真事の怪談 ~妖魅砂時計~

松岡真事

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#068 『ヌードカレンダー』

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 昭和という時代には、現代的な観点においては理解に苦しむ風習や 社会常識がいっぱいあった。
 察するに、平成生まれの方々の中には 昭和時代の歌謡曲を聞いてそのノリや「メッセージ性」のギャップに首を捻ったり、実際 昭和世代の方々とお話をして「何故そういう考え方になるんだろう?」と不思議に感じられた人が少なくないのではないだろうか。
 ♯064『お赤飯』に登場した〝その家の娘が初潮を迎えた時にお赤飯を炊く〟という昔ながらの風習も、今では廃れて久しいようである。
 そして――


「ええと、あれは僕が幼稚園の頃でしたからね。昭和の60年代に入った頃になるのかなぁ」

 自動車のディーラーをなさっているヨシアキさんは、快活な調子でそう言って、お話を始められた。

「えーと・・・ハハ、いきなりだけど、『ヌードカレンダー』ってわかりますか。変な話」

 それは女性のヌード写真とかが印刷されたカレンダーなのですか?私が尋ね返すと、「そうそう、その通り」 にこにこ顔で頭を掻くヨシアキさん。

「当時はですね、何だろう。規制が緩かったのか、時代が大らかだったのか。けっこう有名な大企業でも、企業広告用に女の人の裸の写真が入ったカレンダーを刷って、お得先のお店とかに粗品として配ってたりとかしてたみたいなんですよね」

 特にビール会社はヌード、ヌード、ヌードのオンパレードだったらしい。
 つまり、現在では世界の名画や美しい風景写真がプリントされていて然るべき大企業のカレンダーに、昔は堂々と、女の人のきれいな裸が載っていた、ということなのだ。

「いい時代でしょ、はっはっは。私の実家なんて酒屋やってたもんですから、『あらまた〇〇〇さんから裸のカレンダー貰っちゃった。やだわ』なんてね、母親がしょっちゅう、渋い顔してましたっけ」

 そんなカレンダー、居酒屋でもなしに、おおっぴらに壁にかけるわけにもいかない。
 ではどうしていたかというと、貰ったそばから「ヨシアキさんのもの」として両親から譲渡されていたのだという。
 ――別に、早すぎる性教育というわけではない。
 カレンダーの裏、白地になった部分。
 そこを、らくがき帳代わりにするのである。
 今では考えられない、子供ならではの役得というわけ。

「×××社のヌードカレンダーは秀逸でしたね。 ・・・紙質が」

 鉛筆の滑りも良く、紙面も大きかったので画用紙のように伸びやかな描き心地だったという。

 まぁ何てことないです。エッチなカレンダーの裏に、テレビのヒーローなんかをお絵描きして楽しんでいた・・・邪な心のなかった幼少期の思い出話――
 ヨシアキさんはそこまで笑顔で語った後 ふと、 表情を陰らせ、

「でもね。あんなことがあったから 忘れられないんだなぁ」

 煙草を吸っていいかい、と尋ねられたので、どうぞ と答えた。
 紫煙を燻らせながら、一転して悲しげな面差しとなったヨシアキさんは、ゆっくりと 話の続きを語り始めた。


  ※   ※   ※   ※

 西暦に直せば、1985年くらいの話であるという。

 当時幼稚園児であったヨシアキさんは、年末の時期にお目当ての×××社のヌードカレンダーを貰い、喜び勇んでお絵描きに勤しんでいた。

 うん、やっぱり描きやすさが違う。いいぞ、いいぞ。
 天下の×××社は違うなぁ、と その頃は既に社名を覚えていた。

 戦隊モノやメタルスーツをまとったヒーロー、アニメの主人公、大好きな野球選手――ぜんぶがヌードカレンダーの裏に、大活躍を繰り広げる。

「おぅおぅ、相変わらずヨシ坊は絵ェ描くのが好きだなぁ」
「うん、じいちゃん!おれ、将来漫画家だもん!!」

 2時間はずっと、こたつに寝転びながら絵を描き続けていたという。


 だが、流石にそれほどもぶっ続けでお絵描きのみを続けていると、何かがダレてくる。
 ちょっと休憩しようかな と思ったのかも知れない・・・という。
 少年ヨシアキさんは、くるりとカレンダーを裏返し、女の人の裸を見てみた。
 わ、と思った。

