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第六章 生徒編
第十六話 妹よ、俺は今「勇者」のレベル上げをしています。
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「プチファイアー」
コタローにホーンラビットを誘導するよう指示を出すと、開けた場所の中央に一人立つキャロは気配を察知したのか小さな炎を出す。キャロの「鑑定」スキルはレベル2、まだ「索敵」は使えない筈だが感覚的に敵を察知しているのなら将来有望だ。
結界内に駆け込んできたホーンラビットがキャロを視界に捕らえ突進してくるが先程までの興奮が嘘のように落ち着いている。これが「勇者の仲間」の称号による恩恵なのかキャロの生まれ持った資質なのか俺には判断がつかない。
「ウインドカッター」
立て続けに二発放たれた魔法はオスカー直伝のウインドカッター。現在、俺とサンセラが魔法の授業で教えているのは基本的な考え方や魔法の原理であり、個々の魔法は指導していない。キャロに魔法を指導しているのはオスカーであり、実技においては師匠ともいえる。オスカーとキャロが共に考え、わからないことがあれば俺やサンセラに聞きに来る形だ。
まだオスカーほど威力も精度も無いキャロのウインドカッターが空を切る。だが、それは計算づく。ウインドカッターはホーンラビットにダメージを与える為ではなく、誘導する為に放ったもの。本命の攻撃はキャロの傍で揺れている小さな炎。
「ショット!」
小さな炎が弾丸となりホーンラビットを襲う。着弾と同時にホーンラビットが炎に包まれ絶命した。
「よし!」
声をあげたのはオスカー。一緒に考えた魔法が上手くいって嬉しいのはわかるが、実際に戦ったキャロより興奮してどうするよ。戦いを終えたキャロは学校を出る前の約束通り、レベルが上がったのを認識してその場で大人しくしているのに。
「上位鑑定」
名前 キャロ(12)
レベル 2
種族 人間
性別 女
称号 勇者の仲間
基本ステータス
体力 124/124
魔力 528/848
筋力 102
耐久 116
俊敏 128
器用 144
知能 812
幸運 36
魔法
火 D
水 E
風 D
土 E
スキル
魔力消費軽減3 杖術3 鑑定2 体術1
レベルが上がったのと同時に基本ステータスが倍になった。中でも「勇者の仲間」の称号で平均の五倍になっている魔力と知能が跳ね上がったのは今後のキャロにとって大きい。今迄は魔力不足で使うことのできなかった魔法にも挑戦できるし理解力も上がる。
「もう話していいぞ。わかるか?」
「はい、魔力が溢れて、自分が自分じゃないみたいです!」
「まずはその感覚に慣れることだ。魔力回復にも注視しなきゃダメだぞ」
「はい!」
目が輝いている。新たに力を得て、これまで以上に魔法を使えるようになったのが嬉しくて仕方がないのだろう。無理させないよう、オスカーにも十分注意させないといけないな。
「よし、交代だ。次、ノーラン」
「は、はい!」
すれ違いざまノーランの肩をポンと叩くと、嬉しそうにオスカーのもとまで駆けていくキャロ。それに比べて、ここに来る前から緊張気味だったノーランの動きはぎこちない。
さて、アルバとキャロには申し訳ないがここからが本番だ。すでに「勇者の仲間」の恩恵でステータスが上がっている二人と違い、現在ノーランの基本ステータスは普通の少年が訓練しただけに過ぎない。それが一気に二十倍に跳ね上がる。
それを理解しているオスカーとマーカスも今まで以上に警戒を強める。ガイアソーサだけが急に雰囲気の変わった俺達についてこられていないようで、何が起こっているのかわからずキョロキョロしている。
「ガイアソーサ、よく見ておくんだぞ」
「えっ、あっ、はい!」
カミリッカさんから学んだ俺が、今度はその知識を「魔王」と「勇者」に授ける番だ。
「準備はいいか?」
「は、はい!」
言葉とは裏腹に緊張感が伝わってくるがそれも当然か。現状、冒険者希望組の中で一番弱いことはノーラン自身が誰よりも理解している。少し話すか。
「俺も初めて魔獣と戦った時は滅茶苦茶緊張したよ」
