難攻不落の異名を持つ乙女ゲーム攻略対象騎士が選んだのは、モブ医者転生者の俺でした。

一火

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1章

12

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 いたたまれなくなった俺は、イーサンが面会へと赴いた隙に、結局診療所へと戻ってきてしまった。

 『天使フタバ』
 確かゲーム内でヒロインフタバは、異世界転移した後そう呼ばれていた。聖女だ神だと持て囃された彼女は「天使」という言葉通り崇高な存在。そんな彼女の面会を断る訳にもいかず、イーサンは不服そうな面持ちのまま、それに応じる事となった。

「あ、腕輪……持って帰ってしまった」
 あからさまに動揺してしまった俺は、その場から逃げ出すように帰還。自室のソファで膝を抱え、手の中に収まったままの腕輪をじっと見つめる。悪寒にも似たあの不思議な感覚は、あの1回だけだったようで、いま目の前あるのは何の変哲もない銀色のアクセサリー。
「あの4人の物ではないみたいだったし、またいつか返せばいいか」
 流石に今、本部に赴く気にはとてもじゃないがなれなくて、一旦ソファ横の小さなキャビネットの引き出しに収めた。

「今頃、何してるんだろうな。……会いに来たって事はイーサンルートが始まるのか」
 静かな部屋の中で、そんな言葉が溢れ落ちる。
 ヒロインは、攻略したいと決めた相手に積極的にアプローチをかけ好感度を上げていく。それ以外のキャラと物語の途中でエンカウントする事もなくはないが、あくまでそれは偶然。
「フタバが自分から会いに来た、という事はそういう事なんだろう……」

 ――自分がゲーム内への転生者である事が、この時心底嫌になった。

「いや、何考えてんだよ。ヒロインとその相手だろ、会うのなんて当たり前。寧ろ、こんなモブ俺なんかが隣を占拠していいわけない」
 チリっ、と舌が痛んだ気もしたが、別にこれは嘘の気持ちでは無い。

「そういえば、舌……どうなってるのかな」
 若干だがチリチリ痛む舌の事が気になり、洗面台へと足を伸ばす。『呪』なんて言っていたが、どんな禍々しい舌になっているのだろうか。紫色にでも変化をしていたらどうしよう……と灯りを付け、鏡に向かい舌を出し確認する。すると、その表面に月の形をした紋様が浮かんでいた。
「わ、すご。綺麗って言うと、おかしいよな。何かタトゥーみたいだな」
 三日月の中に唐草模様のような模様の入った黒い小さな印が、舌先に近い場所へと刻まれている。その紋様が、俺の目にはとてもお洒落で美しい物に見えた。
「こんなの付けてどういうつもりだよ、イーサンの奴」

 『お前は俺のモノだ』

 色っぽい表情でそう告げた彼が脳裏に蘇る。
 だがそれと同時に、イーサンとフタバが共にいる情景も、頭の中で再生された。
「いや、そもそもイーサンは俺の技術が好きなんだって。なに思い上がってんだよモブが。これじゃまるでイーサンの事……」
 いま心に浮かんでいる2文字を言葉にしてしまうと、自分がドス黒い何かに呑まれてしまいそうで、慌てて飲み込んだ。
 これ以上は何も考えたくなくて、洗面台を後にしベッドに潜り込む。そして彼の温もりがいまだに消えない身体をぎゅっと抱き締めた。




 ――翌日朝、診察室内

「何で昨日、勝手に帰ったんだよ」
「え? だって、フタバ様との大事な時間、邪魔しちゃ悪いだろ」
 朝っぱらから大層不機嫌そうに、我が物顔で診察室の丸椅子に座っている。今日は休みなのだろうか、珍しく白シャツを身に付けている彼にいつもの妖艶さは無く、至って爽やかな美形。そのギャップについドキっとしてしまう。
「は? 何それ。別にアイツとは何でもねぇよ」
 俺の言葉に苛立ちを隠せないと云わんばかりに、彼の眉間の皺が色濃くなる。

