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#047 『進学校の想い出』
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現在、故あって某一流企業を脱サラし、手打ちそば屋の店主をされている物静かな男性・村里さんから伺った。
2000年代はじめ時分の話である。
当時 都会の方に住んでいた村里さんの通う高校は、地元で知らない者はいない有名進学校。しかし クラス内にも「自分以外のすべてが敵」のようなピリピリした空気が漂う、息の詰まるような弱肉強食の学校生活を過ごした場所であった。
教師までが、『出来る生徒』と『出来ない生徒』を選別して前者を完全にえこひいきし、後者に至っては「将来のクズ予備軍」とまで公言していたというから耳を疑う。
常に校内は殺伐としており、表立った喧嘩やもめ事こそ無かったものの、いつも皆が考えていることと言えば「勉強、勉強」「周りの人間は蹴落とせ、のし上がれ」。まるで〝静かな戦場〟といった趣で、クラスメイトなど誰一人 信じられなかったらしい。
そんな中で、たったひとつだけ〝忘れられない〟想い出があるという。
二年生の頃の、確か7月はじめくらいだと村里さんは当時を振り返る。
「朝、ホームルーム前に教室に入ると―― 珍しく、喧噪というか。言い争いの声が聞こえたんですね。いつもはみんなガリガリ、暇さえあれば自主的に勉強してたのに・・・」
※ ※ ※ ※
それは、ほとんど学級が二つに割れての激しいディスカッションだった。
「だから、目に見えるものがすべてだとは限らないって話だ!科学で説明出来ない存在があると考えることの、何がおかしい?!」
「何言ってんだよ。科学とか非科学とかじゃなくて、論理的にお化けやら幽霊やらなんて不自然だってんだよ!!」
「論理って何だよ、具体的に言ってみろよ!!」
・・・発端は、とある男子生徒の独り言だったらしい。
彼は最近、クラス内でも成績が伸び悩んでおり、数日前に担任から「お前は努力不足だな」と皆の前で言われて以来、軽いノイローゼ状態に陥っていた。
「――お化けの世界に行きたいなぁ」
ぼそり、呟いたらしいが。案外、それを聞いた子は多かったようだ。
何だそれ?お化けの世界? いつもは他人に不干渉だったクラスメイトが数名、その言葉に反応。ツッコミを入れた。
「だって、試験も何にもないらしいから・・・」
真顔の答えが返ってきた。
多くの者は、声を出して嗤った。こいつ、遂にアタマに来やがったぜ。そう言って彼をバカにしたが、何人かの生徒は、 いや 目に見えない世界ってあるかも知れない。科学だけが世の中のすべてじゃないかも知れない―― そう、彼を弁護したというのだ。
はぁ?マジで言ってんのか。ばっかじゃね。宗教やってんの?
黙れよ。死んだら人間、どうなる?魂って何なんだ?そんな身近なことにすら、科学は答えを出せないじゃないか!
――そんな言い争いが、気が付けばクラス全体に波及していたのである。
村里さんは、完全中立の立場だった。
霊なんか、正直 居ても居なくてもどうでもいい。
しかし、この〝非日常〟の展開には、心躍るものを感じていた。騒ぎの行く末がどうなるものか、見届けたい気持ちで少しドキドキしていたという。
「霊が存在するって証拠を見せてみろよ!」
「そっちこそ、霊が存在しないって証拠を見せてみろ!!」
討論は白熱化し、そろそろ先生が来るという時間になっても 決着の気配は見えない。そもそも、既に双方の言い分はほとんど感情論・水掛け論となってしまっており、このまま両陣営が納得する形で事態が収束するなど、考えられない状況であった。
と。そんな中。
「ねぇ―― ちょっといいかな。心霊肯定論に回ってる人達ってさ。全員もれなく、ここ最近 成績が落ちてきた人じゃない?」
一人の女子生徒が、鋭い意見を放った。
形ばかりの学級委員、と皆から呼ばれていた江田島さんだ。
「それってさ。自分らが現実から落ちこぼれそうだから、現実の埒外の存在を認めることで、間接的に自らを慰めてるんじゃない?目に見える世界がすべてじゃないんだ、って主張を、勉強だけがすべてじゃないんだ、って論理に 心の中で転嫁させてさ・・・自分自身を甘やかしてるだけなんじゃない?」
その程度のメンタルで、志望校 行けるの? 吐き捨てるように江田島さんは締めた。
水を打ったような静けさが、教室に訪れた。
やるな、流石は委員長!村里さんは、静寂の中で江田島さんを見直した。これは、一発逆転で心霊否定派の大勝利。誰がどう見ても、そういう状況だった。
ちょうどその時、
「・・・・・・みんな、席に着けェ。 ホームルームをはじめる」
担任の先生が、いつもの低いテンションで 音も無く教室に入って来た。
ああ、本当にギリギリだった。あんな議論をしてる現場を先生に見られたら、それこそ大変だったろうな―― ほっと一息つきながら、村里さんは教壇の方へ視線を向けた。
先生が、お婆さんをおんぶしていた。
・・・え、何これ?
