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第三章 影が差す
05 深夜のメッセージ
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大好きな叔母との再会を明日に控えた麗美だったが、楽しみであると同時に不安でもあり、そろそろ日付が変わるというのになかなか寝付けそうになかった。
星崎百合子は夕凪高校の卒業生だった。今から二〇年前、在学中に友人を一人亡くしている。彼女も友人も、当時二年生だった。
──昨日、お母さんとお寿司食べに行かなかったら、忘れたまま、知らないままだったのかな……?
そして望月絵美子。麗美と同じ二年生のはずなのに、図書室でしか会えた試しのない、謎の美少女。最後に会った時、彼女は自分の正体に関してはっきり名言しなかったものの、かつて一度〝あいつ〟と対峙したのは二〇年前だと答えた。そしてどうやら、その時は友人も一緒だったようだ。
──……絵美子……。
麗美は自分自身を、賢くもなければ鋭くもない人間だと思っている。しかしそんな自分でも、これらの事実が何を意味しているのかくらいは理解出来た。
──明日、叔母さんに直接聞いてみよう。
こんなチャンスは滅多にない。もっとも、その気になればいつだって[MINE]でメッセージを送る事も出来るが、内容が内容だ。本人と向き合って、自分の口で尋ね、叔母の口から答えを聞きたかった。
──そろそろ眠らないと、明日がキツいや……。
布団の中で仰向けから横向きに体勢を変え、目を閉じる。
──……あれ、そういえばスマホ充電してたっけ?
迷った挙句、麗美は小さく溜め息を吐くと、上体を起こして足元を見やった。充電ケーブルはスマホにしっかり挿してある。
──あ。
麗美は、就寝時にはスマホの画面を下にしてカーペットに置く。しかし今日はすっかり忘れていたのか画面が上になっており、一五分前に[MINE]にメッセージが届いたという通知が表示されていた。
「千鶴ちゃんからだ……珍しいな」
麗美は布団から出るとカーペットの上に胡座を掻き、暗がりの中[MINE]を開いた。
〝夜遅くにごめんなさい。麗美さんだけにお話ししたい事があります。重要です。急ですが、明日空いてますか?〟
──重要な話……?
麗美は小首を傾げた。
──今日、学校ではそんな素振り見せなかったのにな。
〝まだ起きてたから大丈夫! ごめんね、明日は家に叔母さんが来るんだ。どうしたの? MINEじゃダメな感じ?〟
気付くのが少々遅れたため、千鶴はもう寝てしまったかもしれないが、麗美は返信しておいた。
──……って、早っ。
千鶴はスマホに張り付いていたのか、送信完了直後に既読マークが付いたかと思うと、一〇秒するかしないかで返信が来た。
〝複雑なんで、文章にするより自分から話したいんです〟
〝月曜日に学校では?〟
〝誰かに聞かれたくないんです。特にある人には〟
──ある人……?
〝その人って誰?〟
千鶴からの高速返信が途切れた。答える決心が付かないのだろうかと麗美は考え、そのまましばらく待ち続けていたが、三分経過しても音沙汰がないので不安になってきた。
──どうしよう……まさか千鶴ちゃんに何かあったんじゃ……?
更に五分近くが経過した頃、ようやく返信が届いた。
〝ごめんなさい、トイレ行ってました。その後何だか外が騒がしかったんで、窓から様子を窺ってました。酔っ払った男が全裸で騒いで警察呼ばれたみたいです。
あ、一応言っておきますが、何も見てないですからね?
まだ起きてますか?〟
「な、何だもうビックリしたな……」
〝起きてるよ~。
ねえ、千鶴ちゃんの話って、体育館での変な現象とか、教室の違和感と関係あったりする?〟
〝あったりします。そしてほぼ間違いなく、私が話を聞かれたくない人が関係しています〟
麗美は両腕に鳥肌が立つのを感じた。
──それってつまり……〝あいつ〟って事……?
