その乙女、天界の花園より零れ墜ちし者なれば ~お昼寝好き天女は、眠気をこらえながら星彩の柄杓で悪しき種を天の庭へ返す~

國居

文字の大きさ
17 / 80
一粒目 溺酒蘭 ~『酒は愁いの玉箒』の巻~

その八 わかりました……、あなたを用心棒として雇います!

しおりを挟む
 思阿シアさんと一緒にガオ家に戻り、燕紅ヤンホン様に蘭花楼での一部始終を報告した。
 もちろん、種核を天に返したことは言えないので、薬水で蘭を無毒化して始末したことにした。

 それから、蘭花楼のすべての酒樽や酒甕に、薬水を混ぜてきたので、もう、あの店の酒に惑わされることはないし、蘭花酒は、むしろ体に良い酒になっているはずだと告げた。

「深緑どの、あなたにお願いして本当に良かった。これは、もしかすると紅姫ホンチェン様のお引き合わせかも知れませんね」
「紅姫様のお引き合わせ……、ですか?」
「ええ。昨日は、暁燕シャオヤンと一緒に、痛む足や腰をさすりながら、紅姫廟へお参りに行ったのです。蘭花酒の件でお力を貸してくださいと、紅姫様にお願いするために――。その帰り道で、あなたと行き合ったのですよ」
「そうだったのですか……」

 確かに、快癒水をくださったのは紅姫様だし、これは、定められた出会いだったのかもしれない。そう考えれば、万事上手くいったのも当然のことだ。

「朝になったら蘭花楼へ人をやって、梁父娘リャンおやこを捉えましょう。あなたの命を奪おうとした連中を、放ってはおけませんからね! 怪しげな酒を売ったことも含めて、捕吏に引き渡して必ず罰してもらいます。
ついでに、蘭花楼はうちで買い取って、体に良い薬酒の店として、新たな商売を始めることにしましょう! もちろん紅姫廟にも、感謝の気持ちを込めて、たっぷり寄進いたします」

 さすが、燕紅様! 梁俊龍リャンジュンロンよりも抜け目がないわ。でも――。

「燕紅様、良かったら、新しい蘭花楼は、安祥アンシャン様にお任せになったらいかがですか? 安祥様は、誰とでも分け隔てなくつき合える、面倒見の良いお方のように思います。安祥様が店主になれば、誰もが気軽に立ち寄れる、気持ちの良い酒楼になるのではないでしょうか?」

 立ち直った安祥様には、暁燕シャオヤンのためにも、ぜひ高家での存在感を高めて欲しい。
 すると、思阿さんが、わたしの提案を、我が意を得たりという顔で後押ししてくれた。

「俺も、それがいいと思います。安祥どのは、なかなか聞き上手で、人に酒をすすめるのもうまい。きっと良い店主になりますよ!」
「深緑どの、思阿どの……、お二人がそう言うなら、ちょっと考えてみましょうかね」
「ぜひ!!」

 思阿さんとわたしは、ぴったり声がそろったことに驚いて、顔を見合わせた。
 あの人の良さそうな婿殿は、これで女丈夫たちから少し見直されるかもしれない。
 思阿さんも同じ思いだったのだろう。
 微笑んだわたしに、とびきりの笑顔を返してくれた。

 ◇ ◇ ◇

 その後一週間ほど、わたしは高家に逗留し、心のこもったもてなしを受けた。
 梁父娘は、素直に罪を認めたので、燕紅様の口添えもあって、所払いという軽微な罰で許されることになった。三人は、荷物をまとめ街から出て行った。

 燕紅様は、あの晩言っていたとおり、すぐさま蘭花楼を買い取った。
 蘭花楼は、内部の装飾や看板を直し、新たに開店するための準備を進めている。
 蘭花楼を任された安祥様は、張り切って店の工事を見に行ったり、品書きを考えたりしている。
 この頃は、お邸でも酒を飲まなくなったようだ。

 そして、わたしが、高家を離れる日がやってきた。
 門口で大勢の人に見送られ、わたしは出発した。
 
 しばらく行くと、水路の際の大きな柳の木の下に、懐かしい姿を見つけた。

雅文ヤーウェン?!」
「お久しぶりですね、深緑!」

 雅文の手には、今日もきれいな表紙の本が抱えられていた。
 私に会うために下天したはずなのに、すでに「言情小説」を手に入れている……のね。

「深緑、一粒目の種核は、無事に天空花園へ戻りました。天帝様も翠姫ツイチェン様も喜んでおられましたよ。今頃は、もう新しい芽を出しているかもしれません」
「良かったわ。上手くできたか、とても心配だったの――」

 天空花園で美しく花開くあの蘭を思い浮かべて、うっとりとしているわたしを、雅文が面白そうに眺めていた。
 えっ? また、何かお子ちゃまなことでもしちゃったかしら? 

「ところで、深緑――、あなた、何だかすごいものを釣り上げてしまったようですね」
「えっ?! すごいものを釣り上げた?」
「うーん……、逃がしてやるか、手に入れておくか、まあ、よく考えて決めることですね。では、わたしはこれで戻ります!」
「ちょっと、雅文……、ねえ……」

 引き留めようと手を伸ばしたわたしの目の前で、柳の枝のそよぎに溶け込むように、雅文は姿を消した。
 ぼうっと、柳の木を眺めていたら、誰かがわたしを呼ぶ声が聞こえた。
 振り返ると、思阿さんが、息を切らせてこちらに走ってくるところだった。

「ハア……、やっと追いついた……。深緑どのは、意外と歩くのが速いのですね」
「あの、何か用でしょうか?」
「何か用って、あなたが困りごとに巻き込まれないように見張るのが、俺の仕事ですから――」
「えっ?! な、何言ってるんですか? それは、蘭花楼でのことで――」
「燕紅様から、頼まれたのですよ! 多額の礼金もすでにいただきました。あなたが、稼ぎに出た姉上に会えるまで、何があっても守ってくれと――」

 燕紅様ったら、そんなことを勝手に……。
 でも、確かに人間界は、いろいろと危ないことがありそうだし、思阿さんはお酒の誘惑には弱いけれどいい人だし……。どうやら、腕っ節もなかなかのようだし……。

「わ、わかりました……、あなたを用心棒として雇います!」
「ありがとうございます! 一生懸命務めます!」

 こうして、旅の道連れがもう一人増えることになった。
 嬉しそうにわたしの前を歩き始めた思阿さんを見ていたら、「ケーロ、ロロローッ」と歌うような声で、虫籠の中のシャ先生が鳴いた。
 何だか、からかわれているような気がして、わたしは虫籠をペシッと叩いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

処理中です...