難攻不落の異名を持つ乙女ゲーム攻略対象騎士が選んだのは、モブ医者転生者の俺でした。

一火

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1章

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「わざわざ届けに来てくれたのか?優しいな、アオは」
「仕事に必要なものだったら困るかなと……その、思って……」

 なんで……なんで俺、膝の上に乗せられてんの!?

 全員が部屋から出て行った後、部屋の中央に置かれた革張りのソファで俺たちは抱き合っていた。
「ちょっ、ちょっと降ろして……」
 もちろん俺が望んでこうなった訳ではないし、「やめろ」と暴れたが、体幹の強さなのかイーサンはびくともしない。
「大人しくしてないと、落ちるぞ」
 その言葉にビビった俺は彼の腕の中で小さくなり、今に至る。
 恥ずかしすぎる。誰も見ていないとは言えこんな……
 あまりにも近過ぎる距離故に、先程からイーサンの甘い香りが全身に纏わりついて、顔が赤くなるのを抑えられない。
「身体、つらいところはないか? 飯はちゃんと食ったか?」
「平気。ご飯は、食べたよ。……すごく美味しかった」
 否応なしに俺の声は上擦る。
「そうか。今度アオが好きな物作ってやるからな」
 先程の怒り狂った人物と同一人物かと疑う、蕩けた表情で彼は、俯く俺の唇を貪り始める。
「っぁ、な、何してるんだよイーサン……こんなところで」
「アオを愛でている。……可愛い。今すぐ食べてしまいたい程に愛おしいな、お前は本当に」
「何言って……」
 そんな恥ずかしい台詞を吐きながら甘い口付けは続く。
 これが攻略対象の真の実力なのだろうか。
 ――自分が愛されていると、勘違いしてしまう。
 いたたまれなくなり唇が開放されると同時に、両手で最高沸点に達している自分の顔を覆い隠した。

「そういえば、そろそろ『抜糸』というやつだろう? 楽しみだな、アオの処置をまた間近で見られるのは」

 ご機嫌な彼の口から次に放たれた言葉に、上がり切った体温がサアッと冷め始める。
 ――あぁ、そうだった。イーサンの興味があるのは、俺ではなくあくまで俺の。ギルバートだって、さっきそう言っていたじゃないか。
 どうしてだろう。左胸がズキンと痛む。
「そうだね。明日あたり、やってもいいんじゃないかな」
 顔を上げ少しだけ困ったように笑う俺を、彼は不思議そうに見つめていた。

「そういえば、アオに聞きたい事があったんだ」
 サラサラと俺の銀髪を梳くように撫でるイーサンが改まって言うと、今度は俺が不思議そうに、切れ長で美しい瞳を見つめ返した。
「なに?」
 すると、それまで優しい表情だった彼の表情が一変、真面目で何処か冷たい顔へと変化した。

「男とヤるの、この身体は知らないけどは初めてだ、というのはどういう意味なんだ」

「……は、い……?」
 思いもよらない台詞に、俺の両眼はうっかり零れ落ちそうになる。
 言った!? 昨日最中に俺、言ったのかそんな事。……だめだ、快楽に溺れすぎて全く記憶がない。

「……お前は、誰だ」

「……っ!! 誰、って……」
 髪を撫でる事を止めた彼は、逃げられないよう両手で俺の顔を挟み、じっと怖い顔で俺を見つめ続けている。彼の冷ややかな瞳には、困りきって眉を下げている顔が鮮明に映し出されていた。
 ゴクリと大きく唾を飲み込む。
 きっと適当な事言ったって、直ぐにバレてしまうだろう……先程から強い視線が俺にそう告げている。
「……そ、それは……」

「待った」

 そう彼は、俺の言葉を制止した。
 「え?」と目を開いたのも束の間、再び柔らかい唇が俺の口を塞いだ。ヌルッと舌同士が擦り合わさったかと思えば、そこにチカッとした痛みが生まれる。
「っ……痛っ……」
 突然の事にビクッと肩を揺らせるも、イーサンは中々唇を離そうとはしない。散々貪られた唇が漸く離れた時には、2人の唇は銀糸で繋がれていた。
「今、お前にじゅをかけた」
「…は、はぁ?」
 口元を拭う事もなく、イーサンは真面目な顔でそう告げた。甘い行為とは正反対の「じゅ」という言葉は途端に俺の中に緊張感を走らせ、ギシッと鳴る革ソファの音にさえ身体が敏感に反応する。
 ――俺、何されるの……死ぬのか?
 怯えきった小動物の様な俺に、肉食獣の王さながらのイーサンはニヤリとその立派な口元を歪める。
「もしその口が俺に嘘偽りを告げた瞬間、お前の身体はとてつもない熱で犯される。しかもその熱は、術者の俺でしか解放出来ない」
 刺さるような彼の視線が、それが真実である事を告げているような気がした。
「なん、だよ、それ」
 否応にも緊張感が露になる俺を、イーサンは「ふっ」と鼻で笑っている。
「まぁ酷く犯されたい時は、好きな様に嘘偽りを発するがいい。人間、そんな日もあるからな」
 彼は満面の笑みでそう告げるが……いや、そんな日があってたまるかよ。つまり「俺は今後イーサンに嘘をつく事が出来ない」そういう事になるのか。
「それを踏まえた上で、どういう事か教えて貰おうか」
 彼の声は真剣そのもの。
 「熱に犯される」とはつまり、先日間違えて催淫術をかけた、あの様な状態になると言うことだろう。さすがにそれは御免だ。
 どの道誤魔化しは一切通用しない。
 諦めた俺は、あの日イーサンの縫合をする直前に自分の中に起こった事を、溜め息交じりに話す事とした。

>>>

「成程、な。つまりアオには前世の記憶があって、今はその前世の人格が身体を乗っ取っていると」
「そういう事になる、かな」
 流石に「貴方はゲーム内の人間です」とは言えず、それ以外の全ての事を告げた彼は、目を伏せ顎に手を置き唸っている。
 ……と、いうか俺はいまだ膝の上に乗ったままなのだが。こんな真剣な話してんのに間抜け過ぎやしないだろうか。
 「流石に」と思い降りようと試みたが、彼の片手が腰にしっかりと回っており、それは叶わない様子。
 熱い情景とは裏腹に、部屋は静まり返ったままだ。
 ようやく、納得する答えを導いたのか、イーサンが「そういう事か」と呟くと、再び俺の方へと顔を向けた。
「その話は信じるとしよう。今現在、アオの身体に何の異変も起こっては居ないようだし、それなら合点がいく」
「合点って、一体何の?」
「俺が診療所に行ったのは、あの日が初めてじゃない。当然、お前の姿をこれまで何度も見ている訳だが……あの日は何故かやけに生き生きしているように見えた。それまでは正直、機械仕掛けアンドロイドだと言われても納得の態度だったんだがな」
「な、なるほど」
 そこまでバッサリ言われると苦笑うしかない。まぁゲームの中の俺は間違いなく死んだ目で、決められた言葉を吐くだけのつまらない人間だったからな。

「ところでアオ。……その『呪』、本物だと思うか?」
 己の中での答え合わせが済んだのか、イーサンは口許を手で覆ったまま、じっとりと俺を眺める。……その掌の奥がニヤリと弧を描いたのを俺の両眼は見逃さなかった。
「なにそれ……もしかして、俺の事騙してた!?」
 片口角を吊り上げて笑うイーサンの表情からは、それが嘘か誠か全くもって読み取ることが出来ない。

「さぁ、な? ……試してみればいいんじゃないか」

 ――悪魔が、俺にそう囁いた。

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