〝千鶴ちゃん、日曜日なら空いてるんだけど、どう?〟
〝私も空いてます。それじゃあ日曜日でいいですか?〟
〝いいよ! 場所は何処にする?〟
〝良かったら、うちはどうですか? 両親は出掛けるんでいません〟
〝OK! じゃあそれで決定ね!〟
待ち合わせ場所や時間なども決めてやり取りを終えると、麗美は再び布団に入って横向きになった。
──今更だけど、何だか少しずつ凄い事になってきてるな……。
つい最近まで、同じような事を繰り返す、代わり映えしない毎日に飽き飽きしていたというのに。
──確か絵美子と出会った日からだよね、〝あいつ〟のせいで色々起こり始めたのは。日常に影が差し始めたのは。
千鶴を含めた数人の体調不良、丸崎の事故、新倉の失踪。教室の違和感、体育館の地響きと森と声。電気が消えたくらい、もはや全く大した事はないように思える。
千鶴たちが体調不良を訴えた時、麗美は非日常的だと静かな興奮を覚え、その後すぐに恥ずべき事だと気付いた。地響きの時だって、当初楽しんですらいたが、あまりに単純で楽観的過ぎた。
──退屈で代わり映えしない毎日は全然好きじゃない。けど……自分や誰かが苦しんだり傷付いたり、怖い思いをするくらいなら、今まで通りでいい。
絵美子は、もう一度〝あいつ〟に立ち向かおうとしている。しかも今度は自分一人だけで。
──そういえば、あんな事言ってたけど、大丈夫なのかな。
〝理由があって、今のわたしはまだ自由に動けない〟
──理由ってどんな?
他にもいまいちよくわからない事がある。絵美子は〝あいつ〟を、悪戯をするためだけに生まれ落ちたのかもしれないと言っていたが。
──昔学校周辺にあった森とも関係していて、人間の記憶を操れて……好き勝手悪さ出来て……。
人間ではない事は確実だが、具体的な正体がよくわからない。それにどうやら、活動範囲は夕凪高校の敷地内だけのようだ。
──でも、ほっといたら学校の外でも……やりかねないよね……多分……
ふと気付くと、麗美は人気のない小径に突っ立っていた。
忙しなく周囲をキョロキョロと見回す。何の手入れもされていないらしく、木々の葉や雑草が鬱蒼と生い茂っている。空を見上げてもみたが、黒緑色のカーテンで覆い尽くされてしまっている。
「く、暗い……」
せめて葉と葉の隙間から陽の光が差し込んでも良さそうなものだが、夜なのか天気が悪いのか、そんな気配は微塵も感じられない。
「ここって……あの森?」
今いる場所を理解すると同時に、何をしなくてはならないのかを自覚した途端、全身が震え、鳥肌が立った。
「ヤダよお……」麗美は涙声でぼやいた。「一番奥には行きたくない」
しかし、いつまでもこの場所に留まり続ける勇気もない。逃げ帰りたくとも、小径は森の奥へと続くのみだ。
「……わかったよ、もう!」
麗美は半ばヤケクソで小径を進んだ。足元の枝葉は遠慮なく踏み付け、腕や脚に纏わり付いて痛みを与えようとしてくる木々の枝葉は、時々短い悲鳴を上げながらも無理矢理払い除けた。
──誰かが一緒にいてくれたら。
麗美が真っ先に思い浮かべたのは、図書室でしか会えた試しのない、美しい友人だった。
──隣で勇気付けてほしいよ、絵美子。
最深部である、人工的に作られたと思わしき小さな広場に到着するまでに掛かった時間は、たったの数分とも、数時間とも感じられた。
広場の中央には、両肩の部分が幅広く、足先に向かって細くなっている、全長二メートルはありそうな黒い箱が一つだけ鎮座している。
──棺。
麗美はゴクリと唾を呑み込んだ。
──〝あいつ〟の棺。
麗美は恐る恐る近付いていったが、その途中で棺の隣に蓋が落ちている事に気付き、足を止めた。
「そうか、もうとっくに目を覚ましちゃったんだ。だから色んな事が起こったんだ」
色んな事。丸崎の事故。体育館での怪奇現象。停電。そして恐らく、新倉の失踪も。ひょっとすると、自分が気付いていないだけで、他にもあったのかもしれない。
「早く何とかしないと、また──」
「何とかするって、どうやって?」
不意に背後から──それもかなり近い──聞こえてきた声に、麗美は体をビクつかせた。
──〝あいつ〟だ。
剣道場で対面した謎の人物、そして同じクラスの生徒。ところがどういうわけか、その生徒の顔も名前も、思い出せそうで思い出せない。
「お前に何が出来るんだよ、芋姉ちゃん」
恐怖よりも怒りが勝り、麗美は勢い良く振り返った。
「全員覚えとけよぉ? タダじゃ済まさないからなぁ……」
そこに立っていたのは、頭はへこんで顔は滅茶苦茶、体のあちこちが抉れ、両手脚がおかしな方向に曲がっている、血まみれの丸崎芳美だった。
星崎百合子は夕凪高校の卒業生だった。今から二〇年前、在学中に友人を一人亡くしている。彼女も友人も、当時二年生だった。
──昨日、お母さんとお寿司食べに行かなかったら、忘れたまま、知らないままだったのかな……?
