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1章
5-1
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「なるほど……わからない」
診察室内、デスクの横に置かれた棚には何冊かの本が並んでいた。
【サルでも使える治癒魔法】
「胡散くせぇ……」
そう思いながら手に取った本の内容がさっぱり理解出来ず、先程から悪戦苦闘をしていた。
「とりあえず魔法を使うには魔力が必要で、その魔力を効率よく使うのが魔具……なるほど」
物凄く説明が簡略化されているが、専門用語なんてまるで理解出来ないであろう今の俺にはちょうどいい。「うんうん」と頷きながらページを捲ると、ゲームでよく見る魔法の呪文が並べられていた。
「これを使うのか……ってなっが! この長い文章覚えろってことかよ」
魔法なんてゲーム上ワンポチで使っていた訳だが、実際使用するとなると話は別である事を思い知らされてしまう。
パタンと本を閉じ、そっと棚へと戻した。
「うん、明日からやろう。そうしよう」
待合室の窓からはブルーアワーの幻想的な空が広がっている。そっと窓辺に近付き「この時間帯の空が1番好きだな……」なんて眺めようと顔を上げると、視界の隅で何やら黒い影が蠢いた。「ん? なんだ」と視線をそちらに移した瞬間、俺の背筋が凍り付く。……ひとりの男が、中をじっと見つめているのだ。
「ひっ……」
バッと勢いよく俺の体は壁まで後退る。
「お、オバケ? 変質者!?」
瞬きもせず見つめるその姿に、思わず己の身体を抱き締めた。
>>>
「戻ってきたら鍵が開いてなかったもんでな。飯食いに行くって言ったろ」
恐る恐る確認すると、まさかのそれはイーサン。慌ててドアを開け中に招き入れると、彼は口を尖らせた様子で待合室のソファにドカッと腰掛けた。
「にしてもさぁ、滅茶苦茶びびったんだけど……ホラーだよもはや」
「ビビりすぎだろ」
ドッドッとなる心臓をいまだに抑えきれない俺は、イーサンに「少し待ってて」と2階に上がり手早く着替えを済ます事にした。
「あれ、なんか……すんごい自然にご飯へ行く流れとなってる……」
白いシャツのボタンを閉め終わった所で、ふと自分が彼の誘いをなんの躊躇いもなく受けている事に気が付く。
「いや、まぁその……ひとりで食う飯より、誰かと食う飯のが美味いと言うし」
誰も居ない空間で言い訳をしながら、洗面台に向かい身だしなみチェックを行う。
「髪も大丈夫……って、イーサンとご飯に行くだけなのに、なんでこんな気にしてんの」
自分の起こした不可解な行動に首を傾げながら1階に降りると、入口横の壁に凭れ掛かり長い腕を組む……まるで映画のワンシーンを切り取ったかのような光景が待ち構えていた。
「……っっ、かっこよすぎる、よ……」
階段を降りた所でそんな言葉が吐息の様に漏れてしまい、聞こえてしまったのか主役の彼がこちらを向いた。
「準備出来たのか?」
「あ、うん。……お待たせしました」
姿勢を但し、立ち止まったままの俺に向かって大きな手を伸ばした。
「ふっ……こんなもの、待った内に入らんな」
その極上スマイルにまだ慣れるはずもなく……高鳴る鼓動を胸に、おそるおそる近寄りその手にちょんっと指先だけを乗せてみる。するとそれを自分の方に手繰り寄せたかと思えば、「ちゅ」と音を立て、薄い唇が指先に押し当てられた。
「……っっっ」
――声が……出るかと思った。
全身が心臓になったかのように、ドクンドクンと脈打つ音が煩い。
こんなの。こんなの……聞いてないし、おかしい。同じ男からこんな事されて嫌悪どころか、彼の唇が触れた場所から蕩けていくかのように甘く疼く。
ロマンチックな情景に、心が呑まれてしまったのだろうか。
キュッと指先に思わず力が入ると、彼は目を細め、俺の小さな手と己の大きな手を絡ませ、繋ぎ合わせた。
触れ合った手のひら同士から生まれた熱が、俺の全身を支配していく。
「今宵は散歩も兼ねて行こうか」
「は、は、い……」
縺れた唇は、返事は上手く返す事が出来ない。
――何だろう、この気持ち。
そんな俺に彼は不敵な笑みを投げたかと思えば、すっかり日の暮れた外へとエスコートした。
