真事の怪談 ~妖魅砂時計~

松岡真事

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#063 『踊る影 ~ふたつ~』

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 牧田さんは、43年の今までの人生の中で、2度ほど 激しく踊り狂う黒い影に遭遇している。


 最初の遭遇は、小学校4年生の頃だったという。
 夏休みも終わりに差し掛かった8月の末。
 その日の夜は、近所の砂浜で 子供達だけで花火をして楽しむ、という地区のイベントがあった。
 時代が大らかだったのか、そういう土地柄だったのか。大人の許可は取っていたものの、特に付き添いの保護者が来るなどということはない自由な集まりだった。
 が、自由過ぎたのかも知れない、と牧田さんは言う。

「両手で6本も手持ち花火を持って振り回したり、バルカン砲みたいにロケット花火を乱射したり、打ち上げ花火を5連発でやったりしてたもんで」

 誰も火傷を負わなかったのが不思議なくらいの大騒ぎの末、開始から20分も経たないうちに用意していた花火が底をついてしまった。

 8時30分にはお開き、という予定だったのに、既に7時40分には子供達の手に一本の花火もなくなってしまったのである。

 これでは面白くない。
 早く終わったので早く帰宅、などというお利口なことを昭和の小学生がするわけない。

「よーし、今から肝試しするぞ!肝っ玉ある人、手ぇ上げてっ!!」

 6年生の腕白わんぱく坊主が、いきなりそんな提案をぶち上げた。
 皆が通っている小学校までは徒歩で10分程度なので、そこまで一緒に行って 校舎をグルッと一周回って帰って来ようというのだ。

「肝っ玉ある人、手ぇ上げてっっ!!!」

 もう一度、その6年生児童は強い調子で言った。
 ここで尻込みすると明日からバカにされると思ったので、牧田さんは迷わず手を上げた。
 その場の男の子は、全員、挙手していた。
 みんな俺と同じこと考えてんだろうなぁと思った。


 学校までの道中。6年生と5年生の年長の子らが、ずっと怖い話をしてムードを高めようとしてくれたが、前日に放送された怪奇番組とまったく同じ内容だった為、試みとしてはイマイチな仕上がりであった。
 ともあれ、夜中に子供達だけで肝試し・・・というのはそこそこに小学生らのテンションを高めてくれたので、意外に退屈な道行きでは無かったと牧田さんは語る。

「お化けが出たらどうしよう・・・っていうよりか 大人に見つかったら大変だな、というスリルの方が強かったですね」

 やがて 学校に到着した。
 いいか、運動場側からぐるっと一周、校舎を廻るんだ。変なものを見つけたら、直ぐに知らせるように―― 腕白6年生がキビキビと指示を飛ばす。
 子供達は年齢順に並ばされ、絶対に列を崩してはならないと言われた。懐中電灯係は二人居て、くまなく進行方向を照らすよう厳命された。

「いいか、2階や3階の窓の方も照らすんだぞ。怪しいものは見逃すな!!」

 と、それを律儀に守った懐中電灯係の一人が、2階の窓のひとつにサッと光を当てた。
 
 何かが、居た。


 えっっっ?!!


 影だった。
 いきなり、である。
 全身が真っ黒な人間の姿をしていた。
 激しく、動いている。
 窓際で、全身をバタつかせて、こっちを
 瞳の存在は確認出来なかったが、に違いない。

「――あれ、黒いよ?」
「――うん、黒い」
「――影、だな」
「――影?何で懐中電灯で照らしてるのに黒いの?」
「――わかんねぇ」
「――踊ってるね」
「――踊ってるの?」
「――苦しんでない?暴れてない?」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ぎゃああ、と全員が叫んだ。
 脱兎の如く、逃げ出した。

