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#001 『あなたに会えて』
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一昨年の話。
それはそれは、寝苦しい夏の夜 だったという。
(・・・・・・ちぇっ、眠れねぇ。明日も仕事だってのに・・・・・・)
深夜も一時を過ぎた頃のこと。
その男性は、まんじりともせず過ぎていく時間に軽い苛立ちを感じはじめていた。
(ちょっと、外を散歩でもしてくるか)
気分を変えれば、眠気も湧いてくるかも知れない。
彼は、ぐっすり眠っている奥方や娘さんに気付かれないよう、抜き足差し足でゆっくりゆっくり玄関まで歩みを進め、音を立てないように そっとドアを開けた。
外には、星の一つも出ていない、まったくの闇夜が広がっていた。
空気がぬるい。そして潔いほど暗い。
・・・うん。ちょっと暗すぎるか。
足下が危ないな。散歩は諦めよう。煙草でも一本吸って戻るべ―― 彼はポケットをまさぐった。
瞬間、家の向かいの通りを左から右へ、スーッと白い影のようなものが横切った。
そして消えた。
消えた?え、幽霊?!
急いで玄関を飛び出し、影の消えた地点まで駆け付けると周囲をキョロキョロ見回した。
影の正体は見つからなかった。
しかし。
〝あなたに~会えて~よかった~♪〟
若い女の声で、そんな歌の一節だけが聞こえた。
どこからとも、なく。
――聞き覚えのある歌だ、と思った。
確かに、聞き覚えのある――
※ ※ ※ ※
それをきっかけとして、彼は明らかにおかしくなった。
ジャンルや新旧を問わず、女性ボーカルの入ったCDを山ほど買ってくるようになり、暇を見つけては、ぶっ続けで鑑賞し始めた。
いや。もはや「しらみ潰しに聴きまくった」という表現が正しかった。
「確かに。確かに聞き覚えがあるんだ。あの声、あのメロディー――」
もともと、音楽にはあまり興味のない人だったのに。
突如と沸き上がったその情熱は、異常と言っていいほどのレベルだった。
奥方や娘さんにも、事あるごとに「白い影」の話を繰り返し、その時聞こえた歌のフレーズを口ずさんだ。
「あなたに~会えて~よかった~♪ ってね。どうだ、二人とも。この歌、知らないか?聞き覚えとか、ないか?」
二人とも辟易するほどに、何度も何度も歌ってくれたという。
そのうち仕事でもミスを連発するようになる。
何をしていても、頭の中には、例の歌の一フレーズのことしかなくなってしまうのである。
当然、家庭内もギクシャクしてくる。
夫婦の会話すら まともに成り立たなくなってしまう。
紆余曲折、様々な悲しい出来事が重なって、とうとう離婚と相成った。
奥方と娘さんとの別れ際、彼は「あの歌に関して何かわかったら、いつでもいいから連絡してくれ」と言い残した。深々と頭を下げて、やはりあの歌のフレーズを口ずさんでいた。
※ ※ ※ ※
「それが、私の元旦那の話よ」
行きつけのファミレス、いつも私が怪談体験者を取材する一番奥のテーブルにて。
女手一つで七歳の娘さんを育てるシングルマザーの優花里さんは、口に出すのも忌々しいといった口調と表情でそう仰られた。
元旦那さんからは何度も何度も「あの歌に関してわかったことはないか」と定期的な電話が掛かってきたそうだが、三ヶ月ほど前からパッタリとなくなってしまったという。
「あんまりくどかったんで、訴えようかと思ってたとこだったのよ。せいせいしたわ。 何でも、『やっとわかった。あの歌が何だったのか判明した』って最後の電話で言ってた。ほんと、ばかみたいに喜んでたけど・・・」
あッ、わかられたんですか。 私が言うと、
ええ、わかったんじゃないの? あまり感心なさそうに優花里さんは返される。
「それで、誰の何という曲だったんです?」
「知らない。『あーそー、良かったわねー』って、私 すぐ電話切ったから」
歌に興味もないし、元旦那に未練もないという。
しかし、
「・・・何か、あの人もう生きてないような気がする。確信とかないし、ただの勘だけど」
ま、別にいっか。
そろそろ娘が小学校から帰ってくるから、それじゃあね、と
奇妙な離婚経歴だけを手短に語り終えるや。子育てに忙しい優花里さんは、とてもあっけらかんとした顔で席を立たれた。
うららかな日差しの、春の日の午後の取材だった。
それはそれは、寝苦しい夏の夜 だったという。
(・・・・・・ちぇっ、眠れねぇ。明日も仕事だってのに・・・・・・)
深夜も一時を過ぎた頃のこと。
その男性は、まんじりともせず過ぎていく時間に軽い苛立ちを感じはじめていた。
(ちょっと、外を散歩でもしてくるか)
気分を変えれば、眠気も湧いてくるかも知れない。
彼は、ぐっすり眠っている奥方や娘さんに気付かれないよう、抜き足差し足でゆっくりゆっくり玄関まで歩みを進め、音を立てないように そっとドアを開けた。
外には、星の一つも出ていない、まったくの闇夜が広がっていた。
空気がぬるい。そして潔いほど暗い。
・・・うん。ちょっと暗すぎるか。
足下が危ないな。散歩は諦めよう。煙草でも一本吸って戻るべ―― 彼はポケットをまさぐった。
瞬間、家の向かいの通りを左から右へ、スーッと白い影のようなものが横切った。
そして消えた。
消えた?え、幽霊?!
