真事の怪談 ~妖魅砂時計~

松岡真事

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#023 『アガナ』

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 三木原さんは、自称・市井の民俗学者。
 10年ほど前――私はある怪談体験者を通じて彼と知り合ったのだが、
「妖怪とは全て、古代の神が零落した姿だという柳田国男の説は全面的に正しいッ!!」
 ――と豪語する、ステキで異端な青年だった。
 そして、妖怪実在論者でもあった。

「あんな経験をすれば、誰だって人生観が変わろうってモンですよ。松岡さん・・・」

  ※   ※   ※   ※

 彼が、小学校6年生の頃の話である。
 その頃 都内新宿区に在住していた三木原さんだったが、祖父母が「たまには孫に会いたいもんだ」と両親にこぼしたのが端緒となって、長崎県の田舎に遊びに来ることとなった。
 夏休みも後半に差し掛かった、8月の中旬だったという。

「自然に囲まれた田舎っていうのは、ちょっとしたファンタジーみたいな感覚があって僕はとっても気に入っていましたね。毎日、四つ年の離れた妹を伴って、林とか川とかに入り浸って。二人で、飽きずに生き物なんかを観察して。楽しかったなぁ」

 そんな中、地元の小学生達と顔見知りになる。
 彼らは 人なつこい三木原さんと妹さんに好印象を持ったようだったが、二人が東京から来たと知ると、てのひらを返したように態度を変えた。

「なぁんだ、東京モンか!!」
「知ってるぞ。東京人は、薄情なんだ。ずるっこなんだ」
「人を平気で騙したりするんだぞ!都会の人間だもんな!!」

 それは誤解だ、というと、いいや違わない、と田舎の悪ガキは譲らない。
 身の証を立てる為、俺たちと一緒に山へ登れ、という展開になった。

「どうして身の証を立てることと山登りがセットになったのかがいまいちシュールですが・・・ 彼らは、東京の人間って頭だけの非力人間だという偏見を持っていたらしくて、『俺たちの仲間になりたかったら山登りが出来るだけの体力があるということを見せてみろ!』ということを、言いたかったようですね」

 三木原さんも、〝売り言葉に買い言葉〟状態となった。
 妹に「お前も来るか」と訊くと、「あたしも行く。あたし、ずるっこじゃないもん」と気丈な答えが返ってきた。

 そんなわけで、みんなで近所の山へ登った。
 何でも、付近の小学生が遠足で登る山らしい。「東京には山がないから これっぽちの勾配でも東京モンは堪えるだろうが!」と嘲られ、三木原さんと妹さんのファイトは更に燃え上がったという。

 一生懸命、付き合った。
 地元の子達の息も次第に切れてきて、「意外とやるなぁ」「兄ちゃんはともかく、妹は根性がある」などと、二人を認めるような台詞がちらほらと聞こえるようになった。

「嬉しかったですね。どうだ見たか!といった気持ちでした」

 だが、山登り開始から約二時間。お日様がけっこう傾きかけた、その時だった。
 妹さんの様子が、少しおかしくなった。

 まず最初にぽろぽろと涙をこぼして泣き始め、「どうした、流石に疲れたか」と地元の子らから話しかけられても、真っ直ぐ前を見据えて返事もしなくなる。
 おかしいな・・・と一同がざわつくと、今度はぶるぶる、震えはじめる。
 そして、

 ――アガナ・チョーラク・セリー――

 はっきりと、そんな呪文のような言葉を、口にした。

「は?何それ?って。みんな顔を見合わせてましたね。僕も意味がわからず、これは日本の言葉じゃないんじゃないかって思いました」

 アガナ・チョーラク・セリー アガナ・チョーラク・セリー・・・
 妹さんは、そんな奇妙な言葉を、えんえんと繰り返す。
 そして不意に、びしっと前方を力強く指さした。

 全員の視線が、指先の延長線上に注目される。
 そこには、ぼろぼろになった赤い鳥居が見えた。
 誰も参拝者がいなくなった神社か何かの、入り口のように思えた。

「すると、地元の子供達が全員、恐慌状態に陥りましたね。『これは洒落にならん!』『山神さんが とっ憑いた!』って叫んで。みんな一散に、僕と妹を置いて逃げ出しちゃって」

 アガナ・チョーラク・セリー アガナ・チョーラク・セリー・・・

 泣き笑いのような表情でそう繰り返す妹に、三木原さんも流石に怖くなった。
 ごめんよ、と心で謝りながら、強めに妹の頬を張った。

 呪文が、止んだ。
 と同時に、「うえええん!」と妹さんは 年相応の声で泣きはじめた。
 「お兄ちゃんが、ぶったぁぁ!」と大声で非難された。

「元の妹に戻ってよかった、と心から思いました」

 そこで何気なく、鳥居の方を振り返ってみた。
 猿とも浮浪者とも知れぬボロボロの何かが、ざんばら髪を おどろに垂らして こちらを睨んでいた。

 妹さんの腕を引っ摑んで、ガムシャラに走って 山を下りた。

  ※   ※   ※   ※

 アガナ・チョーラク・セリー。
 無事に家に帰ってから、その言葉は つぶさにメモしたという。

「それからですよ。僕が、民俗学や神話学に興味を持ちはじめたのは」

 現在。例の呪文は、古い日本語ではなかったかと彼は見ている。
 すなわち、

「『』が名、凋落ちょうらくせり―― 高貴だった私の名前は、時代と共に落ちぶれてしまった―― と、嘆いていたのではないか、と・・・」

 その言葉について妹に聞いても、何も覚えていなかった。
 ただ あのとき、とても悲しい気持ちになっていたのは事実だ、と。

「間違いない、と思っています」

 独特の学問哲学を展開し、田舎への強い憧れゆえ 遂にこちらへ転居して来られた三木原さん。
 目下の悩みは、自説があまりに独特すぎて、地元の史談会に 入会を見送られていることだという。
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