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1章
20-2
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「イーサン! ……久しぶり。全然会ってくれないから寂しかったよ」
カフェを出て「市場でも寄って帰るか」と歩き出してすぐ、背後からそんな男の声が聞こえた。振り返るとそこには、大きなゴールドの瞳をした若い男が俺たちの姿を捉えていた。
可愛らしい顔立ちで、美しい太陽の様なオレンジヘアを靡かせた小柄な彼は、馴れ馴れしくイーサンへ擦り擦り寄る。
「お前……」
「どれだけ会いに行っても門前払いだしさ。なんで最近僕の相手、してくれないの?」
俺の事なんて視界に映って無いかのように、そいつはイーサンの腕に自分の腕を絡ませた。
ズキンッと、左胸に痛みが走る。
いつものイーサンならば「触るな」と振り解きそうなものだが……一向にそんな素振りも見せない。
僕の相手。
そういう相手、なのかな。
じわじわと痛みが強く俺の身体を蝕み始める。
――何を勘違いしていたのだろう。
イーサンの隣にいる日々のおかげで、モブが思い上がってすっかり恋人にでもなったような気分になっていた。そもそも俺は「あくまでイーサンが技術に興味を抱いた」それだけの人間だったはず。
「本当はこの人が恋人、とか?」
身体を重ねてもどんな思わせぶりな素振りを見せても、肝心な「心」を見せてくれなかった理由はこれなのだろうか。
突如生まれたドス黒い感情が「猜疑心」という鎖で俺を縛っていく。
……心なんて一度も見せた事のない自分の事なんて棚に上げて。
潤んだ瞳でイーサンを見上げる姿は美しく、まさに天使。
「綺麗な顔同士、お似合いじゃん」
これと言って特徴の無い俺なんかよりも、遥かに。
2人は何やら親しげに会話を交わしているが、俺の耳には一切入って来ない。周りの音が、全部遠くのものに聞こえる。
どうしよう、俺……邪魔だよな。
「別に俺、イーサンの恋人でも何でも無いんだし、抱き続けたのだって、呪を掛けた義務感とか、具合が良かったとか……そんな理由だろ、きっと」
会話に夢中になっている2人に気づかれないよう、そっとその場から立ち去ろうとした時、不意に聞こえたイーサンの台詞が、俺の足を引き留める。
「……だから、お前に会う理由は無いと言っているだろ、フタバ」
思わず勢いよく振り返り、その言葉を発したイーサンと、相手の人間を交互に見る。
いま、フタバって言ったよな。フタバって……この世界のヒロインの名前じゃないのか。
「いやまさか、だってあれは女子高生……」
ゲームでの主人公は、茶色いロングヘアの制服を着た可愛らしい女の子だった。だが、今しがたその名で呼ばれた人物は、どう見ても男性。記憶違いか?いや、そんな訳ない。そもそもあれは乙女ゲームの筈だ。
「僕だって『天子』のお仕事の合間を縫って通ってるんだよー? 一目くらい会ってくれてもいいじゃん。こんなにも好きなのに……」
オレンジ髪の彼が、ぷくっと頬を膨らませる。
間違いない。……これは、『フタバ』だ。
――どうして主人公が男なんだ。
「どういう、事……?」
頭の中がぐちゃぐちゃになった。
彼が本当にフタバなら、これは幻想夜想曲で結ばれるべき2人の、正しい姿。
「嫌だ……見たくない……」
一気に呼吸が荒くなり震え出す己の身体を、ぎゅっと抱き締める。
気づいたら俺の足は、その場から駆け出していた。
>>>
「……っ、はぁ……はぁっ……」
診療所の階段を駆け上がり、バタンッと勢いよく自室のドアを閉め、その場に崩れ落ちる。
――また、逃げてしまった。
「バカだよな、俺。この世界はあの二人の為の世界なのに」
俺はモブなんだ。メインキャラに抱かれたからって、なに調子に乗ってんだよ。
……どこかで期待をしていた。
初めて食事をした日、イーサンは女が嫌いだと言っていた。だからゲーム内でもあんなにヒロインに靡かなかったのかなって。
おかしな設定が、彼の中に組み込まれていたのかなって。
……だから、男の俺を選んだのかなって。
もしかしたら、この世界でイーサンがフタバに恋するルートなんて存在しないんじゃないかな、って。
でも、どういう訳かこの世界のフタバは『男』だった。それならば、イーサンとしては何の問題もないだろう。
――所詮俺はモブ。……なんだよ、当て馬として存在しただけかよ。
「ちゃんと、気持ち……伝えればよかったかな」
伝えた所で、モブがどうする事も出来ない、が。
部屋に戻ってきた途端、それ迄堪えてきた涙が決壊したダムのように溢れ返っている。服の袖で拭っても拭っても、それは留まるところを知らない。
「……っ、ふ……いー、さん……」
嗚咽で上手く呼吸が出来ない。愛しい名前を呼ぶ声が止まらない。
きっとこれから2人は、愛を育んで行くんだろう。
この世界は、その為に存在するんだから。
『アオ……』
彼の優しい声が、頭の中で再生されておかしくなりそうだった。
「どうして俺は……っく、こんな世界に転生してしまったんだろう。どうして前世の記憶を……っはっ、思い出してしまったんだろう。どうして………イーサン・ガイ・クライブなんかを…ひ、っく……好きに……なってしまったんだろう」
左手に輝く指輪がまた心を締め付ける。