「えっ、トキオ先生でも緊張することがあるんですか!?」
「当り前だ。自慢じゃないが、俺が訓練をする前はお前達より弱かったからな」
信じられないという顔を見せるノーラン。こちとら、この世界に比べて遥かに生存率が高く魔獣も居ない世界出身だぞ。
「今日まで訓練してきたことをそのまま出せばいい。それとも、俺の教えてきたことが信用できないか?」
大きく首を左右に振るノーランの表情から少しずつ緊張が剝がれていく。
「かっこよく決める必要なんてない、ノーランはこれから強くなっていくんだ」
覚悟が決まったのか、ノーランはその手に持った名もなき剣を強く握り直す。
「行ってこい」
「はい!」
年相応の子供らしいノーランが時折見せる「勇者」の表情。力を得た俺でも期待してしまうのだ、ノーランに「勇者」スキルを与えた創造神様の慧眼には感服する。
コタローに誘導され結界内に入ったホーンラビットが凶悪な角を前面に出しノーランに突進する。ノーランはその場を動かず、ゆっくりと落ち着いて剣を構えた。
ホーンラビットとの突進を最小限の動きで躱すと振り向きざま剣を一閃、ホーンラビットの胴体が真っ二つになる。
「まだです!」
レベルは上がらない。これが個人差なのか、それとも圧倒的な力を得られる「勇者」スキルを持つ者の定めなのか、神でもない俺が知る由は無い。
それにしても見事な剣筋だ。「勇者」スキルは、そのあまりにも強すぎる能力故か他のスキルを取得することが出来ない。剣を使ってはいるが、ノーランは剣に携わる一切のスキルを持っていない。レベル1の今、「勇者」スキルから何の恩恵も受けていない何処にでもいる少年のノーランが見せた剣筋は、俺が生きていた前世と同じくその肉体だけで繰り出したもの。資質か才能か、どちらにせよ俺の知る範疇を越えている。
『コタロー、ヘルハウンドを頼む』
『よろしいのですか?』
『問題ない』
『御意』
戦闘態勢を維持し続けているノーランより早く、キャロが迫りくる脅威に気付く。
「ノーラン、逃げて!」
その声に反応したオスカー、マーカス、ガイアソーサの三人が一瞬動こうとするが、何の行動も起こさない俺を見て堪える。それでいい。現にノーランは結界内に入り込んだヘルハウンドを見ても何ら変わらず、戦闘態勢を維持し続けている。
口から涎を垂らし、狂ったように接近するヘルハウンド。肺から空気を絞り出すように息を吐いたノーランは、低く、さらに低く、構えを取ると、一気に加速した。
衝突するかのように近づく魔獣と「勇者」。一瞬早く伸びたノーランの剣が下段からヘルハウンドの首を刎ねる。
「あれは・・・」
マーカスが無意識に言葉を漏らす。ノーランが見せた剣技は、俺がマーカスと初めての立ち合いをした時に見せた居合切りを真似たもの。勿論、精度や威力は俺の居合切りに比べ遥かに劣る。剣技と呼べるレベルには達していない。だが、形にはなっていた。事実、ヘルハウンド首は宙を舞っている。
まだレベル1の少年が見せた奇跡。これが「勇者」か・・・ノーランは間違いなく強くなる。どこまでも強くなれる。教える側の俺も心しておかないと。
「上位鑑定」
名前 ノーラン(12)
レベル 2
種族 人間
性別 男
基本ステータス
体力 1440/1440
魔力 1420/1420
筋力 1240
耐久 1460
俊敏 1360
器用 1120
知能 1220
幸運 720
魔法
火 E
水 E
風 E
土 E
光 D
空間 D
時間 D
スキル
勇者
基本ステータスを見ると、改めて「勇者」スキルの凄さが分かる。レベルが1上がっただけでノーランのステータスはアルバとキャロを越えてしまった。これからも同じ様にレベルを上げていけば、アルバとキャロがノーランのステータスを越えることは今後二度とない。パーティーとしてこれから一緒にやっていく為に、アルバとキャロはスキルや魔力を磨く必要がある。
「うぉぉぉぉぉぉぉ、なんだこれぇぇぇぇぇぇ!」
拙い、他の二人の十倍もステータスの上昇があったせいで興奮状態だ。学校を出る前にした決め事を完全に忘れている。当時既に大人だった俺と違い、まだ少年のノーランに基本ステータス二十倍は刺激が強すぎたか。冒険者を目指してからアルバとキャロの後塵を拝し続けたのも影響しているかもしれない。
