミルは特別に優秀なので既にセラ学園で卒業までに習う計算をすべてを修学済みです。今は俺がミル専用に作った問題集をやっています」

「・・・信じられない。あの、疑う訳ではありませんが、ミルさんがどれ程の計算能力を持っているか知りたいので問題を出してもいいですか?」

「問題!出して!」

 問題大好き少女は滅茶嬉しそうだ。

「それでは・・・」

 持参した鞄からペンと一枚の紙を取り出すと、イオバルディ学長はスラスラと数式を書き始める。それを待つ間、どんな問題を出してもらえるのかワクワクしていたミルの瞳が徐々に光を失っていくのがわかった。

「では、この問題を・・」

「X=18、Y=7」

 詰まらなそうに答えるミル。

「暗算!しかも・・・一瞬で!」

「こんなの、わたしじゃなくても年長組の子なら全員解ける」

「全員・・・」

 二次方程式。この程度の問題はセラ学園なら年中組の後半で習う。既に前世の大学レベルに達しているミルからすれば出来て当然、面白くも何ともない。

「イオバルディ学長、残念ですがミルが王都の学校に通っても学べることは殆んどありません。失礼ながら、先生方がミルに何かを教えられるとも思えません」

「いえ、勿論それは分かっています。今のは単純にミルさんの計算の能力を知りたかっただけで他意はありません。私がミルさんを王都の学校にお誘いしたのは、生徒ではなく教授としてお招きしたかったからです」

「教授!学者さんのこと!?」

「そうです。あの論文を見せられて、私共がミルさんに何かを教えられるなどと自惚れてはおりません。思う存分研究に没頭していただける環境が王都の学校にはあります」

「思う存分研究・・・」

 ミルの夢は世界一の学者になること。この誘いはミルの夢を目標に変え、実現に大きく近づく一歩になる。だが・・・

「ミルの人生はミルのもの、たとえ子供でもミルが決めたのなら誰にも止める権利はありません。ですが、俺の意見を言わせてもらえるのなら、今ミルが王都の学校に行くのは反対です」

「理由をお聞かせ願ってもよろしいですか?」

 俺のことを心の師とは言っても、盲目的に信奉したりはしない。流石はこの国の教育機関トップに立つ人物だ。

「たしかに、ミルは既に生きていく上で必要な学力を得ています。ですが、それだけで大人になる準備が終わっていると俺は思いません」

 勉強は大切だ。学ばなかったが故、トロンの盾は冒険者を諦め裏ギルドの道を選ぶしかなかった。

「勉強以外にも覚えなければならないことは沢山あります。中には、子供の内に学ぶから意味のあるものや、子供の時しか学べないこともある」

 無知から起こる差別、正しい道徳心、教科書には載っていない一般教養や生活の知恵、友人との付き合い方、コミュニティ内のルール、あげればきりがない。

「なにより、いくら賢くても心の成長は他の子と何ら変わりはありません。勉強より遥かに大切な事です」

 生まれながらの悪人などいない。どんな悪人にも純真な子供時代はあった。冒険者ギルドで新人冒険者を食い物にしていた奴らも、人を騙し財産を奪い取ろうとする悪徳銀行の行員も、逆恨みから罪のない人々まで巻き込み街の破壊を企てる者も、初めから悪人になろうとなど思っていない。どこかで道を踏み外しただけだ。正しい教育が施されていたならば、道を外す前に踏みとどまれた可能性は十分ある。

「もしかしたら、新たな経験や出会いから別の夢を抱くかもしれない。誰もが平等に充実した人生を送る権利があり、子供の間はその為の準備期間です。慌てて大人になる必要も、生き急ぐ必要もありません」

 俺の我儘ではないのか?本当にミルの将来を思っての発言なのか?ミルをまだ手元に置いておきたい、もう少しだけでも成長を見届けたいと俺が渇望しているだけではないのか?

「勿論、決めるのはミルです。俺の下に居たからといって、大人になる為に必要なものがすべて手に入る保証はありません。教師として未熟なことは自覚しています」

 無責任な発言なのだろうか?経験豊富なイオバルディ学長を前に、ミルを王都に連れて行くのはまだ早い、まだ駄目だと言い切ることが出来ず、ミルに判断を委ねているだけではないのか?そんなこともわからないほど、俺は教師として未熟だ。

「わたし、セラ学園に残る!ちゃんとセラ学園を卒業してから学者を目指す!」

 晴れ晴れとした表情の中にも決意を持った瞳でミルが叫ぶ。

「わたしはまだ子供。ご飯も作れないし、洗濯も出来ない。朝も一人でなかなか起きられないし、時々何もないところで転んだりもする。トキオ先生やマザーに教えてもらいたいことがまだ沢山ある。今、学者さんになっても、それはわたしの目標とする学者さんじゃない。わたしがなりたい学者さんは、トキオ先生があっと驚くようなことを発見する学者さん」

「ミル・・・」

 そこには、俺が教師になる切っ掛けをくれた少女の、また一つ成長した姿があった。

「イオバルディ学長、折角誘ってくれたのにごめんなさい。でも、トキオ先生から学べるのは子供の間の今しかない。わたしにとってこの時間は何より大切な時間」

 感情が込み上げてくる。それと同時に責任を感じる。この少女を世界一の学者に導かなければならない。この期に及んで自信がないなどと言ってはいられない。ミルは俺から学ぶ期間を大切な時間だと言ってくれたのだから。

