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2章
43-2
しおりを挟む豆球が幾つか付いた、窓のひとつも無い薄暗いコンクリートの部屋。だだっ広いのが薄気味悪い。
そこには自分と同じ、大きな白いシャツ1枚だけを着た、10人ほどの若い男達が集められていた。
知り合い等ではないのだろう――よそよそしく喋る者や、天井を静かに見つめる者。
それは少し――いやかなり、異様な光景だった。
「一体どこなんだ、ここは」
確か俺は、イーサンと逃げ回っている時に天子信仰の信者達に捕まって――その後、目が覚めたらクラークが居て。
「あの感じ……完全にクラークにしてやられた、って事だよな」
「はぁ」と深い息を付く。
確かに、何を考えているのか分からない人間だった。けれど彼は、迷子で困り果てた俺に手を差し伸べてくれた。
見る目が無かったのか――と、最後に見たクラークの冷たい瞳を思い出し、グシャッと頭を搔く。
その時「シャランッ」と音を立てた腕輪が目に留まる。
――さっきの、男たちを跳ね除けた光……この腕輪の力なのだろうか。
予期せぬ出来事が次々と襲いかかり、もう何から考えて良いのか分からない。
一旦思考を落ち着けようと、近くの冷たい壁に背を預け、力無く辺りを見回していた俺に一つの影がかかった。
「お兄さん、大丈夫でした?」
声をする方に顔を向けると、そこには先程、俺の事を助けようと声を掛けてくれたあの少年が立っていた。
「あぁ、うん……」
純粋な顔でこちらを見る少年から、思わず目を背ける。
――助けてくれはした……だが、この少年も何か企んでいるのだろうか。
素っ気ない態度の俺を気にもしていない様子の少年は、そのまま俺の隣に腰を落とす。
「ごめんなさい、助けられなくて……」
眉を下げ、申し訳無さそうにそうにそう告げる彼からは、とてもじゃないが悪意のひとつも感じられない。
一旦、今自分が置かれている状況が何なのか知ってはおきたくてニコッと口元だけの笑顔を作ると、少年は純粋な笑顔を俺に返してくれた。
「いや、そんなこと……寧ろありがとう、声を掛けてくれて。えっと……」
「俺、ルキラです。えっと、お兄さんは……」
「あぁ、俺は――アオだよ。宜しくね、ルキラ」
一瞬、名乗って良いものかと悩んだが、何だかどうでもよくなって彼に名前を伝えた。
「アオさん、ですか。ここに連れてこられたって事は――まぁ、お互い苦労しましたね」
「ははっ」と苦笑いを浮かべながらそう言うルキラの言葉に、俺は首を傾げる。
「ここっ、て……一体なんなの?」
「苦労しましたね」とはどう言う事なのだろう。
この牢獄のような場所が、まさか救済ある場所とは到底思えない。
「え? あれ、アオさん知らずに連れてこられたんですか、こんな場所に」
「色々事情があって――気が付いたらここにいた感じかな」
俺の言葉を聞いたルキラは目を見開いたかと思えば、途端に目線を下に向ける。
「そっか。なら、その、驚かないでくださいね」
「う、うん」
改まったルキラの態度に、思わず息を呑む。
「ここは、マクスマイザ王国で1番大きな闇オークションが開催される場所。……俺達は、その中でも一番の――目玉、人身売買の商品です」
その言葉に、俺の中で全ての時がピタリと止まる。
いま、なんて言った……?
「……ぁ、え……? なに、そ、れ……」
驚いて上手く声が出せない。
それでも何が言いたいのか、ルキラは察してくれたようで彼は再び困ったような笑いを見せた。
「ここに集められた人達は、大抵が借金のカタとかそんな感じが多いみたいですが――アオさんはそうじゃないんですか?」
ドクンドクンと、心臓の音が直接鼓膜に伝わっているかのように大きく聞こえる。
――人身売買って、俺……売られるのか?
