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一粒目 溺酒蘭 ~『酒は愁いの玉箒』の巻~
その八 わかりました……、あなたを用心棒として雇います!
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思阿さんと一緒に高家に戻り、燕紅様に蘭花楼での一部始終を報告した。
もちろん、種核を天に返したことは言えないので、薬水で蘭を無毒化して始末したことにした。
それから、蘭花楼のすべての酒樽や酒甕に、薬水を混ぜてきたので、もう、あの店の酒に惑わされることはないし、蘭花酒は、むしろ体に良い酒になっているはずだと告げた。
「深緑どの、あなたにお願いして本当に良かった。これは、もしかすると紅姫様のお引き合わせかも知れませんね」
「紅姫様のお引き合わせ……、ですか?」
「ええ。昨日は、暁燕と一緒に、痛む足や腰をさすりながら、紅姫廟へお参りに行ったのです。蘭花酒の件でお力を貸してくださいと、紅姫様にお願いするために――。その帰り道で、あなたと行き合ったのですよ」
「そうだったのですか……」
確かに、快癒水をくださったのは紅姫様だし、これは、定められた出会いだったのかもしれない。そう考えれば、万事上手くいったのも当然のことだ。
「朝になったら蘭花楼へ人をやって、梁父娘を捉えましょう。あなたの命を奪おうとした連中を、放ってはおけませんからね! 怪しげな酒を売ったことも含めて、捕吏に引き渡して必ず罰してもらいます。
ついでに、蘭花楼はうちで買い取って、体に良い薬酒の店として、新たな商売を始めることにしましょう! もちろん紅姫廟にも、感謝の気持ちを込めて、たっぷり寄進いたします」
さすが、燕紅様! 梁俊龍よりも抜け目がないわ。でも――。
「燕紅様、良かったら、新しい蘭花楼は、安祥様にお任せになったらいかがですか? 安祥様は、誰とでも分け隔てなくつき合える、面倒見の良いお方のように思います。安祥様が店主になれば、誰もが気軽に立ち寄れる、気持ちの良い酒楼になるのではないでしょうか?」
立ち直った安祥様には、暁燕のためにも、ぜひ高家での存在感を高めて欲しい。
すると、思阿さんが、わたしの提案を、我が意を得たりという顔で後押ししてくれた。
「俺も、それがいいと思います。安祥どのは、なかなか聞き上手で、人に酒をすすめるのもうまい。きっと良い店主になりますよ!」
「深緑どの、思阿どの……、お二人がそう言うなら、ちょっと考えてみましょうかね」
「ぜひ!!」
思阿さんとわたしは、ぴったり声がそろったことに驚いて、顔を見合わせた。
あの人の良さそうな婿殿は、これで女丈夫たちから少し見直されるかもしれない。
思阿さんも同じ思いだったのだろう。
微笑んだわたしに、とびきりの笑顔を返してくれた。
◇ ◇ ◇
その後一週間ほど、わたしは高家に逗留し、心のこもったもてなしを受けた。
梁父娘は、素直に罪を認めたので、燕紅様の口添えもあって、所払いという軽微な罰で許されることになった。三人は、荷物をまとめ街から出て行った。
燕紅様は、あの晩言っていたとおり、すぐさま蘭花楼を買い取った。
蘭花楼は、内部の装飾や看板を直し、新たに開店するための準備を進めている。
蘭花楼を任された安祥様は、張り切って店の工事を見に行ったり、品書きを考えたりしている。
この頃は、お邸でも酒を飲まなくなったようだ。
そして、わたしが、高家を離れる日がやってきた。
門口で大勢の人に見送られ、わたしは出発した。
しばらく行くと、水路の際の大きな柳の木の下に、懐かしい姿を見つけた。
「雅文?!」
「お久しぶりですね、深緑!」
雅文の手には、今日もきれいな表紙の本が抱えられていた。
私に会うために下天したはずなのに、すでに「言情小説」を手に入れている……のね。
「深緑、一粒目の種核は、無事に天空花園へ戻りました。天帝様も翠姫様も喜んでおられましたよ。今頃は、もう新しい芽を出しているかもしれません」
「良かったわ。上手くできたか、とても心配だったの――」
天空花園で美しく花開くあの蘭を思い浮かべて、うっとりとしているわたしを、雅文が面白そうに眺めていた。
えっ? また、何かお子ちゃまなことでもしちゃったかしら?
