真事の怪談 ~妖魅砂時計~

松岡真事

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#081 『ワープ&ループ』

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 私事になるが、〝実話怪談の取材〟というものは非常に困難なものである。

 何が?人から話を聞いて、それをそのまま書けばいいから楽じゃん、と思われるかも知れないが、まず 実話怪談というのは、「聞いた時点では秩序立った話になっていない」という点を知っておいて頂きたい。

 よっぽど話上手な方とか、話術を職業にされておられる方ならともかく。自分の身に起きた体験を論理の通った言葉にするというのは、実は予想以上に難しいことなのである。
 しかも、怪談というのは〝自分自身でもよくわからない、または思い出したくもない、とても不思議で怖い過去話〟であることが大前提。それを淀みなく、すらすらとトーク出来る方が居るとするなら、その方自身にきっと実話怪談作家の才能がおありなのだろうと思う。

 体験談の多くは、途中までストーリーの形になっているものの、

「あれ、ちょっと待って下さい」
「そうそう。今話したことの前に、こんなことがあったんだった。よくわからないけど、それも関連してるかも知れない」
「そんでもって・・・アー、あれは何時の事だっけ・・・やばい、思い出せない」
「ちょっと待って下さい。あれ、おかしいな・・・私の思ってたことと違う・・・?」

 こういう風に、途中で記憶が混乱をきたす。
 というか、人ひとりの記憶のボリュームというのは膨大なのであって、その中から怪談に関する事柄のみをチョイスしてお話として組み立てる、という作業は 予想以上に難しく、厄介なものなのである。

 自分が嘘をついていて、だから今、そのボロが出て支離滅裂となっている―― そう思われているのではなかろうかと心配して、更にしどろもどろになってしまう方も居られるが、大丈夫。それが人として当たり前なのであって、逆に本当のことを言おうとしていることの証明にもなっている。私はこういう人の体験談を尊重し、重要視する。

 それほど、体験怪談を人に語ることは難しい。たとえ、それが文字数にして1000字あまりの話であっても、「ちょっと待って」「あれ、何だったっけ」は付き物なのである。


 では。「淀みなく自分の恐怖体験を話す人」が、どんな話を語られるかというと――


  ※   ※   ※   ※

 2005年、9月8日、夜11時過ぎのこと。
 当時大学生だった澁川しぶかわさんは、下宿先のアパートで「そろそろ寝るか」と布団の中に潜り込んだ直後、全身がピキーン!と硬直して動かなくなった。

(え、何コレ!うっそ、え、まじ?!!)

 本当に手の指一本、動かせない。瞼すら持ち上がらない。
 〝視界を封じられるタイプの金縛り〟である。

 ああ、これが金縛りか。ていうか、金縛りって疲れすぎで起こる現象なんだよな。ヘンだなぁ、俺、別に運動部とかじゃねーから元気バリバリよ?
 ――と、暢気に思っているうち、自分の寝床のまわりをグルリと囲むように、何者かの気配のようなものを感じ始めた。

 不思議なことに。目が見えないにも関わらず、〝坊主頭のたくさんの裸の男達が布団の周囲に正座をし、自分を睨み付けている〟というイメージが脳裏から離れない。

 わぁ、気持ち悪ぃ!!早く解けろ、金縛り解けろー!

 澁川さんは、強く念じた。脂汗が顔からタラタラと流れ落ちるのだけは、感触でしっかりわかった。

 と。程なくして、〝坊主頭の裸の男達〟の気配が消えた。
 あぁ、良かった。安堵する澁川さん。
 だが、奇妙なことに身体はまだ動かない。

(まぁいいや。坊主は居なくなったんだし)

 そう思って気を抜いた瞬間、眠りに落ちてしまった。


  ※   ※   ※   ※

 翌朝、目覚まし時計の音でハッと飛び起きた。

 反射的に部屋の中を見回すが、何も怪しいものは見当たらない。

(はぁぁ・・・ あれって夢?怪奇現象? とにかく助かった・・・)

 こういうことってあるんだな、人生勉強だったと思うことにしよう―― そう考えて頭のスイッチを切り替え、ゼミの用意を調えるついでに習慣的にテレビをつけた。

 日曜朝のアニメが映った。

「ん?!!」

 おかしい。
 澁川さんが金縛りに遭った昨日、つまり8日は木曜日だった。つまり今日は9日、金曜日でなければおかしい。
 再放送か何かか。そう思ってチャンネルを換えてみる。
 が、何処でもやっているのは日曜日の番組。
 ――胸騒ぎをおぼえ、携帯電話を確認した。
 今日の日付を見る。

「・・・そんなバカな」

 9月11日。

「3日、経ってる」

 愕然としたという。


  ※   ※   ※   ※

 最初、澁川さんは「あの金縛りの後、自分は3日間も眠り続けてしまったのだ」と考えたそうである。なるほど、誰でもそんな状況に陥れば、まず妥当にそう考えるだろう。
 しかし。現状を整理しようと友人らに電話をして確かめているうち、どうもそうでないらしいことが明らかになっていった。

『は?何言ってるの澁川。お前、ずっとゼミに出てたじゃん』
「え、そう・・・だったっけ?」
『おいおいしっかりしろよ?俺とダベったりもしたじゃないの』

 何と、澁川さんが覚えていないだけで、彼は空白の3日間、大学にも出たし友達と話もしたし、何ら普通と変わらない様子だったという。

『疑うなら、ノート見てみろよ。お前、しっかり書き込んでたぞ』

 ある友人から指摘されたので、言われたとおりノートを見てみれば、なるほど取った覚えのない記述がしっかりと自分の筆跡で書き込まれている。

(記憶が飛んでるんだ・・・まじかよ・・・)

