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2章
42-1
しおりを挟む「で、このネックレスを返したいと」
翌日の朝。
目覚めの儀式を終え、近くのカフェで朝食を摂っている際に昨日のクラークとのやり取りをイーサンへ伝えた。
どうでもいいが、本日の俺はまたしても女装。
女は好かんと言っていたのは、どこのどいつだ!!
イーサン曰く「慣れないスカートに恥ずかしがるアオが可愛いから」との事だが……
宿屋を出てすぐ裏路地に引き込まれ、何をされるのかと思いきや、まさかのそこで変化魔法を施されたのだ。
首元に大きなリボンを下げた白いシャツは良しとしよう……だがその下の、コルセット? と一体になった深緑色のベルベットのスカートが超絶ミニなのはどういう事なんだ!?
これ前回より短くなってるよな!? 尻見えてるだろ!!
「女装男が好きな変態だなんて、知らなかったなぁ」
眉と口角をヒクつかせながら全力で言った嫌味は、当然ながら彼に刺さるはずも無く……なんならイイ笑顔で返されてしまう。
「それは語弊があるな。女装男じゃない、女装したお前が好きなんだ」
「……ッッッ」
「もう何を言ってもダメだ」と、ご丁寧に三つ編みハーフアップを施された頭を両手で抱えた。
「話は戻して……報酬だと言われたけど、やっぱり受け取るのはどうかなって思って」
テーブルの上で開かれた赤い箱の中へと2人の視線が移る。
本当に価値などわからないが、宝石商の彼が出したものだ……流石にクズ石等ではないだろう。
「やると言っていたんだ、受け取って何処かで換金でもすれば、そこそこの値になると思うが?」
その箱を手に取ったイーサンが、まじまじと中を見つめそう言った。
俺なんかより遥かに眼識がある彼が「そこそこの値」と言うのだからやはり良いものなのだろう、カタンと音を立てテーブルの上に戻された宝石は、それまでより美しい光が宿っているかのように見えた。
「いや、それは流石に申し訳ないというか……そもそもイーサン以外から何か受け取るのは嫌というか……」
ぽろりと本音が零れ、俺は慌てて目を泳がす……が、それはもう後の祭り。赤い顔でアタフタとする俺の向かいで彼は、黄金のオーラを解き放っている。
「ふっ、また今日も可愛い事を言うんだな、お前は」
「からかわないでよ……それで今夜、オークの樹って酒場へ返しに行こうと思うんだけど」
「俺も行く」
紅茶を上品に飲み干したイーサンから、間髪入れずにそんな言葉が返ってくる。
「えっ、いいの?」
イーサンを散々疑った後に、1人でこっそり部屋を抜けるというのは気が引ける……と悩んでいた俺の顔が、パァァっと華やぐ。
それに……あの日アトランティウムでのあの夜。
アークの誘いに乗り、1人で勝手に出て行ったせいで、イーサンだけでなく騎士団の皆に迷惑を掛けた……という苦い思い出もある。
同じ轍は踏みたくないと思っていた部分は大きい。
「当たり前だろ。ひとりで行かせられる訳が無い」
「ありがとう、イーサン……」
ホッと胸を撫で下ろし、俺も食後の紅茶を飲み干した。
そんなこんなで……俺の女装姿を余すところなく堪能したイーサンに、元の赤茶毛の姿に戻ることを許可されたのは、夜空に満月が高々と昇る頃だった。
>>>
「入口に白い樽……あっ、あれじゃない? オークの樹って店……わっ、結構賑わってるね」
「観光客向けと言うよりは、地元民の溜まり場という感じか」
入口を開けて見ると、笑い声で溢れた店内に足を踏み入れる。
イーサン行き付けの酒場と比べると、随分とこじんまりとした店内は、カウンター席には酒樽を模した椅子が8脚と、その他にテーブルが3個程。
カウンターの奥で、オールバックの男性が静かにグラスを拭いているが……あれが店主だろうか。
手を繋いだまま「クラークはどこだろう」ぐるりと店内を見回すと、カウンターの角でひとり静かに酒を嗜む件の男の姿を見つけた。
俺達が近寄ると、あちらも存在に気が付いたのだろう。
軽く会釈をした彼が、マスターに何かを告げるとグラスを片手にこちらへと近付いてきた。
「いらっしゃい。あちらのテーブルに行きましょうか」
そう言ってクラークは、俺に視線を向けたまま柔和な微笑みを浮かべた。
「は、はぁ……」
ま、また笑顔……なんだろう、お酒入って気分が良いとか?
