真事の怪談 ~妖魅砂時計~

松岡真事

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#086 『木村のコンテナ』

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 町田さんという男性は、若い頃 某組合に所属していた。

 ある日、小用があって組合の事務所の方へ行った時のこと。
 手続きを済ませて さぁ帰ろうと思った矢先、事務受付のおばさんが「申し訳ございません、申し訳ございません!」と電話の向こうの相手に平謝りしている光景が目に入った。

 何かクレームが来たんだろうな・・・とぼんやり考えていると、おばさんは南原さんというベテランの組合員の方に、押しつけるように受話器を渡した。
 南原さんは、町田さんにとっては大先輩に当たる。組合長の右腕のような人である。

「ああ、そうだったんですか・・・」
「はいはい、以後、このような事が無いように致します」
「ええ、今から参ります。重ね重ねすいません――」

 南原さんまで大謝りだぞ。何があったんだろう? 町田さんが興味の視線で見守っていると、受話器を置いた直後の南原さんとバッチリ目が合ってしまった。

「おー、町田。お前、今からヒマか?」
「え! あ、はぁ。昼までは」
「そうか。そんならちょっと、頼まれてくれないか。丘の上の運動公園って知ってるだろ。そこまでちょっくら車飛ばして、先方からウチのコンテナを受け取って来てくれ」

 コンテナ?と思わず聞き返す。
 何で公園にウチの組合のコンテナがあるのか。
 まず事情を説明して欲しいと訴えたが、「急な用事なんだ」「後で話す」「とりあえず超特急で行ってくれ、向こうは怒ってる」と、困ったような笑顔で捲し立てられた。

 ・・・どうやら ご無体にも、クレームの後始末を押し付けられてしまったらしい。

 大先輩に逆らうことも出来なかったので、渋々、自分の軽トラに乗り込んだ。

 「何を言われてもスイマセンって連発しとけ」と、出掛けに南原さんから〝心のこもったアドバイス〟を受けた。

  ※   ※   ※   ※

 くだんの運動公園までは、10分足らずで到着した。

 南原さんから言われた通り 公園の管理事務所に顔を出してみると、「あー、やっと来てくれたぁ!」と眼鏡をかけた五十がらみの男性から困り切ったような声をかけられた。
 この人が公園の管理人さんらしい。

「どんな経緯があったか知らないですけど。早いとこ、持って行って貰えません?」

 憮然とした風に言われ 管理事務所の裏口に案内されたが、何と果たして、そこには町田さんの組合の名前が入ったコンテナが10個ばかりも積み重ねて置かれていた。
 組合名の下には『木村』という個人名も明記されていたが、知った名では無い。

「まったく。誰がこんな物を、トイレの中になんて置いたんだか・・・」
「えっ、トイレ?!!」
「そうですよ。聞かされてないんですか?公園の入口んとこに小さな公衆トイレがあるでしょ。あそこを埋め尽くすような形で、このコンテナが放置されていたんだ。利用者の方が知らせてくれたんですけど、どうも夜中に侵入して詰め込んだらしくてですね、」

 悪意のある置き方でしたよ、と ジト目で言われた。

「・・・まぁ、組合の人の仕業ではないでしょうけどね。悪質なイタズラだ。これからはコンテナの管理とかをキチンとやって貰って、同じことが無いよう心がけて頂きたい」

 わけがわからなかった。
 とりあえず南原さんからのアドバイス通り、何度も何度も管理人さんに謝った。コンテナ一式を軽トラに積んだ後は、そそくさと逃げるように公園を出たという。

  ※   ※   ※   ※

「おお、ご苦労、ご苦労」

 組合に帰ると、南原さんが缶コーヒーを手渡してくれた。
 怒られたか?と訊かれたので、「かなり」と答えた。

「それで・・・ええと。木村って誰ですか。ウチにはこんな名前の組合員、居ませんよね」

 例のコンテナを下ろしながらそう尋ねると、南原さんの機嫌が露骨に悪くなった。
 もういいじゃないか、ご苦労さん・・・ 面倒そうに言われる。
 釈然としなかったので、何度も尋ね返した。
 その度に南原さんは話を濁そうとされたが、こちらがまったく食い下がらないのに根負けしたのか、「お前さんもここで働いてそこそこになるしな」と苦笑いし、

「木村ってのは、昔 ここで働いてた男だよ」

 今は死んじゃったけどな。

 ――あっけらかんと言われた。

  ※   ※   ※   ※

 南原さんから聞いた話を総合すると、このコンテナは ずっと以前(昭和の終わり頃らしい)に組合に所属していた木村という男の持ち物だったそうだ。

 とにかく素行の悪い人間で、酒が入るとそれに磨きがかかる。特に女癖は最悪で、出禁の店は数知れずだったというから筋金入りである。

 当然 組合の中でも後ろ指を差されてはいたが、遊び慣れしているせいか人を誑すことが上手く、誰かが指摘しようとしてもスルリと逃れ、ぬらりくらりと誤魔化してしまう。
 更に、むしろ人より仕事は出来る人間だったことも災いした。誰も決定的に木村を排撃することが出来ないうち、どんどん古株になって更に弾き出すことが難しくなっていく。
 摘出困難な癌みたいなヤツ、とまで言われていたそうだ。

