真事の怪談 ~妖魅砂時計~

松岡真事

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#030 『こびと茸』

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 2000年代はじめ頃だろう、と主婦の浦沢さんは言う。

 初夏のある日、彼女は近所の同年代の従姉妹の家に遊びに行き、話に花が咲いてすっかり帰りが遅くなってしまった。
 当時は新婚真っ盛りだったというが、この旦那さんと来たら彼女に対してかなり理解ある人なので、「行き先がわかっていればいいよ。ゆっくりしておいで」と、寛大な笑顔で見送ってくれたそうだ。
 だが、流石に午後9時を回るまでお喋りというのは度が過ぎた。

 そろそろお暇!と言って従姉妹の家を出て、とっぷり日が暮れた外の光景を見てはじめて「やっちゃったなぁ」と思ったらしい。しかも、どんなに遅くたって1時間あまりで帰って来るだろうと見越していたので、携帯も家に置いたまま来てしまった。
 実際は4時間あまりもお邪魔していたというのに――

 従姉妹から電話を借りて旦那に謝っておけばよかったか。
 ええい、今更くよくよすんな。ここから家まで15分あまりじゃないか――

 気持ち早足で、帰路を進みはじめた。
 季節のおかげで、寒くもなく暑くもなく、いい気候だったという。
 そんな 月もおぼろな闇の中、

 ・・・・・・変な音が聞こえる。


 〝しゅーこー しゅーこー しゅーこー〟


 某大作スペースオペラシリーズに登場する、有名な仮面の悪役の呼吸音にそっくりだったという。
 いやだなぁ、何の音? 本格的な早足になる浦沢さん。
 すると、〝しゅーこー しゅーこー〟も付いてくる。
 周囲を見回す。振り返っても見る。
 何もない。誰もいない。だが、


 〝しゅーこー しゅーこー しゅーこー〟


 ――その時、身震いするほど身体が冷えていることに、浦沢さんは気付いた。
 何かがおぶさってでもいるかの如く、全身が重い。
 早く。早く家に帰らなくては――


 やっとのことで、自宅に着いた。
 インターホンを連打した。玄関のドアに縋るように取り付き、ガチャガチャとノブを回した。
 ややあって、旦那さんがゆっくりと玄関を開けた。

「はーい、どなた・・・ ああ。おかえり。やっぱ遅かったね――」
「お、おおおおお願い早く入れて!怖い、怖い!!」

 はぁ?と呑気に返された。
 ガチガチと歯を鳴らしながら血相を変えて「早く家に、家の中に・・・」そう訴える妻の姿に、旦那さんは思い切り怪訝な顔を呈したという。
 だが。
 その表情は瞬時、カッと目を見開いた驚愕そのものへと変わる。

「いいかい、少し待ってて。少しだけ ガマンしてて。直ぐ戻る」
「えっ!!あの、ちょっと・・・」

 ドアを閉められた。がちゃり、と鍵もかけられた。
 閉める?!ふつう閉めるか、この状況で!! 心の底から沸き起こる絶望と悪寒の中で、浦沢さんは思わず、その場にへたり込んでしまった。
 長話のバチが当たったんだ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――
 ぽろぽろ涙を流しながら歯を食いしばっていると、再び玄関はガチャッ、と開いた。

「お待たせ!さぁ、これで大丈夫」

 旦那さんは、白い粉のようなものを浦沢さんの肩口の辺りにパラパラと振りまいた。
 何だ、これ。塩?と思った瞬間、
 寒気が引いた。
 身体が軽くなった。
 あれっ? キョトンとなっていると、今度はおもむろに腕を引っ摑まれて、強引に玄関の中に引っ張り込まれた。
 乱暴にドアを閉め、ロックをかけると、旦那さんは 浦沢さんの姿を四方八方から入念に眺め回し、肩からへきの辺りまでをサッサッと手で払うような動作をした後、そこでやっと、「ふぅー」と大きな息を吐いた。

「ああ、良かった。もう居なくなった」

  ※   ※   ※   ※

 何でも、玄関先で震えていた浦沢さんの首筋や肩口から、『無数の人型のもの』がきのこのように生えて、全身をくねらせながら踊っているのを 旦那さんはハッキリと見たのだという。
 土色で、ひょろ長くて、丸裸で、ちょっとクレイアニメっぽい動きをしていたらしい。
 わらわらと蠢いている様は、どう見ても縁起の良い存在には見えなかった。
 そこで機転を利かせ、家の中に取って返して台所から塩を持ってきたのである。
 お清めだ、と言わんばかりに塩を振りかけたら、その茸のようなこびと達は たちどころに萎み、音も無く次々に消えていったのだ、と。

「――あんな禍々しいのを家の中に入れたら、きっと大変なことになってたよ」


 それから、浦沢さんは夜道を歩くのが大の苦手になってしまった。
 ただし仲の良い従姉妹や奥様方との長話だけはどうしても止められず、あまりに遅くなってしまった時は いまだにラブラブな旦那さんに車で迎えに来て貰うのだという。
 ――お清めの塩が入った容器も忘れずに伴って。
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