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家主の距離が近すぎる
④
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「ンー……」
平日昼間。トーマスは仕事で不在。
居候が始まって1週間。労働環境は一変。
仕事を探そうとしたら、「私がなんのためにきみを家に置いていると思っているんだ?」と釘を刺されたため、現在はwebでイラストの依頼を受けながらリリックビデオ制作に取り掛かっている。
イラストの副業に関しては以前から仕事の合間に請け負っていたため、大幅に何かが変更されるわけではない。
時間ができた分、稼ぎが増えたはいいものの……定職を失ったため、月収は減った。貯金があるとはいえ、不安なことに変わりはない。
最近はゲームのテキスト翻訳なんかも請け負ったりして、かなり忙しい。
ただし以前の生活と比べれば何倍もやりがいがある。
それに……
「ヘンリー、ただいま!」
「おかえり」
トーマスとの生活が思った以上に順調で楽しいというのも、激変した生活に適応しかかっている理由の一つだ。
「やっぱりこれ、新鮮ですごくいいよ」
「それ、毎日言ってるよね」
アメリカには「おかえり・ただいま」が存在しないため、トーマスは二人暮らしでしかできない習慣がマイブームのようだ。
ちなみに「いってきます・いってらっしゃい」も朝方に行われる。
「あぁ、そうだ。トーマス」
「なんだい?」
トーマスの部屋から着替えている物音とともにちょっと間延びした返事。
「リリックビデオのプレビューを見てほしい」
オレも間延びした声で返す。
するとトーマスは打って変わってドッタンバッタンの大騒ぎで部屋から飛び出してきて、ソファの背もたれからのしかかってきた。
厚い胸板に押されて、オレは前のめりになる。
近すぎる。
「できたの?」
「あ、あぁ……さしあたって、きみからもらっていたイメージとアイデアは意識したけど」
プレビューを流すと、シルヴィオの低音とともにリリックが流れ出す。時間と技術的な問題で荒削りな部分が多く、絵コンテに近い。
シルヴィオのリクエストはボーカロイド系のPVではないため、複数の絵を用意する必要がないという点では楽だが、一枚絵で全てを表現しきるのは難しい。
プレビューが終わるまで、シルヴィオはじっと押し黙って画面を見ていた。
「ヘンリー、大変だ」
「えっ? な、なに。不満があるならはっきり言って」
それとも、他の奴に頼んだ方がマシだ!! とでも叫ばれるのだろうか。
あまりにも神妙な顔をしているため、オレは荷物をまとめる準備を、少なくとも心の準備を始めた。
一体どんな言葉が飛び出すのかと固唾を飲む。
トーマスが愕然とした調子で言った。
「私はきみのファンだから、きみから提供されたら、なんでも素晴らしく見えてしまう」
「はあ?」
「私がきみに渡したのはビデオのイメージではなく、曲のイメージだ。後のことはきみの自由に作ってみてほしかった。素晴らしいよ。ヘンリー、きみは本当にビデオを作るのは初めて?」
「そ、そうだね……外に出すために作るのは初めてだよ」
「作ったことはあるんだ。それは、仕事で?」
「違うよ。オレの前職は営業だ。なんていうか……きみに誘われてから、勉強し始めたんだ。興味があったし、それに……そのうち、きみの依頼に応じる時が、来るかもしれないと思っていたから」
心臓がドギマギしている。
トーマスの横顔が近すぎて、手の位置だって、肩に触れているし。
「ヘンリー……」
喜色に弾んだ声が耳朶をくすぐる。
ふと、じっとりとした熱が頬を包み込んで、小さなリップ音とともに、頬にさらに何か柔らかいものが押し当てられ……
顔が近すぎる。
と、思った時には離れていて。キスされたと気付いたのは数秒後。
オレは手にしていたタブレットを落っことしそうになって、すんでのところで踏みとどまり、トーマスの顔を仰ぎ見る。
「この調子で続けてほしい。聞きたいことがあったらいつでも言って」
「あ、あぁ……うん」
「よし、ディナーを作ろう! ヘンリー、手を洗って!」
「わ、わかっ……た」
待ってくれ、トーマス。
いくら友達で、感極まったからって、キスはないだろ。
「あ、あの、トーマス? えっと……」
アメリカではキスするのが一般的なの? って聞きたいけど、聞けない。
あいさつでキスする文化は理解しているし、自分を納得させれば、慣れないこともない。気になるのは、なぜ今のタイミングでキスしたのかってことだ。
「今日は何を作るの?」
「今日はパスタを茹でるよ! ナポリタン」
「あっそう……」
気にしているのはオレだけみたいだ。トーマスに変な様子はないし、やっぱりそういう習慣があるのだろう。そういうことにしよう。
夕食は帰ってきたトーマスと一緒に作る。
ほとんどを家で過ごすんだから、晩ごはんくらい作っておいてあげればいいのにという突っ込みをいただきそうだが、生憎オレは料理ができない。
対して自炊マスターのトーマスは大抵の料理をパッパと作ってしまう。トーマス一人で作った方が効率的なのだが、罪悪感とトーマスからの励ましに屈した。オレに料理をさせたいそうなのだ。