「笑えますよね。校舎のぐるりを一周するつもりだったのに、一歩も進まないまま逃げ帰っちゃったんですから。でも―― ほんとに怖かったんです」

 恐慌状態に陥りつつも、小学生らは仲良く、当初花火をしていた砂浜まで全員が逃げ帰って来た。幸いなことに、一人の欠員もなかった。
 このことは絶対に大人には言っちゃダメだぞ、と腕白6年生は全員に厳しく口止めした。
 家に帰ると、「あら早かったのね」とお母さんから言われた。

 あまりに怖かったせいか、牧田さんはその日の夜から38度近い熱を出し、翌日の早朝ラジオ体操を休んでしまった。

 この事件のせいで、皆勤賞を逃してしまうかたちとなった。

  ※   ※   ※   ※

 二度目の『黒い影』との遭遇は、25歳くらいの時だという。

 都会に出てサラリーマンをしていた頃。
 上司から些細なことで大叱責を受けた牧田さんは、ムシャクシャが収まらないまま帰りに一人で飲み屋に立ち寄り、大いにやけ酒をカッ食らった後 終電へ乗り込んだ。

 電車の振動に揺られながら、「まだ帰りたくないな」と ぽつり 呟く。
 この仕事は向いてないかも知れない。辞めるなら今だ、二十代の今なら 人生やり直せる、と強く思う。

「やめよっかぁ!」
 酔いも手伝い、思わず大きめな声が出てしまった。
 あっ。 ――後悔する。

 やばいやばい。他に乗客が居たような気が・・・萎縮しながら、周囲をつぶさに確認してみるが、気のせいであった。終電に乗り込んでいるのは自分一人らしい。
 ホッと安心し、視線を前方に戻した。
 黒い人が動いていた。


 えっっっ?!!


 全身が、影のように真っ黒な 異様に背の高いヒト型のモノ。
 慌ただしく不規則なパントマイムのように、無言で激しく、飛びはねながら踊っている。
 おそらく男。
 おそらく素っ裸。
 こんなに躍動的なダンスをしているのに、何の物音も立てない。
 あり得ない。
 あまりに現実離れしたものが至近距離に現れた為か、恐怖を感じる暇もなくただただポカンとなってしまった牧田さん。
 すると その黒い男は、電車の屋根に届かんばかりの ひときわ大きなジャンプを見せた。 そのまま また音も無く着地、
 ――するかと思いきや、まるで落とし穴にでも落ちたかの如く 床にストーンと吸い込まれるように消えてしまった。

 そこで死ぬほど恐ろしくなった。


「二度目は流石に熱は出しませんでしたが・・・ こっちの方が 子供の頃に見たものより 数段、衝撃的でしたね・・・」


 今日は飲み過ぎた、酒のせいでやばいもん見ちゃった。そう思いながら足早にアパートへ帰った。
 万年床の布団の中に潜り込み、「酒のせい 酒のせい」とおまじないのように自分へ言い聞かせ、寝てしまった。

 翌日はやっぱり二日酔いだった。
 頭痛とだるさに鞭打って仕事に出ると、自分を叱り飛ばした上司が「昨日はすまなんだなぁ」とバツが悪そうに謝ってきた。
 昼飯をおごってやるというから、どういう風の吹き回しかと呆れながらもご馳走になることにした。

「昨日、変わった夢を見た」

 定食屋で二人同じ丼を食べながら、上司がおもむろに語り出す。

「夢の中に、君が出てきてな・・・『こんな会社やめてやる!』『あんな上司、くそ食らえ!』と叫びながら、バタバタとおかしな踊りをやってるんだ。あまりに激しい動きだったもので、『ああ。彼は俺の指摘で深く傷ついたんだなぁ』と申し訳なくなっているうち、そこで一度 目が覚めた。真夜中だったけど、そのまま少し 考えたなァ」

 言い過ぎたな、悪かったな、変な話だったな。 苦笑しながら上司は言った。


 上司が一度目を覚ました時間は、牧田さんが黒い影を見た時間とほぼ同じだったという。

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