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有宮ハイネの暴走
⑥
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「トーマス! どうしたんだよ」
「よく聞いて。きみが心配なんだヘンリー。きみと彼とは友達だろうけど、彼にとってそうとは限らない可能性があるってことを頭に入れてほしい」
「急にどうしちゃったんだ? なにを心配することがあるっていうんだよ。椎崎は確かに……無礼なところがあるけど、いいやつなんだ」
「きみが『いい人』すぎる可能性もあるんじゃないか? 私は彼を庇うきみが理解できないよ」
理解できない? なにが? トーマスがどういうつもりでそんなことを言うのか、オレだって理解できない。
少なくとも正常な時ならもっと深く聞いたのだろうか。何が気に食わなくて、どうしてオレと椎崎を離れさせようとしたのかを。たぶん、正常な時ならそうしていた。だけど今はそうじゃなかった。
トーマスのことがわからない。不確定な未来への不安が、現状の問題にコミットする余裕を失わせ、オレの目を濁らせる。その濁りから生じた泥水のような感情が一滴、つうと落ちて胸に広がった。
いくら恋人だからって、きみにオレの交友関係をとやかく言う資格があるのか!? 理解できないなら結構だ。オレが誰と話していようとオレの勝手だ!
……なんてこと、公衆の面前で言えるはずもなく、オレは苦い顔のまま彼を見上げていた。
「……きみに、そう見えたなら、仕方ないのかもしれないね」
やっとのことでひねり出した言葉がこれだ。
オレの言葉と表情とを受けて、彼は目を細めてオレの肩を撫でる。
「きみの友達を侮辱したいんじゃないんだ、ヘンリー。わかってくれ」
「あぁ……」
「ごめんよ、仕事の予定が詰まっていてね、行かなきゃ。気を付けて帰るんだよ」
「ああ、わかってるよ」
彼の指先が肩から離れ、オレの頬を撫で、そして彼はせわしなく後ろを向いて去っていく。名残惜しさのひとつでも見せてくれたらもう少し安心できたのに。
わかってくれって、何をわかれっていうんだ。なんの説明もなしに。
わかってるって、何をわかってるっていうんだ。何もわかっちゃいないよ。
説明してよ、教えてくれよトーマス。何がきみを不快にさせたんだ。
家に帰りたくなかった。
帰ったら、そのうち彼が帰ってくる。顔を合わせたくなかった。今の出来事について話したくなかった。
オレはまた逃げている。
「これじゃ未来の話なんかできやしないな……」
久しぶりにあの感覚が戻ってくる。
彼のいるときは忘れられていたあの感覚。
あの日、大雨の中、轟轟と流れる黒い川に命を投げ出そうとした日。
あの日だって何かを決心したわけじゃなかった。心が落ち着かず、揺れ動いて、傾いて、「ああ今なら飛び降りられるな」と思った。あの感覚と一緒だ。
小さな絶望から逃れるために一番手っ取り早くて安易で簡単な方法。
安易で簡単だから、すぐに思いつくのかな。少なくとも、今を真剣に生きるよりよっぽど簡単だ。
今日、いま、飛び降りようとしても、止めてくれる人は誰もいない。
奇跡の出会いは一度きりだ。たった今、オレのヒーローは仕事に戻っていった。オレを止めるものはなにもない。
……だけど、結局オレは家に帰る。
帰りたくないけど、オレの帰る場所はあの家だけだから。
彼のそばだけなんだ。
「よく聞いて。きみが心配なんだヘンリー。きみと彼とは友達だろうけど、彼にとってそうとは限らない可能性があるってことを頭に入れてほしい」
「急にどうしちゃったんだ? なにを心配することがあるっていうんだよ。椎崎は確かに……無礼なところがあるけど、いいやつなんだ」
「きみが『いい人』すぎる可能性もあるんじゃないか? 私は彼を庇うきみが理解できないよ」
理解できない? なにが? トーマスがどういうつもりでそんなことを言うのか、オレだって理解できない。
少なくとも正常な時ならもっと深く聞いたのだろうか。何が気に食わなくて、どうしてオレと椎崎を離れさせようとしたのかを。たぶん、正常な時ならそうしていた。だけど今はそうじゃなかった。
トーマスのことがわからない。不確定な未来への不安が、現状の問題にコミットする余裕を失わせ、オレの目を濁らせる。その濁りから生じた泥水のような感情が一滴、つうと落ちて胸に広がった。
いくら恋人だからって、きみにオレの交友関係をとやかく言う資格があるのか!? 理解できないなら結構だ。オレが誰と話していようとオレの勝手だ!
……なんてこと、公衆の面前で言えるはずもなく、オレは苦い顔のまま彼を見上げていた。
「……きみに、そう見えたなら、仕方ないのかもしれないね」
やっとのことでひねり出した言葉がこれだ。
オレの言葉と表情とを受けて、彼は目を細めてオレの肩を撫でる。
「きみの友達を侮辱したいんじゃないんだ、ヘンリー。わかってくれ」
「あぁ……」
「ごめんよ、仕事の予定が詰まっていてね、行かなきゃ。気を付けて帰るんだよ」
「ああ、わかってるよ」
彼の指先が肩から離れ、オレの頬を撫で、そして彼はせわしなく後ろを向いて去っていく。名残惜しさのひとつでも見せてくれたらもう少し安心できたのに。
わかってくれって、何をわかれっていうんだ。なんの説明もなしに。
わかってるって、何をわかってるっていうんだ。何もわかっちゃいないよ。
説明してよ、教えてくれよトーマス。何がきみを不快にさせたんだ。
家に帰りたくなかった。
帰ったら、そのうち彼が帰ってくる。顔を合わせたくなかった。今の出来事について話したくなかった。
オレはまた逃げている。
「これじゃ未来の話なんかできやしないな……」
久しぶりにあの感覚が戻ってくる。
彼のいるときは忘れられていたあの感覚。
あの日、大雨の中、轟轟と流れる黒い川に命を投げ出そうとした日。
あの日だって何かを決心したわけじゃなかった。心が落ち着かず、揺れ動いて、傾いて、「ああ今なら飛び降りられるな」と思った。あの感覚と一緒だ。
小さな絶望から逃れるために一番手っ取り早くて安易で簡単な方法。
安易で簡単だから、すぐに思いつくのかな。少なくとも、今を真剣に生きるよりよっぽど簡単だ。
今日、いま、飛び降りようとしても、止めてくれる人は誰もいない。
奇跡の出会いは一度きりだ。たった今、オレのヒーローは仕事に戻っていった。オレを止めるものはなにもない。
……だけど、結局オレは家に帰る。
帰りたくないけど、オレの帰る場所はあの家だけだから。
彼のそばだけなんだ。
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