【改稿版】コフィン・イン・ザ・フォレスト

園村マリノ

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第五章 終わりにしよう

04 二〇年振りの対峙

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 喉元を中心に、首全体へ広がりかけた強い圧迫感は、短い悲鳴と共に引いていった。

 ──……うん?

 ゆっくりと目を開けた麗美は、真っ暗な天井に眉をひそめ、身動きの取り辛い状況に困惑し、再び聞こえた短い悲鳴に驚き、自分も小さく悲鳴を上げると慌てて上体を起こした。

 ──え……ええ……?

 どうやら自分は、箱の中で横になっていたらしい。しかもここは、陽の光が全く入らない、あまりにも暗過ぎる森のような場所。

 ──箱……森……えっ……?

「麗美!」

「麗美ちゃん!」

 自分を呼ぶ複数の声に振り向き、駆け寄って来る三人組の姿を目にした瞬間、麗美はこれまでの出来事を思い出し、慌てて黒い棺から飛び出した。

「叔母さん! 絵美子! 保さん!」

「麗美!」真っ先にやって来た百合子が、麗美を抱き締める。「もう、馬鹿! 心配したんだからね!」

「叔母さん……」

 麗美は百合子を恐る恐る抱き締め返した。汗ばんだ体の温かさと感触に、本物だという確信が持てた。

「あの卑怯な野郎のせいで、君はパニクっちまったんだ」

 保が棺よりやや奥の方に、懐中電灯の光を当てた。そこには、膝を突いて苦しげに喘ぐ、石田公彦の姿をした〝あいつ〟がいた。

「今さっき、絵美子が痛め付けてやったところだ」

「うん……思い出した」麗美は、じわりと滲んできた涙を指で拭った。「今ならわかる。意地悪な幻覚と幻聴」

 百合子が離れると、麗美はそのすぐ後ろの絵美子を見やった。叔母と同じ行動を取るのだろうかという予想に反し、美しい友人は〝あいつ〟の方をしっかり見据えていた。

「二度と同じ思いはさせないわ」 

 絵美子のその言葉は、麗美よりも、自分自身に言い聞かせているようだった。

「やあ、久し振りだ! 星崎ほしざき百合子に日之山ひのやま保。朝比奈麗美と望月絵美子は、さっき振り!」

 立ち上がった〝あいつ〟が、わざとらしいくらいに陽気に──その目にはギラギラとした憎悪の輝きを湛えて──言った。

「もっともオレは、お前たち四人をこれっぽっちも歓迎しちゃいないから、お茶は出さないけどな!」

「引っ張り込んだのはそっちだろうが」

「自分の持ち場じゃないと、有利に動けないからでしょ」

〝あいつ〟は保と百合子を無視し、

「絵美子、お前はオレの警告を忘れたのか? 前に図書室で言ったよな、『オレの遊びの邪魔をするようなら、お前の魂を喰らい尽くしてやる』って」

「あら、そうだったかしら」絵美子は涼しい顔で答えた。「幽霊になってから、どうも忘れっぽくなっちゃって」

〝あいつ〟は麗美と目が合うと、他の三人に向けたものよりずっと意地の悪い笑みを浮かべ、

「朝比奈麗美、お前、引き返すなら今のうちだぞ? はっきり言うがお前は無力だ。運動音痴だし物理的な力も体力もない。今引き返して、これからの学校生活でオレの邪魔をしないと約束するのなら──」

「あーあー聞こえない聞こえなーい!」麗美は百合子から渡された懐中電灯を振り回した。「聞こえないったら聞こえなーい!」

「ねえ、あんたに聞きたい事があるんだけど」
 
 百合子は〝あいつ〟の返事を待たずに続ける。

「まず一つ。二〇年前にあんたを復活させたのは誰? てっきり学校の工事かなんかで封印が解けたのかと思ったけど、ひょっとしたら人為的だったりしない?」

「へえ、なかなか鋭いな」〝あいつ〟は愉快そうに言った。「正解だよ」

「一体誰が?」

「石田公彦」

 保の問いに麗美が答えると、〝あいつ〟はゆっくり拍手した。

「意外とやるねえ朝比奈麗美。大正解だよ」

「本物の石田に、そんな力があったっていうのか?」

「本人は気付いていなかったがな。あのガキは元々霊能力や神や悪魔といった存在に強い興味を持っていて、かつて夕凪の周辺に実在した森とこのオレの事を知り、聞き齧った魔術の知識を遊び半分で試した。そして、一〇八回目の挑戦でとうとう成功した──まあ回数はあのガキの自己申告だが」

