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#065 『百話の翌日』
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二十代後半の若さながら一家の主として、日々 家族を養っている坂下さんは、ある日ネットの通販でとある文庫本を購入した。
『百物語』をテーマとした、有名すぎるほど有名な とある実話怪談本の第一巻だ。
名著であるが、それ以上にこの本を一夜で読了すると世にも不思議なことが起こる(起こった人が居る)、という売り文句にひどく惹かれた。
ちょうど、本は他の購入品と一緒に土曜日の夕方、配達された。
明日は仕事休み。
今日の夜はこの本を一夜完読してやるんだ、と喜び勇んだ。
「怪奇体験に憧れてたんですね・・・霊感とかは まったくないんですけど。そーゆーの、好きだったもんで」
夜。奥方と愛息子の龍騎くんが就寝している部屋の隣で、雰囲気を出す為につけた古い電気スタンドの僅かな明かりの下 2時間ちょっとで本を読了した。
さぁ来い、霊!部屋の隅、暗闇になった部分に視線を集中させてみる。
5分経過。何も起きない。
10分経過。本の目次を確認。飛ばしてしまった話が無いか確認。
15分経過。ビールを台所から一本持ってきて、飲み始める。
20分経過。ビール、飲み終わる。
25分経過。アルコール回る。ちょっといい気持ち。
30分経過。眠たい。
――ま、こーゆーもんだろう。な・・・
ホラーな体験は出来なかったが、本自体はとても面白くて20年近く前に出版されたものが原本だとはとても思えなかった。第二巻も絶対に購入しよう。そう思って、寝室へ入った。
※ ※ ※ ※
翌日。
「パパ!起きて!パーパ!!」
息子の龍輝くんに布団を揺すぶられ、ムリヤリに坂下さんは眠りの世界から強制送還されてしまった。
枕元の目覚まし時計を見てみると、午前9時。
お昼近く、少なくとも11時近くまではグッスリ眠る予定だった坂下さんは、掛け布団を引っ被るようなかたちになって「んー、あと5分。あと2時間・・・」 再び夢の中へと旅立とうとしたのであるが、
「こわいよ!パパ、こわーいよっっ!!」
龍騎くんの騒ぎ方がおかしい。泣いているような声だ。
どうしたんだ龍騎!慌てて布団をはねのけて見てみれば、涙こそ流していなかったものの 龍騎くんは何かにひどく怯えているかのように 不安げな表情を浮かべている。
パパ、来て と言う。
わけがわからないまま、息子の後に続いて居間の方へ向かう。
「――何だこれは」
居間のお膳の上には、たくさんのソフビ人形が乗っていた。龍騎くんが大好きな特撮ヒーローと、その敵役の怪獣・怪人を模したキャラクター商品である。
4歳の龍騎くんは、これらの人形たちを両手に持って「この悪者め!やっつけてやる!」「何をこのライダーめ。こっちこそやっつけてやる!」などと人形遊びをすることが大好きであったのだ。
が。 その 人形が。
「・・・龍騎。お人形達は、何で みんな後ろを向いてるんだ・・・?」
10体あまりの人形が、すべて180度 腰を回転させていた。
龍騎くんが集めているソフビ人形は、両腕と腰の部分のみがグルグルと可動するタイプなのであるが―― その全部が、腰をグリンと捻って不自然な姿勢で立つ形となっていたのだ。
つまり、お尻を見せながら顔もそちら側を見ている格好だ。
異様であった。
変な遊びをするんじゃないよ、と言うと、「ちがうもん!」 龍騎くんは主張する。
「あのね、にんぎょうであそんでいて、おしっこしたくなったからトイレにいって、かえってきたら、こうなってたんだもん!!」
そんな馬鹿な。愕然となる。
これは怪奇現象なのか。
俺が百物語の本を読んだからなのか。
「り、龍騎!ちょっと待ってなさい」
ここで何と、坂下さんはスマホを取る為に寝室へ走って戻ってしまったのだ。
腰を180度回して後ろを向いた人形達・・・その様を写真に撮り、SNSへ投稿することしか頭の中になくなってしまったのだという。
【あの本、ガチマジっす!!怪奇現象起きました。ウチの息子の人形、大変なことに・・・!】
文面まで頭の中に浮かんでくる。
