難攻不落の異名を持つ乙女ゲーム攻略対象騎士が選んだのは、モブ医者転生者の俺でした。

一火

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1章

24-1

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 貴族の邸宅さながらの大きな4階建ての屋敷。
 まさかのこの大きな建物が、俺の新たな生活拠点となった。

「すっ……ご……」

 秘密の花園だと云わんばかりに花々が咲く庭は綺麗に手入れされており、庭の真ん中に置かれた噴水の飛沫が光を帯びて輝いて美しい。そこを抜け煉瓦色の建物の扉を開くと、白と金を基調としたエントランスが現れる。艶やかな大理石で出来た床の真ん中には、薔薇模様の絨毯が敷かれ、天井は首が痛くなるほど上にあった。
「まさかこれは、イーサンの個人宅……とか?」
 公爵家の次男で、騎士団長。そんな彼に「所有物だ」と言われてもなんら疑問はない。
 だが、予想に反してイーサンはそんな俺の言葉を鼻で笑った。
「そんな訳ないだろ、ここは第2騎士団の宿舎だ。幹部専用だがな」
 朝を迎え、改めて今自分が居る場所の案内が行われた。
「宿、舎……!」
 つまりそれって幹部専用の寮ってことだよね。スケール、バグり過ぎてるだろ。
 たしかにイーサンを始め全員が名家の出であるし、王都騎士団なんて地位なんだから当然といえば当然か……と、どうにも前世での「寮」の記憶が拭えない己を、無理矢理納得させた。

「1階は共有スペース。食堂や娯楽室、応接室なんかがある。まぁ何をするにも俺が一緒だから無理に覚える必要はない」
「えっ、と……うん」
 「何をするにも一緒」と、そこはかとない圧を感じつつも、気持ちを確かめ合いすっかりバカになっている俺はそんな些細な言葉すら嬉しくて、少し照れ気味に返事をした。

 ぐるっと1階の案内を兼ねて部屋を周り、折り返しのある豪華な階段を登りながら、館内の説明は続く。
「2階はジェイスとキーファが使用、3階はギルバートが使っていて……そしてここ」
 何を聞いても「ほへ」という声しか出ない俺が辿り着いた、最上階の4階。そこは深海のような、深い青に統一された落ち着く空間で、先程部屋を出た時は余りの美しさに声が漏れた程だった。

「ここはイーサン1人が使ってる部屋?」
「いや。違うな」
 間違いなくここから下に降りたよな。イーサンの部屋じゃ無いならなんだ。
「じゃぁ客間とか?」
 ただでさえ初めての場所で困惑する俺の手を引いた彼の足が、青に白い縁が施された扉の前で止まったかと思えば、こちらを向きニヤリと笑う。
「俺とお前の部屋だよ、アオ」
 それまで疑問符で溢れかえっていた俺の顔が、突然ぼふっと赤く染まる。
「そそそそれは、あの、えっと……」
 どもりあたふたする俺の腕が、部屋の中に引き込まれる。パタン、とドアが閉まると同時に薄く開いたままだった俺の唇は「ちゅ」と音を立て塞がれる。

「今日からここが俺とお前、2人で暮らす場所だ」

 俺の顔が、大沸騰を起こした瞬間であった。

 たたた確かにっっ!! 今までイーサンは、あの狭い俺の部屋で暮らして居たようなものだけれど。気持ちが通じ合った今、それはもう同棲というか新婚というか……いやそれは飛躍しすぎだろ何言ってんだ俺は。思った以上に浮かれている自分の頬をペチッと殴る。
「えっと、2人……の」
 火事により全焼した診療所から運び出された俺は、イーサンが普段暮らしているという宿舎に運び込まれた。そこで1晩を共にし、彼はさも当然のように俺にここで暮らすよう言ったのだ。
「あぁそうだ。此処で幸せに暮らそうな」
 確かに「これからどうしたものか」と頭を抱える俺にとっては、願ってもない申し出ではある。しかし、こんな立ち入ったことも無いような広すぎる部屋で、果たして俺は落ち着いて生活が出来るのだろうか。
「ひ、広すぎて落ち着かないね」
 昨日はが故に気が付かなかったが、なんだこのだだっ広い部屋は。ベッド周りの壁なんて、水槽が埋め込まれている。
 広々とした水槽を優雅に泳ぐ美しい熱帯魚と目が合い、思わず「昨夜はどうも……」と頭を下げた。
「すぐ慣れる。それに……どうせ殆どをベッドで過ごすんだ。広さなんてどうでもよくなる」
 視線の落ち着かない俺の耳元に、イーサンの甘い声が掛かる。

