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終話
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『今日も飲み会来ないのかー?』
あの日から、はや一ヶ月。
俺は春臣が参加する飲み会には行かなくなった。自分の勘違いに恥ずか死にそうだったのもあるし、何より、事実に対するショックが大きすぎて立ち直れなかった。
だって、あんな瞳で俺を見つめて、あんな熱をもった手で俺に触れたくせに、彼女ってなんだよ……?
恥ずかしいよりも悲しくて、悲しくて、ただ悲しくて……。あの後どうやって家に帰ったのかあまり覚えてない。朝までひたすら泣き続けて、殴られたのかってくらい瞼がパンパンに腫れ上がったのだけは覚えてる。
春臣からも何度か連絡が来たけど、風邪で声が出ないってことにして電話には出なかった。いま、あんな甘い声を聞いたら、また泣いてしまうと思ったから。
それほど自分が春臣に惚れてたんだってことにも衝撃を受けたし、気付いたところでどうにもならない想いに絶望した。
だって、春臣には彼女がいる。
『行かない。まだ調子悪いから』
『まじかー、長引いてるな。ゆっくり休めよ!』
『おー、また誘って』
友人にメールを送って、ベッドに躰を沈める。現実逃避には、眠るのが一番だ。寝てしまえば虚しくすぎる時間もあっという間だし、何も考えなくてすむ。
願わくは、夢にだけは出てきてくれるなよ、春臣……。
──ピンポーン
──ピンポーン
──ピンポーン
しつこく鳴らされるインターホンに、深く沈んでいた意識を無理やり引っ張り戻された。
「ん……なんだよ? しつけぇな……誰だよ」
もぞもぞとベッドで寝返りを打つ。また深く息を吸い込んで、ゆっくり吐いては意識が沈もうとする。が、
──ピンポーン
「ぬぁぁああっ! ッンだようるせぇな!!」
苛々しすぎて、覗き穴を見るのを忘れた。勢いよく開いた扉。そこに立っていたいたのは……。
「はるおみ……」
「風邪、長引いてるみたいだけど大丈夫か?」
普段はシャープな印象のその目元を緩ませ、心配げに眉を下げて俺を見つめる。
「だ、いじょ……ぶ。おま、飲み会は……?」
「集がまだ風邪でダウンしてるって聞いたから、こっちに来た」
「なんで……」
「集?」
なんで、優しくすんだよ。せっかく、忘れようとしてんのに。友達に、戻る努力をしてんのに……。
「中、入っていい? 色々買ってきたから一緒に食おう」
春臣が、手に持っていた袋を持ち上げる。コンビニじゃなくて、スーパーの袋ってところが、なんだかちゃんと考えて買ってきましたみたいな感じがして、それがまた俺を苦しくさせる。
「入れば……」
「ん、お邪魔します」
言うが早いか、春臣はつったっていた俺の腰に腕を回すと、エスコートするみたいに部屋に足を踏み入れた。
「食欲はあるか? ゼリーとか、ヨーグルトとかも買ってきたけど、普通に飯食える?」
食えるよ。だって風邪なんかひいちゃいないから。
「集? どうした、気分悪いのか?」
ソファに座って俯いている俺の顔を、床に座り込んだ春臣が見上げた。
「熱は?」
「……ない」
「ほんとに? ちょっと顔が赤いけど」
また、前みたいに春臣の手が俺の頬をするりと撫でる。その瞬間、俺の背筋がぞくりと粟立った。
「ちょっと熱くないか? やっぱり熱、あるんじゃないのか」
「な、ない……」
頬に当てられていた手が額に移り、前髪をあげる。そのまま、人形みたいに出来の良い顔が俺に近づいた。額が、くっつく。
「ほら、やっぱり熱い」
鼻と鼻が、くっつきそうな距離。情けなくてみっともない、泣きそうに歪んだ俺の顔が、春臣の瞳の中に映った。
心が、バリバリに砕ける音が聞こえた気がした。
「集……?」
ぼろぼろと、堪えきれなくなった涙が溢れる。それを掬いあげようとした春臣の手を、加減なく叩き落とした。
「やめろよ、お前……悪趣味だよ」
勘違いなんかじゃない。勘違いなんて言わせない。だって、どう考えたってあの日のキスから、春臣と俺の距離感はおかしくなった。
高校で出会ってからこの五年間、こんな風に頬に触れたり、肩や腰を抱かれることもなければ、熱を出したからっておでこで測られることもなかった。
