真事の怪談 ~妖魅砂時計~

松岡真事

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#092 『罠はずし』

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 岡山で猟友会に長く所属していた時田さんという御高齢の方と、奇遇にもお話を交わす機会に恵まれた。
 私はこういう性分なもので、直ぐに話題は「山の怪談をご存じではないですか?」という流れになってしまったのだが、「ナーニ、山だけに山ほどあるさ」と駄洒落まじりに軽く笑われ、幾つか興味深いお話を伺った。

「面白いもんだ。変なものに逢うヤツはとことん逢うんだが、逢わないヤツは何十年山に入ってても ぜんぜん逢わない。かと思えば、山に入って20年目に変なものを見て、その後 しょっちゅう見るようになったヤツも居る。まぁ、人それぞれね。いろいろだね」

 これは、その時伺った話のひとつである。

 とにかく独特なリズムの軽快な会話が楽しいお方で、80過ぎという高齢が疑わしくなるほどエネルギッシュな魅力に満ちておられたのが印象的だった。今は亡き高齢の語り部・徳三爺さん(本作♯008『竹とんぼ』の怪談提供者)に似ておられるところもあり、初対面なのにひどく懐かしい雰囲気の中で、お話を楽しませて頂いた。
 
 今回は、そんな時田さんのキャラクターに敬意を表し、対話形式でこの話を記すことにさせて頂く。

 厳密に言えば山中での怪談というわけではないが、そこはご愛敬である。


  ※   ※   ※   ※

 ――では。失礼ですが、時田さん。何か怖い話をご存じだということで・・・

「・・・怖い話、かね。 まぁ、猟師が臆病モンだとやっていけんさね。だから、まぁ普通の人よりかァ肝は据わってるつもりだけども・・・あん時ゃ流石に、怖かったかな」
「妙なモン見たのさ。山でなくて。麓の畑で、だけどね」
「そん時の話でいい? 奇特なこったね。変わってるねアンタ。奥さんいるの? え、まだ? やっぱり。 ひゃっひゃっひゃ!」
「まぁ・・・そうだな。ありゃあ ヒデんトコの嫁御が双子産んだ年だったから、10年くらい前だァな」

 ――10年・・・すると、時田さんは70歳くらいですね。

「おぅ。そうなるな。オレ、まだ若かったから。夜のスナックで、ねーちゃんとブイブイ言わせてた頃だよ。懐かしいよ。ひゃっひゃっひゃ!」
「・・・えーと、兄ちゃん。ところで少し話が飛ぶが、〝罠〟に免許あるの、知ってるか?」

 ――ワナ?トラップのことですか?

「まぁ外人が言えばトラップだな。トラックじゃねぇよ、トラップだよ。で、罠ね。わな、わな、わな。縄じゃねぇよ、ひゃっひゃっひゃ!」
「ウン、そうなの。猟師もね、鉄砲でバーンとやるだけが能じゃ無いわけ。効率的にやりたいヤツは、罠とか仕掛けるわけよ。でも、その罠を作って仕掛けるのにも、免許が要るんだわな。それがないと、違反。逮捕。死刑」

 ――死刑には流石にならないでしょ。

「ひゃっひゃっひゃ!まぁ死刑にゃならんな。で、オレもその免許は持ってる。オレの周りには けっこう持ってるヤツが多かったんだ。農家とかもね、イノシシに手を焼いとったから、ソレを捕る罠をよく仕掛けておったんさな」

 ――なるほど。その罠というのは、どうやって仕掛けるんです?自作するんですか?

「ああ、オレは自分で作ってたよ。師匠って呼んでた人から受け継いだんだ。獲物の脚に引っかけて、動きを絡め取るモンね」
「材料はホームセンターで買ってたな。丈夫なワイヤーとかさ。オレが引退するちょっと前までは〇〇〇〇(注:某有名ディスカウントチェーン店)が良かったね。あすこは安かった。うん、安かった」
「えーと・・・まだ罠について聞きたいことある?」

