ド陰キャが海外スパダリに溺愛される話

NANiMO

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有宮ハイネの暴走

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トーマス・ハーゼスが帰ってこない。

夜の間、オレは情緒不安定で、けれど彼の帰りを待っていた。
深夜になって、朝になっていた。
けれど彼は帰ってこなかった。

「くそっ」

空になったタバコの箱を潰して、ゴミ箱に叩きつける。フローリングを素足で歩く、ぺたぺたした感触がうざったい。
寝たいのに眠れない。トーマスは帰ってこない。連絡もない。一体何なんだ。
質の悪い休息ばかりとっているせいか、仕事の効率も下がっている。乾燥してささくれた指の小さな痛みが癪に障る。なにもかもうまくいかない。

トーマスはパーティーに行って、帰ってこない。
もしかして、その場で会った素敵な男と寝てるんじゃないだろうか。
オレなんかよりずっと素直で愛嬌があって、かっこよくてかわいい男に一目惚れしているのか。それとも、最低な恋人なんか捨てるつもりで?
じゃあ、もう帰ってこないつもりか? オレを捨てたのか?
次、彼が戻った時には彼の隣には別の男がいて、さっさと出ていけとケツを蹴られるんじゃないか?

そんなの無理。
彼と別れたら、どうにかなってしまう。
いっそ死んだ方がマシだ。

「ああもう、くそ、くそ、くそっ!!」

トーマスが帰ってこない!!
パーティーに行ったきり、次の日の夜になっても。朝になっても。
もしかして、なにか事件に巻き込まれたのか? 連絡も来ないし……。
オレから電話する? 無理。どんな顔すればいい? 顔は見えないけど。

「仕事だ、仕事するんだ……仕事」

全部忘れよう。どうだっていいじゃないか。トーマスなんて、帰ってこなくていい。どうでもいい。

彼を待っていたわけじゃないが、いつの間にか日が昇っていて、切れた酒を買いに行こうか迷っていた目を陽光が貫いた。眩しくて、息苦しくて、うんざりしてベッドに潜ったけど、やっぱり眠れないから渋々出かけて酒とタバコを買ってきた。
せめてヒゲくらい剃らなくちゃなと、鏡に映った自分を見て最悪な気分になった。歯を磨いてすぐ、エナジードリンクを飲んで、タブレットを抱えてベランダにもたれる。衛生的じゃないとわかっていても地べたに座って仕事をする。高層階だから、真っ当な人々の営みが聞こえなくて、最高だ。だけど青空を見てもいい気分にはならない。だめだ。ストレスを感じないようにできても、解消できない。溜まった淀みがぐるぐる回る。タバコに火をつける。煙がうねる。灰皿代わりに先端を手のひらに押し付ける。そんな感じで、完治しないまま火傷だけが増えていく。黒くなった手のひらを見ていると創作意欲が湧いてくる。

狂ったように創作活動にいそしんで、まったく捗らなくて、でも眠れもしないから仕事をしようとして……と、同じことを繰り返す。気分転換に動画サイトを開いてみれば、ミックスリストに彼の曲が紛れ込んできてイラつく。オレが手掛けたビデオは再生回数が跳ねあがって、シルヴィオ・ラヴに気付いた人々によって彼が投稿した曲は軒並み再生回数が伸びていた。
彼はうまくいっていた。オレとはうまくいっていない。

こんなことならいっそ出会わなければよかった。
あの日、あのまま濁流に飲まれて、水の底に沈んでおくべきだったんだ。
それとも、仕事だけの関係ならよかったのか?
天才ミュージシャン、シルヴィオ&クリエイター、ハウルとしてタッグを組むだけで、それだけで……。

「でも、オレたち恋人同士じゃないか……」

現実は変わらない。オレは彼がシルヴィオだと知ってしまったし、彼を、好きになってしまった。

オレのせいなんだ。オレが素直に話せないから心が離れた。お互い好きなのにすれ違っている。オレが話すだけで変わる。
だけど、もしも、それで別れることになったら?

「………ううっ」

もうだめだ。
ずっと同じことを考えている。
結論が出ていることを、悪い結果を避けようと回避して、同じ不安にさいなまれて、もうずっと繰り返している。
ここ半月の間、ずっと。

「トーマス……オレが悪かったよ。帰ってきてよ」

彼の存在が大きすぎて、もはや依存や執着といっても過言ではない。彼を手放せない。

あの日から始まっていた。無名の絵かきとしてSNSに絵を転がして、たった半年で彼がオレに気付いてくれた。ずっと彼がいた。覚えてる。毎回、ハートをくれて、コメントをくれて、徐々に反応が増えてもオレは彼の名前がハートをくれた一覧にあるかどうかを気にしていた。そんな日々があった。
ずっと彼がいた。オレの傍にいた。
彼がオレにコンタクトをとってくれて、オレたちは友達になって、そして、運命的な対面を果たした。
そして彼がオレを好きになった。オレも彼が好きになった。
全部うまくいってたじゃないか。それなのに、どうして。

好きになるほど自信がなくなる。辛くなる。彼の目に映る全てが憎らしいと思うほど、狂ってしまいそうになる。彼がいないとだめだ。

オレをひっぱり上げてくれるヒーロー。
救ってくれるヒーロー。
オレを捨てないでよ。見捨てないでよ。帰ってきてよ。
帰ってきて、抱きしめて、もう心配ないって言ってよ。

「トーマス……」

扉は動かない。部屋は静かで、電話も来ない。

仕事をしなきゃ。
寝なきゃ。
休まなきゃ。
トーマスのことなんて考えてる余裕ないんだ。

エナジードリンクを飲んで、タバコを吸って……あ、もうないんだった。仕方ないから酒を飲んで。
あんなに忙しかったのに、少なくとも翻訳の仕事は着実に清算済みになっている。

うまくいってる。
仕事さえうまくいっていればいい。



死にたい。
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