大体、男同士でそんなこと普通しない。だけど、あの罰ゲームのキスの日から、明らかに春臣からのスキンシップは増えていた。
「俺をからかって、馬鹿にしてんだろ」
「なに、なんのこと?」
「しらばっくれるなよ、全部分かってやってるくせに!」
周りから、お前は考えてることが直ぐに顔に出るから分かりやすいってよく言われる。
今考えてみれば元々鋭いコイツが、春臣を意識しまくってテンパりまくってる俺に気付かない訳がないんだ。気付いたうえで、コイツは俺で遊んでたんだ。
「どうせ……知ってるくせに」
ぐすっと鼻をすすると、また春臣の手が俺の頬に戻ってきた。それを再び叩き落とそうとしたけど、それは失敗に終わる。
俺の手が、春臣の手に捕まったから。
「知ってるって、どれのこと?」
「……え?」
みっともなく、子どもみたいに泣いてぐしょぐしょになった顔を、春臣が覗き込む。
「俺が紹介した女が、ことごとく好みから外れてたこと?」
「え……?」
「それともお前がまだ童貞ってこと? 俺とのキスがファーストキスだったこととか?」
「えっ!?」
「キスして、俺のこと意識しまくっちゃったこととか? それなのに彼女がいるって知って、ショック受けて寝込んだこととか」
握りしめられた手に、更に力が込められる。
「お前のことなら、全部知ってるよ。本当はどんな女が好みで、どんなデートに憧れてて、そんな価値観がひっくり返るくらい、泣いて寝込んじゃうくらい欲しいものができたことも」
春臣が、ゆっくり優しく微笑んだ。
「言ってみて、なにが欲しいのか」
「……知ってるって、言っただろ」
「集の口からちゃんと聞きたい」
涙がまた、ボロっと零れた。
「意地の悪い奴」
「今更気付いた?」
「もっと、優しいやつだと思ってたのに」
「がっかりした?」
きゅっと、下唇を噛んだ。がっかりして、嫌いになれたらどれだけ良かっただろう。すんっ、と鼻をすすって震える息を吐く。
「好き、春臣……俺のものになって…」
春臣が、蕩けるような笑みを俺に向けた。
「出逢ったときから、俺はお前のものだよ」
零れ落ちる涙みたいな告白は、あの日と同じ熱に奪われ、溶けた。
END
あの日から、はや一ヶ月。
俺は春臣が参加する飲み会には行かなくなった。自分の勘違いに恥ずか死にそうだったのもあるし、何より、事実に対するショックが大きすぎて立ち直れなかった。
だって、あんな瞳で俺を見つめて、あんな熱をもった手で俺に触れたくせに、彼女ってなんだよ……?
恥ずかしいよりも悲しくて、悲しくて、ただ悲しくて……。あの後どうやって家に帰ったのかあまり覚えてない。朝までひたすら泣き続けて、殴られたのかってくらい瞼がパンパンに腫れ上がったのだけは覚えてる。
春臣からも何度か連絡が来たけど、風邪で声が出ないってことにして電話には出なかった。いま、あんな甘い声を聞いたら、また泣いてしまうと思ったから。
それほど自分が春臣に惚れてたんだってことにも衝撃を受けたし、気付いたところでどうにもならない想いに絶望した。
だって、春臣には彼女がいる。
『行かない。まだ調子悪いから』
『まじかー、長引いてるな。ゆっくり休めよ!』
『おー、また誘って』
友人にメールを送って、ベッドに躰を沈める。現実逃避には、眠るのが一番だ。寝てしまえば虚しくすぎる時間もあっという間だし、何も考えなくてすむ。
願わくは、夢にだけは出てきてくれるなよ、春臣……。
──ピンポーン
──ピンポーン
──ピンポーン
しつこく鳴らされるインターホンに、深く沈んでいた意識を無理やり引っ張り戻された。
「ん……なんだよ? しつけぇな……誰だよ」
もぞもぞとベッドで寝返りを打つ。また深く息を吸い込んで、ゆっくり吐いては意識が沈もうとする。が、
──ピンポーン
「ぬぁぁああっ! ッンだようるせぇな!!」
苛々しすぎて、覗き穴を見るのを忘れた。勢いよく開いた扉。そこに立っていたいたのは……。
「はるおみ……」
「風邪、長引いてるみたいだけど大丈夫か?」
普段はシャープな印象のその目元を緩ませ、心配げに眉を下げて俺を見つめる。
「だ、いじょ……ぶ。おま、飲み会は……?」
「集がまだ風邪でダウンしてるって聞いたから、こっちに来た」
「なんで……」
「集?」
なんで、優しくすんだよ。せっかく、忘れようとしてんのに。友達に、戻る努力をしてんのに……。
