難攻不落の異名を持つ乙女ゲーム攻略対象騎士が選んだのは、モブ医者転生者の俺でした。

一火

文字の大きさ
44 / 92
1章

22-2

しおりを挟む
 目を覚ますと、そこは知らない天井だった。

 豪華なシャンデリア、沈みこまないちょうどいい硬さのベッド、心地よいシーツの感触。身体を纏っている物の肌触りは、極上のシルクに似ている。死んだらこんなもの着るのだろうか。
 天国って、花畑とかそんなイメージだったけれど、イヤに現実的なもんなんだな。
 起き上がろうとした左手が、何か暖かいものに繋がれている。「何だろう」とそちらに視線を移してみると、見覚えのある大きな手が「絶対離さない」と云わんばかりに、ぎゅっと俺の手を握っていた。

「アオ!! 目、覚ましたのか!?」

 横から大きな声が聞こえたかと思うと、目の前に今にも泣き出しそうなイーサンの顔が飛び込んできた。
 何度かぱちぱちと瞬きをしてみるが、目の前の彼が消えることは無い。……どうやら、幻覚や妄想の類いではないようだ。
「イー、サ、ン……? あれ、俺……たしか診療所が火事で……ここは……?」
 身体を横にしたまま辺りを見回してみるが、こんな豪華な部屋に心当たりはない。
「ここは宿舎の俺の部屋だ。……診療所は全焼。何とかお前を引き摺り出して、ここに連れてきた」
 手を添えられてどうにか身体を起こし、改めてだだっ広い室内を見回す。まだ夢見心地の頭で「ここでイーサンは生活してるんだ」なんて呑気に思っていると、身体が痛い程に抱き締められた。
「イーサン……どうして……」
「良かった、本当に良かった無事で。痛い所ないか? 一応軍医に診させたら、煙は吸い込んでいたが他に怪我は無いだろうと言ってはいたが……」
 俺の存在を確かめるかのように、彼は頭から肩、背中、腰と俺の身体を撫でた。
 いまだにこれが現実だという実感が持てない。でもこの幸せな暖かさは、心が疼くような匂いは、紛れもない彼のもの。

「……助けて、くれたの? ……俺、あんな酷いこと言ったのに……」
 これが現実だと脳が認識をすれば、直前にイーサンと言い合った記憶が蘇る。

「義務で抱くのは止めてくれ」

 あの言葉は彼の心を抉ったであろうし、確実に俺は嫌われた筈だった。
「当たり前だろ」
 少し掠れた声でそう囁く彼からは、俺を嫌悪する雰囲気なんて微塵も感じない。寧ろ、それとは真逆。
「うそ……なん、で……あんな火の中……」
「お前が居るなら、どんな所にだって行ってやる」
 1階なんて火の海だったろう。下手すれば自分が命を失いかねない。そこに飛び込んで、2階まで助けに来てくれたというのだろうか。
――俺の為に……

 震える手で彼の背中に手を回すと、「くっ…」という唸り声と共に、彼の眉に濃い皺が寄る。
「ちょっ、まさか……!!」
「っ……止めろアオ、何でもない……」
 彼の制止を無視して、来ていたシャツの裾を思い切り捲りあげる。黒いシャツの下から現れた肌は、腰から背中にかけて真っ赤に爛れ、見るだけで痛々しいものだった。
「なっ、酷い火傷! ……まさか、俺を助ける時に」
 慌ててそこに回復魔法を掛けるが、かなり深い火傷のようで、直ぐには皮膚が戻らない。もう一段階強い魔法を施すと、ようやく元の状態へと戻り始めた。
 彼はバツが悪そうにそっぽを向き、小さく口を開く。
「……アオの上に、焼けた壁が崩れ落ちそうになっていた。お前の綺麗な肌にこんな痕、付けられる訳ないだろ」
 その言葉で胸がいっぱいになり、大きく開かれた瞳が潤み始める。
 ――どうしてそんな身を犠牲にして……俺なんかの為に……
「……どうして貴方はいつもそうやって……俺に対して一生懸命なんだよ」

 蓋をしていた気持ちが、一気に溢れかえった。

 ――足掻いてもいいだろうか。
 誰にも渡したくない、諦めたくないなんて思ったの、生まれて初めてなんだ。
 もう自分の気持ちを押し殺すなんて出来ない。
 白いガウンの胸元をキュッと握ると、その奥にある熱い場所が、痛い程に彼への愛を叫んでいた。

「こんな傷なんかより、余程お前の方が苦しかっただろう。ごめんな、直ぐに助けてやれなくて」
 俯いた顔を横に振った後、スウッと息を吸い込む。
 次に顔を上げた時、彼を見つめる紫色の瞳は、見た事ない程に強く輝いていた。
「……俺、イーサンの事が好き」

 初めて見た時から「なんて美しい宝石なんだろう」と思っていた彼の瞳が、大きく開かれる。
 心からの言葉を彼に伝えた俺は、今までのどんな時よりも彼の大きな身体を強く抱き締めた。

