難攻不落の異名を持つ乙女ゲーム攻略対象騎士が選んだのは、モブ医者転生者の俺でした。

一火

文字の大きさ
89 / 92
2章

43-2

しおりを挟む

 豆球が幾つか付いた、窓のひとつも無い薄暗いコンクリートの部屋。だだっ広いのが薄気味悪い。
 そこには自分と同じ、大きな白いシャツ1枚だけを着た、10人ほどの若い男達が集められていた。

 知り合い等ではないのだろう――よそよそしく喋る者や、天井を静かに見つめる者。
 それは少し――いやかなり、異様な光景だった。

「一体どこなんだ、ここは」

 確か俺は、イーサンと逃げ回っている時に天子信仰の信者達に捕まって――その後、目が覚めたらクラークが居て。
「あの感じ……完全にクラークにしてやられた、って事だよな」
 「はぁ」と深い息を付く。
 確かに、何を考えているのか分からない人間だった。けれど彼は、迷子で困り果てた俺に手を差し伸べてくれた。
 見る目が無かったのか――と、最後に見たクラークの冷たい瞳を思い出し、グシャッと頭を搔く。

 その時「シャランッ」と音を立てた腕輪が目に留まる。

 ――さっきの、男たちを跳ね除けた光……この腕輪の力なのだろうか。

 予期せぬ出来事が次々と襲いかかり、もう何から考えて良いのか分からない。
 一旦思考を落ち着けようと、近くの冷たい壁に背を預け、力無く辺りを見回していた俺に一つの影がかかった。

「お兄さん、大丈夫でした?」

 声をする方に顔を向けると、そこには先程、俺の事を助けようと声を掛けてくれたあの少年が立っていた。

「あぁ、うん……」

 純粋な顔でこちらを見る少年から、思わず目を背ける。

 ――助けてくれはした……だが、この少年も何か企んでいるのだろうか。

 素っ気ない態度の俺を気にもしていない様子の少年は、そのまま俺の隣に腰を落とす。

「ごめんなさい、助けられなくて……」

 眉を下げ、申し訳無さそうにそうにそう告げる彼からは、とてもじゃないが悪意のひとつも感じられない。

 一旦、今自分が置かれている状況が何なのか知ってはおきたくてニコッと口元だけの笑顔を作ると、少年は純粋な笑顔を俺に返してくれた。

「いや、そんなこと……寧ろありがとう、声を掛けてくれて。えっと……」
「俺、ルキラです。えっと、お兄さんは……」
「あぁ、俺は――アオだよ。宜しくね、ルキラ」

 一瞬、名乗って良いものかと悩んだが、何だかどうでもよくなって彼に名前を伝えた。

「アオさん、ですか。ここに連れてこられたって事は――まぁ、お互い苦労しましたね」

 「ははっ」と苦笑いを浮かべながらそう言うルキラの言葉に、俺は首を傾げる。

「ここっ、て……一体なんなの?」

 「苦労しましたね」とはどう言う事なのだろう。
 この牢獄のような場所が、まさか救済ある場所とは到底思えない。

「え? あれ、アオさん知らずに連れてこられたんですか、こんな場所に」
「色々事情があって――気が付いたらここにいた感じかな」

 俺の言葉を聞いたルキラは目を見開いたかと思えば、途端に目線を下に向ける。

「そっか。なら、その、驚かないでくださいね」
「う、うん」

 改まったルキラの態度に、思わず息を呑む。

「ここは、マクスマイザ王国で1番大きな闇オークションが開催される場所。……俺達は、その中でも一番の――、人身売買の商品です」

 その言葉に、俺の中で全ての時がピタリと止まる。

 いま、なんて言った……?

「……ぁ、え……? なに、そ、れ……」

 驚いて上手く声が出せない。
 それでも何が言いたいのか、ルキラは察してくれたようで彼は再び困ったような笑いを見せた。

「ここに集められた人達は、大抵が借金のカタとかそんな感じが多いみたいですが――アオさんはそうじゃないんですか?」

 ドクンドクンと、心臓の音が直接鼓膜に伝わっているかのように大きく聞こえる。

 ――人身売買って、俺……売られるのか? 

「俺は違う、かな……どちらかと言え襲われたというか狙われた感じかもしれない」

 どうにかそう返答したが、きちんと喋る事が出来ているのか自分ではまるで理解が出来ない。

「そうでしたか。それなら、何も知らないのは当然ですね」
「う、ん……」

 膝を抱き、そこに顔を埋める。
 売られる? そういえばさっきあの2人組も『この後変態趣味のオッサンに買われる』って言ってたよな。
 途端にサァっと全身から血の気が引いていく。

 嫌だ……嫌だそんなの。

 それに売られてしまったら、もう二度とイーサンに会えないんじゃないか。

 『好きだよ、アオ。俺だけのアオ』

 あの暖かな腕に抱かれることはもう、叶わないのか。

 溢れた涙が頬を撫でる。
 ――嘘だろ……何で、なんでこんなことに……

 その時、ポンッと頭に何か暖かな物が触れた。

「アオさんの髪、凄く綺麗な銀色ですね。俺と真反対――俺真っ黒だからうやらましいです」
「銀、髪……」

 その言葉に身体がピクっと反応し、ゆっくりと顔を上げる。
 どういう事だ。確か今、イーサンが施した術のおかげで俺は赤茶色の髪をしている筈――まさか、彼の身になにか……!

