充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~

中畑 道

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第六章 生徒編

第三十二話 妹よ、俺が知らない間に心の弟子が奔走していたようです。

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「王都まで大した妨害も無く辿り着けるとは、運が良かったですね」

「ええ、護衛していただきありがとうございました。ここからはわたくしの仕事です」

 本来一月以上はかかるトロンから王都への道のりを僅か二週間で駆け抜けたアマヤ イオバルディ一行は城壁を前にようやく馬のスピードを落とす。道中、二度ほど魔獣との遭遇はあったが、ブロイ公爵家が用意してくれた護衛が瞬く間に対応してくれたことで大事には至らなかった。スピードを重視した為少人数の移動で懸念された盗賊や野党に狙われることもなく、想定していた最短で王都に辿り着けたのは幸運という他ない。

「学校へ向かわれますか?」

「いえ、屋敷へ戻り直ぐに行動を開始します。護衛の皆様は我が家で旅の疲れを癒してください」

 一行の目的は王都に辿り着くことではない。貴族どうしの争いでトキオとセラ教会に火の粉が降りかかるのを阻止する為、なんとしてもブラックモン伯爵家より先に王家へ謁見する必要がある。城壁を潜るとアマヤ イオバルディはより一層引き締まった表情を見せた。

「我々は引き続き護衛任務に就かせていただきます」

「ありがとうございます。ですが、王家との謁見には数日かかると思われますので、その間は長旅の疲れを癒してください」

 貴族の子息が集まる王都の学校で学長をしているアマヤ イオバルディであろうと、呼ばれでもしない限り王家への謁見がすぐに叶うものではない。アマヤ イオバルディが最初にすべき仕事は、その時間をいかに短くするか。王家にとって今回の案件が緊急を要するものだと認識してもらえるだけの嘆願書の作成。

「護衛の皆様が命懸けで王都まで届けてくださったこの身、必ずや、ブロイ公爵のご期待にも応えてみせます」

 アマヤ イオバルディの言葉に、王都到着で一瞬安堵の色を見せた護衛達の表情も引き締まる。ブロイ公爵が王都へ着くまで、アマヤ イオバルディこそがブロイ公爵家の命運を握る最重要人物なのだ。



 そんな護衛達ですら、気付くことのできない二つの影。アマヤ イオバルディ一行が城壁を潜るのを見届けると、こちらは大きく息を吐いた。

「・・・ハァー、やっと終了か・・・初仕事にしてはキツ過ぎるだろ。あいつら、どれだけ野党や盗賊に狙われるんだよ・・・」

「・・・ハハハッ、お疲れさん。あれだけ戦闘すれば、ブラックモン伯爵の下で鈍っていたカンも大分取り戻せただろ」

「・・・取り戻すどころか、久しぶりにレベルが上がったぞ」

「・・・良い事じゃないか。流石は俺が見込んだ男だ」

「・・・へい、へい。それで、これからどうするんだ?」

「・・・とりあえず、王城へ行って報告がてら、王家の影新メンバーの紹介だな」

「・・・げっ、俺も王様に会うのかよ・・・嘘だろ・・・」

「・・・そりゃ、一度くらいは顔見世しとかなきゃダメだろう。あと、報告も頼むな」

「・・・なんで、俺が」

「・・・だって、お前、交渉役だろ」

「・・・報告と交渉は違うだろうが」

「・・・似たようなものだ。それに、俺が話すと長くなるぞ」

「・・・ちぇ、しょうがねえなぁ・・・ところで、俺はどこに住めばいいんだ?とりあえず宿屋か?」

「・・・それなら問題ない。すぐに部屋を用意させる。勿論、王家の影メンバーではなく、冒険者リンドとしての部屋をな」

「・・・そいつは有難い。流石は王家直属、福利厚生が充実しているぜ」

「・・・言っただろ。落ち着いたら、妹さんにも顔を見せに行くといい。これからは王都を拠点にすると知れば、妹さんも喜ぶだろ」

「・・・ああ・・悪いな、妹のことまで気にかけてもらって」

「・・・気にするな。相棒の妹は、俺にとっても妹みたいなものだ」

「・・・いや、それは違うだろ。てめぇー、妹に手を出したらブッ殺すぞ」

「・・・えぇぇ・・・まさかの、シスコン・・・」

「・・・今なんつった、誰がシスコンだ。俺はごくごく一般的な兄貴として、妹には人並みに幸せな人生を送ってもらいたいだけだ。お前みたいにいつ死ぬかわからない危なっかしい奴を近づけたくないのは当然だろうが」