平日昼間。トーマスは仕事で不在。
居候が始まって1週間。労働環境は一変。
仕事を探そうとしたら、「私がなんのためにきみを家に置いていると思っているんだ?」と釘を刺されたため、現在はwebでイラストの依頼を受けながらリリックビデオ制作に取り掛かっている。
イラストの副業に関しては以前から仕事の合間に請け負っていたため、大幅に何かが変更されるわけではない。
時間ができた分、稼ぎが増えたはいいものの……定職を失ったため、月収は減った。貯金があるとはいえ、不安なことに変わりはない。
最近はゲームのテキスト翻訳なんかも請け負ったりして、かなり忙しい。
ただし以前の生活と比べれば何倍もやりがいがある。
それに……
「ヘンリー、ただいま!」
「おかえり」
トーマスとの生活が思った以上に順調で楽しいというのも、激変した生活に適応しかかっている理由の一つだ。
「やっぱりこれ、新鮮ですごくいいよ」
「それ、毎日言ってるよね」
アメリカには「おかえり・ただいま」が存在しないため、トーマスは二人暮らしでしかできない習慣がマイブームのようだ。
ちなみに「いってきます・いってらっしゃい」も朝方に行われる。
「あぁ、そうだ。トーマス」
「なんだい?」
トーマスの部屋から着替えている物音とともにちょっと間延びした返事。
「リリックビデオのプレビューを見てほしい」
オレも間延びした声で返す。
するとトーマスは打って変わってドッタンバッタンの大騒ぎで部屋から飛び出してきて、ソファの背もたれからのしかかってきた。
厚い胸板に押されて、オレは前のめりになる。
近すぎる。
「できたの?」
「あ、あぁ……さしあたって、きみからもらっていたイメージとアイデアは意識したけど」
プレビューを流すと、シルヴィオの低音とともにリリックが流れ出す。時間と技術的な問題で荒削りな部分が多く、絵コンテに近い。
シルヴィオのリクエストはボーカロイド系のPVではないため、複数の絵を用意する必要がないという点では楽だが、一枚絵で全てを表現しきるのは難しい。
プレビューが終わるまで、シルヴィオはじっと押し黙って画面を見ていた。
「ヘンリー、大変だ」
「えっ? な、なに。不満があるならはっきり言って」
それとも、他の奴に頼んだ方がマシだ!! とでも叫ばれるのだろうか。
あまりにも神妙な顔をしているため、オレは荷物をまとめる準備を、少なくとも心の準備を始めた。
一体どんな言葉が飛び出すのかと固唾を飲む。
トーマスが愕然とした調子で言った。
「私はきみのファンだから、きみから提供されたら、なんでも素晴らしく見えてしまう」
「はあ?」
「私がきみに渡したのはビデオのイメージではなく、曲のイメージだ。後のことはきみの自由に作ってみてほしかった。素晴らしいよ。ヘンリー、きみは本当にビデオを作るのは初めて?」
「そ、そうだね……外に出すために作るのは初めてだよ」
「作ったことはあるんだ。それは、仕事で?」
「違うよ。オレの前職は営業だ。なんていうか……きみに誘われてから、勉強し始めたんだ。興味があったし、それに……そのうち、きみの依頼に応じる時が、来るかもしれないと思っていたから」
心臓がドギマギしている。
トーマスの横顔が近すぎて、手の位置だって、肩に触れているし。
「ヘンリー……」
喜色に弾んだ声が耳朶をくすぐる。
ふと、じっとりとした熱が頬を包み込んで、小さなリップ音とともに、頬にさらに何か柔らかいものが押し当てられ……
顔が近すぎる。
と、思った時には離れていて。キスされたと気付いたのは数秒後。
オレは手にしていたタブレットを落っことしそうになって、すんでのところで踏みとどまり、トーマスの顔を仰ぎ見る。
「この調子で続けてほしい。聞きたいことがあったらいつでも言って」
「あ、あぁ……うん」
「よし、ディナーを作ろう! ヘンリー、手を洗って!」
「わ、わかっ……た」
待ってくれ、トーマス。
いくら友達で、感極まったからって、キスはないだろ。
「あ、あの、トーマス? えっと……」
アメリカではキスするのが一般的なの? って聞きたいけど、聞けない。
あいさつでキスする文化は理解しているし、自分を納得させれば、慣れないこともない。気になるのは、なぜ今のタイミングでキスしたのかってことだ。
「今日は何を作るの?」
「今日はパスタを茹でるよ! ナポリタン」
「あっそう……」
気にしているのはオレだけみたいだ。トーマスに変な様子はないし、やっぱりそういう習慣があるのだろう。そういうことにしよう。
夕食は帰ってきたトーマスと一緒に作る。
ほとんどを家で過ごすんだから、晩ごはんくらい作っておいてあげればいいのにという突っ込みをいただきそうだが、生憎オレは料理ができない。
対して自炊マスターのトーマスは大抵の料理をパッパと作ってしまう。トーマス一人で作った方が効率的なのだが、罪悪感とトーマスからの励ましに屈した。オレに料理をさせたいそうなのだ。
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