「ところで、深緑――、あなた、何だかすごいものを釣り上げてしまったようですね」
「えっ?! すごいものを釣り上げた?」
「うーん……、逃がしてやるか、手に入れておくか、まあ、よく考えて決めることですね。では、わたしはこれで戻ります!」
「ちょっと、雅文……、ねえ……」
引き留めようと手を伸ばしたわたしの目の前で、柳の枝のそよぎに溶け込むように、雅文は姿を消した。
ぼうっと、柳の木を眺めていたら、誰かがわたしを呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、思阿さんが、息を切らせてこちらに走ってくるところだった。
「ハア……、やっと追いついた……。深緑どのは、意外と歩くのが速いのですね」
「あの、何か用でしょうか?」
「何か用って、あなたが困りごとに巻き込まれないように見張るのが、俺の仕事ですから――」
「えっ?! な、何言ってるんですか? それは、蘭花楼でのことで――」
「燕紅様から、頼まれたのですよ! 多額の礼金もすでにいただきました。あなたが、稼ぎに出た姉上に会えるまで、何があっても守ってくれと――」
燕紅様ったら、そんなことを勝手に……。
でも、確かに人間界は、いろいろと危ないことがありそうだし、思阿さんはお酒の誘惑には弱いけれどいい人だし……。どうやら、腕っ節もなかなかのようだし……。
「わ、わかりました……、あなたを用心棒として雇います!」
「ありがとうございます! 一生懸命務めます!」
こうして、旅の道連れがもう一人増えることになった。
嬉しそうにわたしの前を歩き始めた思阿さんを見ていたら、「ケーロ、ロロローッ」と歌うような声で、虫籠の中の夏先生が鳴いた。
何だか、からかわれているような気がして、わたしは虫籠をペシッと叩いた。
もちろん、種核を天に返したことは言えないので、薬水で蘭を無毒化して始末したことにした。
それから、蘭花楼のすべての酒樽や酒甕に、薬水を混ぜてきたので、もう、あの店の酒に惑わされることはないし、蘭花酒は、むしろ体に良い酒になっているはずだと告げた。
「深緑どの、あなたにお願いして本当に良かった。これは、もしかすると紅姫様のお引き合わせかも知れませんね」
「紅姫様のお引き合わせ……、ですか?」
「ええ。昨日は、暁燕と一緒に、痛む足や腰をさすりながら、紅姫廟へお参りに行ったのです。蘭花酒の件でお力を貸してくださいと、紅姫様にお願いするために――。その帰り道で、あなたと行き合ったのですよ」
「そうだったのですか……」
確かに、快癒水をくださったのは紅姫様だし、これは、定められた出会いだったのかもしれない。そう考えれば、万事上手くいったのも当然のことだ。
「朝になったら蘭花楼へ人をやって、梁父娘を捉えましょう。あなたの命を奪おうとした連中を、放ってはおけませんからね! 怪しげな酒を売ったことも含めて、捕吏に引き渡して必ず罰してもらいます。
ついでに、蘭花楼はうちで買い取って、体に良い薬酒の店として、新たな商売を始めることにしましょう! もちろん紅姫廟にも、感謝の気持ちを込めて、たっぷり寄進いたします」
さすが、燕紅様! 梁俊龍よりも抜け目がないわ。でも――。
「燕紅様、良かったら、新しい蘭花楼は、安祥様にお任せになったらいかがですか? 安祥様は、誰とでも分け隔てなくつき合える、面倒見の良いお方のように思います。安祥様が店主になれば、誰もが気軽に立ち寄れる、気持ちの良い酒楼になるのではないでしょうか?」
立ち直った安祥様には、暁燕のためにも、ぜひ高家での存在感を高めて欲しい。
すると、思阿さんが、わたしの提案を、我が意を得たりという顔で後押ししてくれた。