「・・・いつ死ぬかわからないって、酷くない?俺、一応リーダーだよ・・・S級冒険者だし・・・」

「・・・くだらねえ話をしていないで、リーダーらしくさっさと仕事を終わらせろよ。ほら、行くぞ」

「・・・なんか・・・リンドの方がリーダーっぽくない?」

「・・・気のせいだ。ほら、とっとと王城へ案内しろよ、リーダー」

「・・・なんか・・・思っていたリーダーとちがう・・・」

 コソコソと話しながらも「隠密」スキルで身を隠し、地面を走るように城壁を駆けあがって王都へ侵入する二つの影。彼等の存在に気付けた者は一人も居ない。


 ♢ ♢ ♢


 約二カ月ぶりに王都の屋敷へ戻ったアマヤ イオバルディは、出迎えた使用人に荷物を預けると休む間もなく執務室へと向かった。そこで三十分程かけて二通の書簡を書きあげ使用人を走らせる。一人は王城へ、もう一人はアマヤ イオバルディが学長を務める学校へ向かった。
 その作業を終えようやく一息つくと、旅の汚れを落とす為風呂場へ向かう。この時まで、休息はおろか着替えすらしていなかった。急に決まった王都への帰還、しかも殆ど休むことの無かった移動。身なりこそそれなりに整えてはいたが、旅の途中で付いた埃や汗を満足に洗い流すこともしなかったアマヤ イオバルディの着衣や体からは貴族にあるまじき異臭が漂っている。その汚れを丁寧に落とし、異臭を取り除くまでに一時間近くの時間を要した。

 ようやく少しリラックスできる衣類を身に着け、軽く食事を摂ろうとしたところで使用人から声が掛かる。

「イオバルディ様、ローガン フリード副学長がおみえです」

 使いは先程出したばかり。慌てて来るような指示はしていなかったが、いかにもフリードらしい行動だとアマヤ イオバルディの口元が少しだけ緩む。

「わたくしの執務室へ通してください」

「かしこまりました」



 セラ学園が出来るまでブルジエ王国には学校と呼べるものが一つしか無かった。勿論、各街には商人の跡取りや聖職者を目指す者、魔法の才能がある平民などの為に読み書きや計算を教える塾のような場所がいくつか存在したが、そのほとんどが教師の自宅に習いたい者が通う形で、人数も少なく年齢もまちまち、学校と呼べる規模ではない。王都の学校に校名は無く、ブルジエ王国では学校と言えば王都の学校を意味する。その学校で学長を務めることは学会のトップを意味し、勉学における権力が集中するだけでなく、強い発言権を持つこととなる。現在、その頂点に位置するのがアマヤ イオバルディだ。
 だが、残念ながら学会は一枚岩ではない。明文化されている訳ではないが、王族派、貴族派、中立派、三つの派閥がある。王家の支持率が高いブルジエ王国において、過去の学長は殆ど王族派の学者から選ばれてきた。数度、中立派から選出されたことはあるが、貴族派の学長はブルジエ王国の歴史上一人も居ない。
 そんな歴史の中、学会でも異端の学者アマヤ イオバルディが学長に選出されたのは十五年前。三十代半ばでの選出は過去の歴史においても異例中の異例。だが、年齢が霞むほど異例だったのは、アマヤ イオバルディがどの派閥にも属していことだった。

 どの派閥にも属さない異端の学者アマヤ イオバルディは十代の頃出会った友人、オリバー ブロイに強く感化される。同級生だったオリバーが常日頃から口にしていた言葉「貴族が学問を独占していては、ブルジエ王国の将来は危うい」その考えに深く感銘を受けていたアマヤ イオバルディはどの派閥から声を掛けられようと首を縦に振らず、学者として他の追随を許さない圧倒的な成果を上げ続けても、出世は絶望的だと思われていた。
 そんなアマヤ イオバルディを強く学長に押したのが、現国王を中心とする王家だった。王家が推薦すれば王派閥もそれに従う。中立派もそれに乗ったのは、貴族派から学長を出したくないという思いだけでなく、アマヤ イオバルディが学者として圧倒的に優秀だったからである。

