その乙女、天界の花園より零れ墜ちし者なれば ~お昼寝好き天女は、眠気をこらえながら星彩の柄杓で悪しき種を天の庭へ返す~

國居

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五粒目 暴食根 ~『いつも月夜に米の飯』の巻~

その六 鍛練続行! 思阿さんは、何を考えているのでしょうか?

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「思阿どのに、鐘陽チョンヤンにいる弟の息子の思然シランを名乗ってもらって、深緑どのはその許嫁ということにしましょう。わたしのところに仕事の手伝いに来ていることにすれば、里の者として『嫁運び競べ』に出られると思います。いかがでしょう?」
「そのような嘘が、まかりとおるものなのですか?」
「今日、懇意にしている行商人から聞いたのですが、どこの里でも似たようなことをしているようです。特別な税を課されたくなければ、どんじりにならないようにして、最後まで運ばねばなりませんからね。里とは別の場所で人を雇ったり、何の関わりもない男女を急遽許嫁に仕立て上げたり、なんとか切り抜けるために必死になっていると言っていました」

 「嫁運び競べ」というのは、元々はお祭りの余興で、それぞれの里で近々婚礼を挙げる男女を、みんなで祝ったり冷やかしたりする楽しい行事であったはずだ。
 それが、勝つために娘たちが食事を我慢することが当然となり、今年は課税を免れるために、里とは無縁の人間を雇って、偽りの許嫁を送り込むようなことになってしまっている。
 本当に、こんなことでいいのかしら?

「俺は、かまいませんよ! そもそも、深緑シェンリュさんを攫ったりしないで、最初から正直に打ち明けて、俺たちに代役を頼めば良かったんです。俺たちは、県城へ行くつもりだったのですから、頼まれれば引き受けないこともなかったんです。そうですよね、深緑さん?」
「えっ? え、ええ……」

 隣に来て話を聞いていた思阿さんが、わたしに代わって返事をしてしまった――。
 思阿さんたら、許嫁でもないわたしと「嫁運び競べ」に出ることには、迷いを感じないのかしら?

 確かに、わたしは、天空花園から落ちた種核を求めて、県城へ行くつもりだった。
 「嫁運び競べ」を引き受けて、馬車か馬でも用意してもらって県城へ行けるのなら、悪くない話だなと思う。それでも、どこか割り切れない気持ちはあるのだけれど――。

「それでは、頼みを聞いていただけるということで、準備を進めてもよろしいですな? もちろん、それなりのお礼は用意させていただきますよ」
「礼はいりません。それから、鍛練はこのまま続けることにします。できれば、娘さんたちにも鍛練に加わってもらいましょう。そして、滋養がある食事をとり、たっぷり体を動かして、よく眠るという生活を、『嫁運び競べ』の日まで続けてもらいます」
「は、はあ……そうですか。わかりました、思阿どのがおおせのとおりにいたします……」

 万松ワンソンたちの鍛練を仕切っているせいか、思阿さんは実に堂々としてきて、今まで以上に頼もしい感じになった。
 それとも、詩人になる前、こんな風にたくさんの人を指揮する仕事でもしていたことがあるのかしら?
 里正である云峰さんでさえも、気圧された様子でその後は黙ってしまった。

 その日の午後の鍛練から、娘たちも中庭に集められた。
 なぜか、妹丹メイダン若敏ルオミンまでもが、そこに加わっていた。
 云峰さんから、鍛練の成果が見られないときには、思阿さんとわたしを、自分の親戚ということにして「嫁運び競べ」に出すことが伝えられた。
 和やかな感じだったのは最初だけで、鍛練が始まるとみんな真剣な顔つきになった。

 娘たちは、小さな土袋を手に持って何度も上げ下げしたり、投げ合ったりしていた。
 仔空さんによると、これで、腕や指の力を鍛えられるということだった。
 腕や指の力か? 家事や手仕事をする上では、役立つかもしれないわね。

 こうして、みんなで鍛練に励む日々が続いた。
 毎回鍛練が終わると、わたしは、全員に快癒水を飲ませた。
 体の気の流れが整い、疲れがとれるだけでなく、体に力が溢れ、何事もあきらめずに最後まで取り組めますようにという願いを込めて……。

 そして、いよいよ明日は県城に出発するという日がきた――。

 夕方の鍛練で、これまでの仕上げとして、それぞれの許嫁を背負って走ってみようということになった。
 鍛練の成果か、はたまた快癒水の効果か、娘たちはいつの間にかすっきりとした体つきになり、男たちは見るからに逞しくなっていた。
 里の裏を出発して、里の周りを半周し、閭門まで走ることにした。

「深緑さん、今日は、走る前に薬水を飲ませてもらえますか? 最後まで許嫁と力を合わせて走りきれるように、祈りを込めて盃に注いでください!」
「ええ、任せてください!」

 わたしは、思阿さんの指示に従って、全員の成功を祈りながら快癒水を配った。
 そして、早めに仕事を切り上げ集まってくれた、大勢の里人の応援を受けながら、三組は思阿さんの合図で走り出した。
 走るというより早足で歩くと言ったほうがいいような動きだったが、三組とも、何だかとても楽しげで幸せそうだった。

 思阿さんとわたしは、裏木戸から里の中を抜けて、閭門へ先回りすることにした。
 木戸を抜けると、思阿さんがしゃがんで、わたしに背中を向けてきた。
 えっ? ど、どういうことですか?

