真事の怪談 ~妖魅砂時計~

松岡真事

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#095 『つれてゆくもの ~ふたつ~』

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 カズヤさんのお祖父さんは、20年ほど前に彼がまだ学生だった頃 亡くなった。
 晩年は認知症を発症しておられ、前後の言動が一致しなかったり突拍子も無いことを言いだしたりして、家族を悩ませていらっしゃったという。

「オレが死んだらカズ坊、つれてってやっからな。お前は初孫だもの。可愛い孫だもの」

 縁起でもないことをニコニコ顔で繰り返すので、皆、苦笑を漏らすしかなかった。
 最後は老衰に肺炎をこじらせ、何度も何度もカズヤさんの名を呼びながら儚くなられた。
 86歳だった。



 時は流れ、ついこの間。2018年6月頃の話。
 カズヤさんは、病院で皮膚癌だと宣告された。

「えっ、やっぱり癌なんですか!先生っ」

「はい。いま行ったダーモスコープによる検査の結果、悪性黒色腫・・・いわゆる、メラノーマと呼ばれるホクロ型の癌にほぼ間違いないと診断しました」

 ことの発端は昨日。入浴中に偶然、足の裏に歪な形のホクロのようなものが出来ていたのに気づいて、気になって奥さんに見せたのがはじまりだった。
 あなた、早く病院に行った方がいい。この間 家庭医学のテレビを見てたら、これとそっくりのホクロが出てて、皮膚癌って言ってた・・・と心配そうに奥さんから言われ、たまたま翌日が仕事の休みだったこともあって近所の総合病院で診察を受けてみたのである。

 不幸中の幸い。早期発見だった。

 切除すればほぼ間違いなく完治すると言われながらも、内心鬱々とした気持ちでMRIなどの映像検査を受け、翌日仕事場の上司とも相談して手術の日の段取りをとり付けた。
 工場での立ち仕事がメインだった為、患部を鑑みて術後も少しの間休みを取らなければならず、同僚達に多大な迷惑をかけることとなった。

 お父さん大丈夫!頑張って! ――と励ましてくれる家族らにも、申し訳ない気持ちでいっぱいだったという。


 その日の夜。

 カズヤさんの夢の中に、亡くなったお祖父さんが現れた。

(あっ、祖父ちゃん!懐かしいっ!!)

 穏やかな方だったお祖父さんは、相変わらず今もニコニコと笑っていて、お気に入りだった赤いベスト姿も生前とまったく変わらなかった。
 広く明るい、公園のような場所のベンチに、杖を傍らに携えたまま腰掛けている。当のカズヤさんは、そんなお祖父さんと対峙するように真っ正面に立っていた。

「・・・祖父ちゃん、ひさしぶりだなぁ」
「うんうん、カズ坊。ひさしぶり」

 ああ、死んだ人と話してるなんて。これは夢なんだなぁと悟った瞬間、


「カズ坊。遅くなっちまったけど、つれてってやるぞ」


 全身に悪寒が走った。
 そうだ。祖父ちゃんは死ぬ前、俺をつれてく、つれてくってばっかり言ってた。
 つれてく、って―― もちろん、あの世に、って意味だよな?

 俺、手術、失敗するのか?
 癌が転移しちゃったりするのか?そして、そして、
 そして、祖父ちゃんと一緒に――


「お前は、可愛い孫だもの」


 そう言って、お祖父さんはゆっくりとベンチから立った。
 わぁぁぁぁ・・・!! あまりの恐怖に、カズヤさんの口から絶叫が漏れた。


 と。



「・・・あなた、どうしたの。あなたっ!」

 奥さんに揺り起こされて、カズヤさんは目覚めた。
 枕元の電気スタンドがついており、それが心配そうな奥さんの顔を照らし出している。
 ひどくうなされていたので、心配になって起こしたのだと言われた。
 すまない・・・少しナーバスになってる・・・厭な夢を見た・・・
 そう言いながら、カズヤさんは布団の上にあぐらをかく。
 そして、何気なく、足の裏の患部に目をやってみて、