そして望月絵美子。麗美と同じ二年生のはずなのに、図書室でしか会えた試しのない、謎の美少女。最後に会った時、彼女は自分の正体に関してはっきり名言しなかったものの、かつて一度〝あいつ〟と対峙したのは二〇年前だと答えた。そしてどうやら、その時は友人も一緒だったようだ。
──……絵美子……。
麗美は自分自身を、賢くもなければ鋭くもない人間だと思っている。しかしそんな自分でも、これらの事実が何を意味しているのかくらいは理解出来た。
──明日、叔母さんに直接聞いてみよう。
こんなチャンスは滅多にない。もっとも、その気になればいつだって[MINE]でメッセージを送る事も出来るが、内容が内容だ。本人と向き合って、自分の口で尋ね、叔母の口から答えを聞きたかった。
──そろそろ眠らないと、明日がキツいや……。
布団の中で仰向けから横向きに体勢を変え、目を閉じる。
──……あれ、そういえばスマホ充電してたっけ?
迷った挙句、麗美は小さく溜め息を吐くと、上体を起こして足元を見やった。充電ケーブルはスマホにしっかり挿してある。
──あ。
麗美は、就寝時にはスマホの画面を下にしてカーペットに置く。しかし今日はすっかり忘れていたのか画面が上になっており、一五分前に[MINE]にメッセージが届いたという通知が表示されていた。
「千鶴ちゃんからだ……珍しいな」
麗美は布団から出るとカーペットの上に胡座を掻き、暗がりの中[MINE]を開いた。
〝夜遅くにごめんなさい。麗美さんだけにお話ししたい事があります。重要です。急ですが、明日空いてますか?〟
──重要な話……?
麗美は小首を傾げた。
──今日、学校ではそんな素振り見せなかったのにな。
〝まだ起きてたから大丈夫! ごめんね、明日は家に叔母さんが来るんだ。どうしたの? MINEじゃダメな感じ?〟
気付くのが少々遅れたため、千鶴はもう寝てしまったかもしれないが、麗美は返信しておいた。
──……って、早っ。
千鶴はスマホに張り付いていたのか、送信完了直後に既読マークが付いたかと思うと、一〇秒するかしないかで返信が来た。
〝複雑なんで、文章にするより自分から話したいんです〟
〝月曜日に学校では?〟
〝誰かに聞かれたくないんです。特にある人には〟
──ある人……?
〝その人って誰?〟
千鶴からの高速返信が途切れた。答える決心が付かないのだろうかと麗美は考え、そのまましばらく待ち続けていたが、三分経過しても音沙汰がないので不安になってきた。
──どうしよう……まさか千鶴ちゃんに何かあったんじゃ……?
更に五分近くが経過した頃、ようやく返信が届いた。
〝ごめんなさい、トイレ行ってました。その後何だか外が騒がしかったんで、窓から様子を窺ってました。酔っ払った男が全裸で騒いで警察呼ばれたみたいです。
あ、一応言っておきますが、何も見てないですからね?
まだ起きてますか?〟
「な、何だもうビックリしたな……」
〝起きてるよ~。
ねえ、千鶴ちゃんの話って、体育館での変な現象とか、教室の違和感と関係あったりする?〟
〝あったりします。そしてほぼ間違いなく、私が話を聞かれたくない人が関係しています〟
麗美は両腕に鳥肌が立つのを感じた。
──それってつまり……〝あいつ〟って事……?
