ド陰キャが海外スパダリに溺愛される話

NANiMO

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有宮ハイネの暴走

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それからお互い忙しくなって話す機会が減ったのは仕方のないことだった。

トーマスにはなんと、デビューの話が来ていて、せっかちで即断即決の彼にしては珍しく迷っているようだった。オファーが来たのはオレでも知っているような有名レーベルだし、仕方のないことだ。

オレはオレで大きな仕事が舞い込んで嬉しい悲鳴を上げている。
某有名ゲームの新キャラクターの立ち絵。クライアントの要望通り描けばいいわけではなく、キャラクターのルーツやそれに関する歴史的資料なんかが一通り送られてきて、目を通さなければいけないメールが山ほどある。

彼が家にいるとき、オレは大概寝ている。オレが寝ているから彼は気を遣ってギターを弾かなくなった。
いってらっしゃいとおかえりの頻度は減った。顔を合わせないことも増えた。
酒とエナジードリンクの摂取量も増えた。そのくせ胃腸薬が手放せなくなった。カフェインとアルコールのせいでよく眠れない。部屋に籠もって何十時間と起き続けて仕事をして、ほとんど気絶のように意識を飛ばす生活が続いた。

たまに顔を合わせては、溜まったストレスを発散するかのようにもつれ合ってセックスすることもあるし、キスすらしないこともある。
彼をじっと目で追ってしまって、気付かれて、笑われることもあれば、視界に入れないよう努力することもある。

そんな日々が続くほど、間違いなく彼を好きなのに、彼も同じ気持ちでいるのか不安になってくる。そのくせ、自分から彼に好きだと言えないでいる。
彼の気持ちが離れていくような気になっている。事実、そうかもしれない。

「もしかして……終わりなのか?」

ベランダに出て、ビル群を眺めながらつぶやく。片手に、ずいぶん前にやめたはずのタバコ。メンソールの匂い。脳が濁る感覚。
ここ最近、ずっと、頭が重い。灰色のフィルターを何重にも重ねたように気怠くて、視界が悪いような感じがする。何を見ても新鮮に感じない。鮮やかさがない。青空に平和を感じない。重力に負けそうになる。
ベランダの柵の下の吸引力に、負けそうになる。

せめて今、この瞬間だけでも保存しておこうか?
彼が、オレを好きでいる確証が得られなくても、別れた後の絶望に比べればなんだってマシだろうし。彼がオレの恋人だって確定しているうちに、少しでもハッピーなうちに、オレの脳を保存しておこうか。

「なにしてるんだろう、オレ……」

彼は、トーマスは、オレがいなくなったからって立ち止まってくれる人じゃないのに。
どうせ忘れる。忘れられて、オレは過去の人になる。そして彼はいずれ新しい恋人を持つだろう。オレは彼にとってなんの楔にも、釘にも、なれない。
違う。彼を傷つけたいわけじゃないのに。
オレのせいで彼が傷ついて、忘れないようにしたいだなんて思ってる?
最低だ。

「ヘンリー」
「ん?」

耳も遠くなったらしい。それか、幻聴。
仕事に出たはずのトーマス・ハーゼスが、玄関の方からゆっくりと歩いてくる。
幻聴、それに幻覚。カフェインとアルコール、それにニコチンが混ざって、オレはどうやら少しだけおかしくなっているらしい。

「仕事に出たと思ってたけど」

口の中に溜まった煙が微風に煽られ、彼の姿が霞んで見える。
彼はジャケットを脱ぎながらリビングを徘徊する。わざとじゃないことはわかるのに、彼の視線がオレから逸れることが気に入らない。

「午後に休みを取ったんだ。今日は、予定があるから」
「予定……」
「ああ。ほら、以前言ったホームパーティーだよ。仕事終わりでもいいかと思ったんだけれど、せっかくだからね」
「ああ……そんなことも言ってたね」

忘れていたように振舞うが、忘れたことなんてない。

「どうだろう、時間があるなら今からでも」
「あ……」

彼がオレを見る。その目が無性に恐ろしかった。彼の美しい瞳で見つめられることが。
彼を避けたり、かと思えば愛情乞食のように求めたり。酒とタバコとアルコールに浸かって、忙しくも人間的に怠惰な日々を送るオレは、彼の目にどう映っているだろう。

「……」
「ヘンリー?」
「ごめん、忙しいんだ」
「……そうか」

明らかな落胆がオレを傷つける。
だけど無理だ。彼の恋人だと紹介され、周知されることに耐えられる自信がない。知られたくない。こんなどうしようもない男が、彼の恋人だなんて。

彼はジャケットを小脇に抱えてしばらく言葉を噤んだ。互いに動きを止めたまま、タバコの煙だけがゆらゆらと揺らめていていたが、小さな嘆息と共に、彼は言った。

「ほどほどにしておいた方がいい。酒もタバコも」

そこに含まれた軽蔑によって、オレの中で何かが壊れた。

「きみに」

とりとめのない、けれど最悪な言葉の奔流が口から溢れ出す。

「きみに何がわかる? オレの生活に口出しするなよ!」
「ヘンリー」

嫌だった。彼の美しい瞳に映るオレが、あまりに醜くて。彼の隣を独占していることが恥ずかしくて。

「何がわかるんだ、オレの……!!」

耐えられなかった。彼に否定されたら、いよいよオレは……。

「わからないな。言われないとわからない。けれど、きみは言いたくないんだろう、違う?」
「はっ、きみは……きみは、いつも、そうだ。きみが正しいよ、いつもそうだ。だけど、それならオレはどうしたらいいんだ。正しくないオレは」

きみのそばにいるべきじゃない。

「きみはオレを惨めにさせる。つらいんだ」

忘れたいことが多すぎる。だけどきみがいる限り、許されない。きみを見るたびにオレは自分が嫌な人間だって思い知らされる。

それなのに、きみがいないと、オレは救われないんだ。

「トーマス、失望しないでよ。そんな目で、見るなよ……」

見られたくない。
救ってよ、いつもみたいに。

「オレだってわからないんだ……」

あの日みたいにオレを引っ張り上げてよ。

「……」

助けてよ。




「どうやら、頭を冷やす時間が必要みたいだ」
「……」
「ヘンリー・ヴォルフ」

裁判官のような冷たい声だった。
いつもの優しい彼は、そこにいなかった。オレと彼との距離が縮まることはなかった。いつもみたいに抱きしめて、大丈夫だと言ってくれる彼は、いなかった。

「きみの足で一歩を踏み出すんだ。そうじゃないと変わりようがない」

そうだろう?

そう言った彼がどんな顔をしていたのか、見ていないから、わからない。
だけど、その日、彼は帰ってこなかったし、それから3日間、玄関の開閉音が聞こえることもなかった。
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