うつろな視線の先生の背後に、一人の痩せこけた老婆が背負われている。
総白髪で、垢だらけのような茶色い肌。正に梅干し婆といった趣の、皺が刻み込まれたような凄まじい相貌。
そして―― どうやら老婆は、素っ裸らしかった。こちらから見える部分の肌が、全部露出していた。
ニマァ、とそいつが、いやらしい笑顔を 先生の肩越しに浮かべる。
クラスが ざわついた。
あまりにも異様な出来事に 自らの目と正気を疑った村里さんだが・・・ 違う!俺以外にも見えてるじゃないか!!
「エー・・・ どうやらさっき、みんなは非常に興味深い議論を戦わせていたようだな。先生も、大いに聞き入った」
いつ?いつ聞いてたの、あの討論を?!
まさかずっと教室の外で―― いや、それよりも、その背中のババアは・・・?!!
「なかなか、意義ある話し合いだったなァ。だが最後に、先生なりの答えを、みんなに提示しておこうと思う」
そう言って、先生は大きく身体を〝く〟の字に曲げた。
そして、大量の血液まみれの吐瀉物を、「ぐっべええええええええ」と 教壇の上へ盛大にぶちまけた。
ピンク色の汚物の池が出来た。
それに、先生の顔が「べしゃっ」と埋まった。
それきり、ピクリとも動かなくなった。
背中の老婆も、いつの間にか消えていた。
――3秒ほどの重い沈黙の後、教室の中は悲鳴と絶叫に満ちた。
担任は過労死だったと、後日 知らされた。
※ ※ ※ ※
3年間の学校生活はまったく灰色の記憶しかないが、この日の一連の出来事だけは、明瞭に彩色されたかたちで想い出に残っていると村里さんはいう。
本音をぶつけ合うクラスメイト達。その中でもひときわ理知的だった女子・江田島さん。醜悪な謎の老婆。吐瀉物の中で息絶えた担任の先生――
「かけがえの無い、たった一つの青春の想い出です。他人から言わせれば、病んでるとか狂ってるとか言われるかも知れないけど・・・あの日 あったことを思い出すだけで、何かこう、胸が熱くなりますね・・・」
ちなみに、先生の遺体が運び出され、吐瀉物が掃除された直後。
生徒達は、何の指示もされていないのに 誰からともなく参考書を取り出し、静かに自習を開始したという。
2000年代はじめ時分の話である。
当時 都会の方に住んでいた村里さんの通う高校は、地元で知らない者はいない有名進学校。しかし クラス内にも「自分以外のすべてが敵」のようなピリピリした空気が漂う、息の詰まるような弱肉強食の学校生活を過ごした場所であった。
教師までが、『出来る生徒』と『出来ない生徒』を選別して前者を完全にえこひいきし、後者に至っては「将来のクズ予備軍」とまで公言していたというから耳を疑う。
常に校内は殺伐としており、表立った喧嘩やもめ事こそ無かったものの、いつも皆が考えていることと言えば「勉強、勉強」「周りの人間は蹴落とせ、のし上がれ」。まるで〝静かな戦場〟といった趣で、クラスメイトなど誰一人 信じられなかったらしい。
そんな中で、たったひとつだけ〝忘れられない〟想い出があるという。
二年生の頃の、確か7月はじめくらいだと村里さんは当時を振り返る。
「朝、ホームルーム前に教室に入ると―― 珍しく、喧噪というか。言い争いの声が聞こえたんですね。いつもはみんなガリガリ、暇さえあれば自主的に勉強してたのに・・・」
※ ※ ※ ※
それは、ほとんど学級が二つに割れての激しいディスカッションだった。
「だから、目に見えるものがすべてだとは限らないって話だ!科学で説明出来ない存在があると考えることの、何がおかしい?!」
「何言ってんだよ。科学とか非科学とかじゃなくて、論理的にお化けやら幽霊やらなんて不自然だってんだよ!!」
「論理って何だよ、具体的に言ってみろよ!!」
・・・発端は、とある男子生徒の独り言だったらしい。
彼は最近、クラス内でも成績が伸び悩んでおり、数日前に担任から「お前は努力不足だな」と皆の前で言われて以来、軽いノイローゼ状態に陥っていた。
「――お化けの世界に行きたいなぁ」
ぼそり、呟いたらしいが。案外、それを聞いた子は多かったようだ。
何だそれ?お化けの世界? いつもは他人に不干渉だったクラスメイトが数名、その言葉に反応。ツッコミを入れた。
「だって、試験も何にもないらしいから・・・」
真顔の答えが返ってきた。
多くの者は、声を出して嗤った。こいつ、遂にアタマに来やがったぜ。そう言って彼をバカにしたが、何人かの生徒は、 いや 目に見えない世界ってあるかも知れない。科学だけが世の中のすべてじゃないかも知れない―― そう、彼を弁護したというのだ。
はぁ?マジで言ってんのか。ばっかじゃね。宗教やってんの?