〝千鶴ちゃん、日曜日なら空いてるんだけど、どう?〟
〝私も空いてます。それじゃあ日曜日でいいですか?〟
〝いいよ! 場所は何処にする?〟
〝良かったら、うちはどうですか? 両親は出掛けるんでいません〟
〝OK! じゃあそれで決定ね!〟
待ち合わせ場所や時間なども決めてやり取りを終えると、麗美は再び布団に入って横向きになった。
──今更だけど、何だか少しずつ凄い事になってきてるな……。
つい最近まで、同じような事を繰り返す、代わり映えしない毎日に飽き飽きしていたというのに。
──確か絵美子と出会った日からだよね、〝あいつ〟のせいで色々起こり始めたのは。日常に影が差し始めたのは。
千鶴を含めた数人の体調不良、丸崎の事故、新倉の失踪。教室の違和感、体育館の地響きと森と声。電気が消えたくらい、もはや全く大した事はないように思える。
千鶴たちが体調不良を訴えた時、麗美は非日常的だと静かな興奮を覚え、その後すぐに恥ずべき事だと気付いた。地響きの時だって、当初楽しんですらいたが、あまりに単純で楽観的過ぎた。
──退屈で代わり映えしない毎日は全然好きじゃない。けど……自分や誰かが苦しんだり傷付いたり、怖い思いをするくらいなら、今まで通りでいい。
絵美子は、もう一度〝あいつ〟に立ち向かおうとしている。しかも今度は自分一人だけで。
──そういえば、あんな事言ってたけど、大丈夫なのかな。
〝理由があって、今のわたしはまだ自由に動けない〟
──理由ってどんな?
他にもいまいちよくわからない事がある。絵美子は〝あいつ〟を、悪戯をするためだけに生まれ落ちたのかもしれないと言っていたが。
──昔学校周辺にあった森とも関係していて、人間の記憶を操れて……好き勝手悪さ出来て……。
人間ではない事は確実だが、具体的な正体がよくわからない。それにどうやら、活動範囲は夕凪高校の敷地内だけのようだ。
──でも、ほっといたら学校の外でも……やりかねないよね……多分……
ふと気付くと、麗美は人気のない小径に突っ立っていた。
忙しなく周囲をキョロキョロと見回す。何の手入れもされていないらしく、木々の葉や雑草が鬱蒼と生い茂っている。空を見上げてもみたが、黒緑色のカーテンで覆い尽くされてしまっている。
「く、暗い……」
せめて葉と葉の隙間から陽の光が差し込んでも良さそうなものだが、夜なのか天気が悪いのか、そんな気配は微塵も感じられない。
「ここって……あの森?」
今いる場所を理解すると同時に、何をしなくてはならないのかを自覚した途端、全身が震え、鳥肌が立った。
「ヤダよお……」麗美は涙声でぼやいた。「一番奥には行きたくない」
しかし、いつまでもこの場所に留まり続ける勇気もない。逃げ帰りたくとも、小径は森の奥へと続くのみだ。
「……わかったよ、もう!」
麗美は半ばヤケクソで小径を進んだ。足元の枝葉は遠慮なく踏み付け、腕や脚に纏わり付いて痛みを与えようとしてくる木々の枝葉は、時々短い悲鳴を上げながらも無理矢理払い除けた。
──誰かが一緒にいてくれたら。
麗美が真っ先に思い浮かべたのは、図書室でしか会えた試しのない、美しい友人だった。
──隣で勇気付けてほしいよ、絵美子。
最深部である、人工的に作られたと思わしき小さな広場に到着するまでに掛かった時間は、たったの数分とも、数時間とも感じられた。
広場の中央には、両肩の部分が幅広く、足先に向かって細くなっている、全長二メートルはありそうな黒い箱が一つだけ鎮座している。
──棺。
麗美はゴクリと唾を呑み込んだ。
──〝あいつ〟の棺。
麗美は恐る恐る近付いていったが、その途中で棺の隣に蓋が落ちている事に気付き、足を止めた。
「そうか、もうとっくに目を覚ましちゃったんだ。だから色んな事が起こったんだ」
色んな事。丸崎の事故。体育館での怪奇現象。停電。そして恐らく、新倉の失踪も。ひょっとすると、自分が気付いていないだけで、他にもあったのかもしれない。
「早く何とかしないと、また──」
「何とかするって、どうやって?」
不意に背後から──それもかなり近い──聞こえてきた声に、麗美は体をビクつかせた。
──〝あいつ〟だ。
剣道場で対面した謎の人物、そして同じクラスの生徒。ところがどういうわけか、その生徒の顔も名前も、思い出せそうで思い出せない。
「お前に何が出来るんだよ、芋姉ちゃん」
恐怖よりも怒りが勝り、麗美は勢い良く振り返った。
「全員覚えとけよぉ? タダじゃ済まさないからなぁ……」
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