「俺は違う、かな……どちらかと言え襲われたというか狙われた感じかもしれない」
どうにかそう返答したが、きちんと喋る事が出来ているのか自分ではまるで理解が出来ない。
「そうでしたか。それなら、何も知らないのは当然ですね」
「う、ん……」
膝を抱き、そこに顔を埋める。
売られる? そういえばさっきあの2人組も『この後変態趣味のオッサンに買われる』って言ってたよな。
途端にサァっと全身から血の気が引いていく。
嫌だ……嫌だそんなの。
それに売られてしまったら、もう二度とイーサンに会えないんじゃないか。
『好きだよ、アオ。俺だけのアオ』
あの暖かな腕に抱かれることはもう、叶わないのか。
溢れた涙が頬を撫でる。
――嘘だろ……何で、なんでこんなことに……
その時、ポンッと頭に何か暖かな物が触れた。
「アオさんの髪、凄く綺麗な銀色ですね。俺と真反対――俺真っ黒だからうやらましいです」
「銀、髪……」
その言葉に身体がピクっと反応し、ゆっくりと顔を上げる。
どういう事だ。確か今、イーサンが施した術のおかげで俺は赤茶色の髪をしている筈――まさか、彼の身になにか……!
最後に見た、地面へと崩れ落ちる彼の姿が頭の中でスローモーション再生される。
確かイーサンが前に『術者の身に何かあれば、魔法は解ける事がある』と言っていた。
「まさか、まさか……イーサン……」
今度こそ俺の目から、大粒の涙がポロポロと溢れ落ちる。
衝撃の連続で、頭の中はもう真っ白になっていた。
「ご、ごめんなさい。初対面の人の髪を触るとか、俺デリカシーに掛けてましたよね」
俺の涙の理由を勘違いしたルキラは、艶やかな黒髪を揺らしながらあからさまにオロオロと狼狽えている。
ダメだ。せっかく気を使って慰めてくれている若い子をこんな困らせて、大人失格だ。
と言うか、滅茶苦茶良い子じゃないか――疑って申し訳無かったな。
ゴシゴシとシャツの袖元で目元を擦り、どうにか気力を振り絞って目の前の彼にニコリと笑顔を向ける。
「そういう訳じゃないよ。ごめんね、ありがとうルキラ。先程の話からすると、君は借金か何かで……?」
「あー、はい。そうですね」
肩まで伸びた黒髪を掻きながら、彼は困ったように笑う。
「あ、ごめん。言いにくい事だよね」
「いえ……まぁ、親父が博打で借金2000万を作って蒸発、続けて母親もある日突然居なくなってしまったって良くあるやつですよ」
そう言ってルキラは、俺の隣で座ったまま壁に凭れ、ふと遠くを見遣る。
「そっか、そうだったんだね」
彼と同じ方角を見つめながら、つられて「はぁ」と息を零した。
「……俺ね、騎士になりたかったんです」
暫くの沈黙の後に、ルキラがそうポツリと呟く。
「騎士、に?」
誰かを連想させる言葉に、一瞬ドキッと心臓を鳴らしながら彼の方へと視線を向ける。
するとそこには、キラキラとした純粋無垢な少年の顔があった。
「ええ、ガキん時から憧れてて。読み書きとか武術とか近所の皆に教わって、漸く14になって志願しようとした矢先のこれ。――今こんな状況に陥っても、それを諦めきれないでいるんです。笑っちゃうでしょ?」
やや自傷気味に笑うルキラの方へと身体を向け、その小さな両手をギュッと握った。
すると彼の水色の瞳は一瞬大きく開かれ――だが直ぐに、少しはにかんだ顔に変わる。
「そんな事ない。君が俺を助けようとしてくれた真っ直ぐな姿勢は――俺のよく知ってるある騎士にそっくりだったよ」
そう言うと、忽ちルキラの両目がキラキラと輝き始める。
「アオさん、騎士の知り合いがいるんですか!! うわぁ、いいなぁ、かっこいいだろうなぁ」
「……うん、かっこいいよ。優しくて、男らしくて……凄く素敵な人なんだ」
あの大きな背中を思い出すだけで、それ迄冷たかった身体が温もりを取り戻していく。
「ふふっ、やっと笑ってくれましたね」
「えっ? ぁ、あ……そういえば……」
ルキラに言われ自分の頬を撫でてみると、そこには柔らかくなった表情筋が戻ってきていた。
「お前ら、全員立て。これから会場へと移動する」
彼と笑いあっていたのも束の間、バァンッと無機質な扉が開く。
音と共に黒いスーツを着た男がそう声を上げるながら部屋へと入って来た。
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