仕方がない、緊急事態だ。
「動無(ドーム)」
俺の結界内に居る生命体の動きを全て止める魔法を発動する。初めて使ったがマーカスとガイアソーサにはレジストされたようだ。オスカーには効果があるところを見ると魔力量ではなくレベルが関係しているのだろう。大量の魔力を消費する割に案外効果は薄いな・・・と、今は検証している場合じゃない。すぐにノーラン以外の効果を解除する。
「先生・・・今のは?」
「安心しろオスカー、俺の魔法だ。ノーランが興奮して危険な状況だったから、一旦動きを止めた。効果範囲を選択している暇がなかったのでお前達まで巻き込んでしまって悪かったな」
「・・・動きを止める」
ブツブツと独り言をつぶやくオスカー、知らぬ間にレジストして何が起こっているのかわからず目をパチクリしているマーカスとガイアソーサへの詳しい説明は後回し。優先すべきはノーランだ。
「ノーラン、俺の声が聞こえるな」
魔法の効果が効いているため返事はないがそのまま話し続ける。
「力を得て興奮する気持ちはわかる。だが、まずは落ち着け。レベルアップと共にお前の基本ステータスは二十倍に跳ね上がった。無暗に動くのは危険だ」
まだ魔法は解かない。俺の話を理解できるよう、ゆっくりと時間を取る。
「アルバとキャロを冒険者に誘ったのはノーランだったよな。それなのに二人にステータスで差を開けられて悔しかっただろう。「勇者の仲間」の称号だと頭では理解していても、実際にその差を見せつけられるのは辛かったよな。それでもお前は泣き言ひとつ言わずに基礎訓練を続けた。まずはそのことを褒めたい、今迄よく頑張った」
ノーランの動きは止まったままで表情も変わらない。だが、仲間は違う。アルバとキャロが目に涙をいっぱい貯めて頷いている。
「お前が持つ「勇者」スキルはレベル2から意味を持つ。この世界をお創りになった創造神様は敢えてそうしたのだと俺は思っている」
レベル1の「勇者」スキル保持者には何の恩恵もない。それどころか他のスキルを得ることも出来ないハンデを背負っている。レベル1の「勇者」スキル保持者は弱いのだ。
「まずは弱さを知る。戦う力を持たない者の気持ちを知る。創造神様は「勇者」が力を得る前に、弱き者を知ってほしかったのではないだろうか」
既に大人だった俺は「勇者」スキルに似た「創造神の加護」の力を知り、ノーランとは違った葛藤があった。本当に自分がこんな力を得ていいのか、正しく使えるのか、その答えをくれたのは師匠であるカミリッカさんだ。
「ノーラン、お前は強くなる。お前が想像する何倍にも強くなる。だが恐れる必要は無い。神は力を与えた時点で、ノーランが正しく力を使えると確信している」
力を与える者は、力を得る者よりも先に覚悟を決めている。
「俺も、ノーランなら、いや、ノーランこそが「勇者」スキル保持者に相応しい人物だと信じている。アルバとキャロが「勇者の仲間」の称号に相応しい大人になると信じている」
魔法を解く。ノーランは学校を出た時の決め事を思い出したようで、雄たけびを上げた姿勢のまま制止している。
「まあ、まだレベル2のへっぽこ勇者だから学ぶことは山ほどあるがな。楽な姿勢をとれ。もう、喋っていいぞ」
剣を手放し、棒立ちになるノーラン。本来、レベルが上がったと認識したならそうするよう言ってあった。
「すみませんでした。でも、へっぽこ勇者は酷くありませんか?」
取り乱したのが恥ずかしかったのか、バツが悪そうに小声で話す。
「決め事も守れないへっぽこが生意気を言うな。よし、ゆっくりと結界内を歩くぞ」
「・・・はい」
ようやく予定通りの行動に移ることが出来る。俺の時もカミリッカさんが隣を歩いてくれたなぁ、そんなことを思い出しながら歩を進めようとしたとき、ガイアソーサが声を発した。
「ノ、ノーラン・・・君は・・・「勇者」スキルの保持者だったのか・・・」
呟くように発せられた言葉の後、今度は声を荒げる。
「どうして、どうして、そんな重要機密を僕に知らせたのですか!僕は魔族ですよ!答えてください、トキオ先生!」
ガイアソーサの興奮が伝わる。知ってはならないこと、知るべきではなかったこと、そう考えているのか、声を荒げるガイアソーサの顔面は蒼白だ。