 最後に見た、地面へと崩れ落ちる彼の姿が頭の中でスローモーション再生される。

 確かイーサンが前に『術者の身に何かあれば、魔法は解ける事がある』と言っていた。

「まさか、まさか……イーサン……」

 今度こそ俺の目から、大粒の涙がポロポロと溢れ落ちる。
 衝撃の連続で、頭の中はもう真っ白になっていた。

「ご、ごめんなさい。初対面の人の髪を触るとか、俺デリカシーに掛けてましたよね」
 俺の涙の理由を勘違いしたルキラは、艶やかな黒髪を揺らしながらあからさまにオロオロと狼狽えている。

 ダメだ。せっかく気を使って慰めてくれている若い子をこんな困らせて、大人失格だ。
 と言うか、滅茶苦茶良い子じゃないか――疑って申し訳無かったな。

 ゴシゴシとシャツの袖元で目元を擦り、どうにか気力を振り絞って目の前の彼にニコリと笑顔を向ける。

「そういう訳じゃないよ。ごめんね、ありがとうルキラ。先程の話からすると、君は借金か何かで……?」
「あー、はい。そうですね」

 肩まで伸びた黒髪を掻きながら、彼は困ったように笑う。

「あ、ごめん。言いにくい事だよね」
「いえ……まぁ、親父が博打で借金2000万を作って蒸発、続けて母親もある日突然居なくなってしまったって良くあるやつですよ」

 そう言ってルキラは、俺の隣で座ったまま壁に凭れ、ふと遠くを見遣る。

「そっか、そうだったんだね」

 彼と同じ方角を見つめながら、つられて「はぁ」と息を零した。

「……俺ね、騎士になりたかったんです」

 暫くの沈黙の後に、ルキラがそうポツリと呟く。

「騎士、に?」

 誰かを連想させる言葉に、一瞬ドキッと心臓を鳴らしながら彼の方へと視線を向ける。
 するとそこには、キラキラとした純粋無垢な少年の顔があった。

「ええ、ガキん時から憧れてて。読み書きとか武術とか近所の皆に教わって、漸く14になって志願しようとした矢先のこれ。――今こんな状況に陥っても、それを諦めきれないでいるんです。笑っちゃうでしょ?」

 やや自傷気味に笑うルキラの方へと身体を向け、その小さな両手をギュッと握った。
 すると彼の水色の瞳は一瞬大きく開かれ――だが直ぐに、少しはにかんだ顔に変わる。

「そんな事ない。君が俺を助けようとしてくれた真っ直ぐな姿勢は――俺のよく知ってるにそっくりだったよ」

 そう言うと、忽ちルキラの両目がキラキラと輝き始める。

「アオさん、騎士の知り合いがいるんですか!! うわぁ、いいなぁ、かっこいいだろうなぁ」
「……うん、かっこいいよ。優しくて、男らしくて……凄く素敵な人なんだ」

 大きな背中を思い出すだけで、それ迄冷たかった身体が温もりを取り戻していく。

「ふふっ、やっと笑ってくれましたね」
「えっ? ぁ、あ……そういえば……」

 ルキラに言われ自分の頬を撫でてみると、そこには柔らかくなった表情筋が戻ってきていた。


「お前ら、全員立て。これから会場へと移動する」

 彼と笑いあっていたのも束の間、バァンッと無機質な扉が開く。
 音と共に黒いスーツを着た男がそう声を上げるながら部屋へと入って来た。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強推し活!!推しの為に転生して(生まれて)きました!!

藤雪たすく
BL
異世界から転移してきた勇者様と聖女様がこの世界に残した大きな功績……魔王討伐?人間族と魔族の和解?いや……【推し】という文化。 【推し】という存在が与えてくれる力は強大で【推し活】の為に転生まで成し遂げた、そんな一人の男の推し活物語。

転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています

柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。 酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。 性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。 そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。 離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。 姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。 冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟 今度こそ、本当の恋をしよう。

異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた

k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
 病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。  言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。  小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。  しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。  湊の生活は以前のような日に戻った。  一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。  ただ、明らかに成長スピードが早い。  どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。  弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。  お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。  あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。  後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。  気づけば少年の住む異世界に来ていた。  二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。  序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000の勇者が攻めてきた!

モト
BL
異世界転生したら弱い悪魔になっていました。でも、異世界転生あるあるのスキル表を見る事が出来た俺は、自分にはとんでもない天性資質が備わっている事を知る。 その天性資質を使って、エルフちゃんと結婚したい。その為に旅に出て、強い魔物を退治していくうちに何故か魔王になってしまった。 魔王城で仕方なく引きこもり生活を送っていると、ある日勇者が攻めてきた。 その勇者のスキルは……え!? 性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000、愛情Max~~!?!?!?!?!?! ムーンライトノベルズにも投稿しておりすがアルファ版のほうが長編になります。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

猫になった俺、王子様の飼い猫になる

あまみ
BL
 車に轢かれそうになった猫を助けて死んでしまった少年、天音(あまね)は転生したら猫になっていた!?  猫の自分を受け入れるしかないと腹を括ったはいいが、人間とキスをすると人間に戻ってしまう特異体質になってしまった。  転生した先は平和なファンタジーの世界。人間の姿に戻るため方法を模索していくと決めたはいいがこの国の王子に捕まってしまい猫として可愛がられる日々。しかも王子は人間嫌いで──!?   *性描写は※ついています。 *いつも読んでくださりありがとうございます。お気に入り、しおり登録大変励みになっております。 これからも応援していただけると幸いです。 11/6完結しました。

処理中です...