「ほら、深緑さん、早く俺の背中に! 俺たちも、練習しておきましょう!」
「あっ、でも、そのまま走って行った方が――」
「いいから、急いでください! 先回りできなくなってしまいますよ!」

 仕方なく思阿さんの大きな背中にしがみつくと、彼は、すっと立ち上がり走り出した。
 お日様のにおいがする背中が心地よくて、誰も見ていないのをいいことに、わたしは、顔をこすりつけてしまった。このまま目を閉じたら、気持ちよく眠れそうな気さえする――。

「深緑さんは、本当に軽いなあ! 万松ワンソンたちが、茶館で目をつけたのもわかります」
「どうせ、わたしは、……ちんちくりんですよ!」
「アハハハ……俺は、そんなふうに思ったことはありません。確かに小ぶりだけど、いつも元気いっぱいで可愛らしいなと思っています!」
「……」

 元気いっぱいで可愛らしい……って言いました?
 また、いつものように、わたしをからかっているんですか?
 でも、耳の後ろの辺りを赤らめているのは、どうしてなのかしら?
 思阿さんたら、今、どんな顔をして走っているんですか?

「さあ、閭門に着きましたよ!」

 何もきけないうちに、閭門に着いてしまった……。
 思阿さんは、わたしを降ろすと門の前に立って、先頭で最後の角を曲がった理会リーフイ苹果ピングォに声援を送っている。
 もう、わたしのことなんて見ていない……。

 理会たちの後を追うように、万松や沙包シャーパオたちも角を曲がって姿を見せた。
 背負われた娘たちが、必死でしがみつきながら大きな声で励ましている。
 一番はじめに閭門にたどり着いたのは、理会たちだったが、ほかの二組もそれほど遅れずにやってきた。閭門に集まっていた里人から、大きな歓声と拍手が湧き起こった。
 満足した顔で閭門の横に座り込んだ三組に、わたしはもう一度快癒水を配った。

「皆さん、お疲れ様でした。よく、最後まで頑張り抜きました。これで、鍛練は終わりです。一つ、俺からお知らせがあります」

 思阿さんの言葉に、みんな立ち上がり、真顔になって耳を傾けた。
 本武ベンウーさんを伴って姿を見せた云峰さんも、思阿さんを黙って見つめていた。

「本武さんに尋ねたところ、『嫁運び競べ』には、一つの里から二組まで出ることができるとのことでした。準備が大変なので、一組しか出ないことが多いようですが、この里からも、かつて二組出た年があったそうです。
今日、一番早く走り終えた理会と苹果ピングォは、当然、今年の『嫁運び競べ』に出ることになります。二人には、最後まで運びきって欲しいと思います。だから、二人が無事に走りきるのを助けるために、云峰さんの親戚ということにしてもらって、俺と深緑さんも出ようと思います。
そういうことでいいでしょうか、云峰さん?」

 思阿さんが、笑顔になって云峰さんに呼びかけた。
 呼びかけられた云峰さんは、驚いた顔で口を開きかけ、本武さんと顔を見合わせた。

「『嫁運び競べ』は、これからも続くことでしょう。鍛練をしたことは、誰にとっても無駄にはなりません。万松や沙包は、自分たちがしたことを伝えて、次に出る者たちを鍛えることができます。きっと、この先もこの里の役に立つはずです」

 思阿さんが言うとおりね。
 あきらめたり投げ出したりしないで、だからといって我慢や苦労を強いられることもなく、里人が力を合わせて、これからも『嫁運び競べ』を続けていくことが大切なのだわ。
 だって、それは、本当は許嫁たちが絆を深め、みんなが二人を祝福するためのものなのだから――。

 思阿さん、ありがとう! 
 わたし、ようやく気持ちが晴れましたよ! 

 万松や沙包、そして、秋琴チウチン梅蓉メイロンが、理会と苹果を囲んで喜び合っていた。ほかの里人たちも寄ってきて、六人を讃えていた。
 わたしは、思阿さんの周りに集まってきた云峰さんや娘たちをかき分けて、彼の一番近くへ駆け寄ると、思い切り抱きついた――。
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