>>>
石畳の上を、蹄鉄を鳴らしながら一騎の馬が夜の町を闊歩する。
「流石に馬は想像していなかった……」
生まれてこの方、乗馬なんてしたことが無い。独特の揺れに慣れない身体を、後ろからひと回り大きな身体がふわっと包んだ。
「歩いて行けない距離ではないんだがな。たまには良いだろう、馬での移動も」
確かにこの世界の移動手段は馬や馬車なんかだった気がする。まさか、乗る日が来ようとは。
好奇心に負け、目の前に揺れる真っ黒な鬣にそっと触れてみる。
「わっ凄い……綺麗……」
その艶やかで靱やかな手触りに感動し、ついそんな言葉が零れる。するとその上から、あの大きな手が重なった。
「良い馬だろ。グラニと言う。こいつと共に幾多の戦場を駆け回ったものだ」
イーサンが俺と同じようにグラニを撫でると「ブルンっ」と機嫌良さそうな息遣いが耳に届き「やはり主人に撫でられるのは格別なのかな」なんて思ったりもした。
しかし、この体勢本当に慣れない。
2人乗りだから仕方ないけれど……ピッタリと隙間なく密着した身体から彼の体温が直接伝わってくる。片手は腰に回っているし。言葉を発する度、敏感な耳へ吐息が掛かり、何度も小さく肩を揺らしてしまう。
「ふ、2人も乗せて重くない? そ、それとも慣れてる感じ……かな」
気を紛らわそうと出た言葉はおかしな上擦り方をしてしまい、すかさず「ふっ」と鼻で笑ったイーサンの声が直接鼓膜へ届いた。
し、仕方ないだろ。恥ずかしいんだよ、この体勢……
「大丈夫だろ。人を乗せたのは初めてだから分からんが」
甘い声で囁かれた言葉に、思わず俺の心臓が優しい音を奏で始める。
「は、初めて……って……」
正直意外だった。スマートに俺をエスコートしたり、こうやって馬を用意してくれて食事の場所まで決めてくれて……慣れてる雰囲気、だったから。
「本当に?」と首だけ後ろに向けると、月光を浴びたその顔に、俺の目は釘付けになった。
「あぁ。俺の馬に乗せたいと思ったのは……お前が初めてだよ、アオ」
妖艶に笑うその表情と言葉を、この高鳴る心音を、俺はどう処理して良いのか分からず、暫く呆然と彼の顔を見つめていた。
診察室内、デスクの横に置かれた棚には何冊かの本が並んでいた。
【サルでも使える治癒魔法】
「胡散くせぇ……」
そう思いながら手に取った本の内容がさっぱり理解出来ず、先程から悪戦苦闘をしていた。
「とりあえず魔法を使うには魔力が必要で、その魔力を効率よく使うのが魔具……なるほど」
物凄く説明が簡略化されているが、専門用語なんてまるで理解出来ないであろう今の俺にはちょうどいい。「うんうん」と頷きながらページを捲ると、ゲームでよく見る魔法の呪文が並べられていた。
「これを使うのか……ってなっが! この長い文章覚えろってことかよ」
魔法なんてゲーム上ワンポチで使っていた訳だが、実際使用するとなると話は別である事を思い知らされてしまう。
パタンと本を閉じ、そっと棚へと戻した。
「うん、明日からやろう。そうしよう」
待合室の窓からはブルーアワーの幻想的な空が広がっている。そっと窓辺に近付き「この時間帯の空が1番好きだな……」なんて眺めようと顔を上げると、視界の隅で何やら黒い影が蠢いた。「ん? なんだ」と視線をそちらに移した瞬間、俺の背筋が凍り付く。……ひとりの男が、中をじっと見つめているのだ。
「ひっ……」
バッと勢いよく俺の体は壁まで後退る。
「お、オバケ? 変質者!?」
瞬きもせず見つめるその姿に、思わず己の身体を抱き締めた。
>>>
「戻ってきたら鍵が開いてなかったもんでな。飯食いに行くって言ったろ」
恐る恐る確認すると、まさかのそれはイーサン。慌ててドアを開け中に招き入れると、彼は口を尖らせた様子で待合室のソファにドカッと腰掛けた。
「にしてもさぁ、滅茶苦茶びびったんだけど……ホラーだよもはや」
「ビビりすぎだろ」
ドッドッとなる心臓をいまだに抑えきれない俺は、イーサンに「少し待ってて」と2階に上がり手早く着替えを済ます事にした。
「あれ、なんか……すんごい自然にご飯へ行く流れとなってる……」
白いシャツのボタンを閉め終わった所で、ふと自分が彼の誘いをなんの躊躇いもなく受けている事に気が付く。
