充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~

中畑 道

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第六章 生徒編

第三十一話 妹よ、俺が反省室でこもっている間に新たなパーティーが誕生したようです。

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「トキオ セラとは・・・セラ教会の学校で教師をしながら冒険者もやっている、トキオと名乗る青年のことか?」

「その青年で間違いない。彼のフルネームがトキオ セラだ」

 リンドの脳裏に焼き付いた恐怖が呼び起こされる。絶対に、あの青年を敵に回してはならないと。

「お、王家は・・トキオ セラを危険人物とみなしているのか?」

 今現在、王家とリンドには何の関りもない。S級冒険者ガナの存在は知っていたが、話すのは今日が初めてだ。余計なアドバイスをする必要も、情報を教えてやる義理もない。だが、言わずにはいられなかった。

「今すぐ手をひけ、王家が亡ぶぞ!」

 王家の命を受けたガナは調査する際、一つだけ注意するよう言われていた。絶対に正体を悟られるな。今迄、仕事のやり方については一切口出しすることのなかった王家が初めてガナに出した注文、その言葉を重く受け止めたガナは細心の注意を払い、今日まで自分はトロンの地を踏むことなく、回りくどいやり方で調査してきた。
 ブルジエ王国一の斥候だという自負がある。「鑑定」のレベルがカンストして覚えた「最上位鑑定」は回避不可能だ。それでも細心の注意を払った。現地に行き、本人を「鑑定」すれば一日で終わる調査を、何日、何週間、何カ月もかけておこなってきた。それが正解だったのは、ガナが初めて組みたいと思った程の実力を持つリンドの狼狽ぶりを見ても明らかだ。

「悪いことは言わない、あの男の力を見誤るな!トキオ セラがその気になれば、王都など一晩で更地になるぞ!」

 そう口にしたリンド自身が、自分の吐いた言葉に驚きを隠せない。リンドがトキオ セラと対峙したのは数分。いや、実際対峙していたのはブラックモン伯爵であり、リンドは取り巻きの一人に過ぎない。その数分でトキオ セラが自分など足元にも及ばない規格外の力を持つ強者なのはわかった。弱者が強者を測ることは出来ない。トキオ セラがどれ程強大な力を持っているのかリンドにはわからない。だからこそ、感じたままの言葉が吐き出された。リンド自身、言葉に出し初めて知る。トキオ セラには、一晩で王都を更地に変えてしまう程の力があると自分が感じていることに。

「安心しろ、王家は馬鹿じゃない。王家が知りたかったのは、トキオ セラが何を目指し、どう行動したかだ。お前だってトロンの街でそれなりに情報は調べ、彼と実際に会ったのなら知っているだろう。トキオ セラは謙虚な好青年であり、相手がたとえ悪人であろうと無暗に力を行使しない理性の持ち主であることを」

 ガナの言う通りだ。ブラックモン伯爵の横柄な態度にも謙虚な姿勢を崩さず、教え子への暴挙に対して怒りの感情を露わにはしたが、理性を失うようなことはなかった。教会が悪徳銀行と揉めた際も、法にもとづき契約という形で収めたと聞いている。なにより、リンド自身がトキオ セラには王都を一晩で更地に変えるほどの力があっても、決してそんなことはしないと確信めいたものがある。

「それに、数時間前新たな命が下った。トキオ セラの調査は終わりだ」

 そう言ったガナの顔には、リンドにも容易にわかる安堵の表情が見て取れる。ガナほどの男だ、トロンの街から次々にあげられた情報を精査していくうちに、トキオ セラが規格外の力を持つ人物だと調べはついているのだろう。それだけのことを現地に入らず調査してしまうこの男も只者ではない。