 こうして、異端の学者アマヤ イオバルディは学長となり、学会のトップに立つ。そんなアマヤ イオバルディが十五年掛けて増やしていったのが学校の平民枠。各街の私塾に声を掛け、優秀な子供達を王都の学校で学ばせることに尽力する。結果、平民出身の卒業生が多数、社会で活躍するようになり、中でも魔法職の冒険者は飛躍的に数を増やした。だが、それを良く思わない者も居る。貴族派は勿論、王族派や中立派の中にも、平民があまり活躍し過ぎるのは如何なものかと声をあげる者が現れ始める。そんな声をアマヤ イオバルディは相手にせず一蹴する。
 派閥を越えたアマヤ イオバルディ反対勢力が徐々に形成されていく中、逆にアマヤ イオバルディの活動を称賛する勢力も現れる。優秀な人材には身分に関係無く学ばせることで国力が上がることは結果として出ているのだから当然だ。いつの頃からかアマヤ イオバルディを中心としたそのグループは民衆派と呼ばれるようになり、学会第四の派閥として認識されていた。アマヤ イオバルディは自分の意見に賛同してくれる学者の中でも特に優秀だった人物を副学長に据える。それが、ローガン フリードである。



 執務室の扉を開けアマヤ イオバルディが姿を現すと、フリード副学長は額に青筋を立て、怒鳴るように声を発した。

「どういうことですか、イオバルディ学長!急にトロン滞在を延長するとの手紙を送りつけてきたかと思えば、結果的には当初の予定より早く帰還され、帰ってきた直後にあのような書簡を送りつけてくるとは!説明してください!」

「落ち着きなさい、フリード。直ぐに目くじらを立てるのはあなたの欠点ですよ」

「イオバルディ学長が私を振り回すからです!しかも、あのような書簡をもらえば尚更です!」

 アマヤ イオバルディがフリード副学長宛てに出した書簡に重要事項は書かれていない。出来るだけ早く自分の屋敷に顔を出してほしい旨と、読み終えたなら手紙は直ぐに焼却するよう指示がされていただけだ。結果的にはその指示がフリード副学長の不安を駆り立て、読み終えた直後に馬車を走らせることとなった。

「あなたに見せたい物があります。まずはお茶を飲んで心を落ち着けなさい」

「・・・わかりました」

 言われたまま素直にお茶を口に運ぶフリード副学長。アマヤ イオバルディとローガン フリードには一回り以上歳の差があり、学生時代には教師と生徒の間柄だった。同じ学校で働く同僚とはいえ、先輩と後輩、上司と部下、というよりは、師匠と弟子のような関係だ。

 ようやく落ち着きを取り戻したフリード副学長の前に、アマヤ イオバルディはトロンの街で自分の価値観、人生観を大きく変えるきっかけとなった論文を差し出す。

「これを読んでください。話はその後です」

 論文を手に取り読み始めるフリード副学長。アマヤ イオバルディ程ではないがフリード副学長も「速読」スキルを持っている。次々に頁がめくられていったが、次第にその速度は遅くなっていき手に力が入っていくのがわかる。目を見開き、肩が小刻みに震えはじめ、読み終えた時には呼吸も荒くなっていた。

「こ、これを執筆されたミル教授とは・・・どのような御方なのですか・・・」

「ミルさんは学者ではありません。数か月前、トロンの街にあるセラ教会が始めた学校、セラ学園で学んでいる九歳の少女です」

「なっ、きゅ、九歳!どうして・・・これ程の知識を・・・九歳の少女が・・・」

 アマヤ イオバルディはトロンの街でオリバー ブロイ男爵からミルの論文を渡され感想を求められたこと、その後の面談の場で、ミルを教え導いたのが教師であるトキオだと知った経緯を話す。フリード副学長は途中で話を遮ることなく、只々驚愕して聞き続けた。