「おっぱい でけぇ!」

 むろん、大人が感じるような生々しい感情ではなかった。
 しかし、その時彼の目に飛び込んできたのは、本当にびっくりするような巨乳の女の人のセミヌード。しかも外国人。
 純粋に、「すげぇ」と思った。
 目を輝かせながら、他の紙面も 次々に確認してみる。

「この女の人も、でかい!」
「この人は、ふつう!」
「この人は、つんつん!!」

 よくわからない楽しみ方ではあるが、ヨシアキさんはどんどん、ヌードモデルの女性らの胸に一言コメントを付けていった。
 当時、この会社のヌードカレンダーには一面につき2月ぶんの暦が記されていたという。だから、最低でも6回、この査定を繰り返しただろうとヨシアキさんは仰られる。

 面白いな、と思った。
 次は、おっぱい以外のところも見てみよう――そう思いながら、もう一度、一番最初に見てみたカレンダーの紙面に目をやった。

 あれ。
 写真が違う。

 ――子供ながらに、これはおかしい  と思ったという。
 そこには、ナイスバディの外国人女性ではなく、彼がよく見知った 一人の女性の姿が、プリントされていた。


(トワコ姉ちゃんだ・・・)


 トワコさんは、近所に住んでいる中学生の女の人だった。
 ヨシアキさんを見かけると、「ヨシくん、元気?」と必ず元気に声をかけてくれる。
 私、ヨシくんみたいな弟が欲しいな!と言ってくれたこともある。
 髪の長い、いつも笑顔な、明るいお姉さんだ。
 手作りのお菓子を貰ったこともあったっけ。
 大好きだった。

 カレンダーの中のトワコお姉さんは、何処かとても暗い場所で不自然に目を見開き、俯いていた。
 他の外国人の女の人と同様、素っ裸だ。

 だが、その、
 首が。
 不自然に、長い。
 トワコお姉さんの首ってこんなんだっけ?と自らに問うた。
 いや、違う。これはおかしい。自らに答える。

 真っ暗な場所、ギョロリとした目で俯いている 首の長い 裸のトワコお姉さん。

 見てはならないものを見てしまったんじゃないか。子供ながらに感じた。
 こわい。こわい。いやだ!

「じいちゃん、じいちゃん、じいちゃん!!」

 声も高く、祖父のもとへ走った。
 おやおや、どうしたヨシ坊?にこやかに応じた皺だらけの顔に、ヌードカレンダーを突きつける。

「これ、これ、みて、じいちゃん!!」

 何事だ、と びっくりされた。
 カレンダーを受け取った祖父は、まじまじとその紙面を見ていた。
 そしてやがて 「ふぁっふぁっふぁ!」と朗らかに笑い、

「こりゃ綺麗な外人さんよなぁ。ヨシ坊は、こんなんが好みなのかい?」
 
 そう言って、カレンダーを返してきた。

 プリントされていたのは、小麦色に日焼けした 巨乳の白人女性のヌード写真だった。


  ※   ※   ※   ※

 その後、いくら眺めても、白人巨乳女性が首の長いトワコお姉さんに見えることはなかった。
 しかし、その異様なお姉さんの姿はヨシアキ少年の心に完全に焼き付いてしまい、忘れようにも忘れられなくなってしまったのである。

 今度、トワコお姉ちゃんと会ってしまったら まともに顔が見られないかも知れない――

 恥ずかしいからだけでなく、怖いからでもあった。

 だが、その幼い羞恥と恐怖は 空回りに終わる事となる。



 数日後。
 トワコお姉さんは、近所の公園の公衆トイレで亡くなっているのを発見された。

 何故か男性トイレで。
 何故か全て服を脱いで、全裸となって。
 何故か脱いだ服は、きれいに畳んでまとめて。

 首を吊っていた、という。


  ※   ※   ※   ※

 今でも、何が理由で彼女が自ら命を絶ったのかは明らかになっていないらしい。
 深刻に悩んでいる様子もなく、家庭でも学校でも、明るく利発な少女であったという。


「トワコ姉ちゃんは―― 僕があんなおかしなものを見ちまったから、死んでしまったのかも知れませんよね――」


 遠い目でそう語るヨシアキさんに、私は「そんなことないのでは・・・」と一言を添えた。
 ヨシアキさんは何も応えなかった。
 ただ悲しげに ゆっくりゆっくり、彼のくわえた煙草だけが短くなっていった。

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