 脳の病気を真っ先に疑ったらしい。
 その日は何もやる気が起きず、夕方近くまで 布団の中で過ごした。

 明日――月曜になったら医者に行かなくちゃならないのかな・・・?
 やだな。入院とかなるかな。手術が必要とか言われるかも。親に迷惑もかけるな。ああ、行きたくねぇ。病院、行きたくねぇ。でも行かなくちゃ。今の俺、きっと普通じゃねぇもん・・・・・・

 そんなことをウダウダと考えているうち、睡魔が襲ってきた。
 窓からは夕焼けが差し込んでいる。
 時刻は、午後6時過ぎ。
 もういいや。寝ちまうか・・・ と瞼を閉じた瞬間、


 ピキーンときた。
 身体が、ピクリとも動かない。


 あっ、と思う間もなく、再び脳裏に不気味な〝裸の正座した坊主ども〟のイメージ。

(また来やがった・・・!!)

 やめろ、やめてくれ、消えてくれ!! 一度目の時より、切実に、悲痛に念じた。



 ――やがて、また気配は消えた。
 ――ああ、良かった。澁川さんは安堵した。


 意識が遠退いていった。


  ※   ※   ※   ※

 目が覚めた。

 まだ、外は薄暗い。

 時計を見てみると、午前5時20分過ぎ。

(はぁ・・・ また遭っちまった・・・)

 厭な予感がした。
 また数日くらい 記憶が飛んでいるのではないだろうか。
 もしそうだったら、重症である。真面目に病院へ行かなければならない。
 携帯電話で日付を確認した。


 再び、言葉を無くした。


「・・・何で?」


 9月9日だった。


  ※   ※   ※   ※

 結論を言うと、澁川さんは病院へは行かなかった。

 記憶が〝飛ぶ〟ならまだしも、〝空白の時間へ戻る〟というのは どうも医学の範疇を超えているのではないか、と思ったのである。

 ノートを見れば、あの『取った覚えのない記述』は消えていたし―― 一方その日のゼミで教授が喋った内容は、まさしく くだんの『取った覚えのない記述』そのものであった。

 澁川さんは、つとめて口を噤み、平静を装った。

 正直に自分の身に起こったことを他人に話して、変な目で見られることを恐れたのである。
 もし、彼が11日に目を覚ました時、ニュース番組などを入念にチェックして未来に起こることをしっかり覚えた上で9日に戻って来れたならば、「こいつマジでタイムスリップしたのか?!」と周囲に信憑性を持って信じてもらえたかも知れない。
 しかし現実はと言えば、一日中布団の中でテレビすら見ずにウジウジしていただけ。
 ――


「本当に、何か記憶の混乱する病気とかだったのかも知れないですけどね」

 取材時。澁川さん本人は、自虐気味な笑みを漏らしながらそう仰った。

 再び迎えた11日の夜。また坊主頭の男達のイメージに襲われて9日まで戻されてしまうのではなかろうかと真剣に恐ろしかったというが、幸いなことにそれ以上奇怪な事は起きず、翌日は無事、12日の月曜日に目覚めることが出来たという。

 それから何事も無く日々は過ぎ、大学を卒業。就職。現在に至るまで、澁川さんに再度の金縛りは降りかかっていない。

「と・・・いうわけです。これで私の話は終わりですけど、何か質問とかありますか?松岡さん」


 ――随分、語りがお達者ですねぇ。 間髪入れず、私は彼に そうツッコんだ。

 前にも書いたように、澁川さんはこの時事系列的に複雑な体験談を、びっくりするほど理路整然と語ってくれたのである。それが私には、何とも不自然に思われたのだ。

 既にこの時、♯49『〝日の目を見なかったもの〟達の話』のDさんから架空の怪談を聞かされた後だった為、そこのところに私はとても、過敏になっていたわけである。

 だが。

「ははは、私が作り話をしたと思っておられます?」

 澁川さんは、そんな私の不躾なリアクションを朗らかに笑い飛ばした。
 そして。こういう事もあろうかと―― と言った風情で、傍らのバッグから一冊のノートを取り出し、私に手渡される。

 どうぞ、と言われたので開いてみた。


「・・・・・・・・・うわ、これは・・・・・・」


 目を見張った。

 そこには几帳面な文字でビッシリ、何やら論文のような文章が書き連ねてあったのだ。

【考察・・・何故、あの時だけ このような現象が起こったか?】
【裸の坊主達は何者だったのか?】
【科学的なことなのか?心霊的なことなのか?】
【日付からの発想・・・9・11テロとの関係は?その呪い?何故自分が?】
【記憶の混乱の可能性?似た症例は無いのか?】
【薬物の副作用の可能性?当時服用していた薬、鼻炎の?】


「・・・私なりに、いろいろ考えてみたんですよ」

 絶句したまま言葉が出ない。

「今まで何度も何度も何度も何度も、あの時に起こった事は心の中で反芻しました―― 昨日起こった事より、あの3日間に起こった事の方がハッキリ思い出せるくらいにね。 それでもって、こうやってノートに書き込んで、原因なんかを思案してもみたんです。それ一冊、まるまる考察ノートですよ ・・・結局、答えは出ませんでしたけど」


 だから私、この話に至っては祝詞みたいにスラスラ語れるんですよ。

 疲れて投げ出すような口調で、澁川さんは話を締めた。


 ――私は、たっぷり3分間ほど 何の言葉を発することも出来ず、ただただ『考察ノート』を捲り読むだけだった。

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