冷静に考えてみれば信憑性の薄いこと甚だしい画像ではあろうが。頭が興奮上気した坂下さんにとっては そんなことなど何処吹く風だ。
わくわくが止まらない。
スパァン! 襖を音も高く開け放ち、枕元に置いていたスマホを握りしめる。
廊下をドタドタ走り、居間に戻る。「龍騎、お人形に触れてないだろうな!」と 笑顔のまま大声を張り上げた。カメラアプリは既に呼び出しているので、ガッと人形の上に覆い被さるように身を構えた。
そのまま、固まった。
人形の下半身が、じわぁぁぁ っと回転を始めた。
腰から下が、ゆっくりゆっくり もとの体勢へと 戻ってゆく。
本当に、ゆっくり。ゆっくり。
なめくじの様に、ゆっくりのスピードで。
「・・・・・・・・・・・・」
その間、坂下さんは一回もシャッターを下ろすことが出来なかった。
あまりの出来事に、完全に我を忘れていたのだ。
あ、 あ、 あ、 あ、 動いてる――
あ、 あ、 あ、 あ、 元に――
・・・そう思っている間に、人形はもとの格好に戻っていた。
たっぷり一分はかけていたかも知れない、という。
また、腰が 180度 回転したわけだ。
「そんなバカな・・・ す、すげぇ」
無意識的に、後ろを振り向いて龍騎くんを見た。
すげぇな龍騎!そう言って、一緒に感動を分け合いたかった。
しかし。
「・・・龍騎??」
龍騎くんは、強く眉を寄せて唇を噛みしめた、険しい表情をしていた。
そして一言、
「―― こわい!」
そう言って、バタバタと居間を走り出て行った。
(あっ! ・・・りゅ、龍騎・・・・・・・・・)
そこで、完全に毒気を抜かれたようになったという。
※ ※ ※ ※
「・・・それから、百物語関係の本は、読むのを辞めましたね」
自分の可愛い子供を怖がらせるような書籍は、幾ら好きだからといっても もう読む気にはならなくなったのだという。
「自分一人に怪異が降りかかるならいいですよ。でも、今回みたいなことがあるならば・・・ 大切な家族に累が及ぶことがあるようならば・・・ 怪談本の類いは しばらく我慢しなければならないんじゃないかなぁ、と・・・」
大黒柱は、家族に対して 重い責任がありますからね。
そう言って、坂下さんは朗らかに笑った。
――ちなみに、その時のソフビ人形達は
それ以後 龍騎くんが怖がって触りたがらなかったので、
バザーで全部 売り払ってしまったのだという。
『百物語』をテーマとした、有名すぎるほど有名な とある実話怪談本の第一巻だ。
名著であるが、それ以上にこの本を一夜で読了すると世にも不思議なことが起こる(起こった人が居る)、という売り文句にひどく惹かれた。
ちょうど、本は他の購入品と一緒に土曜日の夕方、配達された。
明日は仕事休み。
今日の夜はこの本を一夜完読してやるんだ、と喜び勇んだ。
「怪奇体験に憧れてたんですね・・・霊感とかは まったくないんですけど。そーゆーの、好きだったもんで」
夜。奥方と愛息子の龍騎くんが就寝している部屋の隣で、雰囲気を出す為につけた古い電気スタンドの僅かな明かりの下 2時間ちょっとで本を読了した。
さぁ来い、霊!部屋の隅、暗闇になった部分に視線を集中させてみる。
5分経過。何も起きない。
10分経過。本の目次を確認。飛ばしてしまった話が無いか確認。
15分経過。ビールを台所から一本持ってきて、飲み始める。
20分経過。ビール、飲み終わる。
25分経過。アルコール回る。ちょっといい気持ち。
30分経過。眠たい。
――ま、こーゆーもんだろう。な・・・
ホラーな体験は出来なかったが、本自体はとても面白くて20年近く前に出版されたものが原本だとはとても思えなかった。第二巻も絶対に購入しよう。そう思って、寝室へ入った。
※ ※ ※ ※
翌日。
「パパ!起きて!パーパ!!」
息子の龍輝くんに布団を揺すぶられ、ムリヤリに坂下さんは眠りの世界から強制送還されてしまった。
枕元の目覚まし時計を見てみると、午前9時。
お昼近く、少なくとも11時近くまではグッスリ眠る予定だった坂下さんは、掛け布団を引っ被るようなかたちになって「んー、あと5分。あと2時間・・・」 再び夢の中へと旅立とうとしたのであるが、
「こわいよ!パパ、こわーいよっっ!!」
龍騎くんの騒ぎ方がおかしい。泣いているような声だ。
