ド陰キャが海外スパダリに溺愛される話

NANiMO

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有宮ハイネの暴走

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彼が部屋から出てこない。

ヘンリーは約束を反故にする人ではない。それどころか約束に縛られ思うように動けない類の人のように思っていた。それはまさに日本人的な傾向で、誠実だと言えるが向こうでやっていけるかどうかはまた別だ。柔軟な対応に向いていない。頭が固い。敬遠される人柄にぴったり当てはまってしまう。
オフィスで仕事をしている彼を見たことがないが、少なくとも抑圧されてきた弊害で彼の本来持っていたパフォーマンスが発揮されていたとは思えないのだ。

私はいま、この場に彼がいないことに納得と失望を感じていた。

朝のコーヒータイムは二人で。そう約束していたというのに。
あまりに忙しい時期であれば、短く済ませることもあったり、事前の合意をもって顔を合わせない日もあったりしたが、一言もなく起きてこない日はなかったのだ。
頭が固くなっているのは私の方なのか?
いいや、今はいわゆる喧嘩中で、気まずい気持ちを彼が持っているであろうことは想像に難くない。しかしそれでもなお、喧嘩中であろうとも朝のコーヒータイムは共に過ごすことを約束していたのだ。

頭を冷やすために時間が必要であることは確かだが、和解の機会を無理やりにでも設けることは重要だと私は考えている。顔を合わせることは気まずいが、そう約束していたのだから仕方なく、と、言い訳をすることで、自らが相手の言い分に屈したという構図を作らないための手法である。

自尊心の強い人がほとんどの本国では効果てきめんだったが、日本人には通用しない。彼らの大多数は地を這うような自己肯定感と見上げるほど高い劣等感とを人生の主軸に置いているのだ、とヘンリーが言っていた。自分もその一人だとも。

私が彼を侮っていたのか?
彼は自尊心が低く、決められたルールに縛られる一般的な日本人の性質を持っているから、いくら顔を合わせづらいことがあろうと二人の約束を破ることはできないと考えていたと?

「はぁ……らしくないな」

インスタントコーヒーの蓋を開けて、その香りで鼻腔を満たす。

「よし、落ち着くんだ。正気に戻るんだ。トーマス・ハーゼス……いくら考えたってどうしようもないことはいくらだってあるだろう。いまさらだというならまさに今できることを考えるんだ。ヘンリーの部屋をノックして、彼が起きているんだか眠っているんだか確認することができるだろう」

そして、彼の分のコーヒーを作ろうとしたところで手が止まる。
昨日のことを思い出したのだ。
彼の言い訳を。

彼は私に何も話したくないようだ。
その表情が教えてくれた。きっと私に話したところで理解などされないだろうと思っていること。

『きみの意志があまりに高潔だから、周囲の人間は苦労するんだ』

人間的美徳を兼ね備えた人物だと評されたことは幾度もある。幾度もあった末にたどり着いた、皆が考えている私への真の評価を知った。
しかし、彼が私に事情を説明してくれないことと、私と、一体何の関係がある?

彼の問題じゃないか……私には関係がない、彼自身の話だ。
そして私は彼の恋人だ。彼に信頼されない人間だ。

今は、互いに時間が必要なのだ。

若手の新人に任せた仕事の進捗が上がらなくても焦って確認してはいけない。仕事を任せたのは自分自身であり、落ち着きなく進捗の確認をするのなら相手を信用していないことになる。

信じて待つ。
それで、時間をかけるばかりで結果を出せないなら? 抜擢した自分にも責任があることを免れない状況になりつつ、仕事のできない人間はクビになるだろうな。

恋人関係なら? クビにする?
……いいや。どうしたらよいものかわからないな。なにせ彼のようなタイプは初めてだから。

友人関係がちょうどよかったのかもね。なんて軽口をたたくには彼との出会いはあまりに運命的だったものだから、私の彼への欲求はとどまることを知らずいまだ大きくなるばかりだ。執着ともいえる。どうかしているくらい、彼との関係の終わりが見えない。

いつまでたっても彼の部屋の扉が開かれなくても
結局彼が約束を破って私が出勤しても
その日一日彼の顔を見られなくても
それが数日続いて、やっと顔を合わせたと思ったら謝罪もなく「ええと、元気だった?」などと気まずそうに下手くそな挨拶をされても
不思議なほどエンディングが流れない。

「トーマス……その」
「きみは私の部屋に住む隣人さんかな? 初めまして。私がこの部屋の主人だ。引っ越しの挨拶もなしに居候とはまったく素敵な人だ」
「………生活費は、口座引き落としにしてくれないか」
「電子ウォレットへの送金以外認めていないね」
「だ、だったら挨拶に、その……これをあげるよ」
「これはなんだい?」
「パーカーだよ。グッズとして販売予定の、初期デザインの……」
「ヘンリー!! やっと部屋から出てきたんだね、心配していたよ!!」
「現金なやつめ!!」
「『ゲンキンなヤツ』ってどういう意味だい?」

許そうじゃないか、ヘンリー。一時的にね。
もちろん私は彼のファンだ。彼の公式グッズは当然、入手している。もはや収集しているといっても過言ではない。それが原因でヘンリーは私の部屋に積極的に入らないくらいだ。
彼の、新しいグッズ。パーカー。彼と運命的に出会う以前から私が常に要望を出していたものじゃないか。それで、なんだって? 限定初期デザインをプレゼントしてくれるって?
いちファンとしてどうなんだいそれは。不正じゃないか? 彼の他のファンに顔向けできないじゃないか。

どうだっていいね!!
なぜなら私は彼の『サイコサン最古参』のファンで恋人なんだから!!

「トーマス、もう怒ってないの?」
「……もう一度始めるかい?」
「い、いいや!! もう、十分わかったよ……頭を冷やした。きみが心配してくれたのにオレは誠実な対応をしなかった」
「ほかに何か言いたいことはある?」
「えっと……それは、うーん……」
「………わかったよ、もういい。ハグしよう。そしてまた始めよう」
「できれば、もう喧嘩するようなことがないといいけど……」
「ヘンリー?」

誰が発端になっていると思っているんだ?

びくりと体を強張らせて、ヘンリーが委縮する。自分の言葉の過ちに気付いたならそれでいいんだ。

「さあ、きみからおいでよ」

両腕を広げて見せると、彼は一瞬たじろいで私を見上げた。数十秒の間の後に彼は手を伸ばして一歩近づく。じれったくて、そして久しぶりの彼の体温に我慢できなくて、私が近づいて抱きしめた。

はじめは戸惑っていた彼も、しばらくして細い腕を背中に回して抱きしめ返してくれる。

当然だが、胸の中心ではまだ彼に対する失望と疑念が疼いている。彼の挙動不審の原因は判明していないし、追及したい気持ちはある。けれどそんなことをして何になる? 彼はより頑固になり、だんまりを決め込むだろう。口先だけだろうと彼は謝った。私との関係をまだ続けたいという意思にほかならない。これ以上の詮索も追及も無意味であり、関係をより悪化させるのであれば、悪いことを隅の方に置いておくことも必要だ。

それに私は今のハグで確信した。
こうまで残酷に振り回されてもなお、私はこの体温を手放すことなど考えていないのだと。
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