黙れよ。死んだら人間、どうなる?魂って何なんだ?そんな身近なことにすら、科学は答えを出せないじゃないか!
――そんな言い争いが、気が付けばクラス全体に波及していたのである。
村里さんは、完全中立の立場だった。
霊なんか、正直 居ても居なくてもどうでもいい。
しかし、この〝非日常〟の展開には、心躍るものを感じていた。騒ぎの行く末がどうなるものか、見届けたい気持ちで少しドキドキしていたという。
「霊が存在するって証拠を見せてみろよ!」
「そっちこそ、霊が存在しないって証拠を見せてみろ!!」
討論は白熱化し、そろそろ先生が来るという時間になっても 決着の気配は見えない。そもそも、既に双方の言い分はほとんど感情論・水掛け論となってしまっており、このまま両陣営が納得する形で事態が収束するなど、考えられない状況であった。
と。そんな中。
「ねぇ―― ちょっといいかな。心霊肯定論に回ってる人達ってさ。全員もれなく、ここ最近 成績が落ちてきた人じゃない?」
一人の女子生徒が、鋭い意見を放った。
形ばかりの学級委員、と皆から呼ばれていた江田島さんだ。
「それってさ。自分らが現実から落ちこぼれそうだから、現実の埒外の存在を認めることで、間接的に自らを慰めてるんじゃない?目に見える世界がすべてじゃないんだ、って主張を、勉強だけがすべてじゃないんだ、って論理に 心の中で転嫁させてさ・・・自分自身を甘やかしてるだけなんじゃない?」
その程度のメンタルで、志望校 行けるの? 吐き捨てるように江田島さんは締めた。
水を打ったような静けさが、教室に訪れた。
やるな、流石は委員長!村里さんは、静寂の中で江田島さんを見直した。これは、一発逆転で心霊否定派の大勝利。誰がどう見ても、そういう状況だった。
ちょうどその時、
「・・・・・・みんな、席に着けェ。 ホームルームをはじめる」
担任の先生が、いつもの低いテンションで 音も無く教室に入って来た。
ああ、本当にギリギリだった。あんな議論をしてる現場を先生に見られたら、それこそ大変だったろうな―― ほっと一息つきながら、村里さんは教壇の方へ視線を向けた。
先生が、お婆さんをおんぶしていた。
・・・え、何これ?
うつろな視線の先生の背後に、一人の痩せこけた老婆が背負われている。
総白髪で、垢だらけのような茶色い肌。正に梅干し婆といった趣の、皺が刻み込まれたような凄まじい相貌。
そして―― どうやら老婆は、素っ裸らしかった。こちらから見える部分の肌が、全部露出していた。
ニマァ、とそいつが、いやらしい笑顔を 先生の肩越しに浮かべる。
クラスが ざわついた。
あまりにも異様な出来事に 自らの目と正気を疑った村里さんだが・・・ 違う!俺以外にも見えてるじゃないか!!
「エー・・・ どうやらさっき、みんなは非常に興味深い議論を戦わせていたようだな。先生も、大いに聞き入った」
いつ?いつ聞いてたの、あの討論を?!
まさかずっと教室の外で―― いや、それよりも、その背中のババアは・・・?!!
「なかなか、意義ある話し合いだったなァ。だが最後に、先生なりの答えを、みんなに提示しておこうと思う」
そう言って、先生は大きく身体を〝く〟の字に曲げた。
そして、大量の血液まみれの吐瀉物を、「ぐっべええええええええ」と 教壇の上へ盛大にぶちまけた。
ピンク色の汚物の池が出来た。
それに、先生の顔が「べしゃっ」と埋まった。
それきり、ピクリとも動かなくなった。
背中の老婆も、いつの間にか消えていた。
――3秒ほどの重い沈黙の後、教室の中は悲鳴と絶叫に満ちた。
担任は過労死だったと、後日 知らされた。
※ ※ ※ ※
3年間の学校生活はまったく灰色の記憶しかないが、この日の一連の出来事だけは、明瞭に彩色されたかたちで想い出に残っていると村里さんはいう。
本音をぶつけ合うクラスメイト達。その中でもひときわ理知的だった女子・江田島さん。醜悪な謎の老婆。吐瀉物の中で息絶えた担任の先生――
「かけがえの無い、たった一つの青春の想い出です。他人から言わせれば、病んでるとか狂ってるとか言われるかも知れないけど・・・あの日 あったことを思い出すだけで、何かこう、胸が熱くなりますね・・・」
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