 ――例えこの選択が世界のことわりを壊すものだとしても、「モブが何を言っている」と蔑まれてもいい。

 彼の『特別こいびと』になりたい。

「ア、オ……?」

 彼の声は少し震えていた。
 それが何を意味するのか……考えるより先に、俺の口からは言葉が溢れていく。
「イーサンは本来なら、フタバと結ばれるのが正解なんだと思う。でも俺、イーサンが好き。イーサンが欲しい、イーサンを俺だけのものにしたい……大好き……」
 それ以上は涙が止めどなく溢れ、言葉が詰まってしまう。
 そんな俺の身体が、痛い程に抱き返された。
「……なんだよそれ……そんなくだらない正解なんて必要ない。俺も……お前の事が好きだ。俺がこの世で1番愛しているのは他でもない、お前だ……アオ」
 驚いて彼の胸から顔を上げると、そこには極上の微笑みが俺を待っていた。
「……イーサンが俺の事……?」
震える俺の唇を、イーサンの長い指がそっと撫でる。

「初めて食事をした時……可愛らしくて愉快で、そして綺麗な男だと思った。何度も時を重ねて行く内に、どんどんお前の事が知りたくなって、色んな顔が見たくて……そしていつしか、泡沫うたかたのようなお前を、どこにも行かぬよう俺の腕の中に閉じ込めておきたくなった」

「そ、そんな……俺そんな綺麗なもんじゃないよ……」
「そんな事はない。この世に『天使』が本当に存在するならば、それはお前の事だと思うぞ……アオ」
「……っっ!!」

 いつもの意地の悪い彼は姿を隠し……代わりに甘い顔で擽ったい言葉を紡ぐ色男が、そこに存在している。そんな彼の事を直視出来ずに、赤く染った顔を俯かせる。だがそれは、いつの間にか唇から顎へと移動した彼の指によって阻止された。
  しばらくの間、そのままじっと見つめ合っていた2人の唇が、互いを求めて触れ合う。

「なぁ、アオ……俺のものになれよ」

 数ヶ月前、同じ言葉を言われた時は即座に拒否をした。

「んっ、……なる。俺、イーサンのものになりたい」

 今はその言葉が、どうしようも無くなるくらい嬉しくて仕方ない。
 ――見ているだけで蕩けそうになる、そんな表情の彼の両眼には、満開の花のように笑う俺の顔が映っている。

「愛してるよ、アオ……俺のアオ」
「俺も好き……イーサンの事、大好……」
 
 言い終わる前に、俺の唇が大好きな彼の口で塞がれる。
 どうしようもなく気持ちが溢れ、彼が欲しくて堪らなくて、自らもその唇を貪った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強推し活!!推しの為に転生して(生まれて)きました!!

藤雪たすく
BL
異世界から転移してきた勇者様と聖女様がこの世界に残した大きな功績……魔王討伐?人間族と魔族の和解?いや……【推し】という文化。 【推し】という存在が与えてくれる力は強大で【推し活】の為に転生まで成し遂げた、そんな一人の男の推し活物語。

転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています

柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。 酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。 性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。 そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。 離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。 姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。 冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟 今度こそ、本当の恋をしよう。

異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた

k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
 病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。  言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。  小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。  しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。  湊の生活は以前のような日に戻った。  一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。  ただ、明らかに成長スピードが早い。  どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。  弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。  お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。  あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。  後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。  気づけば少年の住む異世界に来ていた。  二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。  序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000の勇者が攻めてきた!

モト
BL
異世界転生したら弱い悪魔になっていました。でも、異世界転生あるあるのスキル表を見る事が出来た俺は、自分にはとんでもない天性資質が備わっている事を知る。 その天性資質を使って、エルフちゃんと結婚したい。その為に旅に出て、強い魔物を退治していくうちに何故か魔王になってしまった。 魔王城で仕方なく引きこもり生活を送っていると、ある日勇者が攻めてきた。 その勇者のスキルは……え!? 性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000、愛情Max~~!?!?!?!?!?! ムーンライトノベルズにも投稿しておりすがアルファ版のほうが長編になります。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

猫になった俺、王子様の飼い猫になる

あまみ
BL
 車に轢かれそうになった猫を助けて死んでしまった少年、天音(あまね)は転生したら猫になっていた!?  猫の自分を受け入れるしかないと腹を括ったはいいが、人間とキスをすると人間に戻ってしまう特異体質になってしまった。  転生した先は平和なファンタジーの世界。人間の姿に戻るため方法を模索していくと決めたはいいがこの国の王子に捕まってしまい猫として可愛がられる日々。しかも王子は人間嫌いで──!?   *性描写は※ついています。 *いつも読んでくださりありがとうございます。お気に入り、しおり登録大変励みになっております。 これからも応援していただけると幸いです。 11/6完結しました。

処理中です...