 ――いえ、あの、罠じゃなくて怪談の方を・・・

「あ、そっか。そうだったねぇ。ひゃっひゃっひゃ!」
「・・・えーと、どういう話してたっけ?」

 ――ヒデさんて方のお嫁さんが双子を産んだ年。

「ああ、10年前ね。あの頃はまだオレもスナックでブイブイ言わせててよぉ――」

「・・・で、ある日のコトな。そのスナックで、近所の農家の知り合いとバッタリ会っちゃったの。オレより干支が一回り下の、ゲンちゃんっていうヤツなんだけどね。元気がないの、そいつ。しょんぼりして、ちびちび飲んでるの。焼酎を」
「いったいどうしたんだって言ったら、どうしたもこうしたもない、イノシシがひでぇんだって言う。畑荒らされてオマンマ食い上げだって言う」

 ――イノシシ、ですか。

「そう、イノシシ。でも、ゲンちゃんはさっき言った罠の免許持ってて、メチャクチャ上手く仕掛けるヤツだったんだワ。体格も良かったから、自作の槍で罠にかかったイノシシ突ッ殺して、食べたり売ったりしてたワケ」

「だもんで。『ゲンちゃんよ、おめぇオレより早く耄碌もうろくしてんじゃねぇよ、罠の腕が鈍ったんじゃねぇか』って訊くと、『そうかも知れん、だって罠がことごとく 外されちゃうんだ』って、涙目なんだワ」

 ――外す?ひどい。誰かのいたずらですか?

「誰かの、って・・・そういう場合、ふつうイノシシだよ。イノシシは、罠が仕掛けられてるのを鼻で探り当てるんだ。そんで、見つけたら掘り出しちゃうの。危ないから」

 ――ほう。イノシシって、そんなに利口なのですか?

「利口者よォ。利口でない獣はおらんよ。生きて行かなくちゃならないもの。人間様と知恵比べするくらいアタマが良くないと、山じゃ生きていけないもの。まぁ、昨日今日猟師になったヤツが作って仕掛けた罠なんて、一発で見抜いて解除しちまうね。えらいもんだね」

「・・・だけど、オレ、解せなかったね。その、農家のゲンちゃんね、猟師以上に罠を仕掛けるのが上手かったんだもの。罠の金属臭を完璧に取る技術とか、捕るイノシシの身の丈に合わせて罠を工夫するやり方なんかが神業的でさ」

「そいつの罠がことごとく外されちゃうんだから、どんな年とった狡いイノシシが居るんだろうって。そんなの本当に居るんだろうか、って」

 ――年をとるごとに賢くなるのですか?イノシシは。

「なるね。もとから神経質で鼻の利く生き物だけど、かてて加えて知恵がついてくる。だいたい山のイノシシの寿命は10歳くらいだけど、栄養状態が良かったらそれより長生きするし、そういう老兵は大概、ナリもでかいからな」

 ――つまり、年取ったイノシシは知恵がある上にパワーも強いということですね?

「そう。そういうヤツに、ゲンちゃんの畑は目ェ付けられたと思ったんだ」
「ゲンちゃん本人も、そう思っとった。あんまり悄気しょげてたから、その日はオレのおごりで一緒に飲んだ。ゲンちゃん、何度もありがとう ありがとうってサ。『なんとか罠を工夫してみる』『夜回りもしてみることにする』ってな。ちょっとは、励ましてやれたかなぁと思ったよ」

 ――お優しいのですね。

「え?へっへっへ。そりゃそうよ。男にゃ侠気ってモンがないといけねぇや。人間、持ちつ持たれつだもの」
「で、オレもその日から、スナックの帰りにはゲンちゃんの畑の辺りをブラッと見回って帰ることに決めたんだ。ゲンちゃん家の畑ぁ、麓から近い場所にあってよ。昔からイノシシに目ェ付けられやすいトコだった」
「まぁ、飲んだ帰りなんで猟銃なんざ持ってねぇし。そもそも夜中は鉄砲ぶっ放しちゃいけない決まりになってたんだけどね。でもイノシシって、意外と臆病なの。子連れで気が立ってでもいない限り、人間が近づくとビックリして逃げちゃうんさな」
「だから、酔った年寄りでもパトロールくらいの役には立てるんじゃねぇかと。そう思ったのね、実際」


  ※   ※   ※   ※

「そんで、一月くらい経ってからかなぁ」
「オレ、やっぱスナック行って、その帰り。夜中の12時くらいね。ゲンちゃんの畑に寄って、イノシシぁ居ねぇかぁ~って。見回りしてたのよ」


「そしたら、畑の端に、何か蹲っているのを見つけたんだ」


「アレ、くだんのイノシシか?って思ったら・・・ 違うのね」
「人だったの」

「オレ、夜目が利くから直ぐにわかった。でも、流石に顔は見えない」
「ずーっと近づいて行って、『あんた誰だ!』って言ってね。携帯電話の光で、照らしてやったよ」


「・・・そしたら 驚いたね」


 ――誰だったんですか??


