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2章
39.
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「珍しいね、坊ちゃんがひとりで出歩くなんて」
「こんばんわ、女将さん……いやその、坊ちゃんって」
夕食を終え宿屋へと戻りイーサンは風呂へ、俺はその間に補給物資を求め、売店を兼ねたフロントへとやってきた。
「坊ちゃんだろう? そんないい身なりで、なんで貴族用の宿泊場に行かなかったのか不思議なくらいだ」
「はは……まぁ、なんの気兼ね無しに旅を楽しみたいので……」
フロントには他にも宿泊客の姿がチラホラと存在しているが、至って普通の観光客ばかり。確かにここは上流階級者が使用する場とは掛け離れてはいる。
……まぁ、イーサンはともかく、俺はただのモブ庶民だからぴったりなんだけどね。
「なるほどねぇ。ま、ウチとしては金払いのいい客は大歓迎さ」
「それなら良かった……? あ、水と炭酸水と……もし美味しいフルーツがあればそれも下さい」
「はいよぉ、ちょっと待ってな」
そう言って女主人は、背後にあるアーチ型の暖簾を潜り奥の部屋へと消えていった。
いま現在、腹は満たされてはいるが……今日も何時まで起きておくのか分かったもんじゃないし、と思えば多少小腹を満たす物もあった方がいいだろう。
……何故そんなに夜更かしするのか、というのは愚問なのだが。
「ちょうど旬の物があったから、これ持っていきな」
フロントに戻って来た女主人の腕には、桃に似たピンク色の果物が幾つも抱えられていた。
「わぁ! 美味しそう……」
「皮は硬いが、中身は柔らかいからね……まぁ、坊ちゃんの彼氏が上手いこと剥いてくれるだろ」
「か、か、彼氏って……」
紙袋に入れた果物と何本かの瓶を受け取りながら、その言葉にポッと頬を手元の果実と同じ色に染める。
「彼とはもう長いのかい?」
「えっと、そうですね……まぁ、ぼちぼち」
正式に付き合ってからそう長くは無い……だが色々な事が有りすぎてそれももう、遠い昔の事のように感じる。
困ったように笑い、空いた手でポリっと頬を掻く俺を見るや、女主人はニヤニヤが止まらないようだ。
「ふーん……あんなイイ男滅多にいないんだから、しっかり捕まえときなよ?」
「え? は、はい。……確かに彼以上に良い人なんて、この世に存在しないと思う……」
思わず俺の口から零れた本音を、女主人は聞き逃さなかったようで「やれやれ」と首を横に振る。
「褒めはしたが、惚気ろとは言ってないね」
「はっ!! ご、ごめんなさいつい……」
「冗談だよ。……坊ちゃん、幸せなんだねぇ。顔にそう書いてある」
「……はい……幸せです。彼と出会ってから、ずっと」
「ふふっ、アンタの幸せそうな顔を見ていると、こっちまでなんだか暖かくなるよ」
そう言って、フワッと彼女は微笑んだ。
先程の意地の悪そうな笑いとは打って変わったその表情に少し驚くも、何だか擽ったくなり思わずふにゃっと笑ってしまう。
「そ、そんなこと……」
「……こんな金に塗れた薄汚い街にいると、段々と自分の性根もひん曲がってくる。そんな時に、あんた達みたいなの見ると……心が洗われるよ」
ふと、女主人の視線が入口横の大きな窓へと移る。
つられるように俺もそちらに顔をやると、半分程開かれた向こう側から、でひったくりだ!! 誰か捕まえてくれ!」と何やら騒ぐ声が聞こえる。
「毎日飽きないねぇ」なんてため息混じりに零す女主人の台詞に「はは」と乾いた笑いを返した。
そんな他愛もない話を交わしていると、フロント横の階段からドタドタと大きな音が聞こえた。
「おい、アオ!! ここに居たのか……探しただろ」
ガッと肩を掴まれ反射で肩が跳ねるも、その愛おしい顔が目に留まると思わず頬が緩む。
「ごめんごめん、飲み物と何かつまむもの欲しいなって思って……」
「だったら、後で一緒に行けばいいだろ。勝手に俺の傍を離れるな」
「……心配したの? 心臓、すごい音」
「したに決まってる」
手にした紙袋ごと、俺の身体がギュッと抱き締められると、そこがフロントだと言うことも忘れ大きな胸元に擦り寄る。
「あんた達……暑苦しいからもう部屋に帰んな。未亡人に何見せつけてんだ」
冷めた声が真正面から飛んでくると、漸く今しがた自分が行った行為を自覚し、顔から大汗をかく。
「す、すみません……帰ります! 美味しそうな果物、ありがとうございました」
もう正面から彼女の顔を見られなくて、オロオロしながらも頭を下げると、イーサンに肩を抱かれたまま部屋へと戻った。
「坊ちゃん」
「なんでしょう?」
階段を登ろうとした所で掛けられた声に引き留められ、思わずそちらに顔を向ける。
するとそこには、片目を瞑り満面の笑みで俺達を見送る彼女の姿があった。
「……お幸せにね」
「え? は、はいっ!!」
逃亡続きのこの生活、心の何処かがすり減っていたのだろう。