どうせなら、モブのままで居たかった。
――心を知らなければ、こんなにも苦しむことは無かったのに。
カフェを出て「市場でも寄って帰るか」と歩き出してすぐ、背後からそんな男の声が聞こえた。振り返るとそこには、大きなゴールドの瞳をした若い男が俺たちの姿を捉えていた。
可愛らしい顔立ちで、美しい太陽の様なオレンジヘアを靡かせた小柄な彼は、馴れ馴れしくイーサンへ擦り擦り寄る。
「お前……」
「どれだけ会いに行っても門前払いだしさ。なんで最近僕の相手、してくれないの?」
俺の事なんて視界に映って無いかのように、そいつはイーサンの腕に自分の腕を絡ませた。
ズキンッと、左胸に痛みが走る。
いつものイーサンならば「触るな」と振り解きそうなものだが……一向にそんな素振りも見せない。
僕の相手。
そういう相手、なのかな。
じわじわと痛みが強く俺の身体を蝕み始める。
――何を勘違いしていたのだろう。
イーサンの隣にいる日々のおかげで、モブが思い上がってすっかり恋人にでもなったような気分になっていた。そもそも俺は「あくまでイーサンが技術に興味を抱いた」それだけの人間だったはず。
「本当はこの人が恋人、とか?」
身体を重ねてもどんな思わせぶりな素振りを見せても、肝心な「心」を見せてくれなかった理由はこれなのだろうか。
突如生まれたドス黒い感情が「猜疑心」という鎖で俺を縛っていく。
……心なんて一度も見せた事のない自分の事なんて棚に上げて。
潤んだ瞳でイーサンを見上げる姿は美しく、まさに天使。
「綺麗な顔同士、お似合いじゃん」
これと言って特徴の無い俺なんかよりも、遥かに。
2人は何やら親しげに会話を交わしているが、俺の耳には一切入って来ない。周りの音が、全部遠くのものに聞こえる。
どうしよう、俺……邪魔だよな。
「別に俺、イーサンの恋人でも何でも無いんだし、抱き続けたのだって、呪を掛けた義務感とか、具合が良かったとか……そんな理由だろ、きっと」
会話に夢中になっている2人に気づかれないよう、そっとその場から立ち去ろうとした時、不意に聞こえたイーサンの台詞が、俺の足を引き留める。
「……だから、お前に会う理由は無いと言っているだろ、フタバ」
思わず勢いよく振り返り、その言葉を発したイーサンと、相手の人間を交互に見る。
いま、フタバって言ったよな。フタバって……この世界のヒロインの名前じゃないのか。
「いやまさか、だってあれは女子高生……」
ゲームでの主人公は、茶色いロングヘアの制服を着た可愛らしい女の子だった。だが、今しがたその名で呼ばれた人物は、どう見ても男性。記憶違いか?いや、そんな訳ない。そもそもあれは乙女ゲームの筈だ。
「僕だって『天子』のお仕事の合間を縫って通ってるんだよー? 一目くらい会ってくれてもいいじゃん。こんなにも好きなのに……」
オレンジ髪の彼が、ぷくっと頬を膨らませる。
間違いない。……これは、『フタバ』だ。
――どうして主人公が男なんだ。
「どういう、事……?」
頭の中がぐちゃぐちゃになった。
彼が本当にフタバなら、これは幻想夜想曲で結ばれるべき2人の、正しい姿。
「嫌だ……見たくない……」
一気に呼吸が荒くなり震え出す己の身体を、ぎゅっと抱き締める。
気づいたら俺の足は、その場から駆け出していた。
>>>
「……っ、はぁ……はぁっ……」
診療所の階段を駆け上がり、バタンッと勢いよく自室のドアを閉め、その場に崩れ落ちる。
――また、逃げてしまった。
「バカだよな、俺。この世界はあの二人の為の世界なのに」
俺はモブなんだ。メインキャラに抱かれたからって、なに調子に乗ってんだよ。
……どこかで期待をしていた。
初めて食事をした日、イーサンは女が嫌いだと言っていた。だからゲーム内でもあんなにヒロインに靡かなかったのかなって。
おかしな設定が、彼の中に組み込まれていたのかなって。
……だから、男の俺を選んだのかなって。
もしかしたら、この世界でイーサンがフタバに恋するルートなんて存在しないんじゃないかな、って。
でも、どういう訳かこの世界のフタバは『男』だった。それならば、イーサンとしては何の問題もないだろう。
――所詮俺はモブ。……なんだよ、当て馬として存在しただけかよ。
「ちゃんと、気持ち……伝えればよかったかな」
伝えた所で、モブがどうする事も出来ない、が。
部屋に戻ってきた途端、それ迄堪えてきた涙が決壊したダムのように溢れ返っている。服の袖で拭っても拭っても、それは留まるところを知らない。
「……っ、ふ……いー、さん……」
嗚咽で上手く呼吸が出来ない。愛しい名前を呼ぶ声が止まらない。
きっとこれから2人は、愛を育んで行くんだろう。
この世界は、その為に存在するんだから。
『アオ……』
彼の優しい声が、頭の中で再生されておかしくなりそうだった。
「どうして俺は……っく、こんな世界に転生してしまったんだろう。どうして前世の記憶を……っはっ、思い出してしまったんだろう。どうして………イーサン・ガイ・クライブなんかを…ひ、っく……好きに……なってしまったんだろう」
左手に輝く指輪がまた心を締め付ける。
どうせなら、モブのままで居たかった。
――心を知らなければ、こんなにも苦しむことは無かったのに。
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