「何も問題なんて無い」
ガイアソーサの問いに答えたのは、俺ではなくノーランだった。
コタローにホーンラビットを誘導するよう指示を出すと、開けた場所の中央に一人立つキャロは気配を察知したのか小さな炎を出す。キャロの「鑑定」スキルはレベル2、まだ「索敵」は使えない筈だが感覚的に敵を察知しているのなら将来有望だ。
結界内に駆け込んできたホーンラビットがキャロを視界に捕らえ突進してくるが先程までの興奮が嘘のように落ち着いている。これが「勇者の仲間」の称号による恩恵なのかキャロの生まれ持った資質なのか俺には判断がつかない。
「ウインドカッター」
立て続けに二発放たれた魔法はオスカー直伝のウインドカッター。現在、俺とサンセラが魔法の授業で教えているのは基本的な考え方や魔法の原理であり、個々の魔法は指導していない。キャロに魔法を指導しているのはオスカーであり、実技においては師匠ともいえる。オスカーとキャロが共に考え、わからないことがあれば俺やサンセラに聞きに来る形だ。
まだオスカーほど威力も精度も無いキャロのウインドカッターが空を切る。だが、それは計算づく。ウインドカッターはホーンラビットにダメージを与える為ではなく、誘導する為に放ったもの。本命の攻撃はキャロの傍で揺れている小さな炎。
「ショット!」
小さな炎が弾丸となりホーンラビットを襲う。着弾と同時にホーンラビットが炎に包まれ絶命した。
「よし!」
声をあげたのはオスカー。一緒に考えた魔法が上手くいって嬉しいのはわかるが、実際に戦ったキャロより興奮してどうするよ。戦いを終えたキャロは学校を出る前の約束通り、レベルが上がったのを認識してその場で大人しくしているのに。
「上位鑑定」
名前 キャロ(12)
レベル 2
種族 人間
性別 女
称号 勇者の仲間
基本ステータス
体力 124/124
魔力 528/848
筋力 102
耐久 116
俊敏 128
器用 144
知能 812
幸運 36
魔法
火 D
水 E
風 D
土 E
スキル
魔力消費軽減3 杖術3 鑑定2 体術1
レベルが上がったのと同時に基本ステータスが倍になった。中でも「勇者の仲間」の称号で平均の五倍になっている魔力と知能が跳ね上がったのは今後のキャロにとって大きい。今迄は魔力不足で使うことのできなかった魔法にも挑戦できるし理解力も上がる。
「もう話していいぞ。わかるか?」
「はい、魔力が溢れて、自分が自分じゃないみたいです!」
「まずはその感覚に慣れることだ。魔力回復にも注視しなきゃダメだぞ」
「はい!」
目が輝いている。新たに力を得て、これまで以上に魔法を使えるようになったのが嬉しくて仕方がないのだろう。無理させないよう、オスカーにも十分注意させないといけないな。
「よし、交代だ。次、ノーラン」
「は、はい!」
すれ違いざまノーランの肩をポンと叩くと、嬉しそうにオスカーのもとまで駆けていくキャロ。それに比べて、ここに来る前から緊張気味だったノーランの動きはぎこちない。
さて、アルバとキャロには申し訳ないがここからが本番だ。すでに「勇者の仲間」の恩恵でステータスが上がっている二人と違い、現在ノーランの基本ステータスは普通の少年が訓練しただけに過ぎない。それが一気に二十倍に跳ね上がる。
それを理解しているオスカーとマーカスも今まで以上に警戒を強める。ガイアソーサだけが急に雰囲気の変わった俺達についてこられていないようで、何が起こっているのかわからずキョロキョロしている。
「ガイアソーサ、よく見ておくんだぞ」
「えっ、あっ、はい!」
カミリッカさんから学んだ俺が、今度はその知識を「魔王」と「勇者」に授ける番だ。
「準備はいいか?」
「は、はい!」
言葉とは裏腹に緊張感が伝わってくるがそれも当然か。現状、冒険者希望組の中で一番弱いことはノーラン自身が誰よりも理解している。少し話すか。
「俺も初めて魔獣と戦った時は滅茶苦茶緊張したよ」
「えっ、トキオ先生でも緊張することがあるんですか!?」
「当り前だ。自慢じゃないが、俺が訓練をする前はお前達より弱かったからな」
信じられないという顔を見せるノーラン。こちとら、この世界に比べて遥かに生存率が高く魔獣も居ない世界出身だぞ。