「えっ?」

 電気スタンドの近くに向き直り、もう一度、よくよく患部を照らし眺める。

「えっ?」

 奥さんも、喉にものがつっかえたような声を出した。

 メラノーマが、消えていた。



 翌日、慌てて病院に行って事情を説明すると、先生は「まさか」と笑い飛ばし、次にきれいになったカズヤさんの足の裏を見、目をカッ開いて絶句された。
 いくらⅠ期になりたての状態だったとはいえ、メラノーマが自然治癒するなんて、しかも一夜のうちにきれいさっぱり無くなってしまうなんてあり得ない―― そう言って、念入りに映像検査をされた。

「き、消えてますね。本当に・・・」

 念のために血液検査もされたが、それでも癌の兆候はまったくナシ。
 信じられないが、完治している。いやむしろ、最初からメラノーマ自体が無かったかのような状態だ・・・ 先生は終始、信じられない信じられないと語尾に付けながら説明された。

「アフターケアも必要ないと思われますが、何かあったら直ぐにお知らせ下さい・・・ まったく信じられない・・・」


 お祖父さんには深く感謝している、とカズヤさんは言う。
 祖父ちゃんがメラノーマをくれたのだ、と。
 あれから20年も経つのに、「可愛い孫」だと褒めてくれて嬉しい、と。

 同時に、一つだけ、改めてお祖父さんに謝りたいことがあるそうだ。

「晩年はカズヤ、カズヤってうるさかったから・・・一度だけキレて、『うるせぇボケ爺ィ!』って怒鳴ったことがあったんです。もし夢でお祖父ちゃんにまた会えたら、そのことを、心から謝りたい」

 目にいっぱい涙を溜めながら、カズヤさんはそう語り終えられた。


  ※   ※   ※   ※

 もう一つのお話は、今から40年あまりも昔の出来事になる。

 当時、三人の男の子を育てる専業主婦として奮闘していた泉さんという女性から伺った。


 ある、うだるような夏の日の昼下がり。

 少し涼しい風が吹いてきたので、泉さんは家事の合間の一休みをすることにした。

 縁側に出て涼んでいると、不意に子供の泣き声のようなものがきこえてくる。

 ・・・何だろう?首を傾げて耳を澄ませてみると、どうやら〝ようなもの〟でなく、本当に小さな子供が泣きじゃくっている声だ。


 うぇぇぇ、うぇぇぇん・・・ いないよぅ、いないよぅ・・・
 ック・・・ うえぇぇぇん・・・どこにもいないよぅぅ・・・


 ・・・外だわ、と思った泉さんは、玄関の方へ回って外へ出てみた。

 グッスグッスと鼻水をしゃくり上げながら、子供泣きの声はまだ続いている。

 何処の子かしら。もしか、迷子ではないのかしら?きょろきょろと玄関口から見回してみるが、それらしき子供の姿など一向に見当たらない。

 しっかと目を凝らし、もう一度周囲をくまなくあらためる。
 すると、

(? あれは何かしら・・・)

 奇妙なものを見つけた。

 家の前の小道に、一部分だけ、やけに高い陽炎が、ゆらゆらと立ち上っているのだ。

 それが、動いている。

 ちょうど子供の背丈くらいの陽炎は、確かに道沿いを左から右へ、移動していた。
 そして、ちょうどそれがゆらゆら存在している方向から、


 うぇぇぇん・・・ ニャンニャが・・・ニャンニャがいないよぉぅ・・・
 どこにいったの? ニャンニャは どこぉぉぉ・・・?


 ――ニャンニャ?猫ちゃんのことなのかしら?

 やけに冷静に泉さんがそんなことを考えていると、ソレはゆっくり家の前を通り過ぎ、やがてクイッと方向を変えると、右向かいのお宅の敷地内へと入って行った。

 そこで、「あっ!たいへん!」――と、はじめて全身に悪寒が走った。

 アレは禍々しいものだ、という直感的なひらめきが頭の中を走り抜け、気がつけば家の中に逃げ込んでいた。

 全身に浮いた鳥肌と寒気は、しばらくとれなかった。



 翌日の朝。

 陽炎が入って行ったお宅の、10歳になる女の子が、真夜中に急死したと知らされた。

 詳しいことはよくわからなかったが、寝ていていきなり高熱を発し、苦しい苦しいと一時間以上もうなされた末、真っ赤な顔で事切れたという。

 泉さんの一番上のお子さんと、同じクラスの子だった。


 ――猫ちゃんの代わりにつれていかれたのかな、と思ったという。
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