72 / 187
10章 待ち惚け王子
6
しおりを挟む
次の週のよく晴れた日、パルフェはオープンした。
最初はガラガラだったのだけれど、なんとロジャーさんが早速買いに来てくれて、トランケに定期的にパンを卸す契約をしてくれたのだそうだ。
で、トランケでパンを食べたお客さんがロジャーさんから仕入れ先を聞いて、パンを買いに来てくれて。
口コミで、徐々に売り上げを伸ばしていった。
私が作ったクッキーはどうなったかと言うと、作れる時にたくさん作って、パルフェに持っていっている。
毎日置けるわけではないため、運がよければ買えるラッキーアイテムとして人気があるそうだ。
店主であるアーサーは、クッキーの売り上げをそのまま私に渡してくれた。
クッキーを店頭に並べて売れ残った日はないそうなので、作れば作っただけ私のお小遣いとなっている。
がんばれば、自分で服が買える日は近い!
ギルバート様の刺繍も、2枚ほど完成した。
できれば夜会前までにもう1枚作り終えたい。
刺繍も完成までの目処が立ったので、今日はクッキーを大量に焼いた。
と、言っても趣味の範囲にしては大量と言うだけで、店頭に並べてしまえば10袋くらいだけど。
「ジュディ、じゃあ行ってくるわね」
今日のお留守番はジュディだ。
「はい。姫様。お気をつけて」
「あ、もしギルバート様がいらっしゃったら戸棚のクッキーは全部差し上げてね。ギルバート様の分だから」
「かしこまりました。最近、ギルバート様はクッキーが食べられないって文句言ってましたもんね」
最近はギルバート様は私がいなくても離宮でお茶を飲んでいく。
ジュディはギルバート様の良い話し相手になっているようだ。
服をボナールから持ってきたシンプルな紺のワンピースに着替えて、バスケットにたくさんのクッキーを入れて、私はパルフェに向かう。
乗り合い馬車を降りて、パルフェに向かう途中でロジャーさんに会った。
「ロジャーさん、こんにちは」
「おおー、ロッテさん。こんにちは。ちょうど昨日の営業でパンがなくなったから、昼の分をもらいにパルフェに行ってきたところなんだ」
「まあ、いつもご贔屓にありがとうございます」
私は営業スマイルでロジャーさんに挨拶する。
「そういえば、ライとの約束は明日だっけ?ライが楽しみにしてたよ」
あ、そういえば2週間後に町に来ますと約束したっけ。
「はい。私も楽しみにしています」
ロジャーさんはそれを聞くと、パンを持ってトランケの方に急いで帰って行った。
パルフェに着くと、お昼時なのもあって、お店は繁盛していた。
パンのレジに人が何人か並んでいて、イートインコーナーにもお客さんが座っている。
レジはマリーが担当していて、イートインに食事を運ぶのはアーサーの役だけど、パンの焼き加減も見ながらだから大変そうだった。
もっと、暇なお店を想像してそのようにしていたので、明らかに人員が足りない。
「こんにちは、アーサー。私、手伝うわね」
「ひ、ロッテ。いや、そんなことをさせる訳には…」
「だって、忙しいでしょう?あまり役に立たないかもしれないけど、少しだけ。ね?」
私はアーサーにそう言い、マリーにも声を掛けてから、売り場の隅にバスケットからクッキーを取り出して並べた。
一度、奥に入って白いエプロンを借りて身に着ける。
「アーサー、今日のスープは何?」
アーサーが厨房から顔を覗かせる。
「今日はシチュー。紅茶はダージリンとアイスのアールグレイだけにしてる」
イートインコーナーは、お店で売っているパンを買って、その場で食べるものだ。
サンドイッチや具材の入ったパンがあるので、それをレジで買って、飲み物が欲しければレジで食券を買って、アーサーに渡すのだ。
アーサーは飲み物を用意してテーブルに持っていくだけのつもりだったのだが、ジュディが暖かいスープくらいはあった方がいいと言うので、日替わりでコンソメスープやシチュー、ミネストローネなども出している。
スープを飲みたい人は、飲み物と同じようにレジで食券を買う。
これがまた城で食事を作った経験のあるマリー作なので、大変好評らしく、あっという間に完売するそうだ。
厨房前の注文台には食券が溜まっている。
シチューが2つにホットの紅茶が4つね。
先に注文してくれているシチュー2つと紅茶2つをトレーに乗せる。
…ただ置くだけじゃだめよね?
お城で舞踏会をやった時に、メイドはどうやっていたかしら?