 昨日はベッドに沈んだ後、そのまま意識を飛ばしていた。彼との度重なる性行為で、知らず知らずのうちに身体は疲れ果てていたのだろう、泥のように眠っていた。そして朝になり勝手に診察室に入ってきたイーサンが大声で俺を呼ぶ声で目を覚まし、今に至る。「鍵、掛かってなかった。おかしな奴が入って来たらどうするんだ」と初手から怒られたが、俺はイーサンとは真逆の熱量で「昨日そんな事すらちゃんと出来なかったんだ」と心の中で己をあざけり笑った。

「じゃぁ、そこのベッドに寝て。今日は抜糸するから」
 「この話は終わり」と彼の前から立ち上がる。壁に嵌められた滅菌庫から器具を取り出しながら、そう指示を出したのだが……当の本人は座ったまま動く気配がない。
 なんだお前、処置されに来たんじゃないのか。
 暫しの間目線での会話が続いた後、口を開いたのはイーサンだった。
 「それじゃぁアオの処置を見る事が出来ないだろ? だからこのままでいい」
「えぇ……」
 丸椅子で足を組みふんぞり返る彼はテコでも動かないご様子。
 別に出来なくはないが、やりづらい。だがそんな事を言っても押し問答が続くばかりだろう、俺は諦めて近くにあった注射台へ彼の腕を置いて事を始めるとした。
「わかったよ。じゃぁ、このままやるから」
「あぁ。……取り敢えず脱げばいいか?」
 別に脱ぐ必要は無かったのだけれど、彼がご丁寧に上のシャツを脱ぎその肉体美を惜しみなく披露した為、思わず俺の視線はそこへ釘付けになる。
 逞しい肩周り、隆々とした腕と胸、割れた腹部。
 反射でここ数日の行為を思い出してしまい、フルフルと頭を振る。
「あ、いや……そこまで脱がなくても……」
 やめろ、意識するな。処置……そう俺は、今から処置をするんだ、とそう自分に言い聞かせながらトレーに置いた器具を手に取った。
「服、邪魔になるだろ」
 不思議そうに首を傾げる彼に反論する気も失せてしまい「じゃぁ、そのままで……」と、台に乗った施術部に抜糸ハサミを当て、パチンパチンと縫合糸を1本ずつ切り始める。そしてピンセットを使い切った糸を取るのだ、が。

 もう先程からイーサンの視線がうるさい。

 半分ほど取り除いたところで、チラッと彼の方に目線を向けてみると、子供のようにキラキラと目を輝かせたイーサンの姿がそこにあった。無邪気な姿に、つい俺の目は奪われてしまう。
「どうしたんだ?」
「えっ、いや。い、痛くないかなと思って」
 思わず目線が絡まり、反射でドキッとしてしまう。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、彼は綺麗な笑顔を魅せた。
「全く。問題ないぞ」
「そっか……」
 こんなにも緊張感のある抜糸が、これ迄あっただろうか。そんな思いを巡らせながら、俺は残りの作業を行った。

「やっぱ傷痕残っちゃったか。ごめんね、魔法だったらこんな事無かったんだろうけど……」
 肘の下にピッと引かれた赤黒い線を、申し訳無さそうに見つめていると、彼のスラッと長い指がそれを優しく撫でた。
「問題ない。アオが施してくれた痕が、俺の身体に刻まれていると考えればこれ程嬉しい事はない」
 彼はそんな事をいいながら、愛おしそうにその傷口を指でなぞる。それはまるで情事の際、彼が俺の身体を撫でるような手つきだった。

「……そんなに、俺の処置……好き?」

 零れ落ちた言葉は、驚く程ひんやりとしていた。

「あぁ、好きだ」
 彼は無邪気に笑い、そう言った。

――その言葉が、に向けられた言葉ならよかったのに。

「そっ、か。だからって、わざと怪我とかするなよ」
 闇に呑まれそうな自分自身を掻き消すよう、完璧な笑顔を繕ってそう返した。


「さて、と。アオ、別にこの後予定はないよな?」
「え? まぁ、ないけど……」
 シャツを着ながら、イーサンは俺にそう訊ねる。あれ以来、魔法を使う事を半ば諦めた俺の診療所は、今日も開店休業状態。そろそろ「あそこは閉院した」なんて噂が立てられていそうだ。
「なら付き合え。出掛けるぞ。着替えろ」
「そ、そんな急に」
 予想もしていなかった言葉に目を白黒させ座っている俺の腕をイーサンが引っ張り、2階へと連行された。







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