「新たな命とは、なんだ?」

「そいつは言えない。お前が俺と組み、二人目の王家の影になってくれると言うのなら教えてやるぜ」

 リンドは暫し考える。

 まず、ブルジエ王国王家について。リンドは王家を嫌ってはいない。リンドだけでなく一般的な国民の支持率も高い。理由は単純、王家は圧政を敷いていないからだ。身分制度がある以上貴族が優遇されてはいるが、理不尽な要望には平民でも意見できる程度に法は整備されている。なにより国民の支持を受けているのが税制面。一般的な税金は国で一括管理されており、領主といえ勝手に税を上げることは出来ない。その為、金が無いからという理由だけで税金を上げることが出来ず、ブラックモン伯爵のような浪費癖のある領主は自らが苦労することになる。ただ、領主家に金が無ければどうしても民へのサービスは制限されてしまうため現在のオクラドが住みやすい街だとは言えないが、民もその責任が王家ではなく領主に有ることは知っている。

 次に、今自分の置かれている状況。ブラックモン伯爵の配下に付くことで得た金のおかげで、長く病と闘っていた妹は健康な体を取り戻した。今は王都で子供の頃から夢だった料理人を目指し頑張っている。ブラックモン伯爵自ら契約を解除してくれたおかげで今は自由の身。やりたいことと言えば、やはり冒険者だ。折角A級冒険者になれたのなら、S級も目指したい。

「王家の影になったら、冒険者は辞めなきゃダメか?」

「いいや。逆に何もしていない方が怪しまれるから、冒険者は続けてももらいたい。どうせなら冒険者としても俺とパーティー組もうぜ、その方が連絡も取りやすいし!」

 願ってもない話だ。ガナと一緒なら冒険者としての功績も立てやすい。

「なぁ、一緒にやろうぜ!王家直属だから福利厚生もしっかりしているぞ」

「福利厚生?」

「そう、福利厚生。ようは、色々手当てが付くってこと。怪我した時の医者代や部屋の家賃なんかも半分は経費扱いってことで給金と一緒に支給されるんだ。武器や防具も経費で落ちるぜ」

「本当か!?最高じゃないか」

「まあ、表に出て評価される仕事でもないし、歴史に名を残す仕事でもないからな。せめて金銭面だけは優遇しようとしてくれているんじゃないか」

 今迄ブラックモン伯爵と専属契約をしていたリンドにとっては夢のような環境に思えた。冒険者として高みも目指せる。なにより、斥候を志すだけあって「王家の影」というのは心の奥を擽ってくるものがある。

「一つだけ、条件を付けてもいいか?」

「ああ、言ってくれ」

 出来ることなら王家の影として働きたい。S級を目指したい。ガナほどの男が誘ってくれたのも正直嬉しい。リンドにとってこれ以上の職場は考えられない。だが、どうしても一つだけ譲れない条件がある。

「トキオ セラと敵対しない。条件はそれだけだ」

 条件を聞いたガナはキョトンとした表情でリンドの顔を暫し眺めると、眉間に皺を寄せる。

「いや、そんなの当り前だろ。魔法一発で一万匹以上の魔獣を倒しちゃう男だよ、そんなの敵に回したら命が幾つあっても足りないじゃん。さっき言わなかったっけ、王家はそんなに馬鹿じゃないって。もし、王家がトキオ セラを敵とするのなら、お前より先に俺が逃げるっての。そもそも、会ったことはないけれど、多分トキオ セラって滅茶苦茶良い奴だよね。教会の窮地を救い、孤児の為に無料の学校作って、未曽有のスタンピードでは先頭にっ立って街のために戦って、敵対する理由なんて無いじゃん」

 今度はリンドがキョトンとした表情を見せる。王都での冒険者時代から、リンドはガナを知っていた。自分の上位互換、同じ斥候として目指すべき頂きだと認識していた。同じスタイルの冒険者として話を聞きたかったが、格下の自分から声を掛けることは出来なかった。誰ともパーティーを組まず、自分一人の力でS級にまで上り詰めたブルジエ王国一の斥候、孤高の天才。リンドの目にガナはそう映っていた。そして今日、初めて言葉を交わした正直な感想・・・