こんな何でもない会話が、何だか嬉しくて……俺も彼女に負けない満面の笑みを返した。
「こんばんわ、女将さん……いやその、坊ちゃんって」
夕食を終え宿屋へと戻りイーサンは風呂へ、俺はその間に補給物資を求め、売店を兼ねたフロントへとやってきた。
「坊ちゃんだろう? そんないい身なりで、なんで貴族用の宿泊場に行かなかったのか不思議なくらいだ」
「はは……まぁ、なんの気兼ね無しに旅を楽しみたいので……」
フロントには他にも宿泊客の姿がチラホラと存在しているが、至って普通の観光客ばかり。確かにここは上流階級者が使用する場とは掛け離れてはいる。
……まぁ、イーサンはともかく、俺はただのモブ庶民だからぴったりなんだけどね。
「なるほどねぇ。ま、ウチとしては金払いのいい客は大歓迎さ」
「それなら良かった……? あ、水と炭酸水と……もし美味しいフルーツがあればそれも下さい」
「はいよぉ、ちょっと待ってな」
そう言って女主人は、背後にあるアーチ型の暖簾を潜り奥の部屋へと消えていった。
いま現在、腹は満たされてはいるが……今日も何時まで起きておくのか分かったもんじゃないし、と思えば多少小腹を満たす物もあった方がいいだろう。
……何故そんなに夜更かしするのか、というのは愚問なのだが。
「ちょうど旬の物があったから、これ持っていきな」
フロントに戻って来た女主人の腕には、桃に似たピンク色の果物が幾つも抱えられていた。
「わぁ! 美味しそう……」
「皮は硬いが、中身は柔らかいからね……まぁ、坊ちゃんの彼氏が上手いこと剥いてくれるだろ」
「か、か、彼氏って……」
紙袋に入れた果物と何本かの瓶を受け取りながら、その言葉にポッと頬を手元の果実と同じ色に染める。
「彼とはもう長いのかい?」
「えっと、そうですね……まぁ、ぼちぼち」
正式に付き合ってからそう長くは無い……だが色々な事が有りすぎてそれももう、遠い昔の事のように感じる。
困ったように笑い、空いた手でポリっと頬を掻く俺を見るや、女主人はニヤニヤが止まらないようだ。
「ふーん……あんなイイ男滅多にいないんだから、しっかり捕まえときなよ?」
「え? は、はい。……確かに彼以上に良い人なんて、この世に存在しないと思う……」
思わず俺の口から零れた本音を、女主人は聞き逃さなかったようで「やれやれ」と首を横に振る。
「褒めはしたが、惚気ろとは言ってないね」
「はっ!! ご、ごめんなさいつい……」
「冗談だよ。……坊ちゃん、幸せなんだねぇ。顔にそう書いてある」
「……はい……幸せです。彼と出会ってから、ずっと」
「ふふっ、アンタの幸せそうな顔を見ていると、こっちまでなんだか暖かくなるよ」
そう言って、フワッと彼女は微笑んだ。
先程の意地の悪そうな笑いとは打って変わったその表情に少し驚くも、何だか擽ったくなり思わずふにゃっと笑ってしまう。
「そ、そんなこと……」
「……こんな金に塗れた薄汚い街にいると、段々と自分の性根もひん曲がってくる。そんな時に、あんた達みたいなの見ると……心が洗われるよ」
ふと、女主人の視線が入口横の大きな窓へと移る。
つられるように俺もそちらに顔をやると、半分程開かれた向こう側から、でひったくりだ!! 誰か捕まえてくれ!」と何やら騒ぐ声が聞こえる。
「毎日飽きないねぇ」なんてため息混じりに零す女主人の台詞に「はは」と乾いた笑いを返した。
そんな他愛もない話を交わしていると、フロント横の階段からドタドタと大きな音が聞こえた。
「おい、アオ!! ここに居たのか……探しただろ」
ガッと肩を掴まれ反射で肩が跳ねるも、その愛おしい顔が目に留まると思わず頬が緩む。
「ごめんごめん、飲み物と何かつまむもの欲しいなって思って……」
「だったら、後で一緒に行けばいいだろ。勝手に俺の傍を離れるな」
「……心配したの? 心臓、すごい音」
「したに決まってる」
手にした紙袋ごと、俺の身体がギュッと抱き締められると、そこがフロントだと言うことも忘れ大きな胸元に擦り寄る。
「あんた達……暑苦しいからもう部屋に帰んな。未亡人に何見せつけてんだ」
冷めた声が真正面から飛んでくると、漸く今しがた自分が行った行為を自覚し、顔から大汗をかく。
「す、すみません……帰ります! 美味しそうな果物、ありがとうございました」
もう正面から彼女の顔を見られなくて、オロオロしながらも頭を下げると、イーサンに肩を抱かれたまま部屋へと戻った。
「坊ちゃん」
「なんでしょう?」
階段を登ろうとした所で掛けられた声に引き留められ、思わずそちらに顔を向ける。
するとそこには、片目を瞑り満面の笑みで俺達を見送る彼女の姿があった。
「……お幸せにね」
「え? は、はいっ!!」
逃亡続きのこの生活、心の何処かがすり減っていたのだろう。
こんな何でもない会話が、何だか嬉しくて……俺も彼女に負けない満面の笑みを返した。
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