 次にアマヤ イオバルディが差し出したのは一冊の本。フリード副学長からすれば、本と言うにはあまりに貧相な物だったが、すぐさま手に取り中身を確認する。

「なんと・・・わかりやすい・・・」

「それは、セラ学園で学ぶ九歳児用の教科書です」

「こ、この内容を九歳児が!」

 またも驚愕して固まるフリード副学長をよそに、アマヤ イオバルディはスラスラと数式を書き始めるとフリード副学長の前に差し出した。

「フリード、この問題を解いてください」

「えっ、あっ、はい・・・」

 突然数式を出された理由は分からないが、とりあえずフリード副学長は目の前の数式を解くためペンを走らせた。数秒後・・

「X=18、Y=7、です」

「正解です。その問題をミルさんは数式を見た瞬間に暗算で答えました」

「・・・・・・・・」

 最早フリード副学長は驚きで言葉も出ない。だが、アマヤ イオバルディの話は尚も続く。

「驚くべきはミルさんの計算能力だけではありません。問題を解いた後、ミルさんはわたくしにこう言ったのです「こんなの、わたしじゃなくても年長組の子なら全員解ける」と」

「全員・・・」

 すでにフリード副学長は気付いていた。確かにミルという少女は天才だ。だが、あの論文は知能が高いだけで書ける論文ではない。圧倒的な知識が必要であり、自分やイオバルディ学長の知識を持ってしても書くのは不可能な代物だ。あの分かりやすい教科書も、王都の学校の遥か先を行っている。

「トキオ セラ殿とは・・」

 フリード副学長が言葉を発した瞬間、アマヤ イオバルディから今迄に見たこともない怒気を含んだ視線が向けられる。

「トキオ セラは圧倒的な知識と力をお持ちの、礼儀正しい謙虚な好青年です」

「圧倒的な知識と・・・力?」

「わたくしがトロンの街へ赴いたのは、スタンピード鎮圧で得られた魔獣の素材を確認しにいく為だったのは覚えていますね」

「・・・はい」

「そのスタンピードですが、例年と変わらない規模だったというのは民を不安にさせないよう改竄された情報でした。実際の規模は魔獣二万、国家災害級の規模です」

「そ、そんなもの・・・どうやって・・・」

 アマヤ イオバルディも実際の戦闘を見た訳ではない。トキオと弟子のサンセラが二万のうち約八割の魔獣をいかに倒したかは、オリバー ブロイ男爵から聞いた情報をそのまま話した。ただ、トロンの街に流通していた魔獣の素材量を見ても、二万のスタンピードが真実であったことに間違いはない。

「イオバルディ学長・・・トキオ セラ様とは・・・神の如き御方なのでは・・・」

「ええ、わたくしもトキオ セラ様ご自身が自分は神だと言われたならば、一ミリの迷いもなく信じたでしょう。ですが、トキオ セラ様は自らを、教師としての経験も浅く、人としてもまだまだ未熟な若造だと周りの方々にも言っておられます。わたくしにまで、教師として至らない点があればアドバイスして欲しいと言われるような御方です。トキオ セラ様がそう言われるのならば、わたくし如きが疑問を持つのは失礼にあたります」

 王都の学校において、アマヤ イオバルディは常に反対勢力と戦い続けてきた。初めは異端扱いを受け孤立無援だった戦いも、王家の後押しや賛同する学者も現れ、ブルジエ王国の教育改革を推し進めている。優秀な学者としてだけでなく、教師としてもこの国の未来を考え教育の裾野を広げようとするアマヤ イオバルディをローガン フリードは誰よりも尊敬していた。この国最高の学者であり、最高の教育者であることを一度として疑ったことはない。そして今、副学長としてイオバルディ学長が掲げる改革に助力できることに日々喜びを感じている。
 そのアマヤ イオバルディを魅了した人物。いや、トキオ セラに対する想いは魅了や尊敬を通り越え崇拝に近いとフリード副学長は感じた。自分が尊敬してやまないアマヤ イオバルディをもってして「わたくし如き」と言わせる人物がトロンの街に現れ、教会に学校を作り孤児を学ばせている。学びを広く普及しようと神が望んでいるとしか思えない。

「トキオ セラ様も、我々と同じように教育を広く普及させたいと・・・」

「フリード、トキオ セラ様を我々と同じ尺度で測ってはなりません。トキオ セラ様の目標は、全ての子供達が身分や生まれに関係なく自由に学べる世界です」

「そ、そ、そんなことが・・・」

「あなたの反応は理解できます。わたくしも最初は同じ様な反応でした。ですが、トキオ セラ様の膨大な知識と圧倒的な力、穢れなきお心と崇高な理念は、すでにトロン領主であるブロイ公爵家を動かしています。未来に種を蒔き、芽は育ち始めています。あなたが先程読んだ論文はその一つに過ぎません」