 ──思っていたのと違う

 斥候としての実力は本物だ。戦闘面に関しても自分の数段上を行く。だが、話し方が斥候らしくない・・・と、言うか、会話が下手だ。まだ結論を言葉で示していない相手に対し、簡単に情報を与えてしまう。良く言えばフレンドリー、悪く言えば軽薄な話し方は、感情の機微を簡単に悟られ交渉事には向かない。王都の冒険者ギルドでは孤高の雰囲気を見せていたが、今はその影もない。そこからひも解くに、多分この男・・・人見知りだ。
 一度打ち解けると言わなくていいことまで言ってしまう、明るいお喋り。斥候としては致命的欠陥。よくこれでS級冒険者にまで上り詰めただけでなく、王家の影まで務まるものだ・・・人見知りでソロ活動を余儀なくされたのが、結果的に功を奏したとしか思えない。

「もう一つだけ、条件を追加してもいいか?」

「おう、ドンとこい!」

 かなりのお調子者でもある・・・俺がしっかりせねば・・・

「二人で組むにあたって、今後の交渉役は俺がする」

「えっ、なんで?」

「ガナ、お前は喋らない方がいい・・・」

「えぇぇぇ・・・それ、王様にも言われたことあるんだけど・・・」

 なるほど、王家が馬鹿ではないと言うのは本当のようだ。

「兎に角、今後交渉事は俺に任せろ。その方がお前の力を十全に発揮できる」

「ちぇっ、わかったよ・・・でも、リーダーは俺だぞ!」

「ああ、それでいい」

 斥候にあるまじき満面の笑みで右手を差し出すガナ、その手をリンドは力強く握った。

「よっしゃっ、これで遂に王家の影は、影の軍団になったぞ!」

「軍団って、二人じゃねぇか・・・」

「二人でも、軍団は軍団だ!」

「へい、へい。それで、王家からの新たな命ってのは?」

「王都に向かっているアマヤ イオバルディの護衛だ」

「アマヤ イオバルディの護衛・・・」

「言っただろ、王家は馬鹿じゃないって。ブロイ公爵家も腕の立つ護衛を付けてくれたみたいだが、四人じゃちと心もとない。野党や盗賊の類に数で攻められでもしたら危険だ。そう言った輩は俺達で秘密裏に排除する」

 なかなかにハードな仕事だ。だが、ガナと二人なら問題ないだろう。なにせ、俺達は二人共「鑑定」スキル持ちで「索敵」が使える。

「こんなことなら、もっと早く声を掛ければ良かったな」

「そっ・・・」

 それはお前の人見知りのせいだろうが、と言いかけたが、リンドは口を閉じた。人生は色々あるし、多少遠回りはしてもとガナも言っていた。きっと今夜が最高のタイミングだったのだろう。

「リンドがこうもあっさり俺と組むことを了承してくれるとは思わなかった。決断の決め手は何だった?」

 本当にお喋りな斥候だ。まあ、俺の前だけならかまわんが・・・

「丁度職を失ったところだったし、ガナからは斥候としての技術も学べそうだからな。あと・・・」

「あと?」

「王家の影ってのは・・・嫌いじゃない」

 またも満面の笑みで、再度リンドの手を取るガナ。性格は斥候向きではないが、コンビとしては一日中仏頂面されるよりマシだと思うことにしよう。

「だよな!王家の影って、かっこいいよな!」

「まあ・・・かっこ悪くはないんじゃないか・・・」

「俺の睨んだ通りだ!リンド、お前とは良いパーティーが組めそうだ!」

「そいつはどうも・・・」

「王都までの道すがら、冒険者パーティー名でも考えながらサクッと終わらせようぜ!」

 そう言って駆けだすガナにリンドも続く。

 なんともお気楽な男だ。でも、不思議と悪い気分ではない。トキオ セラと出会い、敵対しなかったことが分岐点だったかのように、リンドの環境は一変する。本来なりたかった姿、己の未来を切り開くように、暗闇の中リンドはガナの背中を追った。

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