 が、そんな木村にも年貢の納め時がやって来た。

 何と、とあるスナックに勤めている 当時の組合長の〝オンナ〟に懸想し、それとわかった上で「俺に鞍替えしろ」「お前の方から組合長を袖にしろ」と言い寄ったのである。

 それが、ばれた。

「おい木村・・・ お前 いい加減にしろよ」

 組合長は、鬼のような形相で木村に睨みを利かせた。

「冷や飯食いたいのか?てめぇ、もう目こぼしなんぞ期待すんな!!」

 この代の組合長には、怖いところの知り合いがたくさん居た。
 木村は完全に萎縮し、涙目になって詫びた。
 ああ、これでヤツも少しは大人しくなるだろうな。周囲の人々は、皆 ホッと胸を撫で下ろしたという。

 その数日後、
 木村は自宅の風呂場で手首を切って自殺した。
 何故か台所の流しの上に置かれていた遺書には、組合に対する恨み節が切々と書き綴られていた。


 ――何て女々しい死に様だ・・・・・・

 木村に同情する人間は、一人も居なかったという。


  ※   ※   ※   ※

「・・・・・・ま、それから程なくだ。木村が使っていた組合支給のコンテナが、ごっそり消えちまった。そしてそれが意外なところで発見される――って出来事が、連続して起こったんだァな」

 木村のコンテナが発見された場所は、近所の家の庭だとか、海水浴場の脱衣所だとか、市の図書館の駐車場だとか―― とにかく、げっそりするくらい迷惑な場所ばかりだったという。
 コンテナには当然、組合の名前が入っている為 事務所に怒りの電話が鳴り響く。
 その都度、人をやってコンテナを回収し 倉庫の中に放り込んで置いたが、それが何時の間にかまた 消えてしまうのである。

 そして数日後、または数ヶ月後、再び迷惑な場所で見つかる。

 これは木村の呪いだ、と 組合内で噂されるようになった。
 やることはセコいが、地味に確実に困らせてくるところがまた 木村らしい。
 コンテナを処分してはどうかという提案もあったが、その後 木村はどんなやり方で復讐に出るのだろうという切実な不安もあって、誰も実行には移せなかった。


「・・・前にコンテナが中学校の屋上で見つかってから5年だ。スパンが空いたから、もう木村も諦めて往生したかと思っていたが・・・ぜんぜん、そうじゃなかったらしいな」

 もう燃やしちゃうか。
 ――南原さんはコンテナを軽く蹴飛ばしながら呟いた。

「誰かがやらなきゃならなかったことだ・・・俺がやるよ。生きてる木村を知ってる組合員も少なくなってきたことだし。もうそろそろ、ケリつける時期だ」

 だろ、木村? 南原さんはコンテナに向かって微笑んだ。
 「若い奴らには迷惑かけんから もう帰れ」と言われ、町田さんは事務所を後にした。

 あまりに現実離れしたことを淡々と語られたので、帰路を運転しながらも 頭は軽いパニック状態だったという。


  ※   ※   ※   ※

 それから程なく、町田さんは組合をやめた。

 別にこの一件が原因というわけではなく、一身上の都合が主な理由である。
 兵庫県の神戸市に引っ越し、新生活をスタートさせた。
 その後 まったくそれまでとは関係のない職業に就き、それで成功し、独り立ちした。


 ――きっかり10年後、彼は生まれ故郷に帰って来る。
 そこで事業を立ち上げる為であったが、〝木村のコンテナ〟の一件はずっと町田さんの心の中に燻っていたので、それとなく 暇を縫っては当時の関係者に連絡を取ったりして、コンテナのその後を地道に調査した。


 コンテナは燃やされていたことがわかった。

 結局、運動公園の一件のあとも 木村のコンテナは倉庫の中に押し込まれ、また消失し、今度は半年後に市長宅の裏口に高々と積んである形で発見されたらしい。
 この時、流石に南原さんは腹をくくったのであろう。「俺が全責任をとるから、心配するな!」と息巻いて、事務所近くの砂浜で回収した直後の木村のコンテナにガソリンをぶっかけ、盛大に燃やし尽くしてしまったという。

 やっぱり南原さんは頼りになるな、と関係者一同は感心した。


 それから間もなく、南原さんは亡くなった。
 組合近くの駅で女子高生に痴漢をはたらき、たまたま居合わせた警官に現行犯逮捕された直後、いきなり口から大量の泡を吹いて息を引き取ったそうだ。
 死因は急性心不全とされているが、どうも怪しいらしい。


 木村の呪いは、別の形でまだ続いているかどうか。ひどく気になった町田さんは興信所まで雇って徹底的に調べてみたそうだが、何故か「よくわからない」という結果で、調査料もキャッシュバックされたという。

 
 
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