「わかりました。最高の先生から多くのことを学んだミルさんが、いつの日か教授として我が校に来ていただけることを楽しみにしています。ミルさんがどんな大人になるのか、楽しみにしていますね」

「うん」

 ミルの中にあったイオバルディ学長とのわだかまりも無くなったようでなによりだ。待ってくれると言うイオバルディ学長だが、案外その日は近いかもしれない。

「イオバルディ学長、セラ学園では年長組になると専門学習が中心になります。三年後、ミルが年長組に上がった時に学者になる目標が変わっていなければ、この国一番の教育機関である王都の学校を見学に行かせてもらっても構いませんか?」

「勿論です。これは、急いでミルさん専用の研究部屋を準備しておかなければなりませんね。最新の研究機材を取り揃えねば!」

「それは流石に気が早いですよ」

 まさか本当にそんなことはしないだろうが、イオバルディ学長もミルの将来が楽しみで仕方がないのだろう。才能ある子供の将来を楽しみに待てるのは大人の特権だ。

「ところで、さっきから気になっていたのですが、これは?」

 イオバルディ学長が指をさしたのは、教科書と共にテーブルに出しっぱなしになっていた「シスター物語」の原稿。

「読んでみろ、アマヤ。お前の感想も聞かせてくれ」

「はぁ・・・それでは失礼して・・」

 原稿を手に取るともの凄い勢いでページがめくられていく。傍から見るとやはり「速読」スキルは異常だ。カルナも「速読」スキルを持っているがページをめくるスピードは比較にならない。イオバルディ学長の「速読」スキルのレベルは相当高いのだろう。
 うん、決めた。俺は「最上位鑑定」以外で「速読」スキルを使うのは極力控えよう。便利ではあるが読書の楽しさを十全に味わえないような気がする。

「・・・素晴らしい」

 あっという間に読み終えると一つ大きく息を吐き、頬を赤らめ潤んだ瞳で「シスター物語」の原稿を見つめるイオバルディ学長。どうやら気に入ってもらえたようだ。

「近々私は出版社を立ち上げる。そこで最初に書籍化する予定なのが、この「シスター物語」だ。いや、正確には、この物語を世に出す為、出版社を立ち上げると言った方が正しいかな」

「か、買います!オリバー、予約できますか?」

「ああ、まだ先の話だが構わんか?」

「待ちますとも!」

 フフフッ、オリバーさんとイオバルディ学長の会話をカルナがホッとした表情で眺めている。初めての購入予定者が現れて嬉しそうだ。

「一応、豪華な表紙の仕様と、トキオ君が作った教科書の様な安価で普及できる仕様の二種類を作る予定だが・・」

「勿論、豪華な方で!読む用に一冊、他に保管用と観賞用で計三冊お願いします。あと、普及用も二十冊ほど購入させてください。こんなにも素晴らしい作品を知ってしまった以上、私も個人的に普及させていただかなければ・・・」

 典型的なオタクの発想。百歩譲って保管用はわからなくもないが観賞用って何だよ・・・読む用と一緒でよくないか?あと、頼んでもいないのに普及しようとするところも前世のオタクと一緒だ。

「ハァー、それにしてもなんと素晴らしい物語でしょう。ミーコミルシオン先生にいつかお会いできることがあったなら、是非、サインを頂きたいです。きっと素敵な方に違いありません」

 恋する乙女の様に胸の前で手を組み、「シスター物語」の作者、ミーコミルシオン先生を想像するイオバルディ学長。あかん、なんか笑えてくる・・・

「ブワッハハハハッ、なんだアマヤ、ミーコミルシオン先生に会わせてほしいのか?」

 あーあ・・・オリバーさんの悪戯心に火が付いちゃったよ・・・

「も、勿論、お会いできるのなら嬉しいですが、これだけの文才があるミーコミルシオン先生、きっと多忙な筈。わざわざ私の為に時間を取らせるようなことはやめてください。いつの日か、出席されるパーティーの情報などあれば教えてください。その時、持参した「シスター物語」にサインを頂ければ、これに勝る喜びはありません。そうだわ、サインを頂く用の為にもう一冊、予約をお願いできます?」

「わかった、豪華版の方だな。ところで、本当にミーコミルシオン先生には会わなくてもいいのだな?」

「オリバー、軽はずみな発言はやめなさい。あなた、これから出版社を立ち上げるのでしょう。これだけの物語を書き上げるのにミーコミルシオン先生どれだけの労力をお使いになられたのか想像もできないのですか。私如きの為に貴重な時間を使わせるなど出版社失格ですよ!」

「そうなのか?」

 そう言いながらオリバーさんが俺に目線を送る。いやらしい・・・ミーコミルシオン先生の正体が俺だとミスリードさせるつもりだ。

「ま、まさか、トキオ先生が・・・」

 そして、当たり前のように引っ掛かるイオバルディ学長。あなた、若い頃から何度もオリバーさんに騙されているのなら、いい加減気付きなさいよ。きっと素直な性格なのですね。少しはしたたかさを覚えないと、一生揶揄われ続けますよ。

「あ、あの・・・わたしです。わたしがミーコミルシオンです。「シスター物語」は、わたしが書きました」

 ほめ殺しにこれ以上は耐えられないカルナが自ら正体を暴露する。

「えぇぇぇぇぇ!」

「ギャハハハハハッ!」

 驚きの声とともに固まるイオバルディ学長。それを見ながら腹を抱えて笑い転げるオリバーさん。

 オリバーさん・・・その辺にしておかないと、その内引っ叩かれますよ・・・

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