舞踏会に参加したことも数えるほどしかないので、うっすらとした記憶をたよりにテーブルに向かう。
「失礼します。お待たせいたしました」
背筋をピンと伸ばし、軽く腰を曲げてテーブルにシチューと紅茶を置く。
パンだけじゃ足りなくてシチューを頼んだのは、髭のある恰幅のいいおじさんと、多分その息子(若い方はスマートだけど、顔がソックリ!)だった。
そのお客さんの顔を見てにっこり笑うと、お客さんは私の顔をぽーっと見ていた。
何かおかしかったかしら…。
不思議に思いながらも、次の紅茶を入れに厨房へ戻る。
次の2人は可愛らしい女の子2人。
サンドイッチとクリームをつけて食べるパンをテーブルに置いておしゃべりに花を咲かせていた。
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
こちらも私が紅茶を置くと、顔を赤くして私を見ている。
最近、私を見て顔を赤くする人が多いけど、気のせいかしら…。
そのあとも、イートインにシチューや紅茶を運んだり、お客さんにクッキーを勧めてみたりと、人と触れ合うのがすごく楽しかった。
もし、私が町で住むことができたら、絶対にパルフェで働かせてもらおう。
できれば、支店とか任せてもらえたら嬉しい。
最初はガラガラだったのだけれど、なんとロジャーさんが早速買いに来てくれて、トランケに定期的にパンを卸す契約をしてくれたのだそうだ。
で、トランケでパンを食べたお客さんがロジャーさんから仕入れ先を聞いて、パンを買いに来てくれて。
口コミで、徐々に売り上げを伸ばしていった。
私が作ったクッキーはどうなったかと言うと、作れる時にたくさん作って、パルフェに持っていっている。
毎日置けるわけではないため、運がよければ買えるラッキーアイテムとして人気があるそうだ。
店主であるアーサーは、クッキーの売り上げをそのまま私に渡してくれた。
クッキーを店頭に並べて売れ残った日はないそうなので、作れば作っただけ私のお小遣いとなっている。
がんばれば、自分で服が買える日は近い!
ギルバート様の刺繍も、2枚ほど完成した。
できれば夜会前までにもう1枚作り終えたい。
刺繍も完成までの目処が立ったので、今日はクッキーを大量に焼いた。
と、言っても趣味の範囲にしては大量と言うだけで、店頭に並べてしまえば10袋くらいだけど。
「ジュディ、じゃあ行ってくるわね」
今日のお留守番はジュディだ。
「はい。姫様。お気をつけて」
「あ、もしギルバート様がいらっしゃったら戸棚のクッキーは全部差し上げてね。ギルバート様の分だから」
「かしこまりました。最近、ギルバート様はクッキーが食べられないって文句言ってましたもんね」
最近はギルバート様は私がいなくても離宮でお茶を飲んでいく。
ジュディはギルバート様の良い話し相手になっているようだ。
服をボナールから持ってきたシンプルな紺のワンピースに着替えて、バスケットにたくさんのクッキーを入れて、私はパルフェに向かう。
乗り合い馬車を降りて、パルフェに向かう途中でロジャーさんに会った。
「ロジャーさん、こんにちは」
「おおー、ロッテさん。こんにちは。ちょうど昨日の営業でパンがなくなったから、昼の分をもらいにパルフェに行ってきたところなんだ」
「まあ、いつもご贔屓にありがとうございます」
私は営業スマイルでロジャーさんに挨拶する。
「そういえば、ライとの約束は明日だっけ?ライが楽しみにしてたよ」
あ、そういえば2週間後に町に来ますと約束したっけ。
「はい。私も楽しみにしています」
ロジャーさんはそれを聞くと、パンを持ってトランケの方に急いで帰って行った。
パルフェに着くと、お昼時なのもあって、お店は繁盛していた。
パンのレジに人が何人か並んでいて、イートインコーナーにもお客さんが座っている。
レジはマリーが担当していて、イートインに食事を運ぶのはアーサーの役だけど、パンの焼き加減も見ながらだから大変そうだった。
もっと、暇なお店を想像してそのようにしていたので、明らかに人員が足りない。
「こんにちは、アーサー。私、手伝うわね」
「ひ、ロッテ。いや、そんなことをさせる訳には…」
「だって、忙しいでしょう?あまり役に立たないかもしれないけど、少しだけ。ね?」
私はアーサーにそう言い、マリーにも声を掛けてから、売り場の隅にバスケットからクッキーを取り出して並べた。
一度、奥に入って白いエプロンを借りて身に着ける。
「アーサー、今日のスープは何?」
アーサーが厨房から顔を覗かせる。
「今日はシチュー。紅茶はダージリンとアイスのアールグレイだけにしてる」
イートインコーナーは、お店で売っているパンを買って、その場で食べるものだ。
サンドイッチや具材の入ったパンがあるので、それをレジで買って、飲み物が欲しければレジで食券を買って、アーサーに渡すのだ。
アーサーは飲み物を用意してテーブルに持っていくだけのつもりだったのだが、ジュディが暖かいスープくらいはあった方がいいと言うので、日替わりでコンソメスープやシチュー、ミネストローネなども出している。
スープを飲みたい人は、飲み物と同じようにレジで食券を買う。
これがまた城で食事を作った経験のあるマリー作なので、大変好評らしく、あっという間に完売するそうだ。
厨房前の注文台には食券が溜まっている。
シチューが2つにホットの紅茶が4つね。
先に注文してくれているシチュー2つと紅茶2つをトレーに乗せる。
…ただ置くだけじゃだめよね?