急いで玄関を飛び出し、影の消えた地点まで駆け付けると周囲をキョロキョロ見回した。
影の正体は見つからなかった。
しかし。
〝あなたに~会えて~よかった~♪〟
若い女の声で、そんな歌の一節だけが聞こえた。
どこからとも、なく。
――聞き覚えのある歌だ、と思った。
確かに、聞き覚えのある――
※ ※ ※ ※
それをきっかけとして、彼は明らかにおかしくなった。
ジャンルや新旧を問わず、女性ボーカルの入ったCDを山ほど買ってくるようになり、暇を見つけては、ぶっ続けで鑑賞し始めた。
いや。もはや「しらみ潰しに聴きまくった」という表現が正しかった。
「確かに。確かに聞き覚えがあるんだ。あの声、あのメロディー――」
もともと、音楽にはあまり興味のない人だったのに。
突如と沸き上がったその情熱は、異常と言っていいほどのレベルだった。
奥方や娘さんにも、事あるごとに「白い影」の話を繰り返し、その時聞こえた歌のフレーズを口ずさんだ。
「あなたに~会えて~よかった~♪ ってね。どうだ、二人とも。この歌、知らないか?聞き覚えとか、ないか?」
二人とも辟易するほどに、何度も何度も歌ってくれたという。
そのうち仕事でもミスを連発するようになる。
何をしていても、頭の中には、例の歌の一フレーズのことしかなくなってしまうのである。
当然、家庭内もギクシャクしてくる。
夫婦の会話すら まともに成り立たなくなってしまう。
紆余曲折、様々な悲しい出来事が重なって、とうとう離婚と相成った。
奥方と娘さんとの別れ際、彼は「あの歌に関して何かわかったら、いつでもいいから連絡してくれ」と言い残した。深々と頭を下げて、やはりあの歌のフレーズを口ずさんでいた。
※ ※ ※ ※
「それが、私の元旦那の話よ」
行きつけのファミレス、いつも私が怪談体験者を取材する一番奥のテーブルにて。
女手一つで七歳の娘さんを育てるシングルマザーの優花里さんは、口に出すのも忌々しいといった口調と表情でそう仰られた。
元旦那さんからは何度も何度も「あの歌に関してわかったことはないか」と定期的な電話が掛かってきたそうだが、三ヶ月ほど前からパッタリとなくなってしまったという。
「あんまりくどかったんで、訴えようかと思ってたとこだったのよ。せいせいしたわ。 何でも、『やっとわかった。あの歌が何だったのか判明した』って最後の電話で言ってた。ほんと、ばかみたいに喜んでたけど・・・」
あッ、わかられたんですか。 私が言うと、
ええ、わかったんじゃないの? あまり感心なさそうに優花里さんは返される。
「それで、誰の何という曲だったんです?」
「知らない。『あーそー、良かったわねー』って、私 すぐ電話切ったから」
歌に興味もないし、元旦那に未練もないという。
しかし、
「・・・何か、あの人もう生きてないような気がする。確信とかないし、ただの勘だけど」
ま、別にいっか。
そろそろ娘が小学校から帰ってくるから、それじゃあね、と
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