真事の怪談 ~妖魅砂時計~

松岡真事

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#090 『カマイタチ』

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 上嶋さんが子供の頃。世が平成に入って間もないくらいの出来事だという。

 ある日曜日の夕方 5、6人ばかりの友達と一緒に外で遊んでいた。
 学校のグラウンドで、時間も忘れて「天下」というボールゲームをしていたのだ。
 やがて日が傾きだす。時計を見れば4時50分で、そろそろ帰宅時間だ。
 が、誰も「帰ろう」などとは言わない。場が盛り上がりすぎているのである。

 上嶋さんも、遊びに熱中して時間に気づかぬフリをした。
 もしかして、このメンバーのうち何人かは自分と同じなのかも知れないな、などと思っていた矢先、100mほど離れた百葉箱のあたりの地面に、何か丸っこいものが動いているのを見つけた。

 視力があまりよろしくなかった上嶋さんはジッと睨むように見つめたが、
 それは どう見ても、人間の頭にしか見えない。

(え?!! ・・・・・・いやいやいや、)

 まさかのまさかでしょう、と思っているうちに、その〝頭にしか見えないもの〟はゆっくりした早さで、こちらへ近づいてきた。
 すると奇妙なことに、自分たちと頭との感覚が短くなるにつれ、首、肩、胸、と 人間の身体のパーツが次々に地面から生えるような形で現れ、遂にお腹の部分までがあらわになってしまったのである。

 中肉中背、髪の短い、色黒の大人の男性。
 しかも、真っ裸だ。

 まるで、地底にある 見えない階段を上ってきているかの如き光景。

(おいおいおい、このまま来ると・・・)

 お臍の下のものまで見えちゃうぞ、と上嶋さんは心配になった。
 こんなに不思議な、非現実的なものを目の当たりにしているというのに、彼の注意は何故か「男のお臍の下のものが見えるとイヤ~ン」だという一点に集中してしまったのだという。

 男が、どんどん寄って来る。
 身体の残りの部分が、どんどん地面から生えてくる。

 お臍の下の部分も見えた。


「――え!!」


 そこにはがあった。

 の顔。
 焼けたように爛れて、相貌も確認出来なくなった 痛々しい人の顔。

 その部分だけ、真っ赤な中にテラテラとした質感のオレンジが入り交じったような、何とも形容しがたい色を呈している。

 呆気にとられて棒立ちになってしまった上嶋さんを尻目、〝それ〟はもう足の先まで、全裸の姿を地上に現していた。

 すると、明らかに〝それ〟の歩く速度が上がった。
 スタスタスタスタ、と競歩並みのスピードで向かう先には、上嶋さんのクラスメイトのタケシくんが居る――

(あ、ぶつかる・・・!!)


 と思った瞬間、男が消えた。


 というか、ボールを両手に持って笑顔で頭上に掲げたタケシくんの身体に、吸い込まれるように居なくなってしまった。

 直後、タケシくんが転んだ。

 右足首を手で押さえ、小さく唸り声を上げだした。

「・・・どうしたの?タケちゃん!」
「脚でも攣ったのか??」
「おい、しっかりしろ、タケちゃん!!」

 場の全員が、慌てて駆け寄る。
 そして、スッパリと裂けて黄色い脂肪層までを露わにした傷口を、タケシくんの足首あたりに見つけて絶句してしまった。

 不思議なことに、ほとんど出血はしていない。

「カマイタチだ・・・」

 友達の誰かが言った。
 妖怪の本で見た、という。

「そんなことより、タケちゃん大変だろーが!」
「大人呼んで来い。救急車呼んで来いっ!!」
「学校・・・日曜だから誰もいないし・・・」
「俺の叔父さん家が近いよ!ちょっと行って来る!」

 騒然となった。
 上嶋さんは、自身 何度もパニックに陥りそうになりながら、必死に タケシくんの様子を見守り続けた。
 傷口が熱を持つのか、タケシくんはほっぺを真っ赤にして あらぬ方向を見つめながら「熱い、熱い」と繰り返し呟いていた。

  ※   ※   ※   ※

 ――結果。救急車こそ呼ばれなかったものの、タケシくんは 子供たちの知らせを受けた近所の方の車で 最寄りの病院まで運ばれて行った。

 病院の先生も その裂傷の深さにビックリ仰天したそうだが、何針も縫う大掛かりな処置だったわりに傷口の治りは異様に早く、一週間も経つ頃にはもう タケシくんはふつうに歩けるまでに回復していた。

「自分でも、どうしていきなりこんな傷が出来たかわからない」
「あの時、不意に足首に焼けるような熱さを感じてスッ転んで、慌てて確認してみたらもう 足が裂けていた」
「痛いというより、すごく熱かった。切れた足が火傷したかと思った」

 タケシくんは、首を捻りながらも 自身に起きたことを以上のように語ったという。

「それはきっと、カマイタチの仕業だぜ!!」
「3匹で一組のイタチの妖怪で、通り魔みたいに人間を襲って傷を残すんだ」
「でも、その正体はつむじ風だって説もあるけどな」

 にわか仕込みの妖怪知識で理論武装した子供たちは、「こういうことって本当にあるんだなぁ」と感心し合い、「とにかくタケちゃんが無事に治って良かった」と笑い合った。

 誰も、あの〝二つ顔を持つ男〟を目撃した者は居ないらしかった。



 ――イタチとか つむじ風、じゃないですよ、流石にアレは・・・

 もっと悪意のあるモノです。 困ったような微笑を漏らし、上嶋さんは私に言った。

「だって、タケちゃんにぶつかる直前のアイツの〝上の顔〟の目―― まるで人体模型みたいでしたもの・・・」


 タケシくんの足首の傷跡は、小学校を卒業する頃には綺麗さっぱり消えていたという。

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