「今日まで訓練してきたことをそのまま出せばいい。それとも、俺の教えてきたことが信用できないか?」
大きく首を左右に振るノーランの表情から少しずつ緊張が剝がれていく。
「かっこよく決める必要なんてない、ノーランはこれから強くなっていくんだ」
覚悟が決まったのか、ノーランはその手に持った名もなき剣を強く握り直す。
「行ってこい」
「はい!」
年相応の子供らしいノーランが時折見せる「勇者」の表情。力を得た俺でも期待してしまうのだ、ノーランに「勇者」スキルを与えた創造神様の慧眼には感服する。
コタローに誘導され結界内に入ったホーンラビットが凶悪な角を前面に出しノーランに突進する。ノーランはその場を動かず、ゆっくりと落ち着いて剣を構えた。
ホーンラビットとの突進を最小限の動きで躱すと振り向きざま剣を一閃、ホーンラビットの胴体が真っ二つになる。
「まだです!」
レベルは上がらない。これが個人差なのか、それとも圧倒的な力を得られる「勇者」スキルを持つ者の定めなのか、神でもない俺が知る由は無い。
それにしても見事な剣筋だ。「勇者」スキルは、そのあまりにも強すぎる能力故か他のスキルを取得することが出来ない。剣を使ってはいるが、ノーランは剣に携わる一切のスキルを持っていない。レベル1の今、「勇者」スキルから何の恩恵も受けていない何処にでもいる少年のノーランが見せた剣筋は、俺が生きていた前世と同じくその肉体だけで繰り出したもの。資質か才能か、どちらにせよ俺の知る範疇を越えている。
『コタロー、ヘルハウンドを頼む』
『よろしいのですか?』
『問題ない』
『御意』
戦闘態勢を維持し続けているノーランより早く、キャロが迫りくる脅威に気付く。
「ノーラン、逃げて!」
その声に反応したオスカー、マーカス、ガイアソーサの三人が一瞬動こうとするが、何の行動も起こさない俺を見て堪える。それでいい。現にノーランは結界内に入り込んだヘルハウンドを見ても何ら変わらず、戦闘態勢を維持し続けている。
口から涎を垂らし、狂ったように接近するヘルハウンド。肺から空気を絞り出すように息を吐いたノーランは、低く、さらに低く、構えを取ると、一気に加速した。
衝突するかのように近づく魔獣と「勇者」。一瞬早く伸びたノーランの剣が下段からヘルハウンドの首を刎ねる。
「あれは・・・」
マーカスが無意識に言葉を漏らす。ノーランが見せた剣技は、俺がマーカスと初めての立ち合いをした時に見せた居合切りを真似たもの。勿論、精度や威力は俺の居合切りに比べ遥かに劣る。剣技と呼べるレベルには達していない。だが、形にはなっていた。事実、ヘルハウンド首は宙を舞っている。
まだレベル1の少年が見せた奇跡。これが「勇者」か・・・ノーランは間違いなく強くなる。どこまでも強くなれる。教える側の俺も心しておかないと。
「上位鑑定」
名前 ノーラン(12)
レベル 2
種族 人間
性別 男
基本ステータス
体力 1440/1440
魔力 1420/1420
筋力 1240
耐久 1460
俊敏 1360
器用 1120
知能 1220
幸運 720
魔法
火 E
水 E
風 E
土 E
光 D
空間 D
時間 D
スキル
勇者
基本ステータスを見ると、改めて「勇者」スキルの凄さが分かる。レベルが1上がっただけでノーランのステータスはアルバとキャロを越えてしまった。これからも同じ様にレベルを上げていけば、アルバとキャロがノーランのステータスを越えることは今後二度とない。パーティーとしてこれから一緒にやっていく為に、アルバとキャロはスキルや魔力を磨く必要がある。
「うぉぉぉぉぉぉぉ、なんだこれぇぇぇぇぇぇ!」
拙い、他の二人の十倍もステータスの上昇があったせいで興奮状態だ。学校を出る前にした決め事を完全に忘れている。当時既に大人だった俺と違い、まだ少年のノーランに基本ステータス二十倍は刺激が強すぎたか。冒険者を目指してからアルバとキャロの後塵を拝し続けたのも影響しているかもしれない。
仕方がない、緊急事態だ。
「動無(ドーム)」