「ゲンちゃん」


 ――え?!!

「畑の近くに蹲ってたのは、寝間着姿のゲンちゃん本人だったんだ」
「手元を見てみれば、何と自分の仕掛けた罠を、自分で掘り出してやがる」
「素手で。ものすごい力で、土、掘り返してサ」
「オレ、呆気にとられちゃった。こいつ何やってんだって思った」


「意味わかんねぇけど。何か尋常じゃねぇってことはビンビンだわな」

「ゲンちゃん、おめぇ何やってんだ!って。近くで顔を照らした」

「そしたら、オレ、ゾーッとなっちゃった」

「ゲンちゃんの顔―― 不自然なくらい、でっかかったの」


 ――顔が でかい??


「そう。ふつうの人の、2倍チョイくらいあったんじゃねぇか」

「膨らんでるみたいなの」

「まるで・・・そう。イノシシだわな。イノシシって、不格好なくらい 顔がでかい獣だよ」

「それなのよ」

「身体とアタマの・・・バランスっていうの?それが、まるで、イノシシみたいな感じなのよな」


 ――・・・・・・・・・


「イノシシみたいな でっかい顔のゲンちゃんは、オレをしばらく、じぃっと見てたよ」

「そして、しばらくして、〝ホ――――ッ!!〟・・・ってすげぇ声で叫んだ」

「叫びながら、風みてぇな速さで、山の方へ走って逃げてった」

「・・・・・・・・・・・・すごかったよォ」

「目ン玉、真っ赤っかに充血させてひん剥いて、歯ァ立てるように唇噛んでたな。何とも言えない表情だったな。イヤ、怖かった。あんな怖いツラったら、無かった」

「まともな人間のツラじゃぁなかった・・・」


  ※   ※   ※   ※

「ゲンちゃん? ああ。まだ元気だよ。生きてる、生きてる」

「その事件からしばらく経ってよ・・・あんまり気になったから、家を訪ねてみたんだ」

「そしたら、嘘みたいに元気になっててね。何でも、ある日を境にして、罠が掘り起こされることが無くなったみてぇなんだって言う」

「それが・・・ どうも・・・ オレが、アタマのでかいゲンちゃんを見た日の夜みたいなんだけど・・・まぁ、ハッキリしねぇんだけど・・・ そうらしいのヨ」


 ――それは、不思議なお話ですね。
 ――時田さんは、その、頭の大きなゲンさんを見たことで、何か変わったことはありませんでしたか?


「いや、特に。気色悪かっただけ」

「・・・でもね。オレ思ったよ。 ゲンちゃんは イノシシを殺しすぎたのかも知れん。オレ達猟友会の仲間は、年に一回、山の神さんに「獲物を分けて頂いてありがとうございます」って感謝する行事をやるんだけど、ゲンちゃんは猟銃も持って無かったもんだから、むろんソレにゃ参加してなかったものな」

「やっぱりさ。山の生き物を殺すんだからさ。〝山のお大尽様〟は敬わないとダメだよ。そうしないと、山から〝使い〟を出されちゃうよ。きっとありゃ、長年ゲンちゃんがイノシシを無断で殺し続けたことに腹を立てたお大尽様が、〝使い〟を出して懲らしめたんだな」

「何で、オレに見られただけで来なくなったかはわかんねぇけどヨォ」

「・・・何か、〝お前がどうにかしろ〟って言われてるようで、怖かったね・・・」

「心底ね・・・ ひゃっひゃっひゃ・・・」


  ※   ※   ※   ※

 それから程なくして、時田さんは自分が見たことのすべてを猟友会の仲間とゲンさんに打ち明け、これからは山の神様に感謝の意を示す行事にゲンさんを参加させてはどうか、と提案した。
 彼の気さくな人柄もあって、誰も反対する者は居なかった。ゲンさん本人も、「謹んで参加させて頂きたい」と皆に頭を下げられたらしい。

 以来十年あまり、何もおかしなことは起こらないというが、ゲンさんは罠にかかったイノシシにトドメを刺した後、亡骸の前で3分以上 手を合わせる習慣がついたという。
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