「俺も、それがいいと思います。安祥どのは、なかなか聞き上手で、人に酒をすすめるのもうまい。きっと良い店主になりますよ!」
「深緑どの、思阿どの……、お二人がそう言うなら、ちょっと考えてみましょうかね」
「ぜひ!!」
思阿さんとわたしは、ぴったり声がそろったことに驚いて、顔を見合わせた。
あの人の良さそうな婿殿は、これで女丈夫たちから少し見直されるかもしれない。
思阿さんも同じ思いだったのだろう。
微笑んだわたしに、とびきりの笑顔を返してくれた。
◇ ◇ ◇
その後一週間ほど、わたしは高家に逗留し、心のこもったもてなしを受けた。
梁父娘は、素直に罪を認めたので、燕紅様の口添えもあって、所払いという軽微な罰で許されることになった。三人は、荷物をまとめ街から出て行った。
燕紅様は、あの晩言っていたとおり、すぐさま蘭花楼を買い取った。
蘭花楼は、内部の装飾や看板を直し、新たに開店するための準備を進めている。
蘭花楼を任された安祥様は、張り切って店の工事を見に行ったり、品書きを考えたりしている。
この頃は、お邸でも酒を飲まなくなったようだ。
そして、わたしが、高家を離れる日がやってきた。
門口で大勢の人に見送られ、わたしは出発した。
しばらく行くと、水路の際の大きな柳の木の下に、懐かしい姿を見つけた。
「雅文?!」
「お久しぶりですね、深緑!」
雅文の手には、今日もきれいな表紙の本が抱えられていた。
私に会うために下天したはずなのに、すでに「言情小説」を手に入れている……のね。
「深緑、一粒目の種核は、無事に天空花園へ戻りました。天帝様も翠姫様も喜んでおられましたよ。今頃は、もう新しい芽を出しているかもしれません」
「良かったわ。上手くできたか、とても心配だったの――」
天空花園で美しく花開くあの蘭を思い浮かべて、うっとりとしているわたしを、雅文が面白そうに眺めていた。
えっ? また、何かお子ちゃまなことでもしちゃったかしら?
「ところで、深緑――、あなた、何だかすごいものを釣り上げてしまったようですね」
「えっ?! すごいものを釣り上げた?」
「うーん……、逃がしてやるか、手に入れておくか、まあ、よく考えて決めることですね。では、わたしはこれで戻ります!」
「ちょっと、雅文……、ねえ……」
引き留めようと手を伸ばしたわたしの目の前で、柳の枝のそよぎに溶け込むように、雅文は姿を消した。
ぼうっと、柳の木を眺めていたら、誰かがわたしを呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、思阿さんが、息を切らせてこちらに走ってくるところだった。
「ハア……、やっと追いついた……。深緑どのは、意外と歩くのが速いのですね」
「あの、何か用でしょうか?」
「何か用って、あなたが困りごとに巻き込まれないように見張るのが、俺の仕事ですから――」
「えっ?! な、何言ってるんですか? それは、蘭花楼でのことで――」
「燕紅様から、頼まれたのですよ! 多額の礼金もすでにいただきました。あなたが、稼ぎに出た姉上に会えるまで、何があっても守ってくれと――」
燕紅様ったら、そんなことを勝手に……。
でも、確かに人間界は、いろいろと危ないことがありそうだし、思阿さんはお酒の誘惑には弱いけれどいい人だし……。どうやら、腕っ節もなかなかのようだし……。
「わ、わかりました……、あなたを用心棒として雇います!」
「ありがとうございます! 一生懸命務めます!」
こうして、旅の道連れがもう一人増えることになった。
嬉しそうにわたしの前を歩き始めた思阿さんを見ていたら、「ケーロ、ロロローッ」と歌うような声で、虫籠の中の夏先生が鳴いた。
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