「中、入っていい? 色々買ってきたから一緒に食おう」
春臣が、手に持っていた袋を持ち上げる。コンビニじゃなくて、スーパーの袋ってところが、なんだかちゃんと考えて買ってきましたみたいな感じがして、それがまた俺を苦しくさせる。
「入れば……」
「ん、お邪魔します」
言うが早いか、春臣はつったっていた俺の腰に腕を回すと、エスコートするみたいに部屋に足を踏み入れた。
「食欲はあるか? ゼリーとか、ヨーグルトとかも買ってきたけど、普通に飯食える?」
食えるよ。だって風邪なんかひいちゃいないから。
「集? どうした、気分悪いのか?」
ソファに座って俯いている俺の顔を、床に座り込んだ春臣が見上げた。
「熱は?」
「……ない」
「ほんとに? ちょっと顔が赤いけど」
また、前みたいに春臣の手が俺の頬をするりと撫でる。その瞬間、俺の背筋がぞくりと粟立った。
「ちょっと熱くないか? やっぱり熱、あるんじゃないのか」
「な、ない……」
頬に当てられていた手が額に移り、前髪をあげる。そのまま、人形みたいに出来の良い顔が俺に近づいた。額が、くっつく。
「ほら、やっぱり熱い」
鼻と鼻が、くっつきそうな距離。情けなくてみっともない、泣きそうに歪んだ俺の顔が、春臣の瞳の中に映った。
心が、バリバリに砕ける音が聞こえた気がした。
「集……?」
ぼろぼろと、堪えきれなくなった涙が溢れる。それを掬いあげようとした春臣の手を、加減なく叩き落とした。
「やめろよ、お前……悪趣味だよ」
勘違いなんかじゃない。勘違いなんて言わせない。だって、どう考えたってあの日のキスから、春臣と俺の距離感はおかしくなった。
高校で出会ってからこの五年間、こんな風に頬に触れたり、肩や腰を抱かれることもなければ、熱を出したからっておでこで測られることもなかった。
大体、男同士でそんなこと普通しない。だけど、あの罰ゲームのキスの日から、明らかに春臣からのスキンシップは増えていた。
「俺をからかって、馬鹿にしてんだろ」
「なに、なんのこと?」
「しらばっくれるなよ、全部分かってやってるくせに!」
周りから、お前は考えてることが直ぐに顔に出るから分かりやすいってよく言われる。
今考えてみれば元々鋭いコイツが、春臣を意識しまくってテンパりまくってる俺に気付かない訳がないんだ。気付いたうえで、コイツは俺で遊んでたんだ。
「どうせ……知ってるくせに」
ぐすっと鼻をすすると、また春臣の手が俺の頬に戻ってきた。それを再び叩き落とそうとしたけど、それは失敗に終わる。
俺の手が、春臣の手に捕まったから。
「知ってるって、どれのこと?」
「……え?」
みっともなく、子どもみたいに泣いてぐしょぐしょになった顔を、春臣が覗き込む。
「俺が紹介した女が、ことごとく好みから外れてたこと?」
「え……?」
「それともお前がまだ童貞ってこと? 俺とのキスがファーストキスだったこととか?」
「えっ!?」
「キスして、俺のこと意識しまくっちゃったこととか? それなのに彼女がいるって知って、ショック受けて寝込んだこととか」
握りしめられた手に、更に力が込められる。
「お前のことなら、全部知ってるよ。本当はどんな女が好みで、どんなデートに憧れてて、そんな価値観がひっくり返るくらい、泣いて寝込んじゃうくらい欲しいものができたことも」
春臣が、ゆっくり優しく微笑んだ。
「言ってみて、なにが欲しいのか」
「……知ってるって、言っただろ」
「集の口からちゃんと聞きたい」
涙がまた、ボロっと零れた。
「意地の悪い奴」
「今更気付いた?」
「もっと、優しいやつだと思ってたのに」
「がっかりした?」
きゅっと、下唇を噛んだ。がっかりして、嫌いになれたらどれだけ良かっただろう。すんっ、と鼻をすすって震える息を吐く。
「好き、春臣……俺のものになって…」
春臣が、蕩けるような笑みを俺に向けた。
「出逢ったときから、俺はお前のものだよ」
零れ落ちる涙みたいな告白は、あの日と同じ熱に奪われ、溶けた。
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素敵な話をありがとうございます。ぐいぐいと話に引き込まれてしまいました。もし春臣サイドの話も書いていただけたりしたら嬉しいです。
ステキでした。