どうしたんだ龍騎!慌てて布団をはねのけて見てみれば、涙こそ流していなかったものの 龍騎くんは何かにひどく怯えているかのように 不安げな表情を浮かべている。
パパ、来て と言う。
わけがわからないまま、息子の後に続いて居間の方へ向かう。
「――何だこれは」
居間のお膳の上には、たくさんのソフビ人形が乗っていた。龍騎くんが大好きな特撮ヒーローと、その敵役の怪獣・怪人を模したキャラクター商品である。
4歳の龍騎くんは、これらの人形たちを両手に持って「この悪者め!やっつけてやる!」「何をこのライダーめ。こっちこそやっつけてやる!」などと人形遊びをすることが大好きであったのだ。
が。 その 人形が。
「・・・龍騎。お人形達は、何で みんな後ろを向いてるんだ・・・?」
10体あまりの人形が、すべて180度 腰を回転させていた。
龍騎くんが集めているソフビ人形は、両腕と腰の部分のみがグルグルと可動するタイプなのであるが―― その全部が、腰をグリンと捻って不自然な姿勢で立つ形となっていたのだ。
つまり、お尻を見せながら顔もそちら側を見ている格好だ。
異様であった。
変な遊びをするんじゃないよ、と言うと、「ちがうもん!」 龍騎くんは主張する。
「あのね、にんぎょうであそんでいて、おしっこしたくなったからトイレにいって、かえってきたら、こうなってたんだもん!!」
そんな馬鹿な。愕然となる。
これは怪奇現象なのか。
俺が百物語の本を読んだからなのか。
「り、龍騎!ちょっと待ってなさい」
ここで何と、坂下さんはスマホを取る為に寝室へ走って戻ってしまったのだ。
腰を180度回して後ろを向いた人形達・・・その様を写真に撮り、SNSへ投稿することしか頭の中になくなってしまったのだという。
【あの本、ガチマジっす!!怪奇現象起きました。ウチの息子の人形、大変なことに・・・!】
文面まで頭の中に浮かんでくる。
冷静に考えてみれば信憑性の薄いこと甚だしい画像ではあろうが。頭が興奮上気した坂下さんにとっては そんなことなど何処吹く風だ。
わくわくが止まらない。
スパァン! 襖を音も高く開け放ち、枕元に置いていたスマホを握りしめる。
廊下をドタドタ走り、居間に戻る。「龍騎、お人形に触れてないだろうな!」と 笑顔のまま大声を張り上げた。カメラアプリは既に呼び出しているので、ガッと人形の上に覆い被さるように身を構えた。
そのまま、固まった。
人形の下半身が、じわぁぁぁ っと回転を始めた。
腰から下が、ゆっくりゆっくり もとの体勢へと 戻ってゆく。
本当に、ゆっくり。ゆっくり。
なめくじの様に、ゆっくりのスピードで。
「・・・・・・・・・・・・」
その間、坂下さんは一回もシャッターを下ろすことが出来なかった。
あまりの出来事に、完全に我を忘れていたのだ。
あ、 あ、 あ、 あ、 動いてる――
あ、 あ、 あ、 あ、 元に――
・・・そう思っている間に、人形はもとの格好に戻っていた。
たっぷり一分はかけていたかも知れない、という。
また、腰が 180度 回転したわけだ。
「そんなバカな・・・ す、すげぇ」
無意識的に、後ろを振り向いて龍騎くんを見た。
すげぇな龍騎!そう言って、一緒に感動を分け合いたかった。
しかし。
「・・・龍騎??」
龍騎くんは、強く眉を寄せて唇を噛みしめた、険しい表情をしていた。
そして一言、
「―― こわい!」
そう言って、バタバタと居間を走り出て行った。
(あっ! ・・・りゅ、龍騎・・・・・・・・・)
そこで、完全に毒気を抜かれたようになったという。
※ ※ ※ ※
「・・・それから、百物語関係の本は、読むのを辞めましたね」
自分の可愛い子供を怖がらせるような書籍は、幾ら好きだからといっても もう読む気にはならなくなったのだという。
「自分一人に怪異が降りかかるならいいですよ。でも、今回みたいなことがあるならば・・・ 大切な家族に累が及ぶことがあるようならば・・・ 怪談本の類いは しばらく我慢しなければならないんじゃないかなぁ、と・・・」
大黒柱は、家族に対して 重い責任がありますからね。
そう言って、坂下さんは朗らかに笑った。
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