「いや、まぁその……ひとりで食う飯より、誰かと食う飯のが美味いと言うし」
誰も居ない空間で言い訳をしながら、洗面台に向かい身だしなみチェックを行う。
「髪も大丈夫……って、イーサンとご飯に行くだけなのに、なんでこんな気にしてんの」
自分の起こした不可解な行動に首を傾げながら1階に降りると、入口横の壁に凭れ掛かり長い腕を組む……まるで映画のワンシーンを切り取ったかのような光景が待ち構えていた。
「……っっ、かっこよすぎる、よ……」
階段を降りた所でそんな言葉が吐息の様に漏れてしまい、聞こえてしまったのか主役の彼がこちらを向いた。
「準備出来たのか?」
「あ、うん。……お待たせしました」
姿勢を但し、立ち止まったままの俺に向かって大きな手を伸ばした。
「ふっ……こんなもの、待った内に入らんな」
その極上スマイルにまだ慣れるはずもなく……高鳴る鼓動を胸に、おそるおそる近寄りその手にちょんっと指先だけを乗せてみる。するとそれを自分の方に手繰り寄せたかと思えば、「ちゅ」と音を立て、薄い唇が指先に押し当てられた。
「……っっっ」
――声が……出るかと思った。
全身が心臓になったかのように、ドクンドクンと脈打つ音が煩い。
こんなの。こんなの……聞いてないし、おかしい。同じ男からこんな事されて嫌悪どころか、彼の唇が触れた場所から蕩けていくかのように甘く疼く。
ロマンチックな情景に、心が呑まれてしまったのだろうか。
キュッと指先に思わず力が入ると、彼は目を細め、俺の小さな手と己の大きな手を絡ませ、繋ぎ合わせた。
触れ合った手のひら同士から生まれた熱が、俺の全身を支配していく。
「今宵は散歩も兼ねて行こうか」
「は、は、い……」
縺れた唇は、返事は上手く返す事が出来ない。
――何だろう、この気持ち。
そんな俺に彼は不敵な笑みを投げたかと思えば、すっかり日の暮れた外へとエスコートした。
>>>
石畳の上を、蹄鉄を鳴らしながら一騎の馬が夜の町を闊歩する。
「流石に馬は想像していなかった……」
生まれてこの方、乗馬なんてしたことが無い。独特の揺れに慣れない身体を、後ろからひと回り大きな身体がふわっと包んだ。
「歩いて行けない距離ではないんだがな。たまには良いだろう、馬での移動も」
確かにこの世界の移動手段は馬や馬車なんかだった気がする。まさか、乗る日が来ようとは。
好奇心に負け、目の前に揺れる真っ黒な鬣にそっと触れてみる。
「わっ凄い……綺麗……」
その艶やかで靱やかな手触りに感動し、ついそんな言葉が零れる。するとその上から、あの大きな手が重なった。
「良い馬だろ。グラニと言う。こいつと共に幾多の戦場を駆け回ったものだ」
イーサンが俺と同じようにグラニを撫でると「ブルンっ」と機嫌良さそうな息遣いが耳に届き「やはり主人に撫でられるのは格別なのかな」なんて思ったりもした。
しかし、この体勢本当に慣れない。
2人乗りだから仕方ないけれど……ピッタリと隙間なく密着した身体から彼の体温が直接伝わってくる。片手は腰に回っているし。言葉を発する度、敏感な耳へ吐息が掛かり、何度も小さく肩を揺らしてしまう。
「ふ、2人も乗せて重くない? そ、それとも慣れてる感じ……かな」
気を紛らわそうと出た言葉はおかしな上擦り方をしてしまい、すかさず「ふっ」と鼻で笑ったイーサンの声が直接鼓膜へ届いた。
し、仕方ないだろ。恥ずかしいんだよ、この体勢……
「大丈夫だろ。人を乗せたのは初めてだから分からんが」
甘い声で囁かれた言葉に、思わず俺の心臓が優しい音を奏で始める。
「は、初めて……って……」
正直意外だった。スマートに俺をエスコートしたり、こうやって馬を用意してくれて食事の場所まで決めてくれて……慣れてる雰囲気、だったから。
「本当に?」と首だけ後ろに向けると、月光を浴びたその顔に、俺の目は釘付けになった。
「あぁ。俺の馬に乗せたいと思ったのは……お前が初めてだよ、アオ」
妖艶に笑うその表情と言葉を、この高鳴る心音を、俺はどう処理して良いのか分からず、暫く呆然と彼の顔を見つめていた。
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