俺の結界内に居る生命体の動きを全て止める魔法を発動する。初めて使ったがマーカスとガイアソーサにはレジストされたようだ。オスカーには効果があるところを見ると魔力量ではなくレベルが関係しているのだろう。大量の魔力を消費する割に案外効果は薄いな・・・と、今は検証している場合じゃない。すぐにノーラン以外の効果を解除する。
「先生・・・今のは?」
「安心しろオスカー、俺の魔法だ。ノーランが興奮して危険な状況だったから、一旦動きを止めた。効果範囲を選択している暇がなかったのでお前達まで巻き込んでしまって悪かったな」
「・・・動きを止める」
ブツブツと独り言をつぶやくオスカー、知らぬ間にレジストして何が起こっているのかわからず目をパチクリしているマーカスとガイアソーサへの詳しい説明は後回し。優先すべきはノーランだ。
「ノーラン、俺の声が聞こえるな」
魔法の効果が効いているため返事はないがそのまま話し続ける。
「力を得て興奮する気持ちはわかる。だが、まずは落ち着け。レベルアップと共にお前の基本ステータスは二十倍に跳ね上がった。無暗に動くのは危険だ」
まだ魔法は解かない。俺の話を理解できるよう、ゆっくりと時間を取る。
「アルバとキャロを冒険者に誘ったのはノーランだったよな。それなのに二人にステータスで差を開けられて悔しかっただろう。「勇者の仲間」の称号だと頭では理解していても、実際にその差を見せつけられるのは辛かったよな。それでもお前は泣き言ひとつ言わずに基礎訓練を続けた。まずはそのことを褒めたい、今迄よく頑張った」
ノーランの動きは止まったままで表情も変わらない。だが、仲間は違う。アルバとキャロが目に涙をいっぱい貯めて頷いている。
「お前が持つ「勇者」スキルはレベル2から意味を持つ。この世界をお創りになった創造神様は敢えてそうしたのだと俺は思っている」
レベル1の「勇者」スキル保持者には何の恩恵もない。それどころか他のスキルを得ることも出来ないハンデを背負っている。レベル1の「勇者」スキル保持者は弱いのだ。
「まずは弱さを知る。戦う力を持たない者の気持ちを知る。創造神様は「勇者」が力を得る前に、弱き者を知ってほしかったのではないだろうか」
既に大人だった俺は「勇者」スキルに似た「創造神の加護」の力を知り、ノーランとは違った葛藤があった。本当に自分がこんな力を得ていいのか、正しく使えるのか、その答えをくれたのは師匠であるカミリッカさんだ。
「ノーラン、お前は強くなる。お前が想像する何倍にも強くなる。だが恐れる必要は無い。神は力を与えた時点で、ノーランが正しく力を使えると確信している」
力を与える者は、力を得る者よりも先に覚悟を決めている。
「俺も、ノーランなら、いや、ノーランこそが「勇者」スキル保持者に相応しい人物だと信じている。アルバとキャロが「勇者の仲間」の称号に相応しい大人になると信じている」
魔法を解く。ノーランは学校を出た時の決め事を思い出したようで、雄たけびを上げた姿勢のまま制止している。
「まあ、まだレベル2のへっぽこ勇者だから学ぶことは山ほどあるがな。楽な姿勢をとれ。もう、喋っていいぞ」
剣を手放し、棒立ちになるノーラン。本来、レベルが上がったと認識したならそうするよう言ってあった。
「すみませんでした。でも、へっぽこ勇者は酷くありませんか?」
取り乱したのが恥ずかしかったのか、バツが悪そうに小声で話す。
「決め事も守れないへっぽこが生意気を言うな。よし、ゆっくりと結界内を歩くぞ」
「・・・はい」
ようやく予定通りの行動に移ることが出来る。俺の時もカミリッカさんが隣を歩いてくれたなぁ、そんなことを思い出しながら歩を進めようとしたとき、ガイアソーサが声を発した。
「ノ、ノーラン・・・君は・・・「勇者」スキルの保持者だったのか・・・」
呟くように発せられた言葉の後、今度は声を荒げる。
「どうして、どうして、そんな重要機密を僕に知らせたのですか!僕は魔族ですよ!答えてください、トキオ先生!」
ガイアソーサの興奮が伝わる。知ってはならないこと、知るべきではなかったこと、そう考えているのか、声を荒げるガイアソーサの顔面は蒼白だ。
「何も問題なんて無い」
ガイアソーサの問いに答えたのは、俺ではなくノーランだった。
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