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#021 『錆ヤスの怪』
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専業主婦の中井さんが、まだ小学校2年生だった頃。
ある夏休みの朝。早起きした彼女は、近くの空き地で行われている子供達だけのラジオ体操に向かう為、スタンプカードを首から提げて家を出ようとした。
彼女の家は地元でもちょっと知られた 由緒ある家柄だった為、玄関先には 古い木製の大きな門があったという。といってもその門、「厳めしく仰々しく、夜は固く閉ざされて・・・」とかいったわけではなく、扉自体は何時の時代からか撤去されており、門構えだけが残された形となっていた。形骸だけの古門だ。
外へ出る時には、当然、そこを潜って行かなければならない。
すたたたた、といつもの様に走り抜けようとして、
「あれ?」
中井さんは、門の右隅っこから 見慣れないものが突き出しているのを見つけた。
赤黒く錆びた、長いヤス(銛)のようなもの。
果たして、近づいてよくよく確認してみると、それはボロボロに錆びたヤスであった。
何でこんなものが。
お母さんとかに、知らせなくっちゃ!!
中井さんは家に取って返し、居間の方へ走った。
がらり、と戸を開け、「何だ騒々しい!」と厳格なお祖父ちゃんに叱られながら、「門にボロっちぃヤスが刺さってるよ」と報告した。
部屋に居た全員の顔色が変わった。
本当か、ヤスなのか、間違いないか、と口々に言いながらも、全員が門の方へ走って向かった。特に沫を食っていたのはお祖父ちゃんで、顔面は蒼白であった。
門の前に、家族が横並びの形で集った。
が、ヤスは何処へ消えたのか。影も形もない。
「あらっ!おかしいなぁ・・・ でも本当よ、本当なのよ、信じて!」
「――うんうん、信じる。儂は信じるよ」
息を切らせながら、お祖父ちゃんは中井さんの頭を撫でた。
門の右隅にゆっくり歩いて行って、一カ所をじぃっと凝視していた。
鋭利な何かが刺さった疵痕が、生々しく残っていた。
※ ※ ※ ※
その日のお昼のうちに、お世話になっているお寺の住職さんが思い詰めたような表情で家を訪ねて来られた。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・御屋形さんにおかれましても、この度は とんだご災難で・・・」
合掌して、深々と一礼。直ぐに仏間へ向かわれ、何と一時間あまりも長いお経を読まれた。
と、それが済んだかと思いきや、今度は早々に くだんの門前に舞台を移し、炎天の下で更に30分あまりの読経。
すべてが終わって汗だくとなった住職さんは、「もう大丈夫ですぞ」と疲れ切った顔で仰り、お寺へ帰って行かれた。
家族全員が、「ハーッ・・・」と重い荷物を下ろしたような声を漏らした。
「――おじいちゃん、何で今日はお経の日でもないのに住職さんが来たの?あのヤスのせい?」
おそるおそる、中井さんはお祖父ちゃんに訊いてみた。
お祖父ちゃんは、「ああ」と答え、また彼女の頭を優しく撫でた。
「お前が、まだヤスが門に刺さっている時に見つけてくれたおかげよ。お手柄だぞ。もう少し遅ければ、大変なことになるところだった」
ありがたいお経をあげて貰ったからもう平気だ、と力強く言われた。
だが中井さんは、「暑さでふらふらだった住職さんのお経で大丈夫かな」と、逆に心から心配になったという。
※ ※ ※ ※
翌日。早朝。
再びラジオ体操に向かおうとしていた中井さんは、昨日と同じように 門の前で呆然と立ち尽くすこととなった。
また、あの錆だらけのヤスが そこにある。
が、今度は門の側ぎりぎり、家の敷地の外側の方に、転がっていたのだ。
真っ二つに折れて。
急いで、家の人を呼んできた。
ヤスは消えていなかった。折れた姿のまま、そこへ死んだように横たわっていた。
「あの時のヤスだ」
お祖父ちゃんが小さくそう呟いたのを、中井さんは確かに聞いた。
「・・・儂の代で終わって、良かったなァ・・・」
この出来事について、まだ子供だった中井さんはまったく詳しい経緯を説明されることがなく、家族の誰に訊いてもはぐらかされ、尋ねてもすっとぼけられといった具合で、てんで話にならなかったそうである。
だが―― 彼女が 今の旦那さんのもとへ嫁ぐ前の日、家人は初めて、このヤスにまつわる因縁話のすべてを教えてくれたのだという。
しかし残念なことに、「一族以外に話すことは固く禁じられたお話だ」ということで、私には聞かせて頂けなかった。
本当に残念なことに。
中井さんの実家の古門には、
今もあの時のヤスの疵痕がハッキリと残っているそうだ。
ある夏休みの朝。早起きした彼女は、近くの空き地で行われている子供達だけのラジオ体操に向かう為、スタンプカードを首から提げて家を出ようとした。
彼女の家は地元でもちょっと知られた 由緒ある家柄だった為、玄関先には 古い木製の大きな門があったという。といってもその門、「厳めしく仰々しく、夜は固く閉ざされて・・・」とかいったわけではなく、扉自体は何時の時代からか撤去されており、門構えだけが残された形となっていた。形骸だけの古門だ。
外へ出る時には、当然、そこを潜って行かなければならない。
すたたたた、といつもの様に走り抜けようとして、
「あれ?」
中井さんは、門の右隅っこから 見慣れないものが突き出しているのを見つけた。
赤黒く錆びた、長いヤス(銛)のようなもの。
果たして、近づいてよくよく確認してみると、それはボロボロに錆びたヤスであった。
何でこんなものが。
お母さんとかに、知らせなくっちゃ!!