 それは……俺の身が! 持たん!!


>>>

 こうして始まった宿舎での生活は無事、貴族と平民の差を思い知らされる事となった。
 規格外の部屋はともかく、プールと見まごう程の浴場。食堂だってヨーロッパ貴族が使うような豪華絢爛な場所、そしてそこで出される高級フランス料理たち。「テーブルマナー……え、合ってる?」なんてそればかり気になり、食べ物の味を感じる余裕なんて無い。「素材の味を上品に楽しむなんて、俺なんかにはまだレベルが高い……」と、とりわけ食事に関しては平民時代を懐かしむ俺が、居た。

 ある日の夜。
 広い浴槽の隅っこで、ぽつんと入浴を済ませ部屋に戻ると、先程までは居なかったイーサンがソファに腰掛けていた。
「あれ、イーサン帰ってる。こんな時間まで、お疲れ様だ……」
 日本時間で言えば、今は22時を超えた頃。今日は朝も7時前には出て行ったし……やっぱり忙しいんだなぁ騎士団長って。
 帰宅した愛しい彼を労おうと近付いた時、ふと彼が座るソファの前に置かれたテーブルが騒がしい事に気が付いた。
 そこにはワインクーラで冷えたワイン、それと共に幾つかの料理が並んでいる。
 鶏肉の焼けたいい匂いがする……それにこの清涼感のある香りはハーブだろうか?
 ――それはどこか家庭的で、落ち着く香りだった。
 
 本日のハイクラスな夕食も、少しばかり残してしまった。使用人に「ごめんなさい」と告げ、満たされる事なく部屋に戻った俺の腹は、その刺激に「ぐぅ」と音を鳴らす。
 その音で俺の存在に気が付いたのか、イーサンがこちらを振り向いた。
「ただいま、アオ。美味い酒が手に入った。今宵はこれで晩酌するとしよう」
「おかえりなさい。えっ……夜食、まさか作ってくれたの? イーサン今日、帰ってくるの遅かったのに……」
 並べられたものは幾度と無く見た、繊細だけれど食欲を掻き立てる彼の料理たちで間違いない。
「気にするな、この白ワインの味を引き立たせる物もあった方がいいだろ?」
 さも当然のように、彼は驚き立ち止まる俺にそう返す。
 ……ここの生活に中々慣れない事を察していたのだろうか。
 確かに一緒に食事を摂る時も、手の進まない俺に「食欲が湧かないなら残してもいいんだぞ。無理することは無い」と気遣ってくれていた。
 いや、決して食事が美味しくない訳ではない。何なら味は超一流。ただ単に……俺の舌が未だに庶民なのだ。
 数日、そんな状態が続いているのを、彼が気付かない訳もなかった。
 
 テーブルに並んでいるのは、チキンの香草焼き、魚介のカルパッチョ、そして……俺の好物である黒胡椒の効いたポテトサラダ。
 イーサンとよく行く酒場での定番メニューが、そこにはあった。
 帰宅して直ぐ、彼が俺の為にキッチンへ立つ姿を想像すると、心がキュッと掴まれてしまう。
「嘘でしょ……ありがとう、イーサン。……大好き」
 赤い頬のまますぐ様彼の元に駆け寄ると、その大きな身体にぎゅっと抱き着いた。

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