そんな事を考えていると、唐突に視界が真っ暗な何かで覆われる。
「お招きどうも」
「ちょ、ちょ……」
それがイーサンの手だと気がついたのは、頭上から不機嫌を隠そうともしない彼の声が聞こえてきたから。
「……まぁ、良いでしょう。お二人共、どうぞ」
向かいから聞こえる声も、何やら凍り付いている。
え、あの……え、何これ居づらい。
漸く目隠しを解かれた俺は、イーサンに手を引かれ、1番奥のポツンと空いた席へと移動した、
「お2人とも、何飲まれます? 此処のオススメはスコッチウイスキーになりますが」
クラークが片手でカランッと氷を鳴らしたのがそれなのであろう。飴色の輝きが、酒好きの心を擽る。
「んと、じゃぁ俺それソーダ割りで」
「……俺は炭酸水でいい」
隣から思ってもいない注文が飛び、勢いよくそちらを振り向く。
先程のマスターが立つ後ろの棚は一面酒で埋まっており、イーサンの好きなワインだって何本も並んでいる。
驚いたのは、どうやら俺だけでは無いようで……向かいに座るクラークも、眼鏡の奥の瞳を大きく開いている。
「てっきり、イーサンさんはお酒が好きかと思っていたのですが……」
「あぁ、好きだな。だが今夜は気分じゃない」
そう淡々と言ってのけるイーサンは、完全なる余所行き。
まぁ、本来ならば他人にいい顔をする意味で使われるのだろうが……彼の場合は真逆。
ピクリとも動かない表情筋のまま「文句があるのか」とクラークに睨みを効かせている。
「……自分の記憶に間違いが無ければ、オークの樹に誘ったのはヒーラーの彼、ひとりだと思うのですがね」
流れるように注文を済ませたクラークが、先程からつまらなそうに足を組みふんぞり返るイーサンへと、棘のある言葉を投げる。
「コイツへの誘いは俺への誘いだ。何か不満でも?」
唐突に背もたれから身体を起こしたイーサンが、横でオロオロとする俺の肩を抱き、グッと引き寄せる。
「そうやって縛り付けると、彼も息が詰まると思いますけどね」
そんな俺たちの様子を、クイッと眼鏡を正したクラークが「ハッ」と声を出して嘲り笑う。
「お前がコイツの何を知っている」
「自分はただ一般論を述べただけですが、気に触りましたかね」
「一般論ね……つまらん男だな」
こっっっっわ。
え、一体なんの闘い?
イーサンの悪態はいつもの事としても、クラークさんも負けてない……
「あ、あのっ……!!」
バチバチと火花を散らす2人に、そろそろ俺の胃が耐えられなくなった所で、本来の目的である赤い箱をテーブルの上にドンっと置き、どうにか大きな声を絞り出す。
「……おや、その箱は」
「今日は、その……これを返却に来ました。やっぱりこの宝石は、受け取れません」
スっと箱を彼の前へ返すと、クラークはその箱をじっと見つめる。
「それを返しに来ただけだ。……もう二度と、コイツの前に現れるなよ」
そう吐き捨てたイーサンが立ち上がり、漸く運ばれた飲み物になんて目もくれず、「行くぞ」と俺の肩に手を置く。
「……諦めませんよ。また、お会いしましょう」
クラークのそんな言葉を背中に受けながら、俺は店の外へと引き摺られて行った。
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