中井さんは家に取って返し、居間の方へ走った。
がらり、と戸を開け、「何だ騒々しい!」と厳格なお祖父ちゃんに叱られながら、「門にボロっちぃヤスが刺さってるよ」と報告した。
部屋に居た全員の顔色が変わった。
本当か、ヤスなのか、間違いないか、と口々に言いながらも、全員が門の方へ走って向かった。特に沫を食っていたのはお祖父ちゃんで、顔面は蒼白であった。
門の前に、家族が横並びの形で集った。
が、ヤスは何処へ消えたのか。影も形もない。
「あらっ!おかしいなぁ・・・ でも本当よ、本当なのよ、信じて!」
「――うんうん、信じる。儂は信じるよ」
息を切らせながら、お祖父ちゃんは中井さんの頭を撫でた。
門の右隅にゆっくり歩いて行って、一カ所をじぃっと凝視していた。
鋭利な何かが刺さった疵痕が、生々しく残っていた。
※ ※ ※ ※
その日のお昼のうちに、お世話になっているお寺の住職さんが思い詰めたような表情で家を訪ねて来られた。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・御屋形さんにおかれましても、この度は とんだご災難で・・・」
合掌して、深々と一礼。直ぐに仏間へ向かわれ、何と一時間あまりも長いお経を読まれた。
と、それが済んだかと思いきや、今度は早々に くだんの門前に舞台を移し、炎天の下で更に30分あまりの読経。
すべてが終わって汗だくとなった住職さんは、「もう大丈夫ですぞ」と疲れ切った顔で仰り、お寺へ帰って行かれた。
家族全員が、「ハーッ・・・」と重い荷物を下ろしたような声を漏らした。
「――おじいちゃん、何で今日はお経の日でもないのに住職さんが来たの?あのヤスのせい?」
おそるおそる、中井さんはお祖父ちゃんに訊いてみた。
お祖父ちゃんは、「ああ」と答え、また彼女の頭を優しく撫でた。
「お前が、まだヤスが門に刺さっている時に見つけてくれたおかげよ。お手柄だぞ。もう少し遅ければ、大変なことになるところだった」
ありがたいお経をあげて貰ったからもう平気だ、と力強く言われた。
だが中井さんは、「暑さでふらふらだった住職さんのお経で大丈夫かな」と、逆に心から心配になったという。
※ ※ ※ ※
翌日。早朝。
再びラジオ体操に向かおうとしていた中井さんは、昨日と同じように 門の前で呆然と立ち尽くすこととなった。
また、あの錆だらけのヤスが そこにある。
が、今度は門の側ぎりぎり、家の敷地の外側の方に、転がっていたのだ。
真っ二つに折れて。
急いで、家の人を呼んできた。
ヤスは消えていなかった。折れた姿のまま、そこへ死んだように横たわっていた。
「あの時のヤスだ」
お祖父ちゃんが小さくそう呟いたのを、中井さんは確かに聞いた。
「・・・儂の代で終わって、良かったなァ・・・」
この出来事について、まだ子供だった中井さんはまったく詳しい経緯を説明されることがなく、家族の誰に訊いてもはぐらかされ、尋ねてもすっとぼけられといった具合で、てんで話にならなかったそうである。
だが―― 彼女が 今の旦那さんのもとへ嫁ぐ前の日、家人は初めて、このヤスにまつわる因縁話のすべてを教えてくれたのだという。
しかし残念なことに、「一族以外に話すことは固く禁じられたお話だ」ということで、私には聞かせて頂けなかった。
本当に残念なことに。
中井さんの実家の古門には、
今もあの時のヤスの疵痕がハッキリと残っているそうだ。
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