 自然と二人の視線はテーブルに置かれた論文に向く。

「トキオ セラ様は仰いました。世界を変えるなんて大それたことは言えない。自分にそんな力があるとも思わない。それでも手の届く範囲なら変えられるかもしれない。その後は次の世代、さらに次の世代、時間がかかっても変わっていけばいい。自分が生きている間に足掛かりさえつけられれば、世界は自然に変わっていくと。望めば何でも手に入れられるほどの膨大な知識と圧倒的な力をお持ちでありながら、トキオ セラ様はその全てを教育改革に捧げ、礎となられるおつもりです。その様な御方が現れたのです。トロンの地で教育改革はすでに始まっているのです。わたくし共は、僅かながらでもトキオ セラ様が成そうとすることに助力させていただける機会を得たのです」

 フリード副学長は熱い物がこみ上げてくる胸を押さえ、この時代に生を受けたことを神に感謝した。



 トキオの話で熱くなった感情を冷ますため、お茶に口を付ける二人。だが、フリード副学長はこの先変わっていく世界を想像して胸の高鳴りが収まらない。対照的に、アマヤ イオバルディは険しい表情で話を再開する。

「わたくしがトロン滞在を引き延ばした理由は、セラ学園で夏休みの自由課題の展示会が予定されていたからです。「素晴らしい」の一言でした。王都の学校が目指す形がそこには在りました。セラ学園の備品や設備なども見学させていただきました。今後は交流を持ち、互いに協力していこうとも言っていただけました。今のフリードと同じ様に、わたくしの胸も高鳴り続けていた矢先、事件が起きたのです」

 アマヤ イオバルディにとってのローガン フリードとは、王都不在中すべての執務を任せ、急を要する事案には決定権を与えるほど信頼する人物、部下であり同志でもある。包み隠すことなく、展示会の最終日ブラックモン伯爵とトキオの間に何が起きたのか、さらにはブロイ公爵家の考えを事細かく話した。

 ミルの論文を読んだ時とは違った感情でフリード副学長はプルプルと震えはじめ、ついには怒りの感情が頂点に達する。

「馬鹿なことを・・・領主と言う立場でありながら、トキオ セラ様がその膨大な知識と圧倒的な力を持ってして教育改革に尽力されている価値が、どうしてわからないのだ!」

「その通りです。ですが、起きてしまったものを無かった事にはできません。今回のことでセラ教会やトキオ セラ様に危害が加わらぬよう、わたくしは数人の警備兵と共に馬を走らせ、急ぎ王都に戻ってきました。ブロイ公爵が王都へ到着するまで、王家に間違った判断をさせぬよう時間を稼ぎます」

「私も参ります!」

「なりません。フリード、あなたにはあなたの仕事があります」

「私の仕事・・・」

「ええ、その為にミルさんの論文を読んでもらいました。もし、今回の嘆願でわたくしが失脚した場合、あなたがその論文を世に出しなさい。その功績を持って、学長の座に就きなさい」

 突然の展開にフリード副学長は混乱する。たしかに、この世界はトキオ セラ様を得た。だが、フリード副学長がアマヤ イオバルディを師と仰いでいることは変わらない。師が失脚した場合などと言われて平静ではいられない。そんなフリード副学長の思考が手に取るようにわかったアマヤ イオバルディは、生徒を叱るように一喝する。

「フリード、大義を見誤ってはなりません!トキオ セラ様が降り立った今こそ、王都の学校を改革する最大の好機なのです!貴族派の学者に実験を奪われれば、王都、しいてはブルジエ国が世界から置いていかれます!今迄我々がしてきた活動が無に帰するのですよ!」

 理屈ではわかる。今回の件でセラ教会やトキオ セラ様に責を負わせるようなことがあれば、ブロイ公爵は国を割ってでも反発する。その時、王都の学校が貴族派に牛耳られていれば、セラ学園との協力関係は破綻する。それはブルジエ王国にとっても大きな後退だ。

「覚悟を決めなさい!それが出来ないのであれば、あなたにトキオ セラ様を助力する資格はありません!」

「覚悟・・・」

「そうです。王家が間違った判断を下した時には・・」

 アマヤ イオバルディの鋭い視線がフリード副学長に突き刺さる。その瞳には、既に覚悟を決めた者の凄味があった。

「わたくしを、切り捨てなさい」

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