ド陰キャが海外スパダリに溺愛される話

NANiMO

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有宮ハイネの暴走

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猫背の彼が目についた。
小さく縮こまって、気弱そうな表情を浮かべている。彼の正面に座る男は尊大な態度で足を組んでいた。

ランチミーティングに使用された店の近くで恋人の姿を見かけたら?
その恋人が、別の男と何やら親し気に話していたら?

普段の私であれば、なんとも思わなかっただろう。相手には相手の交友関係があり、あくまで友人だと主張するのであれば私の介入する余地はない。まして今の恋人であるヘンリー・ヴォルフは異性愛者ヘテロであるため同性であろうとただの友人であることは、ほとんど確定している……と思いたい。

というのも、ここ最近の彼の様子はただならぬものがある。

そっけないし、落ち着きがない。会話は弾まないし、仕事が忙しいといいつつベランダでぼうっと一点を見つめていることが多い。
これらはよく経験してきた恋人関係の終わりを告げる警鐘と一致している。

私と付き合ったことで彼がバイセクシュアルになったのなら、いま会話している男とヘンリーとが友人関係であると断言することはできるのか?
浮気だと咎めることは?
現在の冷え始めた関係との因果関係は?

「やあ、ヘンリー」

沸いてくる疑問の処理を開始する以前に私の体は動き始めていた。
目の前で起こっているに対して結論を下すために、まずは情報を収集する必要があったし、なによりこの問題が現実で私が直感的に想定した最悪のシナリオを辿っているのであれば、何としてでも阻止する必要がある。
私は彼と別れる気は無いし、誰かにさらわれるなんて以ての外だ。

「えっ!? と、トーマ……なんだそのサングラスは?」
「紫外線対策だよ。これが一般的だ」
「へえ……確かに外国人はサングラスしてる人が多いよね……ってそうじゃなくて、どうして」

どうして? こっちが聞きたいね。
ヘンリーはいつも部屋に籠もって仕事をしている。彼は仕事だけでなく趣味さえも室内で可能だから、外に出る必要がないと思っているのだと解釈していたし、少し心配していた。
そんなきみが外に出て、パラソルの下で友人とランチタイムを過ごしているだなんて認識を裏切られた感覚だよ。別人かと思ったが、私が恋人を見間違えるはずがない。

「きみを見かけたから声をかけた。普通だろう?」
「ふ、普通だね。そうだね……」

どうして慌てているんだヘンリー? 何か聞かれちゃマズいことでもあったのかな。正面で目を丸くして、私の姿をまじまじと見つめる彼となんの話をしていたっていうのかな? 私には言えないことを、悪口だとか不満だとか、きみは直接言えなさそうだものな。

「有宮」
「あ、あぁ、ごめん。紹介する。この人はその……」

『アリミヤ』
そういえば、彼は日本名があって、アリミヤというんだったな。
『ハイネ・アリミヤ』
なんだか、私の知らない彼がいるようで落ち着かないな。別人というのもあながち間違いじゃないのかもしれない。

彼は言い淀んだままもごもごと口を動かしていた。私をどう紹介したらよいものか迷っている様子だ。すぐに出てこないなら、自分から名乗った方が良いだろうかと口を開きかけたとき、観念したように彼が言った。

「彼は、トーマス・ハーゼス。オレのパートナーだ」

パートナー……パートナー!
彼が私をそう紹介した。少し声が裏返っていたけど。

「トーマス、こいつはシイザキ。前の会社の同僚……一緒に仕事をしていた友達だよ」

なんでもないように紹介してくれるが、彼の耳は赤く染まっている。簡単な日本語で説明しようとする余裕はあるようだが。
紹介を受けた男は立ち上がってにこりと笑った。親しみのある顔つきで、立ち回りが上手いタイプだろうと確信した。

「椎崎 タカシです。有宮がお世話になってます」

彼は恋人だがお世話した覚えはないし、ヘンリーとこの男は友達とはいうものの、一体どういう関係なんだ……と首を傾げると、ヘンリーがこそりと耳打ちしてくる。「日本の挨拶のテンプレートだから気にしなくていいよ」ということらしい。不思議な文化だ。

「はじめまして。シー、シー……」
「シイザキ、だよ」
「シーザー……」
「ドレッシングやないかい!」
「いたっ……なんで叩くんだよ」
「な、お前が英語喋れるって今知ったんだけど!?」
「聞かなかったじゃないか……少なくとも履歴書には書いたんだ。今頃シュレッターにかけられてチリになってるだろうけどね……トーマス?」

突然の出来事だった。
男が、ヘンリーの背中を叩いたのだ。
かなり大きな「バチン」という音が鳴った瞬間、私は目を疑った。男は興奮気味にヘンリーに何やらまくし立てているが、ヘンリーはなんでもないように流暢な日本語で会話している。なんでもないように、だ。

「トーマス、どうしたんだ?」

突然黙ってしまった私を心配したのか、彼が顔をのぞき込んでくる。つい先ほどまで浮かれていたのが泡のように消え、男に対する不快感がジクジクと湧き上がる。
どうしたんだと聞いてくる彼も、信じられない。

「……申し訳ないが、彼は私と行かなければ」
「は? いきなり何言ってるんだ……」
「行こうよ、ヘンリー。お願いだから」
「な、なに? わかったよ。わかった……」
「おいおい有宮、通訳してくれよ」
「えっと、ごめん椎崎、オレもう行くよ。また今度誘ってくれ」
「なんで急に? まあいいけど。じゃあな」

私は彼の肩を抱いて、強引にその場から離れる。別れの挨拶をする余裕はなく、私は男を一瞥もしなかった。不安そうに見上げてくる彼の視線だけが私にとって多くの意味を与える。

今日家に帰ったら、彼の背中を確認するんだ。線の細い彼の身体があの衝撃に耐えられるとは思えない。けろりとしているが、どういった了見だ。日常的にあんなことをされているとでも? 彼が精神的に不安定な原因は、あの男が握っているのではないのか?
よくもまあ、私が彼のパートナーだと聞いておいてあんな真似ができたものだ。喧嘩を売られているのだろうか?

理性的でない部分を露出させてしまった恥ずかしさに勝る怒りに、ヘンリーは気付いていないようだ。それがまた、私の神経を逆撫でするが仕方のないことだ。暴力が常態化した日常に身を置いていたのなら、それが異常であることを伝えてくれる人がいなかったということだ。彼は何も悪くない。
私が彼を守る必要がある。
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