「本物の石田君はどうしたの」

「知らん。それなりに利用価値のある奴だと思っていたが、急に姿を現さなくなっちまった。オレは夕凪の敷地内から動けずにいたから、とっ捕まえる事も出来ずにな」

「あんたを起こしてみたはいいけど、事の重大さに気付いて逃げ出した、ってとこでしょうよ」

「何て迷惑な奴だ……」

 麗美たちの口から次々に溜め息が零れた。

「もう一つ。今回あんたが復活したのは何故?」

「そう、それなんだがなあ」〝あいつ〟は人差し指を百合子に向けた。「それがオレにもよくわからないんだな」

「嘘吐け」

「嘘じゃない。何か強大な力を感じたのは事実だが、そいつが何者なのか、そもそもそれが関係しているのかは、さっぱりわからん」

 百合子と保は顔を見合わせ、互いに首を傾げたり肩を竦めたりしている。
 麗美は、絵美子が何やら考え込んでいる事に気付き、声を掛けようとしたが、〝あいつ〟のわざとらしい咳払いで遮られた。

「ま、そんなこたぁどうでもいいんだよ、どうでも!」〝あいつ〟は表情を消した。「お喋りもお前らの命もここまでだ」

 絵美子が麗美を庇うように立ち、百合子と保は武器を構えた。

 ──わたしも使わなきゃ、あれを。

 麗美は地面に置いたままのリュックをチラリと見やった。

 ──でも、タイミングは……?

〝あいつ〟の全身が、溶けたようにグニャリと歪み、公彦の姿が、三メートル程の大きさの四つ足の生き物に変化した。全体的に灰色をしており、顔は獣のそれではなく人面。長い尾が垂れ下がり、胴体と手足には毛がなくつるつるとしており、ギョロギョロとした目玉が無数に付いている。

「おえっ」麗美は顔を引きつらせた。

「いずれオレは夕凪の敷地内から飛び出して、お前ら生きた人間共の世界を狂気と混沌で覆い尽くしてやる。お前らにはもう二度とオレの邪魔はさせねえ」

「皆もっと……」

 絵美子が手振りで下がるように促すと、三人は戸惑いながらも従った。

「え、絵美子……」

 絵美子は前に出た。両手を合わせ、短く不思議な言葉を唱えると、獣に向かって右の掌を突き出す。しかし獣は身軽に避け、ニヤリと笑ってみせた。

「やれやれ、お前のそれは大嫌いだよ」

「わたしはお前が大嫌い」

「オレがこの姿に変わる前に動きを封じたかったようだが、残念だな。ところで、お前の力は完全に戻ってんのか? なあ?」

 絵美子は答えず、獣を睨んでいる。

 ──絵美子……大丈夫なの?

 百合子も保は、どうすればいいのかわからないといった様子で、絵美子と獣を交互に見やっている。

 ──どうしよう……実は結構マズかったりする?

「オレは絶好調だよ、絵美子……こんな風にな!」

 獣が絵美子目掛けて突進した。

「絵美子!!」

 麗美は絵美子に駆け寄ろうとした。百合子と保が止める声は、ほとんど耳に入っていなかった。

「麗美、駄目!」絵美子は獣から目を離さず言った。「来ちゃ駄目! 逃げて!」

 獣は絵美子の数メートル手前で急に方向転換すると、麗美に狙いを定めた。

「麗美!!」

「やめろ!!」

 百合子と保の、悲鳴に近い叫び声が上がった。
 麗美の視界には、これ以上はないくらいに気味の悪い笑みと、無数の目玉しか映っていなかった。
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