ド陰キャが海外スパダリに溺愛される話

NANiMO

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家主の距離が近すぎる

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「荷物はこれだけかい?」
「あ、あぁ……。本当によかったの?」
「もちろん! きみと一緒なんて最高だ」

バカみたいに高いマンションの一室をオレは借り受けた。元は物置兼レーコーディングルームだったそうで、左の壁一面にクローゼットが配置されている。
……にしても広い。この一室でワンルームですと言われても納得してしまう程度には。

「最初の頃は、ここでレコーディングしてたんだけど、最近はスタジオを借りることが多いから、もっぱら物置なんだ」
「へ、ヘェ……そうなん、だ。広いね……」

収納していた機材なんかは、不必要になったものは売り、保管したいものはトーマスの部屋に移動したか、賃貸のトランクルームに移したそうだ。

「ごめん、オレのために面倒かけて」
「いいよ。部屋を整理できて『イッセキニチョウ』ってやつさ。ただ、服に関してなんだけどね?」

クローゼットに手をかけて、一気に開け放つと、所狭しと詰められた服。色も厚みも様々で、圧縮されたように右端へ寄せられている。左端に存在する、人ひとりがやっと入れそうなスペースを見て、腕を組んだトーマスが苦笑した。

「整理が追いつかなくって、しばらく我慢してもらえるかな」

唖然として、吊るされた服を寄せようと押しては戻されての格闘を繰り広げるトーマスを見つめ、裕福な人間は所有している服の数が多いというのは本当なんだなあと改めて圧倒される。
高身長で顔立ちも整ったトーマスだ。何を着たって似合うに決まっているだろうけど、きっと彼自身のファッションセンスも彼の髪のように輝いているんだろうな。

「その必要はないよ。オレのスペースはこの一角で十分だからさ」
「え? でもそれじゃあ、せいぜい……5着が限界だよ。コートとジャケットも収まらないじゃないか」
「大丈夫。スーツと、冬用のコートで充分なんだ。肌着なんかはコイツに入れるからさ」

白い衣装ケースをクローゼットの下に入り込ませてノックする。
トーマスは気まずそうに顔を歪ませた。

「……そのハムスターゲージみたいなチェストに?」
「これはチェストじゃなくて衣装ケースだよ。……リクガメを育てられるくらいの大きさはある」
「あぁそう。ヘンリーきみは、その……謙虚なんだね。確かに、きみとはコーディネートの話をしたことが無かったな」

俺がファッションやコーディネートに興味が無いことがトーマスにとっては意外だったらしい。以前、俺の描いた絵をシャツにプリントしたいとか言っていたけど改めてお断りした。


インターネット機器の設定やらなんやらして、ネット環境を整える横で、処分する衣類に頭を悩ませているトーマスを見る。
なんだかとんでもない事態になってしまったなあ。

「ヘイ、ヘンリー。ランチは外に出よう。近くに良いレストランがある」
「わかった。案内は任せるよ」
「もちろん」

家から持ってきたのは作業用のPCやタブレット、中古のデスクと……『趣味』のためのものばかりで、裏を返せばそれ以外の荷物は殆どなかった。
俺は、あれから一か月足らずでトーマスの家に転がり込み、仕事も辞めた。引っ越しの準備をして、住んでいた家の解約手続きをして、退職の手続きをして……とかなりドタバタしていたが、この作業が終わればとりあえずのところは安心だろう。

「いや、国保と年金の手続きがあったな。それに、あぁ……ハローワークに行かなきゃ」
「『ハローワーク』?」
「そう。ええっと……なんて言うんだろう? 仕事の紹介をしてくれたり、失業保険……の手続きをするところ」
「“public employment service”?」
「多分そう、それのこと」
「すごい名前だね。よくない意味で」
「オレもそう思う」

トーマスは呻った挙句、いくつかの服をリサイクルショップに持っていくことに決めたらしいが、クローゼットの空間に変化は見られなかった。
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