お城で舞踏会をやった時に、メイドはどうやっていたかしら?
舞踏会に参加したことも数えるほどしかないので、うっすらとした記憶をたよりにテーブルに向かう。
「失礼します。お待たせいたしました」
背筋をピンと伸ばし、軽く腰を曲げてテーブルにシチューと紅茶を置く。
パンだけじゃ足りなくてシチューを頼んだのは、髭のある恰幅のいいおじさんと、多分その息子(若い方はスマートだけど、顔がソックリ!)だった。
そのお客さんの顔を見てにっこり笑うと、お客さんは私の顔をぽーっと見ていた。
何かおかしかったかしら…。
不思議に思いながらも、次の紅茶を入れに厨房へ戻る。
次の2人は可愛らしい女の子2人。
サンドイッチとクリームをつけて食べるパンをテーブルに置いておしゃべりに花を咲かせていた。
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
こちらも私が紅茶を置くと、顔を赤くして私を見ている。
最近、私を見て顔を赤くする人が多いけど、気のせいかしら…。
そのあとも、イートインにシチューや紅茶を運んだり、お客さんにクッキーを勧めてみたりと、人と触れ合うのがすごく楽しかった。
もし、私が町で住むことができたら、絶対にパルフェで働かせてもらおう。
できれば、支店とか任せてもらえたら嬉しい。
21
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
結婚してるのに、屋敷を出たら幸せでした。
恋愛系
恋愛
屋敷が大っ嫌いだったミア。
そして、屋敷から出ると決め
計画を実行したら
皮肉にも失敗しそうになっていた。
そんな時彼に出会い。
王国の陛下を捨てて、村で元気に暮らす!
と、そんな時に聖騎士が来た
【完結】見返りは、当然求めますわ
楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。
この国では、王太子が10歳の時に婚約者が二人選ばれ、そのうちの一人が正妃に、もう一人が側妃に決められるという時代錯誤の古いしきたりがある。その伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかしーー
「私の正妃は、アンナに決めたんだ。だから、これからは君たちに側妃の座を争ってほしい」
微笑ながら見つめ合う王太子と子爵令嬢。
正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。
※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))
働きませんわ。それでも王妃になります
鷹 綾
恋愛
「私は働きませんわ」
そう宣言して、王太子から婚約破棄された公爵令嬢エルフィーナ。
社交もしない。慈善もしない。政務にも口を出さない。
“怠け者令嬢”と陰で囁かれる彼女を、王太子アレクシスは「王妃に相応しくない」と切り捨てた。
――だが彼は知らなかった。
彼女が動かないからこそ、王家は自力で立つことを覚えたのだということを。
エルフィーナは何もしない。
ただ保証を更新せず、支援を継続せず、静かに席を外すだけ。
その結果――
王家は自らの足で立つことを強いられ、王太子は“誰の力にも頼らない王”へと変わっていく。
やがて外圧が王国を揺らしたとき、彼は気づく。
支配でも依存でもなく、並んで立てる存在が誰だったのかを。
「君と並びたい」
差し出されたのは、甘い救済ではない。
対等という選択。
それでも彼女の答えは変わらない。
「私は働きませんわ」
働かない。
支配しない。
けれど、逃げもしない。
これは――
働かないまま王妃になる、公爵令嬢の静かなざまあ恋愛譚。
優雅で、合理的で、そしてどこまでも強い。
“何もしない”という最強の選択が、王国を変えていく。
死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」
千紫万紅
恋愛
次期女王として王位継承が内定していたフランツェスカ。
だが戦況の悪化を理由に父王に争いの最前線に送られた。
それから一年、命からがら王都へ戻った彼女を待っていたのは労いの言葉ではなく、敵国・シュヴァルツヴァルトの王太子への輿入れ命令。
しかも父王は病弱な異母妹アリーシアを王妃に据え、フランツェスカの婚約者レナードを王にするという。
怒りと絶望の中フランツェスカはかつて敵将であったシュヴァルツヴァルト王太子・フリードのもとへお飾りの妻として嫁ぐことを決意する。
戦地での過去を封じ、王族としての最後の務めを果たすために。
【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜
ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。
しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。
生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。
それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。
幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。
「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」
初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。
そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。
これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。
これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。
☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆
婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!
山田 バルス
恋愛
この屋敷は、わたしの居場所じゃない。
薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。
かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。
「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」
「ごめんなさい、すぐに……」
「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」
「……すみません」
トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。
この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。
彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。
「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」
「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」
「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」
三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。
夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。
それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。
「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」
声が震える。けれど、涙は流さなかった。
屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。
だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。
いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。
そう、小さく、けれど確かに誓った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる